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あの日、私は見た。 真純さんとお姉さまが並んで歩くのを。バレンタインデーの週の週末、K駅の近くの繁華街で。 この近辺は週末ともなれば、姉妹や友人同士で遊びに来るリリアンの生徒も少なくないというのに。まるで誰に見られても構わないとでも言うかのように、真純さんはしっかりとお姉さまの腕を握っていた。 二人は誰かに見られて、私にばれてしまうのを恐れていないのだろうか?それともとっくに開き直っているのだろうか? (ああ、そうか) 真純さんを見るお姉さまの優しげな目を見て、浅香は悟った。 これはバレンタインデーの埋め合わせなのだ。あの日、何も知らないわがままな妹のせいで潰れてしまった約束へのお姉さまからの償いなのだ。 向こうは私に気づいていないようだった。なのに、私は駆け出していた。 傷ついたのは私の方、惨めなのも私の方なのに。何故か、二人に私が気づいているの悟られる方がずっと惨めな思いをする気がして。 どこをどう走り、どうやってバスに乗ったかも覚えていない。気がつくと私は部屋のベッドの上で泣いていた。 「ふう…」 テーブルの上にチョコレートの材料や包装紙を広げていると、ため息がこぼれた。 あれから1年、明日はリリアンで2度目のバレンタインデーだ。 浅香は寧子さまへ渡すチョコレートを作るため、自宅のキッチンで材料を広げていた。 心躍る作業のはずなのに、出てくるのはため息。 それもそうだ。好きでもない相手に、それも正面から向き合ってもくれない相手にチョコレートを作る事など楽しいはずがない。 それでも、浅香は寧子さまへチョコレートを渡さないわけにはいかなかった。 きっと、あの人は――真純さんは寧子さまにチョコレートを渡すだろうから。そして寧子さまはそれを心待ちにしているだろうから。二人の間に水をさすのが自分の役目なのだ。 こんな役を好き好んで引き受ける人間がいるだろうか?私は自分が惨めな人間であることをよく理解していた。 1年前は、既に真純さんと寧子さまとのことに気づいていたけれど、今ほど苦ではなかった。 まだあの頃は寧子さまをお姉さまとして慕っていたから。大好きなお姉さまが受け取ってくれるならと頑張ってチョコレートを作った。 しかし1年の間に想いは変わっていた。 惨めな思いをするたび、お節介なクラスメイト達が二人にのことを私に知らせようとするたび、そして寧子さまの作り笑いを見るたびに私の心は寧子さまから離れていった。 それでもロザリオを返すわけにはいかなかった。 そうすればきっと、二人は物わかりのいい私に感謝をして、そして何事も無かったかのように姉妹となるだろうから。私の気持ちなど忘れて、今以上に仲を深めていくだろうから。 私を置いて、二人だけで幸せになることだけは許せなかった。だからロザリオを返すのは寧子さまが卒業する時。 必ず返さなければならない。お目出たい浅香は最後まで気づくことはなかったなどと勘違いさせないために。 そしてそうすればきっと、真純さんも傷ついてくれるだろうから。 ――伴真純。一人の同級生の顔を思い浮かべる。 真純さんが私に対して優越感など持っていないということに私は気づいていた。それどころか私に嫉妬しているようにすら見える。 私の持つロザリオに。姉妹という公認の関係に。寧子さまの気持ちを独り占めしておきながら。 寧子さまだって決して幸せではないはずだ。私への罪悪感と後悔、真純さんへの愛情。二人への想いに挟まれ、身動きがとれないのだろう。 私たちはお互いに恨んだり、妬んだり、後悔したりしながら、皆自分が一番不幸だと思ってしまっているのだ。 私たちは一緒にチョコレートを溶かしたような底なし沼に溺れているのだ。もがくこともせず。 そう思うと二人のことが妙に愛しく思えてしまう。 ――想いは形にしなくては。 浅香はテーブルの上を見渡した。多めに買っておいて正解だった。チョコレートの材料も、箱や包装紙も2つ分はゆうにある。 浅香は決めた。中身も飾り付けも全く同じ物を二つ作って、真純さんと寧子さまに渡すのだ。 真純さんはどんな顔をするだろう。同じ物を渡されたと知った時、二人はどう思うだろう。 考えただけでワクワクする。こんなに胸が躍るのはいつ以来だろう。 せっかく渡すのだから、二人が今までに食べたことのないくらい美味しいチョコレートを作らなければ。 私は二人の愛しい人たちの顔を思い浮かべながら、作業に取りかかった。 顔は無理して笑みをうかべているのに、目からは涙があふれていた。 [執筆:rei ] |