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 文芸もの
  ロシア文学
 

文芸映画と言っても多うござんす。そこで基本的に有名な古典の映画化に絞ろうと思います。
最初は僕の専門分野ロシア文学です。ロシア文学に関しては1900年以前に書かれた作品
若しくは原作発表から映画化までに20年以上離れた作品に限りました。
1位 カラマーゾフの兄弟 1968年ソ イワン・ブイリェフ監督
フョードル・ドストエフスキーの作品の中で一番長い小説の映画化で、映画も3時間半の長尺だが、原作を読むよりは遥かに早くて解りやすい。哲学、宗教観など多岐に渡る内容を表現することは勿論出来ないが、そこまでカバーするのは映画の役目ではない。若い時分は映画的な流れがないと思ったが、最近再鑑賞したら手ごたえ十分なのに驚く。ソ連映画なので原作のムードを損なうこともなく、通俗趣味に陥ったアメリカ映画版とは比較にならない。
2位 オネーギンの恋文 1999年英 マーサ・ファインズ監督
僕が一番好きな作家はドストエフスキーでもレフ・トルストイでもなく、チェーホフとプーシキン。二人に関しては難兄難弟でどちらが好きとは言いかねる。それはさておき、これはプーシキンの代表作「エフゲニー・オネーギン」を英国で映画化したもので、ロシア・ムードという点では不満が多いが、プーシキンの中でもご贔屓作品をここまで本格的に映像化してくれて有難うと言いたい出来栄え。
3位 小犬を連れた貴婦人 1960年ソ イオシフ・ヘイフィッツ監督
アントン・チェーホフの代表作の一本。チェーホフらしく小市民の哀感をたっぷり描いた中編小説だが、映画版も主題を映像に定着させて見事だった。後にニキータ・ミハルコフがこれをベースに映画化した「黒い瞳」も抜群の魅力だったが、幾つかの小説を合せたものだったので、こちらを推す。
4位 戦争と平和 1965−67年ソ セルゲイ・ボンダルチュク監督
ロシア文学最大の大作であるトルストイの長編で、映画版も7時間に及んだ。ソ連映画ならではの人海戦術とも言えるが、3時間半にまとめたアメリカ映画版の方が映画としての出来栄えは宜しい。しかし、あちらがダイジェスト的で映画化としては物足りないという本格派には断然こちら。
5位 どん底 1936年仏 ジャン・ルノワール監督
戦前の日本でも大いにもてはやされたマキシム・ゴーリキーの戯曲をフランス風に翻案したドラマで、下層階級の悲哀を描きながら原作より望みを抱かせる作り方になっている。黒澤明も日本版を作ったが、本作には及ばない。
6位 罪と罰 1970年ソ レフ・クリジャーノフ監督
ドストエフスキーの中で一番映画化しやすいのが「罪と罰」であろうし、現在まで数多く映画化されていて、35年のフランス版を頂点に2000年には現代版も作られたが、評価の高い35年版は未見なので本場のこれを推したい。モノクロによる厳しい映像でラスコーリニコフを凝視している。
7位 クロイツェル・ソナタ 1987年ソ ミハイル・シヴェイツェル、ソフィア・ミリキナ監督
トルストイは映画化されると内面的なものが排除されてメロドラマになってしまいがちだが、それほど長くもない原作を大作として描いたこの作品ではその懸念がない。但し、ロシア文学ファン以外には退屈かもしれない。
8位 アンナ・カレーニナ 1967年ソ アレクサンドル・ザルヒ監督
これもトルストイが実際の事件をモチーフにした大長編で、何度も映画化されている。結論から言えばムードと主題の展開という点でソ連版がベストであるが、よりメロドラマ的に楽しむならヴィヴィアン・リーが美しい英国版が良いかもしれない。グレタ・ガルボの二回目も典雅であるが、一度目(サイレント)はハッピーエンドで論外である。
9位 貴族の巣 1970年ソ アレクサンドル・コンチャロフスキー監督
日本の自然主義文学に影響を与えたイワン・ツルゲーネフも好きな作家で、同じ頃「初恋」が英仏合作で製作されたが、ツルゲーネフ作品として知名度はやや落ちてもやはりソ連で作られた「貴族の巣」のほうが土着のムード醸成で圧倒的に有利。物語は面白いとは言いかねるが、うら悲しいムードはやはり捨てがたい。
10位 オブローモフの生涯より 1978年ソ ニキータ・ミハルコフ監督
イワン・ゴンチャロフはツルゲーネフとほぼ同時期に活躍した作家で、長編「オブローモフ」はその代表作。怠惰な生活を生む農奴制への批判はロシア国民性批判へと繋がった。映画では牧歌的な印象が強く、怠惰な主人公オブローモフに優しい視線を投げかけて情緒的な作品となっている。

