ポテトチップ×チョコレート〜ホワイトチョコがけいちご〜

ポテトチップ×チョコレート

〜ホワイトチョコがけいちご〜



 春。
 桜が終わって、花びらが散った並木道は、新緑の一歩手前といった様子で、太陽の光が優しく降りそそいでいる。
 このあたり、卒業された元紅薔薇さまの小笠原祥子さまだと、顔をしかめながら桜の枝々を見上げているのだろう。むしろ、桜とは視線さえ合わさないかもしれない。まだ目立たない程度だが、枝には小さな毛虫が蠢いているのだ。
 白薔薇さまこと藤堂志摩子は、薔薇の館での仕事を終え、1人門へと歩いていた。コツコツ、と石畳を歩く音と、木々のざわめき。校内に植えてある木々はみんな新しい芽を出し、楽しげな雰囲気だ。雑草でさえ、春の喜びを可憐な花で飾っていた。
 マリア像前に到着。手を合わせ、祈りを結ぶ。目を開いた時、石像の角にてんとう虫が止まっているのが見えた。羽を広げ、近くの草地へ飛んでゆく。
 てんとう虫にバイバイ、と手を振った志摩子は、門をくぐり外へ出る。今日は家に帰るとお寺の用事で手伝いをしなくてはならない。少し歩みを早める。……だが、次の瞬間に後ろから声をかけられ、早まった歩みは止まらざるを得なかった。
 名前を呼ばれたのだ。しまこ、と。大きな声ではないのに、志摩子にとっては絶対の存在で、声の大小に関係なく立ち止まって聞き惚れずにはいられなかった。呼ばれたのは自分の名前。呼んだのは、志摩子のお姉さまである佐藤聖だった。
「ごきげんよう、志摩子」
「ごきげんよう、お姉さま」
 聖が志摩子の姉の役割をこなしていたのは2年も前。聖が卒業してから、2人に交流はほとんどなかった。会うのも数ヶ月単位になる。
「どう? 調子は」
「変わりありません。……お姉さまはどうなさったのですか?」
「溜まったレポートをさ、必死でやってる日々よ」
 手に持った袋の中に、言っているレポートの資料でも入っているのだろうか。どこか投げ出したような言い方も、変わらずに聖らしい笑みと共にあった。聖は袋の中に手を入れ、白い何かを掴んで口に入れた。

 サク。

 咀嚼し、飲み込む。一体何を食べたのだろう。志摩子はじっと袋を見つめた。
「どしたの?」
「今、何を食べられたのですか?」
「ん。最近ハマっているお菓子。美味しいよ」
 聖はもう一度袋に手を入れ、今度はパッケージごと取り出して志摩子の手に置いた。あげるよ。さきほど見た白い何かが数個入ったパッケージ。
「お姉さまは、もうお食べにならないのですか?」
「他に買い置きがあるからいいよ。……ほら、志摩子?」
 聖が顎をクイ、と持ち上げ、志摩子の背中を指した。その瞬間、再び名前を呼ばれる。しまこさん、と。
 手に持つお菓子の包みをクシャリと握り締め、後ろを振り向く。のりこ。微笑んで返事するのと同時に、聖は「2人で食べたらいい。美味しいから」とだけ言って、志摩子から離れていった。
「お姉さま、ごきげんよう」
「ごきげんよう、志摩子」
 唐突に始まった邂逅は、やはり唐突に終了する。お菓子の白を見ていると、自分が受け継いだ「白薔薇さま」の名前を感じずにはいられなかった。
「志摩子さん、今の佐藤聖さま? もう用事は終わったの?」
「ええ、これを頂いたわ」
 コロンとした白いお菓子をつまみ、妹に渡す。
「美味しいのだそうよ」
 自分も1つ、口に入れる。

 サク。

 あ……。
「お姉さまみたい」
「志摩子さんみたい」
 一つまみのお菓子を食べ終わった瞬間、白薔薇姉妹はほぼ同時に感想を言い合った。言い合った瞬間、驚き、笑い出す。……お姉さまの味。
「美味しいわね」
「うん。最後に残る酸味がいいね」
 でも、立ったまま食べるのはよくないわね。志摩子はそう言って、残りを鞄に仕舞う。
(帰ったら、コーヒーを入れて食べてみよう)
 なんて素敵な時間なのだろう。お姉さまを想うお菓子。隣を見ると、乃梨子がにっこりと微笑んで、志摩子の手を握ってきた。あたたかい、素敵な時間。


* * *


 志摩子にお菓子を渡した聖は、ポケットを揺らした携帯電話を取り、めんどくさそうにのぞきこんだ。入ってきたのはメールで、差出人は友人だった。短い文面は簡潔に今の居場所を伝えるもので、その場所はここから近かった。くるりと方向転換し、その場所へ向かう。
 向かった先は、コーヒーショップ。窓際に座る友人に軽く手をあげ、カウンターでコーヒーを注文した。
「佐藤さん、進み具合はどう?」
「もう、全然終わらない。今日は徹・夜♪」
「……ずいぶん落ち着いてらっしゃることね。まあいいわ。焦っても仕方ないわね」
「だね」
 聖は、資料の入る袋から先ほどのお菓子を取り出し開ける。
「……あ」
「どうしたの?」
 手に当たる感触は、予想と違いふわふわしていた。パッケージをよく見ると、そこには「マシュマロ」と表記されている。
「間違ったお菓子を買っちゃったみたい。あちゃー……」
 それでも袋を開け、ひとつまみ。
「あ、ま、い」
 しゅわ、と口の中で溶けた。
「マシュマロね。……いくつかもらうわよ」
 友人――加東景は、4つほどマシュマロを取り、飲んでいたコーヒーに浮かべた。
 くるくる、と回りおどり、4つのマシュマロは溶けてクリーム状に変わる。
「こうやると美味しいわよ」
「なるほど、いいアイデアだね」
 2つのマシュマロがカップに落とされる。くるくる。甘いお菓子は、志摩子を想わせる。この失敗は、いい発見に繋がったかもしれない。残りのマシュマロを袋に直し、コーヒーをゆっくりとすする。
 帰って、とびきりの豆を使ってコーヒーを入れよう。その中に、このマシュマロを浮かべてもいい。
「景さん、これからウチに来ない? 一緒に徹夜で終わらせようよ」
「そうね、それ、いい提案だわ」
 こめかみをぐりぐり、と押さえていた景はコーヒーを飲み干し、「では行きましょう」と言って立ち上がる。

 店を出る際、入り口に飾ってあったハンギングバスケットから、甘い、優しい香りが漂っていた。
(ああ、春だな)
 2人は並んで歩きはじめる。

 聖は、大きく息を吸い込んだ。日なたの匂い、緑の草いきれ。
 そこは、新緑の深まる香りで包まれていた。





[執筆:Coruja Verde]




作品一覧へ戻る