ポテトチップ×チョコレート〜ブービー〜

ポテトチップ×チョコレート

〜ブービー〜



 人は驚くと声を上げるが、驚き過ぎると言葉すら出なくなる。
 ロサ・フェティダこと支倉令はまさにそういう状態だった。
「どうかした? 今日はバレンタインだったと思うんだけど」
 目の前に座っている由乃はいつもと違う格好をしていた。黒を主とした露出度の高い、イケナイお店で男を踏みつけては罵しる――女王様のような格好。放つオーラもその格好に順じてサディスティックなものだ。
 こんな彼女、状況に不思議に思うべきなのだが、この世界の主人公は大抵そういう事を気にしないものである。
「さあ」
 と、その由乃が片足を突き出した。その足は茶色い。彼女がバレンタインと口にした意味がそこにある。
「え」
 由乃の意図がわからない――自分で構築した世界にも関わらず――令はただ戸惑った。それに対し苛立ったように由乃が罵る。
「さっさとなさい。この×××がっ!」
 令はビクッと震え、そして慌ててひざまずき――




「ちょっと令。……令?」
「……へ?」 
 祥子の呼びかけに反応して令は顔を上げた。
「なに、寝てたの?」
 頬杖を付いて俯いている程度だったので祥子は最初考えごとをしているのかと思っていたが、どうも違っていたようだ。
「いや、違う。……いや違わないかも」
 変な文法で答えた令はぼんやりと、さっきの光景を思い出そうとした。けれどあやふやにしか思い出せない。
 アレが夢だったのか妄想だったのかは自分でもわからない。チョコレートでコーティングされた足を舐めるように促す由乃には普段と違う魅力があったような気がするが、令にはそれを具体的なものとして捉えることはできなかった。ただ本能的に感じるものはあったが。
「今年はどんなの貰えるのかなぁ」
 ぼんやりと思ったことを口にした。
 時期が時期だけに何のことか祥子にはわかった。その上で答える。
「とりあえず、貴方が今想像している物は貰えないでしょうね」
「なんでよ?」
 呆れたように言う祥子に令はむっとした。そりゃあ貰えないだろう。けれどどんな想像をしていたのかわからない祥子にそんなことが言えるだろうか、と。
「とりあえず、拭ったらどうかしら」
 祥子はハンカチを差し出した。令はそこでようやくああ、と気付いた。祥子のハンカチを手でさえぎり、自分のハンカチで口の端を拭いた。
「まったく、どんな夢を見ていたのかしら。――ああいいわ、別に訊きたいわけではないの」
「さようで」
 例え訊かれたところで答える気はなかったが。
「去年の今頃は色々あったけれど、今年は楽しみだわ」
 先の令の言葉を祥子が返す。
「そうね。でもまあ由乃が作ってくれる物ならなんだっていいんだけどね」
「のろけに水を差すのもなんだけど、去年の由乃ちゃんのってただ溶かして型に入れただけじゃないの」
「失礼な。いやまあそうなんだけどさ。でも由乃のことだから今年は去年よりも凄いのを作ってくる気がするのよね」
「ああ、分かる気がするわ……」
「そういえば祐巳ちゃんは去年トリュフ……いやびっくりチョコレート、だっけ」
「ええ」
 去年のことを思い出したのか、祥子はとても楽しそうに微笑んだ。
(びっくり、ね)
 夢で見たあのチョコレートが出てきたらそれはそれでびっくりするが……。
(いやだからエムか、私は)

 そして文章が持たなくなっていくのであった。





「ふっふっふ」
 バレンタインデー直前、由乃は市販のチョコレートを溶かし、そしてその湯煎されたチョコレートの中にポテトチップスを突っ込んでいた。なぜそんなことをしているのかというと、これはもうそういう企画なのだからというほかない。
「……どうでもいいけどこれって、おいしいのかな」
 由乃は当然味見などしない。そんな冒険など必要ないのである。なぜなら、
(ま、令ちゃんがおいしいって言ったら私も食べてみよっと)
 お姉さまが毒味してくれるのだから。