文芸もの
  シェークスピア  

シェークスピアは英国文学の中でも圧倒的人気を誇り、映画誕生以来作られなかった年は恐らくないでしょう。
基本的に原作と同じ時代・土地を舞台にした作品を選びました。
macbeth1位 マクベス 1971年英 ロマン・ポランスキー監督
シェークスピアの四大悲劇の中でも人気のある作品だが、「ハムレット」に比べると映画版は冴えない。そんな中にあってポランスキー版「マクベス」は舞台的感覚を一切取り払ったロケの効果が抜群で、リアリズムの中に妖艶さが爆発する傑作。有名な魔女たちや<森が動く>場面に唸った。黒澤明の日本版「蜘蛛巣城」も悪くない。(写真はモノクロですが、映画はカラーです)
2位 ハムレット 1947年英 ローレンス・オリヴィエ監督
舞台劇要素を多分に残しながら映画的手法を駆使した秀作。二本立ての併映作品「マクベス」のロケ効果を先に見てしまったので些か旧作故の分の悪さを感じたが、セットであってもリアリズムは十分扱えることを証明した。主演も兼ねたオリヴィエの口跡は誠に堂々たるもので、後発のいずれもこれに勝るものはない。
3位 リア王 1970年ソ グリゴーリ・コージンツェフ監督
四大悲劇の中では最も人気がないが、ソ連版の本作はリアリズムを基調に野趣に溢れて見事であった。舞台となる英国的な情緒は希薄だが、正に木枯らしに寒々となるような心境になる。演技陣も充実していた。黒澤明の「乱」は日本の戦国時代を舞台に翻案し「マクベス」の要素を加えたもの。
4位 オーソン・ウェルズのオセロ 1952年モロッコ オースン・ウェルズ監督
四大悲劇の最後を飾るのは映画化も多い「オセロ」。オースン・ウェルズはシェークスピアにただならぬ興味を持っていたらしく、「マクベス」も映画化、「フォルスタッフ」というシェークスピア作品と登場人物を主人公にしたオリジナル作品も作っている。オリヴィエ主演版も素晴らしいが些か長いので、カメラワークが素晴らしいこちらを推したい。
5位 ヘンリィ五世 1944年英 ローレンス・オリヴィエ監督
44年に作られたにも拘らず見事なカラー映画で、先人たちはそれに感激したのだが、カラー映画が当たり前になっている現在の観客に同じ感激を味わうことはできない。が、その色彩設計の見事さは感じることは出来よう。舞台模様から始まり、それが現実の映画的世界に変わり、再び舞台に戻るという構成が今見ると目を引くと思う。ケネス・ブラナーの「ヘンリー5世」も高く評価されたが、これに比べると物足りない。
6位 ロミオとジュリエット 1968年英=伊 フランコ・ゼッフィレッリ監督
日本では四大悲劇以上に人気があるし、海外でも映画化は多い。54年英国版が実際の舞台であるイタリアで撮られたこともあり評価が高いが、やはり今見るならオリヴィア・ハッシーとレナード・ホワイティングの若々しさがはじけるこの68年版に止めを刺すことになろう。クラシックな音楽も良かった。
7位 ハムレット 1964年ソ連 グレゴーリ・コージンツェフ監督
同一作品は出したくないが、「ハムレット」には秀作が多いのでもう一本挙げたい。「リア王」で素晴らしい演出を披露したコージンツェフの作品で、オリヴィエ版より原作に忠実。最後は本当に言葉を失う。その他ゼッフィレッリの90年版、ブラナーの97年版も夫々別の意味で見ごたえある。現代版はさすがに首をかしげる。
8位 じゃじゃ馬ならし 1967年英=伊 フランコ・ゼッフィレッリ監督
シェークスピアを悲劇を何度も映画化しているゼッフィレッリの初期作品だが、喜劇でもなかなか巧いところを見せた。当時夫婦だったエリザベス・テイラーとリチャード・バートンが共演したのもプラスαの魅力となっているかもしれない。
9位 リチャード三世 1955年英 ローレンス・オリヴィエ監督
ランカスター家とヨーク家のばら戦争をモチーフにした悲劇であるが、誠に堂々たる作品に仕上げらていた。シェークスピアを離れて歴史劇としても映画史に残したい傑作で、稀代のシェークスピア俳優二名オリヴィエとジョン・ギールガッドの共演も舞台劇ファンにはたまらない。
10位 から騒ぎ 1993年米 ケネス・ブラナー監督
現在最高のシェークスピア演出家にして俳優のブラナーを入れる必要もあろうと考えたが、悲劇では先人たちに分があるので、この楽しい喜劇を挙げておきたい。「真夏の夜の夢」の幾つかの映画化は余り面白くないし、「ヴェニスの商人」は決定打がなく(アル・パチーノ主演の2004年版は未見)、時代を変えてミュージカル趣向にしたブラナー自身の「恋の骨折り損」も物足りない。

