ポテトチップ×チョコレート〜可南子VS令 料理対決〜

ポテトチップ×チョコレート

〜可南子VS令 料理対決〜


「ふう、そろそろ休憩にしようか。」
 書類を片付け続けて一時間ぐらい経ったころに、祐巳が疲れた様子でそう言った。
 みんなも疲れてきているようでそれに反対する人はいない。よって、今から休憩タイムだ。
 菜々、乃梨子、瞳子の三人がそれぞれの姉に紅茶を差し出し、自分の分を用意して席に座る。
 そしていつもの他愛の無いおしゃべりをみんなで始めた。瞳子は祐巳と話をしている。
「あ、そうそう。今日は皆さんに見せたい物がありますわ。」
 はっと思い出したようにして祐巳との会話を一旦中断し、みんなに聞こえるように言うと、鞄の中から紙袋を一つ取り出した。
 みんなも何だろうと興味深そうに瞳子の方を見ている。
「瞳子、何それ。」
 頭にハテナマークを浮かべながら祐巳がそう尋ねた。
 瞳子はそれに少しお待ちを、とでも言いたげに立ち上がると棚からお皿を出してテーブルの上に置く。
「可南子さんから差し入れにと頂いたクッキーです。どうぞお召し上がり下さい。」
 言い終えると同時に紙袋の中からお皿へと差し入れのクッキーを広げる。
 みんなの視線がそのクッキーへと集中する。
 マーブル模様のものやチョコチップの入ったもの、プレーンクッキーなど、様々な種類のクッキーがある。
「うわあ凄い。もしかして、これ全部手作り?」
「ええ。ついつい作り過ぎてしまったからって、皆さんにと。」
「へえー、可南子ちゃんって料理上手なんだ。」
 祐巳は驚きと感嘆の意を表しつつ、そのクッキーを一つ取った。四角い市松模様クッキー。
 それをまじまじと見てから、それを口の中に運ぶ。
「…どうかしら、祐巳さん。」
 志摩子が興味深そうに尋ねるが、じっくりと味わっているようで反応はすぐに返ってこない。
 やがて一口二口と噛むにつれて、祐巳の顔が段々とろけそうな笑顔になっていき、満足した様子で飲み込んだ。
「美味しい! すごい美味しいよ瞳子ちゃん!」
「当然ですわ、可南子さんのお手製ですから。」
 満面の笑みでそう言う祐巳に瞳子はさも当然、と言ったように自慢げに答えた。
 それを見たみんなが次々とクッキーに手を伸ばしていく。
「ホントだ、美味しい。」
「そうね。甘さがきつくなくて食べやすいわ。」
「これが手作り…すごいですね。」
 上から乃梨子、志摩子、菜々。
 どれも評価はかなり良く、それを聞いて瞳子はどこか誇らしげにしている。
 鼻高々、そんな表現がピッタリ合いそうだ。別に自分で作ったわけでは無いのに。
 まあ、自分の恋人が褒められるのは嬉しい事だから当然といえば当然か。
「…そう言えば瞳子は食べなくていいの?」
 瞳子がクッキーに手をつけないでいるのに祐巳が気が付いた。
「私は昨日も食べましたし、今日もお昼に可南子さんと一緒に食べましたから。それに今日はこの味を皆さんに知って欲しくて。」
「ようするに、恋人の自慢をみんなにしたいってわけか。」
「え…まあ、結果的にはそういう事になりますね。」
 祐巳が少しからかう様に言うと瞳子は少しはにかみながらそう答えた。
 それを聞いて祐巳は「ごちそうさま」と苦笑いを浮かべて言う。
 二人の関係はもはやこのクッキーよりも遥かに甘い、それは既に周知の事実になっていた。

