ポテトチップ×チョコレート〜敵は薔薇の館にあり?〜

ポテトチップ×チョコレート

〜敵は薔薇の館にあり?〜




 ――白薔薇さまに喰われる。

 いつもそんな日ばかりじゃ、やっていられない。そう思った有志数人の手によって、今日こそは仕返しをしてやろうじゃないかという、本来考えられないような謀反が起きた。
「で、それはいいけど、早いとこ始めない? 待ちくたびれちゃったんだけど〜」
 ところが、当の謀反を起こされた側の白薔薇さまと言えば、全く動揺することもなく、余裕綽々の笑みをかましている。悔しい。実に悔しい。できることならばぐうの音も出ないくらいにしたい! というところが一同の願いであるのにも関わらず、この強敵は怯む片鱗すら見せてはくれないのだ。
 辺りは暗く、ぼんやりとした懐中電灯のみがテーブルに光を差している。白薔薇さまは、両の手をリボンで拘束されて手出しできない状態であるが、一切緊迫感がない。あるのは、自由の身であるはずのそれ以外の人間の間にだけだ。
 何ゆえにこんな展開になったか、については、少々込み入った事情がある。
 複雑であるような、単純なような、それでいて切実な無垢な乙女たちの思いを、どうか聞いてやって欲しい。


