| あなたのまわりに「育児と介護」を同時進行で行っている人はいますか? 私が「育児と介護」の両方を突然やらなくてはならない状況に陥ったのは、34歳の時。一人娘の「めぐみ」は1歳半でした。実父が脳梗塞で倒れ、救急車を呼び、運び込んだ時からです。 私と夫と娘は、いわゆる2世帯住宅で私の両親と同じ建物内に住んでいましたが、私の両親とは生活パターンが全く違う為、それほど互いの生活を干渉せず暮らしていました。でも、父が倒れる10ヶ月前、母が転倒して骨折、1ヶ月の入院をしました。転倒骨折の入院以前から母には痴呆の症状のようなものがあったのですが、家族の誰もが「ちょっとボケてきちゃったよ」ぐらいにしか思っていませんでした。私も育児で忙しかったし、父が母の面倒は自分で見るからと言っていたので、母の面倒は入院の時の面会・退院後の通院と、介護保険の申請、それと父がやりにくいこと(肌着を買ってくるなど)のお手伝いぐらいしかしていませんでした。でも…今思えば父は「老々介護」で、大変な思いをしていたのです。時々、取引のある銀行の外交員さんなどに愚痴をこぼしていたようです。私に対しては「ママ、ボケちゃっていて、大変だよ」とか、時々言っていたのですが、私は何もしてあげられませんでした。 たぶん、父は精神的にも体力的にも疲労がたまっていたのでしょう。イライラからか、晩酌の酒量も増え、痛風も繰り返し起こしていました。母と言い争いも何度もしていました。…そしてとうとう父は脳梗塞で倒れてしまいました。 そして、倒れた父、それと倒れた父が介護していた母の介護が突然私に襲ってきたのです。私は一人っ子、逃げ場も、手助けをしてくれる兄弟姉妹もいません。更に子どもはまだ小さい…。育児と介護を両方やる決意とか覚悟とか、そんなこと考える間なんてまるでなかった。目の前の現実は待ってくれず、やらなくてはならないことこなすことだけ、もう無我夢中で毎日を過ごしていました。 はじめのうちは介護なんてわからないことだらけで、考えても考えても進まないことも多かった…。調べながら、考えながら、とにかく1つ1つ処理していくしかなかった。そして介護以前に私には「育児」もある。でも、何しろ時間も人手も足りない…。育児に手をかけている時は介護を放棄しているような、介護をしている時は育児を放棄しているようなジレンマも感じるようになってきました。更に辛いのは、介護に手や時間がかかりすぎ、子どもに「我慢」を強いることが増えてきたということ…。「ちょっと待って」「ごめんね」「今はだめなの」と子どもにとって寂しい言葉ばかり口をつき、甘えたい時に甘えさせてあげられない。子どもも辛いけれども、私も辛い…。そういうことが続くにつれ、イライラやストレスがどんどん増えていき…。 そう、徐々に「介護と育児の狭間に悩む自分」にだんだん気がついてきたのです。 しかし…。 私の周囲には「育児と介護」を同時進行で行っている人はいませんでした。「育児の悩み」「介護の悩み」と、単独での悩みは分かち合える人はいたけれども、「育児と介護の両立の悩み」を話して共感したり、理解してくれる同じ立場の人はいなかったのです。たいていは「大変ね」とか「頑張ってね」などという、私にしてみれば意味のない言葉で片付けられてしまうことが多く、悩みは深くなるばかりでした。更に行政もひどかった。出先の家庭支援センター(児童館併設の育児関係の支援センター)では、非常に親身になってくれ、児童館での一時保育なども特例で長時間預かってくれたりし、今でも本当に感謝しているのですが、そこの所長さんに保育園の入所の検討をすすめられ、役所に行き、父と母の介護の為に、子どもを保育園に入所させて欲しいと頼みにいったら窓口で「介護なんかで保育園に預けるのか」という態度をとられたのです。それでも、どうにか緊急一時保育という形で、まずは1ヶ月、そして最大延長3ヶ月まで徒歩30分の保育園に預けることができたのは本当に救われました。その緊急一時保育で御世話になった保育園の園長先生、家庭支援センターの先生方、高齢者在宅支援センターの相談員さんなどの御力添えもあり、お願いしにいってから5ヶ月目の4月進級時にどうにか徒歩8分程度の近隣の保育園に正式入所することができ、現在に至っています。でも、この時の出来事は忘れられません。 育児と介護を同じ土俵で語る人ってまだそんなに多くはいないと思います。だから行政は「そういう要望はない」というか、必要性を認識していないのでしょう。だから『育児と介護』に対して同時に対応できるサービスなどが充実していないのであろうと思われます。充実って言うか…そういうものがほとんどないんですけれどもね。また、育児も介護も、自分で実際に経験してみないとわからないということが非常に多いです。私自身もそうでしたから。だから残念だけれども経験のない人達に「大変、大変」って言っても、理解してもらうのは現実的にはなかなか難しいことなのだと思います。 でも、日本の少子高齢化は着実に進んでいっています。しかしながら、「少子高齢化」って言葉は広まっているけれども、そこに潜んでいる大きな問題がまだ見えてきていないのでしょう。私、断言してもいいです。「これから先、どんどん育児と介護を同時にやらざるを得ない人が増えてくる」って。 たぶん、今の時点では私のように思いがけずそういう状況になった人が、「育児と介護の両立というのは大変なものなのだ」と声をあげていくしか、仕方がないのでしょう。でも、徐々に声を集約していけばきっとそのうち世の中の目も向いてくることだと思います。 それと、私に限らず、「育児と介護」を同時経験した人の貴重な「苦労」を単なる「苦労」で終わらせたくないのです。だから、そういう経験・知識を、新たに困った人の支えとして生かしていく、更に行政も動かしていく、そのようなこともしていきたいのです。 初めはそんなに肩肘張らず、サークルみたいな感じで、育児と介護を同時進行しなくてはならなくなってしまった人たちの集まりからはじめたいと思っています。愚痴でOK、そこから「育児と介護の両立」の問題点を一緒に探っていきましょう! 最後にもう1度。 『あなたのまわりに「育児と介護」を同時進行で行っている人はいますか?』 あなたがもし「育児と介護」を同時進行で行っている方ならば、 一緒に語ったり、情報交換したりしましょう! また、過去に「育児と介護」を同時に行っていた方ならば、是非アドバイスをしてください。 「育児と介護」の狭間で悩んでいるのは、あなただけではありません! |
2003年10月
「育児と介護の両立を考える会」発起人・代表 兼HP管理人 ぴい
(川端 美和)
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