「あーあ、もうなくなっちゃった。もっと食べたかったなあ。」
 やがてお皿の上にあったクッキーはあっという間に無くなってしまい、祐巳は名残惜しそうに空の皿を見つめている。
 お代わりの紅茶を祐巳に差し出し、その感想に満足げに笑った。
「頼んでみればまた作ってくれると思います。元々そういうのが結構好きな人ですから。」
「本当? じゃあまた作ってくれないか頼んでくれない?」
「ええ、頼んでみます。」
 祐巳は思わず「やった」とその場で小躍りしかねない勢いでガッツポーズを取った。
 みんなそれを見て少し笑い、祐巳は恥ずかしくなってそれを解いた。
「でも本当に美味しかったよ。ねえお姉さま。」
「ええ、私ももっと食べたいわ。」
 白薔薇姉妹も可南子のクッキーを褒めちぎる。その表情は本当に満足そうで、決してお世辞には見えない。
「本当ですね。お姉さまもそう思いましたよね?」
 菜々も釣られて笑顔で頷き、隣の由乃にも話を振った。しかし、由乃は一人で首を傾げている。
「…お姉さま?」
 何なんだろうと菜々が思うと、相変わらず首を傾げたまま由乃が口を開いた。
「んー…確かに美味しかったけど…。別にそんな騒ぐほどでも無いと思うな…。」
 無遠慮な由乃の独り言に会議室は静まり返って、視線が由乃に集中する。
 そして、当然のごとくそれを聞き流せないのが瞳子。片眉をヒクつかせて由乃の目を見据える。
「…なるほど、由乃さまの口には合いませんでしたか。」
「いや、美味しかったよ。ただ令ちゃんの作った方が美味しいかなって思ったの。」
「令さま、ですか。確かにあの方のお菓子も美味しいと思いましたが、私にはこのクッキーも負けず劣らずだと思いますけど?」
「それは可南子ちゃんが恋人だからそう感じるだけで、ただの贔屓と同じじゃない?」
「ひ、贔屓…? それを言うなら、由乃さまも同じじゃないんですか!?」
「そんな事ない! 令ちゃんの味なら私が一番よく分かってる、だからこそそう思ったのよ!」
「私だってそれは同じです! それを踏まえた上で私はこのクッキーも美味しいと思いました!」
「何よ、令ちゃんがお菓子作りで負けるわけないじゃない!」
「何ですってぇ!」
 言い争いはデッドヒートしていき、二人の間に火花が飛び散っている様に見える。
 祐巳はこの突然の展開に付いて行けず、とりあえずオロオロしながら何とかなだめようとした。
「ちょ、ちょっと瞳子落ち着いて! 由乃さんも!」
「邪魔しないで下さい! これは可南子さんの名誉を掛けた勝負なんですから!」
「そうよ、令ちゃんの方が上だってこのドリルに教えてやらなきゃ!」
「それはこちらの台詞ですわ!」
「ああもう、止めてってばー!」
 頭を手で押さえ、ついに祐巳が根を上げて大声で嘆きだした。なだめようとしても全く効果無し。
 もういつ掴み合いになってもおかしくない状態だ。
 更に追い討ちを掛けるように、由乃が祐巳の方をキッと向いてきた。祐巳は思わずビクッと竦んでしまった。
「祐巳さん、令ちゃんのお菓子とこのクッキー、どっちが美味しいと思った!?」
「えっ、ええ!?」
「可南子さんのクッキーですよね!?」
「令ちゃんのお菓子だよね!?」
「そ、そんな事言ったってー!」
 激しい剣幕で二人に迫られて、祐巳は恐怖を感じて全身から嫌な汗が噴出した。
 そんなの、どっちが美味しいか決められない。優劣をここで付けたら、確実に劣の方から何かしらの報復を受けるに違いない。
 助けを求めようと白薔薇姉妹の方へと目を向けたら見事に無視され、我関せずといった様子で世間話に入ってしまった。
 この黒薔薇姉妹め、心の中でそう呟いた。白薔薇姉妹はあてにならない、となるとあとは由乃の妹の菜々だけ…。
 わらにも縋る思いで由乃の隣にいる菜々に目で助けを求めると、少しだけ考えるような仕草をした。
 それに期待していると、菜々が由乃に諭すようにして声を掛けた。
「お姉さま、それに瞳子さまも。このままじゃ水掛け論ですよ、キリがありません。」
 それが気に入らなかったのか、二人の鋭い視線が菜々へと集中する。
 それに気圧される事無く、菜々は続けた。
「白黒はっきり付けたいなら、そうですね…。いっそ実際に料理対決してみれば良いんじゃないですか?」
「料理対決?」
「はい。料理を審査員に判定してもらうなりして。それが一番確実な方法ですよ。」
 落ち着き払った菜々の意見を聞いて、我関せずだった志摩子が話に割り込んできた。
 無視しているふりしてちゃっかり聞いていたようだ。
「良いわねそれ。二人とも、それで決着付けたらどう?」
 志摩子からいつもの美しい笑顔で言われて、二人はすぐに不敵な笑みを浮かべて頷いた。
「ええ、上等よ志摩子さん。」
「私も異論はありませんわ。」
「そう、それは良かった。日時は明後日の日曜日の午後から調理室で。題材はお菓子で良いかしら。」
「構わないわよ。どっちにしろ令ちゃんが負けるなんて事ありえないから。」
「その言葉、そっくりそのままお返しして差し上げますわ。」
 あれよあれよという間にスケジュールが決定し、そして背後に炎のオーラを漂わせて睨み合う二人。
 楽しいお茶の時間になるはずがこんな修羅場になるとは、思ってもしなかった。
 祐巳は場を収めてくれた菜々に目でお礼を言い、それに菜々はウィンクをして返してきた。
 とりあえず、何とかこれでこの場は何とか収まりそうだ。