* * *


 それは、今から30分ほど前に遡る。
 薔薇の館に響いた、3つの足音から事件は始まっていた。

「今日こそは絶対死守だからね、祐巳さん! わかっているわね?」
「う、うん。由乃さん。大丈夫、私だってやる時はちゃんとやるんだから」
 ギシ、ギシ、と音を立て、でも声のトーンは忍者のように限りなく低く小さくしながら、階段を上がっていく。祐巳は由乃さんから念に大念を押された注意を受けながら、今日は心を鬼にするんだと決心を固めていた。
「だけど、お姉さまの標的は間違いなく祐巳さんだわ。最も手っ取り早く崩せる狙い目を知り尽くしているもの」
「確かに、志摩子さんの言う通りね……如何にして、祐巳さんのあってないような紙のような壁を鉄壁に変えるか、が勝敗の分かれ目よ」
 冷静に状況判断を下し、どのような罠をしかけてくるのかを的確に理解している強みが、白薔薇さまの妹志摩子さんである。わき目も振らず突っ走りがちな由乃さんに、百面相を一見すべしの、嘘なんてまるでつけない祐巳にとって、これはかなりの武器だ。
「そんなに私ってわかりやすいの……?」
 あってないような紙のような壁、とまで言われた祐巳は涙目になりながら呟く。
「わかりやすいわね」
「ええ」
 そんな祐巳に無情にも、親友二人はあっさりと笑って肯定してくれた。
「白薔薇さまが一人になった時がチャンスよ。いい? みんな。絶対に慌てず、必ず実行し――」
「私がどうかした?」
 由乃さんが最後のまとめに入り、サロンのドアノブに手をかけようとした瞬間、ビスケット扉がギィっと音を立てて開き、中からぬっと噂の張本人が顔を出した。
「由乃さんっ」
「おっと」
 由乃さんはあまりの驚きに、きゃあっと叫び声をあげてそのまま腰を抜かし……かけそうになったのを、祐巳が支えようとし――て、後ろに傾いた身体を、白薔薇さまが背中に腕を回して防いでくれたおかげで、誰かの下敷きになる祐巳の惨事パート2は起こらずに済んだ。
「危なかったねえ。どうしたの、そんなにびっくりするようなことした?」
「あ、ありがとうございます……白薔薇さま」
 ケラケラと笑いながら祐巳と由乃さんの体勢を整える白薔薇さまに、祐巳がバクバクの心臓に手を当てながらお礼を言った。
「いいえ、お姉さま。いきなりドアが開いたからちょっと驚いただけよね? 由乃さん、祐巳さんも」
「あ、え、ええ! そうです。助けていただいてありがとうございました」
 なんとまあ、ナイスフォロー。さすが、藤堂志摩子さんである。大慌て全開の祐巳と、祐巳顔負けに動じてしまった由乃さんに対し、志摩子さんは顔色一つ変えずにさり気なく対応してくれている。
 やっぱり、この人なくしてはこの企画への成功はないと言えるだろう。
「白薔薇さまがいらしたら、おいしいコーヒーの淹れ方をご教授いただこうってお話していたんですよ。聞こえていました?」
「それは聞こえてなかった。ま、私は目分量でやってるから、聞くなら蓉子の方が良いと思うけどね」
 しかしそこは由乃さん。今回の作戦の提案者だけあって、精神を立て直す速さは大したものである。これが、姉の令さまであったら、とうに白薔薇さまに全てがバレて計画倒れし、あっけなく幕切れをしていていたと思うが。
「ちょうど良かったよ。お茶請けにと思って、これを食べようとしてたんだよね」
 中に入った白薔薇さまがポンと手を置いたのは、机の上に鎮座している箱。
「あっ」
「何? 祐巳ちゃん、どうかしたの」
「い、いえ! おいしそうだなと思って」
 ポーカーフェイスなんてないに等しい祐巳の心のそれまで壊れ、思わずポロリと出てしまった言葉に、由乃さんが目で「祐巳さん〜!」と語ってくる念派を察知して身の毛もよだつ恐怖を感じつつ、急いで平常心を装った。
「お、この良さがわかるなんてさすが祐巳ちゃんだね。このポテトチップチョコレートは、一度食べ出すと病みつきになっちゃってさ。誰が持ってきたか知らないけど、止まらないんだよね」
「へ、へえ〜。そうなんですか」
 白薔薇さまの手は会話しながらも勝手に動き袋を開け、目的のものを得ようとしている。お茶が入るまで待てないくらいに、そこまではまっているとは知らなかった。
「じゃあ、私たち飲み物をお淹れしますね。お姉さま、ご指導願えませんか」
「え、ほんとにやるの? 別に構わないけど」
 志摩子さんはシンクまで行くと、カップをカチャカチャと取り出して白薔薇さまを呼んだ。まさか真剣に習いたいと思っているとは考えていなかったらしく、白薔薇さまはポンと食べかけの袋をテーブルの上に置いた。
「ほら、白薔薇さまの淹れてくださるものって、どれもその人好みにぴったりでおいしいからですよ! ね?」
 不幸中の幸い、もしくは『やや』棚からぼたもち。咄嗟の言い訳にと考えついたことだったが、まさかこうして役立てるなんて。と、志摩子さんの無駄のない動きに感動しながら、祐巳が言った。
 というよりも、転んでもただでは起きない。……いや、この場合はただでは転ばない、の方が正しいかもしれない。
「それは祐巳ちゃん限定なんだけどなぁ〜」
 頑張って助太刀している祐巳への切り返しで、白薔薇さまが発した祐巳限定、という部分を聞いた二人のこめかみがピクっと動いた、ということには祐巳は気づかなかった。
「じゃ、祐巳さん。私たちは他の準備をしましょう」
「うん、そうだね」
 そう、他の――。
 由乃さんの合図で、祐巳は頷いた。