 ちなみに、どんな食べ物でも由乃が作りさえすれば「おいしい」というのが支倉令という人間である。これは布石である、まる。




 当日、由乃は鼻歌を歌いながら薔薇の館の階段を駆け上がり、ビスケット扉をばんと開けた。そして思いもよらない人物に出くわす。
「なっ……」
「あら、ごきげんよう、由乃ちゃん」
 驚く由乃に対し、上機嫌で挨拶を返したのは鳥居江利子――面白いことが大好きであり、そのカテゴリーの中には由乃で遊ぶということも含まれているという、由乃にとってはやっかい極まる人物である。
 そしてその江利子の下に、令は居た。
「れ、令ちゃん!? 何をなさってるんですか江利子さま!」
 四つ這いになっている令の背に江利子は座っていた。俗にいう人間椅子。非人道的で「いじめかっこわるいよ」とどこかのタレントが口にしそうな光景である――少なくとも一般的には。
「って、なに悦んどんじゃ貴様はー!」
「あう」
 由乃は情欲にかられているような、私苛められて悦んでますエムなんです的な表情の令を蹴飛ばした。ちなみに江利子はこの事態を予測していたようで令が蹴飛ばされる寸前で避難している。
 蹴飛ばした令に目もくれず由乃はキッと江利子を睨んだ。
「で、なんでおま……江利子さまがこちらに」
「(今お前って言いかけたわね)可愛い妹に会いに来るのに理由が必要かしら」
 江利子が上機嫌であるということは、よくないことが起こる。由乃の経験上そう予感させた。少なくともよろしくないタクラミゴトがあるはず。
「――なんてね。実は令から電話があってね。卒業したから今年は貰えないかも、って思ってただけに嬉しかったわ(ほんとは忘れてたけど)。令はわざわざお家にまで届けに来てくれるって言ってくれたんだけど。それもわざわざ面倒でしょう」
 令ちゃんめ。いや、江利子さまが自発的に来たのでないのならタクラミゴトの可能性はないのではないか? いやいや、ほっとするのはまだ速い。相手はあの江利子さまだ。疑うに越したことはない。
「それと、今年は私も持ってきたの」
 何を? ってチョコレート? 江利子さまが?
 由乃や令の軽い驚きよそに江利子はチョコレートの入っている箱をテーブルの上に置いた。
「たまには、こういうのも面白いかと思って」
 実際は、これは単なる布石でありそれを回収するのが江利子にとっては面白いわけであるが。
「あ、お茶の用意します」
 思い出したように由乃はお茶の準備に取り掛かる。
(どういうつもりかしら)
 絶対何かあるという、嫌な予感がつきまとう。
 支度が済むとテーブルの上にトリュフが並んでいた。変わった物かと思ったが見た目は普通(それがある意味驚きであるのだが)。だがまだ油断はしない。味に細工している可能性もある。
 由乃は令が先に食べるの待った。そして令が素直な感想を言う。
「おいしいです、お姉さま」
「良かった。こういうの久しぶりに作ったから心配だったけど。令に褒められたのなら安心ね」
 やはり手作りだったんだ。見た目が精巧なので、どちらか判断つかなかったのだ。
 ともかく毒味はしてくれた。なので由乃は安心して口に入れる。ほのかな苦味のあるココアパウダーと中のガナッシュの甘さが――面倒なので中略――ゆっくりと溶かし味わうと一言。
「おいしい〜」
 とろけるように言った。直後はっとなる。江利子が由乃を見て微笑んでいたのだ。
「良かった。由乃ちゃんのお口にも合ったようね」
 由乃はツンと顔をそむけた。その仕草が可愛くて、江利子は上機嫌でカップに口を付けた。
「あら、由乃ちゃん紅茶淹れるの上手くなったんじゃない?」
「そ、そうですか」
 由乃、ツンデレ風に喜ぶ=褒めてもらって嬉しいけどそれを隠すかのようなそんな感じ。
「ところで、由乃ちゃんは持ってきてないのかしら」
「え?」
「チョコレート、よ」
 しまったと本能的に悟る由乃。江利子の狙いがわかったような気がした。
「実をいうと由乃ちゃんがどんなチョコレートを持ってきたのか興味あったのよね」
 むしろそっちが本命である。
(からかいに来たってわけね)
 そうはさせるか、と由乃は意気込んだが、その姿勢自体が江利子の予測の範囲内なので、もう手遅れであった。もっとも「からかう」というのは由乃の視点からであって、江利子的にはただ可愛がっているだけなのだが。
「生憎と、私の持ってきたチョコレートは江利子さまにお見せするために持ってきたわけではございませんので」
「あら、私のを食べておいてそれはないんじゃないかしら」
「あ……」
 由乃はここでようやく、江利子の持ってきたチョコレートがこのための布石だということに気付いた。
「それとも自信ない?」
「なっ……」
 目の前にあるトリュフは――悔しいが――おいしかった。そのせいでハードルが上がっている。次に出される物は前以上のクオリティが必要なのだ、この業界(?)は。しかしだからといって自信が無いわけではない。それどころか、よく考えてみたら江利子さまが食いついて来そうな物ではないか。何より料理対決は後出しが勝つと決まっている! ミスター味っ子だって、美味しんぼだって、中華一番だってそうだった――はずだ。