「私が令さまとお菓子対決!?」
 瞳子が薔薇の館の仕事、可南子が部活を終えて一緒に下校している途中に今日あった事を聞かされ、可南子は驚いて大声で聞き返してしまった。
 そりゃそうだろう、自分のいない所で勝手にそんな事を決められたのだから。
「…売り言葉に買い言葉でつい…。」
「そんな、勝手に決めないでくださいよ…。」
「…ごめんなさい…。」
 本人の同意も無しに勝手な約束を決めてしまった事に責任を感じ、まともに可南子の顔を見ることが出来ない。
 こうやって冷静に考えると、頭に血が上っていたとは言え本当にみっともない事をしてしまったと思う。
 同時に、可南子に対して申し訳無い事をしてしまったと自責の念を感じてしまうのだった。
 不服だが、このまま由乃に頭を下げて約束を撤回し、謝るしかないのだろうか。
「でも、由乃さまにそう言われたのは少し面白くありませんね。」
「え?」
 意外な事を口にした可南子に驚いてその顔を見上げた。見てみると、顎に手を当てて少し眉をしかめている。
 そうして考える事数秒、あの時の瞳子と同じように不敵な笑みを浮かべて瞳子の方へと顔を向けてきた。
「やってみましょう。それで、由乃さまに一泡吹かせてみせましょう。」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ。瞳子さんもこうなったら後には引けないでしょう?」
「ありがとうございます可南子さん!」
 思わず抱きつきたくなる衝動を抑え、代わりに手をしっかりと握ってブンブンと振る。
 その様子がかわいくて可南子も思わず微笑んだ。
「明日に何を作るか決めましょう。大体の目星は今日にでも付けておきますから。」
「私も手伝います。あっと言わせるようなのを作って令さまに勝ちましょう!」
 勢いで勝手に約束してしまったが、可南子もやる気になってくれた。
 後は二人を打ち負かすようなお菓子を作るだけだ。
 向こうも同じ事を思っているだろうが、あそこまで言った手前負ける訳にはいかないのだ。

 翌日の土曜日の放課後、お菓子の試作品を作るために瞳子は可南子宅に寄らせてもらっていた。
 薔薇の館も今は特に重要な仕事が無いため早々と帰らせてもらい、可南子も部活が無かったのでその足でここまで来たのだった。
 その途中で必要な物を買い揃えて来て、目の前のキッチンテーブル上にそれらの材料が置かれている。
 ちなみに、可南子の母にはしっかりと了承を取ってある。
 だからってあんまり遅くまでやっている訳にも行かない。その為、七時までとタイムリミットを設けておいた。
 今の時間は一時過ぎ。あと六時間ぐらいだ。
「そう言えば、何を作るか決めたんですか?」
「タルトとかパイとか、そういったところですね。」
 可南子はそう言いながら付箋を挟んであるお菓子の本を出し、そのページをテーブル上で広げた。
 ページには「誰でも出来る簡単タルト!」という見出しでレシピと写真が載っている。
「これこのままって言う訳じゃないですけど、とりあえず参考にと思って。」
 そう言いながら可南子はエプロンを身に纏い、瞳子も同じようにエプロンを着けた。
「それじゃ早速始めましょうか。準備は出来ました?」
「準備万端です。始めましょう。」
 瞳子が準備できたのを可南子が確認して、お菓子の試作が始まった。