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  イギリス文学

シェークスピア以外にも古い歴史を持つ英国文学。しかし、優れた映画版を選ぶとなるとちょっと悩みました。
いつか晴れた日に1位 いつか晴れた日に 1995年米 アン・リー監督
ただ今公開中の「プライドと偏見」の原作「自負(高慢)と偏見」の作者ジェーン・オースティンにとって同作の習作的作品と言われる「分別と多感」を主演女優エマ・トンプスンが脚色した名編。19世紀初め凡そ200年前の英国ムードの再現が抜群で、その中に男女の交流を微笑ましく描いている。オースティンは英国で一番人気のある作家。(写真はモノクロですが、映画はカラーです)
2位 インドへの道 1984年英 デーヴィッド・リーン監督
80年代以降「眺めのいい部屋」など急に映画化作品の増えたE・M・フォースターの代表作で、映画版も相当の秀作である。訪れた土地に精神的影響を受けるヒロインというフォースターが好んだテーマに民族(現地人)差別が絡んで大きな感動を生む。しかし、大好きな監督リーンの遺作となってしまった。
3位 バリー・リンドン 1975年英 スタンリー・キューブリック監督
サッカレーとしては「虚栄の市」ほど有名ではないが、悪漢小説の伝統も感じさせる一人の青年の波乱万丈の人生をじっくりと豪華に描き出す。英国風刺もあるようだが、絢爛豪華を楽しめば良いだろう。
4位 嵐ヶ丘 1939年米 ウィリアム・ワイラー監督
エミリー・ブロンテのこの傑作ゴシック小説は、恐らく一般の日本人には最も有名な英国小説ではあるまいか。映画化も10年に一度くらいは繰り返し行われているが、原作のムードを最も巧く出したのはこのワイラー版であろう。何しろヒースクリフをローレンス・オリヴィエが演じるのだから。
5位 サマーストーリー 1988年英 ピアース・ハガード監督
題名(原題・邦題共)のおかげで気づかなかったが、実はジョン・ゴールズワージーの有名な短編「林檎の木」の映画化。監督も出演者も殆ど無名だが、牧歌的なムードが抜群で、拾い物をした気分。
6位 トム・ジョーンズの華麗なる冒険 1963年英 トニー・リチャードスン監督
ヘンリー・フィールディングの原作は「バリー・リンドン」とは違って悪漢小説の末裔的小説だから、映画版も娯楽性が高い。文芸作品というのに躊躇したくもなる喜劇であるが、原作が古典であることを重視した。
7位 テス 1979年仏=英 ロマン・ポランスキー監督
トーマス・ハーディーの「ダーバヴィル家のテス」の映画化で、ポランスキーが風俗描写を大々的に繰り広げて文芸ムード満点の秀作に仕立てた。この場にふさわしい。
8位 ジェイン・エア 1996年英 フランコ・ゼッフィレッリ監督
エミリー・ブロンテの姉シャーロット・ブロンテの代表的小説の映画化で、44年版も代表に推したい風格があるが、若い人にはカラー版が良いだろう。
9位 ダロウェイ夫人 1997年英=オランダ マルレーン・ゴリス監督
<意識の流れ>で知られるヴァージニア・ウルフの代表作の映画化で、原作は1930年ごろ最先端だったわけだが、こうして映画化されたものは実にクラシックな印象を受ける。立派な映画文学であります。
10位 二都物語 1957年英 ラルフ・トーマス監督
チャールズ・ディケンズの原作は僕が最もわくわくした作品の一つであるが、映画版には不満も多い。特にヒロインが不美人であるのは問題。これはウィリアム・ワイラー辺りが監督をし、ヒロインをジョーン・フォンテイン辺りが演じればもっと良い作品となっただろう。

