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「本気ですか?」 思わず口をついて出た言葉が、これだった。 『いやだなぁ。私がキミに嘘をつくことがあったかな?』 「……」 電話を通してさえ、何か企んでいる彼女の様子が手に取るようにわかる。 いや、むしろ、その顔が目に浮かぶ。 「確かに、嘘をつくことは少なくなりましたが……」 『あ……。でも、これは嘘じゃない。ネットで見たんだけど、実際にあるんだ』 インターネットで見つけたという、かなりミスマッチなチョコレート。 それを彼女は、今度のバレンタインに私にねだった。ただそれだけの話なのだが――。 「……じゃあ、言葉を変えます」 ここで、しっかりと釘を刺しておくことにする。 「正気ですか?」 市販されている製品で、値段も普通の高校生である私にも簡単に手が届くくらいの物らしい。 もっとも、販売店舗は限られているので、通信販売で入手するしかないという話なのだが。 『うん、正気も正気。どうしても食べたい』 売り言葉に買い言葉ではないが、ここまできたら彼女も引くに引けないだろう。 彼女の言葉に、私も渋々ながら了承した。 「わかりました。バレンタインの日、遅くなりますけど……」 生徒会行事で私の帰宅が遅くなるのは、彼女も承知のこと。 その日は私の家に泊まってもらうことにして、私は電話を切った。 およそチョコと結びつかない素材と組み合わせてある辺り、きっと甘さは控えめなのだろう。 だったら、私も甘さを抑えて厳しくいくかな? そんな考えが浮かんでは消えた。 毎度のこととはいえ、彼女のわがままは何とかならないものだろうか。 いくら愛しているからとはいえ、たまにはお灸を据えてあげないと、彼女の要求は際限がなくなる。 そうはいいつつ、それを許してしまっている辺り、私もずいぶんと甘いのだろうが。 ……ひょっとして、私ってマゾ? ふと浮かんだ考えを振り払うかのように、私は頭を左右に振った。 「どうされました? お姉さま」 そう言って、私の妹は心配そうに覗き込んできた。 「あ、うん。今日はバレンタインじゃない?」 「ええ、そうですね……」 壁際に置かれた手提げ紙袋――観光地のお土産でもらうような、大きめのショッピングバッグ――の数々を見て、彼女も苦笑した。 「さすがの甘党であるお姉さまも、このチョコの量にはうんざりですか?」 「まあね。でも、もらう分にはいいのよ。何だって」 どうせ返せる当てもないから、と、私はペロッと舌を出した。 もらったチョコにお返しするのは、親友たちの分と姉の分と。そして、目の前の妹にのみ。 こちらからチョコを贈るのは、更に減る。姉と妹と、そして……。 問題は、普通の物では飽き足らない、最愛の恋人への分なのだ。 「あなたは、どんなのが欲しい? 普通のでいい?」 私が余程心配そうな顔をしたのだろうか、彼女は包み込むような笑顔を私に向けてくれた。 「ええ、お姉さまのトリュフは絶品ですから」 「ありがとう。そう言ってくれると、肩の荷が下りるよ」 そう言って、私はトリュフ入りの小箱を差し出した。去年と代わり映えしないけれど、との私の言葉とともに。 「ありがとうございます。大切に食べますね」 私の心底ホッとした顔を見て、彼女がクスリと笑う。 「時に、お姉さま?」 そして、私に真面目な顔を見せて、こう言った。 「お姉さまは、スイカを食べる時、塩をかけたりします?」 「はい?」 スイカとバレンタイン、いや、チョコとどう関係があるのか理解出来ず、私は間の抜けた声を上げた。 「ぜんざいに塩を入れたりとか、お汁粉と塩辛い物を一緒に食べるとか」 「ああ、そういうことね」 甘い物に少量の塩分を加える事によって、さらに甘みを増すことが出来る。 自他共に認める甘党の私だからという訳ではないが、普段から行う技でもある。 「ならば、このような物は如何でしょう?」 K駅前にある百貨店の紙袋を、彼女は私に差し出した。 「普段は通販でしか買えないのですが、季節柄、近場のデパ地下でも手に入るんですよ」 「近場のデパ地下って……ぷぷっ」 洒落のつもりではないのだろうが、妙に受けてしまった。 「お姉さま、ひどいです」 「あはは、ごめんごめん」 ちょっぴり拗ねた彼女を、私は笑いながら宥めた。 ドンと彼女の目の前に置いたのは、CDケースほどの小さなサイズではあるものの、重厚感漂う丹塗りの重箱。 「えっと、これは……何かな?」 「御所望の品です」 そう言って、私はたおやかに、そして穏やかに微笑んだ。 笑顔によって相手に重圧感を与える方法を、私は実践して見せた。