 そうして約二時間後、試作第一号である見た目鮮やかなフルーツタルトが出来上がった。
 良い香りを放っていて、見た目からして美味しそうである。
「出来ましたね、可南子さん。」
「ええ。我ながら上出来。」
 お約束のように顔に小麦粉やクリームが付けたままでタルトを覗き込む二人。
 次に可南子がフォークを二本持ってきて、いざ試食タイム。
 食べてみると、やはり見た目通りとても美味しい。とても素人が作ったとは思えないレベルだ。
「美味しいですよ可南子さん!」
「そうですね、味もなかなかね。」
 二人とも味には満足しそれをすぐに食べ尽くしてしまった。
 食べ終えた食器を片付けて、次の試作であるパイ作りに取り掛かる。

 それも二時間ぐらい掛かって出来上がった。桃の缶詰を利用して作ったピーチパイ。
 こちらの味もなかなかの高レベル。さっきのフルーツタルトにも引けを取らない味だ。
「うん、こちらも美味しいです。」
「確かに、味はなかなかですね。」
 それも食べてから時計を見ると、既に五時半。
 ちょっと早いがそろそろ片付け始めないといけないぐらいか。
「可南子さん、両方とも素晴らしい味でした。これなら間違いなく勝てますよ!」
 勝利を確信した瞳子は興奮気味にそう言ったが、可南子は難しい顔をして腕を組んでいる。
「…可南子さん?」
 瞳子はそれを訝しく感じて声を掛けると、やがて可南子が口を開いた。
「…確かに美味しかったんですけど…何だか両方とも普通過ぎてインパクトが無いような気が…。」
「インパクト…ですか?」
「そう。これなら令さまだって普通に作るでしょうし、何だか印象が薄いような気がして…。」
 インパクト。そう言われてみると確かに両方ともありふれた印象のあるものだった。
 オリジナリティの面から言えば、レベルは平々凡々かも知れない。
「やっぱり料理対決となると、もっとこう…斜め上を行くようなものじゃないと弱い気がするんですよ。相手は令さまですし。」
「…確かに…。」
 そこまで話すと可南子と瞳子は考え込んだ。何か良いアイデアは無いかと必死に頭を動かすがなかなか良いのが浮かばない。
 浮かぶのはどうしてもありきたりなアイデアばかりだった。
「…そうだ、インパクトのあるお菓子といえば…。」
 瞳子がふとある事を思い出して口を開いた。それに反応して、可南子も考えるのを止めて瞳子の方を見る。
「前に優お兄さまが北海道のお土産でお菓子を買ってきたんですけど、何だと思います?」
「北海道のお菓子…白い恋人、ですか?」
「違いますよ、そんな普通のお菓子じゃありません。ポテトチップチョコです。」
「ポテトチップチョコ?」
 突拍子も無い組み合わせのお菓子に可南子は驚き、瞳子の目をじっと見つめた。
 そのお菓子のことを思い出してか、苦笑いを浮かべて瞳子は続ける。
「ポテトチップをチョコでコーティングしてあるんですけど、チョコの甘さとポテトチップの塩加減がちょっと…。パパやママは美味しいって言ってましたけどね。」
「へえ、そんなお菓子があるんですか。ちょっと食べてみたい気もしますが。」
「私はちょっと遠慮願いますね。」
 可南子が笑ったので瞳子も釣られて思わず笑った。
 塩辛いポテトチップをチョコでコーティングするなんてアイデア、誰が考え出したのだろう。
「…あっ。」
 不意に可南子が何かを閃いた様に手を叩いた。瞳子はなんだろうと思って笑うのを止め、可南子を見る。
「瞳子さん、それ使えるかもしれませんよ。」
「使えるって…まさか、ポテトチップチョコが?」
「そう。ただ、ポテトチップを別の物に変えるんですよ。」
「変える? 何に変えるんですか?」
「それはですね…。」
 可南子はおもむろに立ち上がると、野菜室からその野菜を取り出した。
 それを見て、ああ、と瞳子の目が輝いた。
「これで作ってみましょう。面白いのが出来そうです。」
「本当、これならいけるかも知れませんよ。」
 二人とも急いでその料理に取り掛かり、そして一時間が経過した頃にそのお菓子は出来上がった。
 急いで作ったので見た目が少し荒いが、それでも美味しそうだ。
「ちょっと荒削りですが完成しましたね。」
「では食べてみましょうか。」
 そう言って可南子が先にそれを一枚食べ、それから瞳子が一枚食べた。
 ゆっくりと味わってから飲み込むと、二人とも笑顔で目を合わせた。
「美味しい、ほんのり甘くて香ばしくて。」
「本当。チョコが本来の甘さと合わさって良い感じ。」
 味は大満足。それにさっくりと軽いからいくらでも食べられそうだ。
 パイやタルトだとバターとかをたっぷり使うからどうしてもヘヴィになるが、これはそれが無い。
「可南子さん、これ良いんじゃないですか?」
「そうですね、もっと丁寧にやれば更に美味しくなるかも…。うん、これでいきましょう。」
 双方が合意して明日の料理は決まった。あとは明日の勝負に勝つだけだ。
 ふと時計を見てみればもう約束の時間まであと三十分を切っている。
 二人は急いで使った食器と余った材料を片付けると、瞳子は可南子の母にお礼を言って可南子宅を後にした。