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  フランス文学

圧倒的な質と数を誇るフランス文学。
オリジナルの設定を重視した作品のみと考えましたが、そうすると優れた作品が落ちてしまうので、多少条件を甘くしました。
居酒屋1位 居酒屋 1955年仏 ルネ・クレマン監督
エミール・ゾラの代表作の映画化は、名匠クレマンの代表作となった。ドキュメンタリー出身らしく即実的な描写の中に下層階級の女性のうらびれた哀しさが浮かび上がる。ヒロインのジェルヴェーズを演じたマリア・シェルが抜群。
2位 嘆きのテレーズ 1952年仏 マルセル・カルネ監督
ゾラが続く。「テレーズ・ラカン」は戦前ジャック・フェデーにより映画化されたが、カルネは舞台を現代に移して明快な悲劇に仕立て上げた。シモーヌ・シニョレが若くて細かった。
3位 情婦マノン 1949年仏 アンリ=ジョルジョ・クルーゾー監督
古典中の古典アヴェ・プレヴォー「マノン・レスコー」は日本版も出来るほど有名だが、クルーゾーの現代版が圧倒的に素晴らしい。極めて繊細でありながら激しく哀しい恋愛悲劇である。
4位 肉体の悪魔 1947年仏 クロード・オータン=ララ監督
レイモン・ラディゲの有名な心理小説の映画化で、冷静な原作に比べ映画版はかなり情緒的に処理されていた。若きジェラール・フィリップの線の細さ、人妻役のミシェリーヌ・プレールの洗練された美しさに堪能。
5位 愛と宿命の泉 1986年仏 クロード・ベリ監督
「マルセルの夏」「マルセルのお城」という二部から成る自伝の映画化も素晴らしかったマルセル・パニョルの大河小説の映画化で、運命の前の人間の卑小さを感じさせ、見ごたえ十分だった。
6位 赤と黒 1954年仏 クロード・オータン=ララ監督
スタンダールは大好きな作家なので一本くらいは入れておきたいが、「パルムの僧院」は大味すぎるので、同じくジェラール・フィリップが主演したこの耽美的作品ということになる。フィリップと共演のダニエル・ダリューの味よろし。
7位 レ・ミゼラブル 1958年仏 ジャン=ポール・ル・シャノワ監督
ヴィクトル・ユゴーの余りにも有名な「ああ無情」はサイレント初期から映画化されたが、本場フランスの58年版が一番それらしい。ジャン・ヴァルジャンに扮したジャン・ギャバンは好演だが、僕のイメージとはかなり違う。
8位 恋の掟 1989年仏=英 ミロシュ・フォアマン監督
ラクロの名作「危険な関係」は時を変え場所を変え何度も映画化されているが、僕にとって原作にイメージが一番近いのがこの作品。恋愛における権謀術数の危うさを描いて抜群なのだ。
9位 ボヴァリー夫人 1991年仏 クロード・シャブロル監督
モーパッサンの「女の一生」(1958年仏)と迷うところだが、フローベールの有名なこの作品が90年代と新しいので入れることにした。ヌーヴェルヴァーグの旗手だったシャブロルがかかるクラシックな物語を堂々と演出したことに映画の出来栄えとは別の感慨を覚える。
10位 従妹ベット 1998年米 デス・マカナフ監督
バルザックはスタンダールと並んでご贔屓であるが、意外と映画化は少ない。人生観照的で映画化に向かないのだろうが、その中で本作はかなり堂々たる出来栄え。しかし、原作の残酷さはかなり減殺されていて、堂々たる人間喜劇である原作と比べると迫力を欠く。