「そんなことありません!」
 由乃は勢いよく立ち上がってはカバンからブツを取り出し、自信有りといった感じで、
「どうぞ」
 と江利子に差し出した。江利子はそれを怪訝な顔で見つめた。そこで由乃は「ああ」と思い出したように、
「忘れてた。令ちゃんにだったわ」
 はい、と緊張感も情緒の欠片もなく令に渡した。がっかりする令。乙女チックなシチュエーションが好きな子ですから。
「開けるよ?」
 念のためにといった感じで令が訊く。由乃が頷いたの確認してから中身を開ける。
「…………」
 開けると令は妙な反応を示した。予想外の物が入っていて驚いたような反応。その令を見て江利子も好奇心がそそられ中身を覗いた。
 そこにあったのは――ポテトチップスだった。もちろんただのポテチなわけがない。茶色で――例えるならどこかの誰かがどこかのサイトのキリ番を踏めなかったせいで手に入れることができなかった食べ物に似ている。というかまさにそれ。ブラウザの「戻る」クリックしたら絵でも文章でも掲載されてるよ。拍手押しても載ってる。そんなやつ。
「ポテトチップス……?」
 令が一枚摘んで由乃に訊いた。といってもポテトチップスの形をしたチョコレートでないことは質感からわかってはいたので、ただ呟いただけだったのかもしれない。
 由乃は江利子の反応も見る。興味を示すかと思ったがそうでもなかった。無反応というわけではないが、鈍い反応で由乃はがっかりした。なぜがっかりしたのかは深く考えなかったが(考えれば、由乃は江利子に驚いて欲しかったという結論に達したのだろうが)。
 江利子は一歩引いていた。気持ち的に。面白い物は好きだが、こと食べ物に関しては冒険をしないのが彼女の基本嗜好なのだ。だから味見をしようとはこの時は思いもしなかった。令が食べて、それ次第といったところだ。
 ちなみに由乃は味見をしていない。つまり二人ともが令に毒味役をさせようと思っていることになる。
「た、食べるよ?」
「どうぞ」
 チョコレートというよりポテトチップスに近い印象があるこの物体は、美味しいのかどうか少々……いやかなり不安な物に令には思えた。が、食べないわけにはいかない。気分は由乃からのチョコだやっほう……からチャレンジャーに。令は勇気を持って――口に入れた。
 ゆっくりと噛む。どういうものかを確かめるように。
 その令に注目する由乃と江利子。
 令の喉が鳴る。二人にとっては短い時間が長く感じる、令が感想を口にするまでそんな間があった。そして令は予想通りの感想を口にする。
「……うん、おいしいよ」
 何かミスター味っ子を思い出させるようなセリフ。今思えばあの声は高山みなみだったんじゃなかろうか? なんて地の分のコメントはともかく、妙な物を作ってしまった――といっても湯煎されたチョコレートに(ギザギザもしていない)ポテトチップスを突っ込んだだけだが――由乃はほっとした。
「あら、江利子さまはお食べにならないのですか?」
 そして余裕が出たのだろう得意げに言った。
「遠慮しておくわ。令に作ったものでしょう?」
 あれ、と江利子の答えにここは不審に思うべきだったが、気の抜けた由乃は気づかずに、
「あらもったいない。こんなにおいしいのに」
 とさりげなく一枚つまみ、口にほうった。否、ほうってしまったというべきだろう。「あ」と令が制止の声を上げたがあまりにも遅かった。
 上機嫌だった由乃の顔が徐々にひきつる。
 予想外の味、不味さに由乃は顔を歪め、そして次の瞬間には大声で罵った。
「まずいじゃないのよ、これ! もう! どうしておいしいなんて言うのよ、令ちゃんのバカ!」
「ええ!?」
 どう考えても滅茶苦茶な言い分の由乃が攻撃を始める。防御する令。その光景に江利子が笑う。
「ふふ、甘いわね由乃ちゃん。私なんて『うん』の前の3点リーダーでそのチョコチップが不味いってわかってたわよ」
(さんてんりぃだぁ? ――ってなんだっけ?) 
「3点リーダーっていうのは新種の熊のことよ。物知らずの由乃ちゃん」
「し、知ってますよ。それぐらい」
「いや、違うから」
 今思えばこのやり取りをさせたかっただけなのかもしれない。




「何か凄い事になってますね」
 ビスケット扉の前で中を覗き見ていた乃梨子が言った。隣には志摩子と祐巳も居る。
 中では江利子が笑って、令が困って、由乃が喚いていた。
「――でも、こんなことを言っては失礼かもしれないけれど。微笑ましい光景に見えるわ」
「そうだね」
 と祐巳が同意する中、乃梨子だけが「どこが?」と首をかしげている。
「……トリオ漫才のように見えるのですが」
 今度は乃梨子の発言に志摩子が首をかしげた。
 祐巳は好き勝手言う白薔薇姉妹を余所に、どのタイミングで中に入ればいいのかな、と考えていた。





[執筆:二条春雪 春に降る雪




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