身近な人たちを手本にして。 例えば、私の姉の姉とか、私の親友で彼女の妹とか。 背中に何かうすら寒い物を感じたのか、彼女は震える指で重箱の蓋を開けた。 「ちょっ……。これ、えっと……」 「はい。チョコレートです」 「いや、そうじゃなくて……」 彼女が蓋を開けた瞬間に見せた表情に、私は思わずガッツポーズをした。 もちろん、心の中で。 でも、これを見せられて驚かない方がどうかしている。だって、これはどこからどう見ても――。 「おせち料理……だよねぇ? これ……」 「ええ、おせちチョコです。とはいえ全部がチョコってわけじゃないんですけど……」 紅白のかまぼこと、伊達巻きに栗きんとん、黒豆と田作りが、重箱の中で並んでいた。 「全部食べてくださいね」 にっこりと微笑むと、彼女は味のわかりそうな――被害の少なそうな場所から手を付けていた。 おそるおそる、黒豆(らしき物)を口に含む。 「……あ、なんだ、チョコボールかぁ」 ホッとしたのか、若干涙目の彼女。 「こ、これも、食べなきゃ……ダメ?」 私は無言でコクコクと頷いた。 おせちに付き物の田作りは、本来小魚の甘露煮というか佃煮というか。もちろん、それらしく作ってある。 意を決して、彼女はそれを口に含んだ。チョコレートでコーティングされた小魚を。 かまぼこは、さすがにチョコで作れないので、紅白のすあまを並べて。 伊達巻きは、薄焼きカステラにチョコクリームを挟んでロールケーキ風に。 栗きんとんは、生チョコにココアパウダーではなく、きな粉を振りかけて。 黒豆は、市販のチョコボールだけど、コーヒー豆型のチョコも混ぜてあって。 そして田作りは、ある意味罰ゲーム。 とはいえ、味は私の弟のお墨付きである。 試食した彼――実験台ともいう――曰く、柿の種チョコに似てるらしい。 もっとも、その形はいただけないと、思いっきり苦笑いしていたが。 高一の頃はトリュフを作る事さえ難しかった私が、ここまで料理を覚えたのは、ひとえに彼女のため。 パティシエールという進路もなくはなかったが、万人のためではなく、ただ彼女のために腕を振るいたかった。 それなのに。ああそれなのに、それなのに(七五調)。 彼女ときたら、今年のバレンタインに市販のチョコを要求してきた。 私は、だから聞き違えた振りをして、こんなトンデモ物を用意したのだ。 「ううっ、私が欲しかったのは、ポテチチョコだったのに……」 そんな彼女の泣き言を耳にして、私はやっと溜飲が下がった。 「ポテチチョコ、ですかぁ?」 おせちチョコじゃなかったんだ、などと白々しくもすっ呆ける私。 そんな私が手にした紙袋を、彼女は目敏く見つけて言った。 「それなぁに? ねぇそれなぁに? それなぁに?」 「えっと、これは……」 中から出てきたのは、チョコレートコーティングされた、波打つポテトチップスが描かれたパッケージ。 「なんだ、ちゃんと用意してくれてるんじゃない」 無邪気に喜ぶ彼女を、私は真顔で制した。 「これは、私の妹が、私にくれた物です」 箱を開け、中袋も開け、一枚取り出して口に入れる。 チョコの甘さと、ポテトチップのしょっぱさが、微妙なハーモニーを醸し出している。 「……うん。これは、なかなかいけます」 目の前で一枚、また一枚と食べて見せる。ある意味拷問。 「うわ。ねえ、お願い。私にも頂戴」 「駄目です。あなたには私のチョコがあるじゃないですか」 「全部食べたよ。ほら」 すっかり空になった重箱を、彼女は私に見せつけた。 「一枚でいいから、ねぇねぇ」 子猫のように、彼女は私に身体を摺り寄せてきた。 「……仕方ないなぁ。一枚だけですよ?」 袋から一枚取り出して彼女に差し出すと、こともあろうか彼女は私の腕を取り、ぐいっと引き寄せた。 結果として、私は彼女の胸の中に飛び込む形になった。ポテチチョコを咥えたままの格好で――。 「それがいい」 そう言って、タイミングよく彼女は『それ』に自らの口を近づけ、そのまま食してしまった。 ――私の口に咥えられていた『それ』を。 「ちょっ……。これ、えっと……」 今度は私が慌てる番だった。 「もう一枚、いい?」 私の手に持っていたはずの箱が、いつの間にか彼女にあった。 さっき引き寄せられた時に、ついでに持っていかれたのだろう。 まるでチェシャ猫のような、悪戯っぽい笑みを浮かべた彼女に、私は首を縦に振るしかなかった。 一枚、そしてもう一枚。味わうように唇を重ねて。 「うん、美味しい。やっぱり甘いね」 甘いのは、チョコ? それとも――? ……fin? [執筆:松田 明日香 F.C.C. Asuka Project] |