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  その他欧州文学

大作家が多い割りにドイツが少ないのはヒトラーの台頭以降碌な映画が作れなかったから。
圧倒的にイタリア原作若しくはイタリアでの映画化に優れたものが多い。
ベニスに死す1位 ベニスに死す 1971年伊 ルキノ・ヴィスコンティ監督
トーマス・マン(ドイツ)の原作で作家だった主人公アッシェンバッハを映画版は音楽家に変えているが、耽美的な世界はそのまま。ヴィスコンティの最高作の呼び声も高く、主人公を演じたダーク・ボガードも生涯最高の名演と言って良い。
2位 イノセント 1975年伊 ルキノ・ヴィスコンティ監督
イタリアが生んだ大作家ガブリエーレ・ダヌンツィオの小説を映画化した悲劇。不倫とその顛末という大衆的な内容は程良い通俗性があり実に見ごたえがある。ヴィスコンティでは一番好きな作品だが、遺作となってしまった。主人公の伯爵ジャンカルロ・ジャンニーニとその妻ラウラ・アントネッリが見事。
3位 アポロンの地獄 1967年伊 ピエル・パオロ・パゾリーニ監督
ソフォクレス(古代ギリシャ)の「オイディプス」の映画化で、オール・ロケで舞台臭を一掃したリアリズム作品。実の父を殺し母と結婚するオイディプスの悲劇が強烈なタッチで展開する。
4位 カオス・シチリア物語 1984年伊 パオロ・タヴィアニ、ヴィットリオ・タヴィアニ監督
「作者を探す六人の登場人物」という戯曲が最も有名であろうルイジ・ビランデルロ(イタリア)の短編6作を映像化したオムニバス作品で、時に幻想的で時に野趣溢れ、様々な魅力に満ちた一編。傑作でした。
5位 ジークフリート 1924年独 フリッツ・ランク監督
中世ヨーロッパに広く伝播したゲルマン英雄伝説「ニーベルンゲンの歌」の堂々たる映画化で、文芸映画というよりは冒険場面が華麗な映像に乗って大々的に展開する。続く「クリームヒルトの復讐」は残酷味が強くて余り好みではない。
6位 サテリコン 1969年伊 フェデリコ・フェリーニ監督
ペトロニウス(古代ローマ:紀元1世紀)が前世紀ローマの酒池肉林ぶりを風刺した小説を濃密に映画化。文芸なんて生やさしい映画ではないが、原作が古典であることには違いない。。
7位 トロイアの女 1971年ギリシャ=英 マイケル・カコヤニス監督
古代ギリシャの三大悲劇詩人の一人エウリピデスの同名戯曲の映画化。マイケル・カコヤニスは「エレクトラ」「イフゲニア」とエウリピデスを映画化しているが、役者の顔ぶれ(キャサリン・ヘプバーン、ヴァネッサ・レッドグレーヴ、イレーネ・パパス、ジュヌヴィエーヴ・ビュジョルド)を含めこれが最も充実している。
8位 令嬢ジュリー 1950年スウェーデン アルフ・シューベルイ監督
今の若い人がどれだけストリンドベルイの名前を知っているかなあ。彼の代表的戯曲を同国の名匠シューベルイが映像化した北欧ムードに溢れた秀作で、後の巨匠イングマル・ベルイマンへの影響も見出せる。
9位 暗殺の森 1971年伊 ベルナルド・ベルトルッチ監督
イタリア現代文学の重鎮アルベルト・モラヴィアの「孤独な青年」を映像化した心理ドラマ。ウェットな映像の質感が主人公の屈折した心情を巧く描き出した。戦後文学なので躊躇するが、出来栄えは推薦に値する。
10位 王女メディア 1969年伊 ピエル・パオロ・パゾリーニ監督
エウリピデスは二本目だが、悪しからず。大オペラ歌手マリア・カラスをヒロインの巫女メディアに起用した配役も面白く、パゾリーニらしい強烈なタッチに圧倒される。