 淹れ立てのコーヒーと、そしてココア、紅茶が並び、良い香りが広まる。そして、目の前には、ポテトチップチョコレート。楽しいティータイムの始まりだ。
「どうぞ、召し上がれ?」
「いえ、あの、白薔薇さまから先に」
 ――の……はずだったのだが。
 先ほどからこの繰り返しで、一向に白薔薇さまは大好きだというポテトチップチョコレートに一切手をつけようとしない。焦って勧める祐巳であるが、いいからいいからと、コーヒーばかりを口にする白薔薇さまなのである。
「白薔薇さまが召し上がってくださらないと、なんだか悪いような気がして」
「由乃ちゃんまで、遠慮しなくていいって。私は今まで結構食べてきたから、みんなどんどん食べて」
 必死でそれらしいことを由乃さんは伝えてみるが、そんな甲斐も虚しくスルーされる始末。
 そして、とうとう。
「どうせ……」
「由乃さん、落ち着いて」
 わなわなと震えだした由乃さんを止めることは、志摩子さんもできず。
「白薔薇さまはわかっているんですよね! 私たちがこのポテトチップチョコレートの中に、生のじゃがいもをチョコレートで包んだものを入れてあるって!」
「よ、由乃さんっ」
 ガタン! と業を煮やして立ち上がった由乃さんは、ついに暴露。させられてしまった……。
「あら、そ〜だったの。へえー、なるほど?」
 ネタがわかった白薔薇さまは、ニタニタとほくそ笑みながら、3人を舐めまわすかのように見回した。
「そうだったの、って……もしかして」
「お姉さま、私たちが生のじゃがいもチョコレートを仕込んでいたことまではご存知なかったんですね」
 サ〜っと顔が青ざめて、今にも気絶しそうな由乃さんに対し、それでも志摩子さんは焦ることなく訊いた。すごすぎる。
 The・自爆。3人の脳裏に、その言葉が花火のように打ちあがり、空の彼方に儚く消えた。
「だ……だって、さっき私たちの会話を聞いてないっておっしゃったじゃないですか!」
 ああああ! と、自分の大失敗に大後悔の嵐に見舞われながら由乃さんが主張した。
「私にコーヒーの淹れ方を教えてもらおうという会話は、聞こえていない、とは言ったけれど。私に何かをしようとしていることを聞いていたかと訊かれてはいないから、それについては何も嘘は言っていないはずだけど?」
「くっ」
 そんな屁理屈が! とは、この薔薇の館の曲者たちには一切通用しないのは、自分も同じなので口が裂けても言えないのが哀しい現実である。
 その通り。聞こえていなくて当然だ。だって、そんな会話は全くかすめもしていないのだから。
「まさか、この中にそんなものを仕込んだとは思いもしなかったよ。一体何をしたいのかについてはわからなかったから、それを探るために泳がせておいたけど、見事にひっかかってくれてありがとう? 由乃ちゃん。まあ、理由を聞こうじゃない」
「っ! そ、それは……!」
 由乃さんを煽る煽る。これでもか、と追い討ちをかける白薔薇さまの姿は、実に愉快そうである。
「それはお姉さまが、私たちが祐巳さんのために用意したこれを、独り占めしようとしていたからです」
 すると志摩子さんが、何一つ勿体ぶることなく、さらっと言ってのけた。
「これって……これ?」
「……そうですよ」
 目を丸くして白薔薇さまが指差したものは、ポテトチップチョコレートの箱。由乃さんが渋々頷いた。
「祐巳さんが好きだけど、なかなか買うことができないって言っているのを聞いて、私たちが買って来たんですよ。わざわざ売っているデパートを調べて」
「それに、そもそもいつもその祐巳さんを独り占めしようとなさっているから、というのもありますけれど」
 ふくれっ面になりながら理由を話す由乃さんに対し、またもさらっと悪びれもなく、最大の原因をも吐いた志摩子さん。
「ははあ。それで、今日こそ渡してなるものかと腰を上げてきたわけね」
 それでも全く怒る様子もなく、ふんふんと納得している白薔薇さまは、至って普通である。
「いくら食べても次の日には必ず一箱戻っているからさ、夜中に小人でも来て私のために置いて行ってくれているのかと思った」
「いいえ。それは私たちが祐巳さんのために、用意しているんですよ?」
 無尽蔵じゃなかったのね、と笑う白薔薇さまに、由乃さんは満面の怒りマークで口元を引きつらせている。
「はあ……あんなに頑張ったのに。結局駄目だったなんて」
 志摩子さんと由乃さんに半ば言いくるめられ、今回の企て仲間に入った祐巳。自分のためにとそこまで骨を折ってくれた友人たちの気持ちを考えると、さすがに頑張らずにはいられないと息巻いていたはずだったが、空振り三振。そんな祐巳もため息をこぼした、そんな時だった。
「別に、構わないけど? ひっかかってあげても」
 白薔薇さまが、どよーんとした重たい暗い空気を一蹴した。
「へ?」
「は?」
「え」
 ありえないその言葉には、さすがの志摩子さんからも間の抜けた声が出た。
「どういう……ことですか?」
「だから、その決闘、受けて立ってあげるわよって言ってるの。そうだな……どうせなら、明るいと見た目でどれが偽物かわかるから、暗くしてロシアンルーレットをしてやろうか?」
 志摩子さんの問いに、白薔薇さまはなおも続け、その上カーテンまで閉めた。
「そこまで馬鹿にされて……っ」
 敵に塩を送られるなど、言語道断。哀れに思われ情けをかけられるくらいなら、気持ちよく散りたいというのが武士道だ。いや、武士ではないが。
「いや、馬鹿にしちゃーいないけど? 私は逃げも隠れもしないって証拠に、手も縛っていい。ただし、祐巳ちゃんにあーんって食べさせてもらうのが条件ね。そうすれば、指先で感覚を調べることもできないでしょ。食べたかったポテチチョコも手に入る。一石二鳥じゃない」
 お情けでされるなんて真っ平だ! と、爆発寸前だった由乃さんの気持ちを全てわかっている白薔薇さまは、語尾にハートマークつきで笑った。
 その条件は好都合でもあれば、痛いものでもある。
「さて、どうしますか? 私は、どっちでも良いけど。やるんなら、存分に味わってよ? この状況も、ポテチョコもね」
 鶴の……いや、白薔薇さまの一声に、煮えくり返ったはらわたは、マグマのようにボコボコと唸り出している。
 今後この醜態をいじられ、プライドはズタズタになる生き地獄か、それともチャンスができる提案に乗って、祐巳に食べさせてもらう白薔薇さまを見て生き地獄か――。
 まあ、どちらにしろプライドは粉々で、生き地獄に代わりはないのだが。より嫌な耐え難い方はどちらか、である。
 そして――。