 そして迎えた当日、リリアン女学園調理室。
「それにしてもよくこんな事で調理室貸してくれたよね。」
「後片付けをしっかりするのが条件ですけど、リリアンだからそこは大丈夫だと思いますよ。」
 教卓用である一番正面にある調理台で、祐巳と菜々が呑気にそんな事を話す。その隣には志摩子と乃梨子も待機済みだ。
「それじゃあルールを確認するわよ。令さまペアと可南子ちゃんペアがお菓子を作って、それを私達が判定するわ。材料はそこにあるものを自由に使ってね。」
 そこ、と指を指した先には可南子瞳子ペアと令由乃ペアの調理台の間を隔てるように一つ調理台が置いてあり、その上に様々な食材が置いてある。
「そうそう、私達だけじゃ四人になって決着が付かない場合があるので、特別に祥子さまにも来てもらいました。」
 どうぞ、と志摩子が手招きすると祥子が廊下から入ってきた。誰も聞いていなかったようで、これにはみんなが驚いていた。
「お姉さま!?」
「ごきげんよう祐巳。お久しぶりね。」
「お、お久しぶりですお姉さま。知らされてませんでしたからビックリしちゃいました。」
「もう、だからってそんなに慌てないの、落ち着きなさい。」
 そう言ってオデコをツン。そんな事をされて祐巳は恥ずかしそうに、それで嬉しそうな笑顔で大人しくなった。
 甘いピンクの空気がそこを中心に広がっている。
「あの二人は放っといてルール説明を続けます。制限時間は二時間以内ね。大丈夫かしら?」
 祥子と祐巳を“あの二人”と切り捨て、可南子と令にそれぞれ尋ねた。
「ええ、大丈夫です。」
「二時間もあれば余裕だよ。」
 二人とも自信満々に答えて頷き、志摩子はさらに説明を続ける。
「最後になりますが、負けたチームには罰ゲームとしてあの食材の費用を“全額”支払っていただきます。」
 笑顔でサラリと言った最後の台詞にみんながギョッとして食材を凝視した。
 ありとあらゆる物が並んでいるが、いったいいくら位するのだろう。
「何を驚いているんですか? 予算をこんな事で使えませんから、それぐらい当然ですよ。」
 変わらぬ“黒い”笑顔でニッコリ。
「…あの、総額いくら?」
 そう尋ねたのは令。その問に志摩子は領収書らしき紙を見てこう言った。
「ざっと二万円といったところでしょうか。」
「に、二万円…。」
 二万円という金額を聞いて思わず絶句する。二人で分けたとしても一万、これは結構痛い。
 由乃を見てみると「負けたら承知しないわよ」と言うメッセージを目で令に送っている。
「令さま、ひょっとして不安ですか?」
 不安そうな令に不敵な笑顔を送るのは瞳子。
 それを聞いて令は瞳子の方を向くと、気を持ち直して瞳子と同じく不敵な笑顔を由乃と共に返してきた。
「そんな事無いよ、ちょっと聞いてみただけ。」
「そういう瞳子ちゃんこそ、不安になってないでしょうね?」
「そんな事ありません。可南子さんが負けるわけありませんから。」
 そう言って可南子を見上げる瞳子。可南子も瞳子の方を見て目を合わし、一歩令の方へと踏み出した。
「令さま、私も本気でいかせて頂きますから手加減無しでお願いします。」
「こちらこそ、負けるつもりは無いから手加減しないよ。」
 闘志剥き出しの表情で視線を絡めあう二人。
 そこに上級生とか下級生といった関係は既に無く、お互いの意地とプライドだけが二人を取り巻いている。
 やがて志摩子の合図によって試合がスタートし、それぞれが調理へと取り掛かった。