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  アメリカ映画

欧州列国に比べると19世紀以前の古典が少ないので、幅を広げ、原作発表直後の作品も含みます。
「風と共に去りぬ」は条件を満たしますが、他にも扱えそうなので敢えて省きました。
エデンの東1位 エデンの東 1955年米 イーリア・カザン監督
「二十日鼠の人間」などで知られるジョン・スタインベックとしては代表作とは言えないかも知れぬが、映画版はアメリカ映画史を飾る名作。父子の確執をジェームズ・ディーンの好演を得て見事に描いた。シネマスコープを生かした撮影も抜群。
2位 アッシャー家の末裔 1928年仏 ジャン・エプスタン監督
エドガー・アラン・ポーの幻想的な小説の映画化に成功したのはアメリカではなくフランス。後のアメリカのロジャー・コーマンが映像化したが散文的でお話にならなかった。サイレント映画の逸品中の逸品。
3位 怒りの葡萄 1940年米 ジョン・フォード監督
再びスタインベック。原作の発表直後に映画化されたが、かなり共産主義的な内容にも拘らず無事検閲を通った。しかし、日本で公開されたのは、恐らくGHQの統制などもあり、1963年のこと。
4位 陽のあたる場所 1951年米 ジョージ・スティーヴンズ監督
シオドア・ドライサーの「アメリカの悲劇」は20世紀前半を飾る傑作で、ジョゼフ・フォン・スタンバーグが1931年に映画化して好評を得たが、今観るなら題名を変えたこちら。上昇志向の若者を演じるモンゴメリー・クリフトの好演と、上流階級の象徴であるエリザベス・テイラーの美しさが光った。
5位 老人と海 1958年米 ジョン・スタージェス監督
こちらは同じ時代のもう一人の雄アーネスト・ヘミングウェイの同名小説を巧みに画面に移し変えた。映像化が難しいと言われる海での一人舞台をナレーションを活用して乗り切った。
6位 ある貴婦人の肖像 1996年英 ジェーン・カンピオン監督
進歩的な女性の人生行路を描いたヘンリー・ジェームズの代表作を「ピアノ・レッスン」で女性心理を抉り出したカンピオンが映画化したところに面白味がある。英国調とアメリカ文学が融合した味のある秀作。
7位 白鯨 1956年米 ジョン・ヒューストン監督
僕の読書歴の中でも最も古い部類に入るハーマン・メルヴィルの「モビー・ディック」の映画化。ご存知エイハブ船長の執念がスペクタクル性の中に描き出されて力強い。
8位 仔鹿物語 1946年米 クラレンス・ブラウン監督
マージョリー・ローリングスの長編小説の映画化で、二本続けてグレゴリー・ペック主演作とは奇遇。西部開拓時代にフロリダに住み着いた親子の苦闘の物語で、こちらは映画歴初期に感激した秀作である。
9位 大地 1937年米 シドニー・フランクリン監督
パール・バックの大河小説の映画化で、アメリカ人が中国人を演ずる辺りに居心地の悪さを感じたが、堂々たるスペクタクルだった。その分大味という感も否めない。
10位 スカーレット・レター 1995年米 ローランド・ジョフィ監督
ナサニエル・ホーソーンの「緋文字」は感動した小説で、戦前「真紅の文字」として公開されたサイレント映画が傑作らしいが、未見なので邦題が興醒めなこの最新版を選ぶしかない。このせわしない時代に作られた作品だけに散文的なところも見受けられるが、健闘の部類とは思う。