* * *



 祥子さまと良い勝負なほど負けず嫌いな由乃さんと、突発性ハプニングに対しての許容範囲を越えて、場の流れるまま流される祐巳と、もしかしたら誰よりプライドの高い……恐れが出てきた志摩子さんは後者を選び。
「じゃあ、中に入っているニセポテトチップチョコレートを食べた方が敗者ね。ただし、本物と偽って演技をしないことがルール。OK?」
 ――今に至る。
 白薔薇さまは実に飄々とし、楽しそうにどんどん司会進行をしていく。まるで、この計画を企てたのは一年生3人組ではなく、佐藤聖さま本人だったかのように。
「絶対負けないわよ!」
 由乃さんが中央に差し出した手に。
「うんっ」
 祐巳は気合を入れて自分の手を重ね。
「ここまで折れるんですもの、これ以上はないわね」
 え、何が? 一体何がないの、志摩子さん!? な、手も重ねられた。


 ――10分経過。
「うーん、デリシャス。やっぱり愛する祐巳ちゃんから食べさせてもらうと格別においしくなるな〜」
 未だ、白薔薇さまはニコニコ顔のまま。その上こんな発言まで繰り出している。
「ど、どうしてよ……! これじゃ明らかに私たち不利じゃないっ」
「あら、それは心外だわね。不利なのは、どう見ても私の方でしょ」
 ゼエゼエと肩で息をする由乃さんの声に、暗がりで白薔薇さまが言った。まだ、ヒットは出ない。しかも、このルールは白薔薇さまだけが食べるのではなく、あくまでロシアンルーレット。自分たちが被害を被る可能性は大なのである。しかも、こちらは3人。3人のうち誰かが当たってしまう確立の方が高いのだ。
 この状況では、1人で戦う敵の方に分がある。
「由乃さん、お姉さま、私、お姉さまだから、次は……」
 志摩子さんが順番を繰り返した。
「祐巳さん、頑張って」
「へっ! あ、うん」
 残った祐巳に、視線が集まる。いや、暗いのであまり集まってはいないが。
「大丈夫。もし祐巳ちゃんが当ったら、私が口移しで半分もらってあげるからね」
「誰がそんなことさせるもんですか!」
 由乃さんはすでに理性なんてポイっとどこかに投げ捨て、おさげが逆立っていそうなほど発狂している。
「祐巳さん? 頑張って」
「は……はい」
 しかし、普通に応援されているだけなのに、志摩子さんの方が怖いのは何故だろう。
 ビンゴやくじやプレゼント大会ではかすりもしないのに、こういう絶対外れて欲しい時だけご丁寧に当ってしまう自分の運命を、我が身であるから痛いほど知っている祐巳は、全ての運命と未来をその手に任され、ブルブルと震えていた。
 すぅぅぅー、はぁぁぁ、と深呼吸をし、ごくり。と、固唾を飲む。
「い、いただきます……」
 プルプルと震える腕を、懐中電灯で照らされたポテトチップチョコレートの袋に向かって伸ばし――かけたちょうどその瞬間。
「ちょっと! 何事なの、これは!」
「祐巳、無事なの!?」
 バンッ! と、勢いよくビスケット扉が放たれ、パッと部屋の電気がついた。
「眩しいって、蓉子」
「お……お姉さま」
 入って来たのは、その『事情』を知らない紅薔薇さまと、祥子さま。
「聖、あなた、な、何をして……っ!」
「まさかいかがわしいことをしようとしていたんじゃな――」
 そして、部屋の全貌が明らかになった2人は血相を変えた。何せ、白薔薇さまは両手にリボン(しかも祐巳のツインテールを解いて使っているもの)テーブルの上には何故かポテトチップチョコレート、そして、汗を掻いて息を乱している一年生3人。
 この異様な事態から、何があったのかを掴み取れるつわものはそうそういないだろう。
「まあ、落ち着いて。それがさあ」
 と、落ち着けるわけがない理由を聖さまが話し出した。