 そして何だかんだで制限時間である二時間もあっと言う間に過ぎてしまい、令と可南子の手にはそれぞれの完成品が布で隠された状態で置かれている。
「時間内には完成したみたいですね。それでは早速、令さまの方から審査したいと思います。」
 志摩子にそう言われて令が前に出ると完成品を置いた。
 そのままそれを隠している布を引っ張ると、良い香りと共に中から焼きたてのピーチパイが現れた。
 その出来栄えに志摩子たち審査員は思わず色めき立つ。
「桃の缶詰もあったけど、ここはあえて本物の桃から作ってみたよ。冷めないうちに召し上がれ。」
 そう言いながら慣れた手つきで切り分けて行き、それを志摩子達に差し出していく。
「ピーチパイ…昨日の作ったのと同じですね。」
「まずは予想通り、と言ったところかしら。」
 その様子を見つつコソコソとそんな事を言う瞳子と可南子。
 そうしている間に志摩子達はそれを食べ始め、その感想を次々と口にしていった。
「美味しい、桃の味がしっかりと生かされてるわ。」
「このパイ生地も香ばしくてピッタリね。」
「さすが令さま、と言ったところですね。」
 等々、みんなの評価はかなりの物だ。由乃はそれを聞いて当然よ、とでも言いたげに胸を張っている。
 ちなみに、由乃はほとんどと言って良いほど手伝いも何もしていない。
 この評価を聞いて、瞳子はあまり面白く無さそうな表情を浮かべている。
「…分かっていましたけど、評価高いですね。」
「そう? これぐらい予想通りよ。」
 可南子は相変わらず冷静にその評価を聞き流している。