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  日本文学 

アメリカ以上に近代文学の歴史が浅い日本文学に関しては基本的に無条件。クラシック性を重視しました。
1位 にごりえ 1953年日 今井正監督
にごりえ文語なので読むのがなかなかしんどい樋口一葉の「十三夜」「にごりえ」「大つごもり」を映画化したオムニバス映画だが、モノクロの儚い美しさ。遠い明治を偲んでもの悲しいが、もうこんな映画は作られないだろうなあ。今井正は名匠中の名匠なのだが、一般ファンには無名に近いのが残念。
2位 浮雲 1955年日 成瀬巳喜男監督
林芙美子の代表作であるだけでなく、倦怠感を描くと実に巧い成瀬監督の代表的傑作である。くっついたり離れたりの繰り返しで飽きる部分があるかもしれないが、高峰秀子の所在なさげな演技と森雅之の耽美的な魅力によりムード抜群の秀作となった。
3位 忍ぶ川 1972年日 熊井啓監督
比較的新しい三浦哲郎の小説の映画化だが、これほど僕の審美眼にあった作品はない。叙情的な内容もモノクロ映像も主演男女優(加藤剛、栗原小巻)も完璧と言って良い。
4位 五番町夕霧楼 1963年日 田坂具隆監督
金閣寺放火事件にテーマを求めた水上勉の代表作の映画化。彼の映画化では「飢餓海峡」という傑作があるが、違う分野で扱いたいと思う。三島由紀夫「金閣寺」は同じテーマで、こちらの映画版(市川崑)も心に沁みる。
5位 夫婦善哉 1955年日 豊田四郎監督
1955年には男女の腐れ縁と描いた二つの文芸ものの傑作が誕生した。一本は「浮雲」で、もう一本は織田作之助の同名小説を映画化したこの作品。世話物的な味わいが抜群だった。
6位 泥の河 1981年日 小栗康平監督
宮本輝というここに上げた作品の中では圧倒的に現代文学ではあるが、文学性と叙情性において文句なし。我が少年時代と思い起こす祭の場面と、ラスト・シーンの横移動は永遠に忘れがたい。
7位 野菊の如き君なりき 1955年日 木下恵介監督
1955年は文芸作品に傑作の多かった年で「浮雲」「夫婦善哉」と3本も入ることになった。伊藤左千夫のご存知「野菊の墓」の映画化で、舞台を千曲川周辺に変えた叙情性抜群の一編。泣けました。
8位 細雪 1983年日 市川崑監督
谷崎潤一郎の「細雪」は1950年版も良かったが、岸恵子、佐久間良子、吉永小百合、古手川祐子の四姉妹が豪華な市川崑版を推したい。また同監督は川端康成の「古都」も素晴らしかった。
9位 それから 1985年日 森田芳光監督
一番好きな日本の作家と言えば、夏目漱石である。映画化しにくい心理的作品が多い中で、本作は実に巧く映像化されている。とは言え僕のイメージとは相当違うのだが。だれか「虞美人草」を映画化しませんか。
10位 羅生門 1950年日 黒澤明監督
こちらも知名度では漱石に劣らない芥川龍之介だが、題名とは違って原作は短編「藪の中」。世界的評価ではここに挙げた作品中トップであろうし、影響力も世界的だが、文芸作品としてはこの辺で宜しい。ここに挙げなくとも時代劇として扱うことも出来るね。