 そして、結末は。
「自分から縛られた、ですって?」
 祥子さま、怒り爆発。やっぱり、落ち着けるわけがなかった。自ら拘束を望むなんて、理解に苦しむ。
「まだ何も説明していないじゃない。だからさ、祐巳ちゃんがこのポテトチップチョコレートが好きで、それを私が知らずに食べちゃっていてさ」
「このお菓子のために、こんなことをしていたって言うわけ? 何を考えてるのよ。外から見たら窓がカーテンで覆われていておかしいと思って急いで来てみたら……しかも、チョコレートとポテトチップを一緒にしているだなんて」
 蓉子さまが呆れたように見つめる先には、ポテトチップチョコレートの箱。
「いや、おいしいんだって。一度騙されたと思って食べてみれば?」
「大事な祐巳の操とお菓子を天秤にかけるだなんて、とんでもないですわ!」
 祥子さまは、口の開いた袋から中に入っているポテトチップチョコレートを一枚取り出して、口元へ持っていく。まだ、このトリックの全容を聞いていない、そんな丸腰で、だ。
 今回は祐巳の操がどうのという問題ではないはずですが、その辺りちょっと誤解が生じているようで。っていやいや、今はそれどころじゃない。
「あ、待った! それは」
 しまった、と白薔薇さまが肝心の罰ゲームのものが入っていることを言い忘れてストップをかけようとしたが、その時には。
「うわっ、お姉さま! その中には!」
 妹の痛切な声もすり抜けて。
「何よ、祐……っ……!」
 アーメン。
 時すでに遅し。祥子さまはバリっとかじりついた後だった。
 偽物の、ただの生イモチョコレートが混ざっているんです、と言いかけた祐巳は、思わず手で視界を覆った……が。
「……おいしいじゃない」
「へ?」
 もう祈るしかない状態だったが、どうやらマリア様は見ていてくれたようだ。子羊たちのピンチを。
「ちゃんと……揚がっています、か?」
 耳を疑うような……いや、信じたいというか奇跡のような台詞が祥子さまから紡がれたが、祐巳はそれでも恐る恐る確かめる。
「何を当たり前のことを言っているの、祐巳。私だって、ポテトチップが油で揚げられていることくらい、宣伝やパッケージを見て知っているわよ」
「そ……っ、そ、そうですよね! すみません、私ったら本当にもう」
 考えもしなかった反応に、祐巳は安堵する。ほっ。なんとか、史上最悪の危機は免れたらしい。
 しかしおかしいな、いつもの展開なら祥子さまに当ってとんでもないことになるはずなのに? と、首を傾げたくなるような心境だったが、まあいいか。
 本当に文字通り騙されたせいで危うく出そうになった『騙されたー! 騙されたー! 騙されたー!』の登場は、一回限りの伝説を作る他の誰かのために卒業まで持ち越しになったわけだし。……アレ?
「ごきげんよう、薔薇さま方」 
 そんな時だった。まるで空気を呼んでいない明るく爽やかな声が、サロンの中にこだました。
「あれ、それってロイズのポテトチップチョコレートですか!? これおいしいんですよね、一枚いただいても良いですか?」
「令ちゃん、ちょっ」
 悪夢、再来。
 カーテンも開け放たれ、更に状況を知る手立てが何一つない令さまがやって来て、実は好物だったらしいそれを発見して、嬉しそうに手にした。
 しかも、作った当人たちにはわかる、その姿。
「何よ、由乃。由乃だって、食べていたんでしょう? 私だっていいじゃない、好きなんだもの。いただきまーす」
 珍しく止める青信号の止める声も聞かず、姉はポイッ。と、小さめなそれを、口に丸ごと放り込んだ。
「うぐっ!」
 そして――。ついに、ロシアンルーレット、ヒット。
「れ、令さま……!」
「祐巳さん、見ちゃ駄目よ」
 志摩子さんが、良い子に見せてはいけない惨い映像から守るため、祐巳の顔を胸にうずめて抱きしめ遮った。
 そう言えば、この展開もお約束パターンその2、って感じだった気がしなくもなかったね!