 程無くしてみんな食べ終わり、次は可南子の番だ。
「じゃあ、次に可南子ちゃん。準備は良いかしら?」
「はい、それでは。」
 名前を呼ばれて一歩前に出る。
 さすがにこの時ばかりは若干緊張した面持ちとなってしまった。
 息を一つ吐いて気持ちを落ち着かせて、被せてある布を掴む。
「ここはあえて凝った物ではなく、シンプルかつ美味しい、をコンセプトにして作ってみました。どうぞ。」
 そう前置きを述べてから布を引っ張ると、その下から可南子の完成品が姿を現した。
 それを見た志摩子たちは、興味深そうにまじまじと興味深そうに見つめる。
「可南子ちゃん、これは何かしら? 説明お願いできる?」
 そう言ったのは志摩子だ。
 志摩子たちの目の前に置かれているのは、薄いチップ状の物をチョコのような物でコーティングした、こげ茶色の物が皿の上に広げられている。
 一見、どういう物かは判別しがたい。志摩子に説明を求められた可南子は笑顔で説明を開始する。
「それはさつま芋をスライスして揚げたのをチョコレートでコーティングした物です。」
「さつま芋?」
 以外、と言った様子で祐巳が聞き返した。それに頷き、説明を続ける。
「そうです。揚げたチップ状のさつま芋の香ばしさと甘さ、それを引き立てるように調合したチョコの味が抜群だと自負しています。」
「なによそれ、ただのインパクト狙いじゃない!」
 自身有りげに説明する可南子に食って掛かったのは由乃。令がなだめようとしているが効果は無いようだ。
 説明を聞いていた志摩子はやれやれと溜息を吐き、由乃だけに見えるようにして微笑んだ。
「少し静かにしてくださらない?」
「っ…!」
 必殺(いろんな意味で)の志摩子スマイル。それを受けて由乃は押し黙って志摩子から目を背けた。
 いや、背けざるを得なかった。それぐらいの必殺力。いろんな意味で。
「…と、話が逸れちゃったわね。まあ食べてみないと評価のしようも無いから、頂いてみるとしましょう。」
 由乃を黙らせると、早速一枚を摘み取ってそれを更に注意深く見つめる。
 溶けてベタベタと指にくっ付くような感覚は無い。見た目を観察し終えると、それを口の中に放り込んだ。
 ゆっくりと味わうように噛んでいき、やがて飲み込みで一つ息を吐いた。どうコメントするのかと、全員の視線が志摩子に集中する。
 数秒間の沈黙が場を支配していく。
 そうしていると、志摩子は更にもう一枚手に取り笑顔で口を開いた。
「美味しい、一枚食べると止められないわねこれ。」
 それを聞いて、他のメンバーもそれに手を伸ばして食べ始めた。
「わ、本当だ美味しい! さつま芋の甘みとチョコの甘みが絶妙!」
「本当に香ばしくて、ついつい後を引くわ。」
「高級感は無いんだけど、それがかえって落ち着きますよね。一枚食べたら止められない、みたいな感じで。」
「チョコの甘みが絶妙なんですよ。甘過ぎもせず苦過ぎもせず、上手にお芋の甘みと引き立てあってます。」
 食べた面々は次々と賛辞の言葉を述べていき、それを聞いた由乃は信じられないと言った様子でその様子を見ている。
 令もその様子に驚いているようだ。
「嘘、そんなのがある訳無いじゃない! どれ!」
 未だにその様子が信じられず、それを食べようとしてつかつかと審査員席へと近付いていく。
 が。
「あ、ごめん。もう全部食べちゃった。」
 祐巳がそう言って見事に空になった皿を見せ、由乃は愕然とした様子で固まってしまった。
 そんな由乃を令が引っ張っていき、可南子と瞳子は小さくガッツポーズをとった。

