奥陽仙道表鑑 二本松藩士木代定左衛門が正徳四年(1714)に著した軍記物である。戦国期の仙道における合戦を記したもの。軍記物としては良くまとめられているが、登場する人物の実名(名乗り)は作者が創作したものが所々見られるので引用する場合は注意が必要である。
奥羽永慶軍記 秋田藩横堀村の戸部正直が元禄十一年(1698)に著した。天文三年(1534)から元和八年(1622)にわたる奥羽一円の群雄争乱について記した軍記物である。時代が前後したり話の筋が荒いところがあるが登場する人物の実名は軍記物にしては正確である。全三巻。
氏郷記 寛永十一年(1634)に蒲生家臣とみられる感翁子が著した蒲生氏郷の一代記。全三巻のうち巻下は会津四十二万石領有以降について記す。
会津四家合考 会津藩士向井吉重が寛文二年(1662)に著した。天正八年(1580)から慶長六年(1601)までの芦名・伊達・蒲生・上杉氏による会津支配を記す。全十二巻。
松藩捜古松藩捜古 二本松藩郡奉行成田頼直が寛政十一年(1799)に著した。
文政二年(1818)に一部を増補訂正したという。国郡解・和歌名所・人物・寺社・古碑・封内分界弁・山林田畑分界古牒・駅亭古牒・免税定文ならびに検地古牒・古折紙・古雑文・戦国諸将書簡の十二項と付録を内容とする。全三巻。
積達館基考 二本松藩郡奉行成田頼直が、安斎彦貴著の「積達古館弁」を大幅に校正して、文政二年(1818)に編纂した二本松藩内の古城砦の研究書である。確かに「積達古館弁」は城主あるいは館主の系譜などに誤りが多い。
相生集 二本松藩士大鐘義鳴が、天保十二年(1841)に著した二本松藩内の風土記である。中世城館跡についても記載がある。全二十巻。
積達大概録 編者も成立年代も不明である。二本松藩内の風土記で中世城館跡についても記載がある。
政宗記 伊達政宗一代の総合的な記録である。「成実日記(成実記)」を著した伊達成実によって、それを校正し直す形で寛永年間(1624〜1644)に成立したものと考えられている。全十二巻。
伊達正統世次考 伊達氏の始祖といわれる朝宗から十五代晴宗に至る伊達氏歴代の正史である。元禄年間(1688〜1704)に成立したとされ編纂の責任者は仙台藩儒臣田辺希賢で実際に編纂作業を担当したのは遊佐好生らである。
伊達家治家記録 仙台藩成立以降の伊達氏歴代の正史として編纂され、藩祖政宗の父輝宗の代も含まれる。元禄年間(1688〜1704)に成立したとされ編纂の責任者は仙台藩儒臣田辺希賢と考えられている。
伊達天正日記 十二冊から成る日記の体裁は、天正年間の物ではなく延宝(1673〜1681)から元禄(1688〜1704)の間に成立と考えられている。しかし日記の内容については全く手が加えられていないと考えられ信憑性は高い史料とされている。
伊達世臣家譜 仙台藩の儒臣田辺希文・希績が藩命により編纂した家臣の系譜集。寛政四年(1792)年完成。百石以上の藩士すべての家譜を収録する。全十七巻。仙台叢書刊行会と宝文堂の刊行本あり。
仙台藩家臣録 原題は「御知行被下置御帳」という。仙台藩の藩命を受けて近習目付兼小姓頭の五島五郎右衛門外二名によって編纂された。延宝四年(1676)の末から三年四ヶ月をかけて、十石以上の家臣に知行地の「先祖以来の拝領の由緒」を提出させたもの。全六十巻。歴史図書社の刊行本(全五巻)あり。
秋田県公文書館所蔵秋田藩士系図 秋田藩に於ける家臣の系図編纂事業は、本格的には元禄九年(1696)に「家中諸士系図証文」の提出を命じたことにより開始された。秋田藩の系図審査は厳格であったため、ほとんどの系図の書き出しは近世初頭から始まりいささか物足りなさを感じるが、その分信憑性は高い。秋田県立図書館に併置されている秋田公文書館ではこれらが良く整理され手にとって閲覧が可能であると共に、コピーも可能である。二階堂旧臣は佐竹氏に仕えた者が多く貴重な史料である。
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