 ――白薔薇さまに『ポテトチップチョコレート』を、喰われる。
 いつもそんな日ばかりじゃ、やっていられない。そう思った有志数人の手によって、今日こそは仕返しをしてやろうじゃないかという、本来考えられないような謀反が起きた。
 しかし、最も関係のない人間が一人巻き添えをくらった、予想外のあっけない幕切れであった。

「ふっふっふっふ……ちょっとちょっと、面白すぎて笑いが止まらないじゃないの。みんな、私色に染まって来てくれて最高だわよ」
 こういう時、必ずと言って良いほど裏にあるデコが、どこかの闇でうごめいた。このお方にとっては、人生こそがスィート&スパイシーであってこそ、美味と言えるというもの。
 可愛い妹が、悶え苦しんでいるというのにも関わらず、である。
「令ちゃん、しっかりしてよ、令ちゃんっ!」
「何を泣いているのよ、令ったら。そんなに号泣するほどおいしいの?」
 あちゃぁ〜と思いながら水を用意する由乃さんと、まだ何も知らない紅薔薇さまは無情にも言う。
「ち、が! 〜〜〜っ!」
 そして肝心の被害者の令さまだが、まあ、生のじゃがいもとチョコレートだから、そんなに耐えられないほどじゃないはず――と、お思いの皆さん。
 そうは黒い聖母は卸しちゃくれないのはご存知ですよね。
「(それだけじゃ甘いと思って、中に辛子と生クリームとマヨネーズを練りこんでおいたのだけど……まずかったかしら)」
「(そんなこったろーと思ってたけど、当らなくて良かった〜)」
 白いはずの姉妹は、心の中で同時に呟いた。



「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
 爽やかな朝の挨拶が、澄み切った青空にこだまする。
 マリア様のお庭に集う乙女たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で、心に悪魔を棲みつかせながら、背の高い門をくぐり抜けていようことなど。
「本当においしいわ、祐巳。うちでも大量に取り寄せようかしら」
「お、お姉さま……」
 汚れは知らないはずの心身を包んだ深い色の制服。
 スカートのプリーツは乱さないように、白いセーラーカラーは翻さないように、黒い腹の内は見せないように、ゆっくりと歩いて装うのがここでのたしなみであろうことなど。
 もちろん、遅刻ギリギリで走り去るなどといった、はしたないことなどしようはずもない生徒たちと、罪作りでありつつ何も罪なきポテトチップチョコレートは、知るはずもなかった。

 食べ物の恨みは怖い。これ一般常識。
 祐巳が噛むと更に怖い。禍々しいこの乙女たちには、そんな暗黙のルールが存在していることなどは――。






[執筆:鯨  Natural&Free




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