 それから五人が結果を発表するために話し合いを始めた。
 色々言い合っているが数分経って意見はまとまったようで、それぞれの席に着くと志摩子が一つ咳払いをして口を開いた。
「どちらも大変なお味でしたが、話し合いの結果…。」
 そう言って一瞬の間を置き、可南子、令両ペアに緊張が走っていく。果たしてどっちが勝つのか…。
 沈黙を場が支配して数秒後、志摩子が可南子瞳子ペアがいる方へと手を伸ばした。
 と、言う事はつまり。
「可南子ちゃんの勝ち、となりました。」
 志摩子の結果発表を聞いて、可南子瞳子ペアは歓喜の声を上げ、令由乃ペアはショックで固まってしまった。
「やりましたね可南子さん!」
「まさか本当に勝てるなんて、夢見たいです!」
 手を叩きあいながら喜ぶ二人。それとは反対に由乃と令は未だに動けない。
「…な…。」
 だがそれからも立ち上がってきたのか、由乃の体が小刻みに震えてきた。
 目には新たに怒りの炎が点っているようにも見える。
「…何でよー!!」
 そして由乃火山大噴火。憤然とした様子で審査員席へと再び歩み寄っていき、バンと台を思いっきり叩いた。
「どうしてよ、どうして令ちゃんが負けるのよ! 納得の行く説明をしてもらおうじゃないの!」
 もう一度叩き、激しい剣幕で志摩子に詰め寄る。志摩子は臆する事無くその目を見て、理由を説明し始めた。
「確かに令さまのパイも美味しかったわ。でも、可南子ちゃんのさつま芋チョコチップはシンプルで安心する味だった。令さまのは少し重たい感じがしたわ。」
「でもだからってあんな簡単なお菓子に! インパクトで押されただけじゃないの!?」
「それは違うわ由乃さん。あの味を出すのは簡単な事じゃないと思う。それも考えて評価したのよ。」
「志摩子さん、本当にそうなの!? ねえ!!」
 いくら説明しても納得する素振りを見せない由乃に志摩子はもう一度溜息を付いた。
 そして同じようにもう一度色んな意味での必殺志摩子スマイル。
「…しつこいわよ?」
「っ…!!」
 さっきまでの勢いも、それに目の前と言う事もあってこれには敵わず由乃は身が竦んでしまった。
 その由乃を放っておいて志摩子は立ち上がり、そのままうな垂れている令へと近付き肩に手を置いた。
 それに気付いて令が顔を上げると、笑顔と共に一枚の紙を差し出された。
「罰ゲーム、お忘れで無いですよね? お願いしますよ。」
 差し出された紙を広げると、それは請求書だった。
 そこに書かれている金額を見て、令は蒼い顔を更に蒼くする。
「しめて2万3千560円…!? マジですか…。」
 聞かされていたより若干多い金額に更なる追い討ちを掛けられて、ますますうな垂れる令。
 すると不意に背後から異様な気配を感じ取った。
 恐る恐る振り返ると、まるで般若のような表情でこちらを睨みつけている由乃と目が合った。
「れ〜い〜ちゃ〜ん…。」
「は、はは、負けちゃったね由乃…。はは、は…。」
 誤魔化すように笑う令だがそれで由乃が収まるわけも無い。一歩一歩令へと近付いてくる、そんな由乃を令は笑って見ていた。
 だが首の向きを元に戻すと、脱兎の勢いで調理室から逃げ出した。その後ろから由乃が追い駆けていく。
「あっ、逃げた!」
「賢明な判断でしょう。ここには包丁やナイフなど、凶器になる物がたくさんありますから。」
「こ、怖い事言うね乃梨子ちゃん…。」
 苦笑いを浮かべてそう言う祐巳。
 そんな殺伐としたシーンに関係なく、可南子と瞳子は抱き合いながら勝利に喜んでいた。


 それから数日後。
「あーもう、大損しちゃったじゃないの!」
「それは私も同じだよ…はあ、自信なくしちゃうなあ…。」
 二人合わせて罰ゲームの代金を支払い、由乃は怒っていて、令は意気消沈していた。
 令の場合、お金の事より料理で負けてしまった事の方が堪えているようだ。
「令ちゃんが深く考えすぎるから、あんな結果になっちゃったんだよ。もっとシンプルに行けばよかったかも知れないのに。」
「あんなので攻めてくるとは思わなかったからね…空回りしちゃったのかな。」
 そこまで言うと令があ、と思い出したように声を上げて鞄から紙袋を取り出した。
 …何となく見たことのある光景に由乃は眉をしかめ、その紙袋を見た。
「…何、それ。」
「可南子ちゃんから由乃へって。あの時食べられなかったからお裾分けだとさ。」
「いらないわよそんなの!」
 可南子からしたらただの気遣いかも知れないが、由乃はそれが腹立たしくてプイッとそっぽを向いた。
 令はそんな由乃に苦笑いを浮かべつつ、その紙袋を開く。
「まあまあ。相手が作ったのを食べるのも情報収集の一つだよ。」
 そう言いながら一枚おさつチョコチップを出して食べた。
「わ、本当に美味しいよこれ。ほら。」
 その味に驚いて紙袋を由乃に差し出し、由乃は中から一枚取り出した。
「もう、令ちゃんのバカ。敵を褒める人がどこにいるのよ…。」
 呆れた様子でそれを口の中へ乱暴に放り込んで噛み砕く。
 だが、最初は乱暴だったのが少しずつ落ち着いていき、最後にはじっくりと味わうようにして飲み込んだ。
 そうしてもう一度、ふうと溜息を吐いて口を開いた。
「…悔しいぐらいに美味しいじゃない。」
 こりゃ確かに令ちゃんにも引けを取らない味だわ。
 心の中でそうこっそりと呟く由乃だった。




[執筆:Taya  Ivory filter




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