四国遍路旅

阿波の国「発心の道場」(徳島県)

5月6日 四国入り
 朝1番の東北新幹線は連休最後の日とあって通勤の混雑も無い。東京駅で東海道新幹線に乗り継
ぎ岡山へ。岡山からはマリンライナーで高松へ。瀬戸大橋を超える。初めて見る瀬戸内海は明るかっ
た。高松で特急うずしお号に乗り換えた。カーブやアップダウンも多い単線を列車は結構なスピードで
飛ばした。板野で乗り換え、今日の宿泊地であり、遍路の発願札所第1番霊山寺がある板東到着。
予約してあった民宿へ入った。

                              板東到着。小さな駅でした。

 第一番霊山寺 発願
 民宿に到着後、すぐに支度(白衣、輪袈裟、頭陀袋は事前に用意した)をして第1番霊山寺へ。本堂
と太子堂で灯明と線香を供え、般若心経を読み納経所にて事前に準備していた納経帳に記帳しても
らう。併せて菅笠と自分の分と息子の分の金剛杖を購入した。金剛杖には名前を書いた方が間違わ
ないよと教えられ、それぞれの杖に記入。
 民宿はだいぶ古く、おばあさんが古いマッサージ椅子に座ったままで応対していた。2階でもいいよ
と言われたが、食事や風呂の案内を老人に2階まで連絡させるのは悪いと考え、「いや1階でいいで
す。」と話し1階の部屋へ案内してもらった。遍路は基本布団は自分で敷くもの。布団を出したら、せん
べい布団であった。遍路宿なので、宿泊料も安い(後で思い返すと遍路宿としては決して安くは無い)
からこんなものかと思った。



                       
5月7日 第二番極楽寺〜第九番法輪寺
 昨日、1番霊山寺のお参りは済ませているので、今日は2番極楽寺から8番熊谷寺までの7ヶ寺にお
参りする予定。遍路初日ということで若干距離は抑え気味。約24kmである。いかにも遍路道らしい山
間の道を歩いて行く。道の要所要所に遍路マークのステッカーが貼ってあり、矢印に従って歩けば間
違いなく進める。途中、遍路の休憩小屋があったので、休んでいたら、地元の方がやってきてお話。こ
の休憩所の設立の様子や様々なことについて話を聞かされる。結構話し好きな方のようである。気温
はほどほどだと思うが、歩いていると汗をかくので、水分補給は欠かせない。自販機が少ないのが気
になる。

               竹藪を抜ける遍路道。歩き遍路ならではですね。

 本日の宿に近づいたが、まだ時間に余裕があるので、そこを通り過ぎ、熊谷寺へ。上り坂で息子が
遅れ気味となる。足が痛くなったようである。熊谷寺のお参りを済ませてもまだ時間の余裕があった。
明日参拝予定の9番法輪寺までは2.4km。登りは無いので、9番まで進むことにした。9番から宿に電
話したところ、迎えに来てくれるとのこと。お願いすることにした。この宿は食事は出さない。風呂も近く
の温泉施設へ送迎である。途中で、夕飯と朝食を購入する。ちょっと疲れた。



 5月8日 第十番切幡寺〜第十二番焼山寺
 昨日迎えに来ていただいた法輪寺まで、宿の主人に送っていただき、歩き始める。10番の切幡寺
までは3.4kmの道のり。40分ほどの行程である。昨日宿の主人に焼山寺まで行くことを告げると、それ
は大変だという話を聞いた。切幡寺から11番藤井寺までは遍路道で9.3kmとある。1時間30分ほどと
考えていたが、昨日の疲れもあり、少し気が萎える。実は藤井寺から焼山寺までがかなりの難関らし
いことを聞いて、できる限り早い時間に藤井寺を出発したかった。そこで、もったいないとは思いなが
ら、切幡寺から藤井寺までを歩かずにタクシーで移動することにした。後で思うとこれは正解であっ
た。普通は藤井寺周辺で1泊し、朝早くに藤井寺を出発するのが定石なのだそうだ。藤井寺を出る
と、すぐに上り坂にかかる。最初は登山感覚でいえば登りもそうきついというほどでも無く、まずは順
調に山道を登っていった。途中で阿波市を一望する。雄大な吉野川の流れを眼下にし、かなり登った
と思ったが、ここは遍路転がしの難所である。実はまだまだであることを思い知らされる。

             
            藤井寺から焼山寺への途中、阿波市内を臨む。             ちょっと休憩。ここまではまだ余裕が・・・。


途中の端山休憩所でちょっと休憩し、さらに長戸庵まで登りの連続、長戸庵で軽く手を合わせただけ
で、柳水庵を目指す。途中600mのピークまで長い登りであった。ピークから若干下って柳水庵に到
着。昼はとうに過ぎていた。柳水庵で昼食と大休止をとり、水を汲んで再出発。途中で携帯電話が鳴
る。今回、運動量計を腕に巻いていたが、これがスマートフォンと連動しているため、着信があると腕
に振動が伝わる。こんな山奥でも電話は通じるらしい。便利だと思った。
 柳水庵は標高500mほどであるが、ここからちょっと下ると県道があり、自動車の音も聞こえてそれ
ほどの山奥にいるという感覚は無かった。ところがここから浄蓮庵までがまた登りの連続、この行程の
最高地点745mに浄蓮庵はある。登り切ったところに大きな太子像が建っていた。ここを過ぎると下り
である。登りの苦しさに比べ、下りは楽であるが、標高450m地点にある県道まで気が抜けないほどの
急斜面であった。周りが竹林で、笹の葉が積もっており、滑りやすい。注意深く下山していると、途中
でトレイルランをしていると思われる若い女性に追い越された。どこから走り始めたのか、ものすごい
勢いで追い越された。こちらは膝が笑い、足はがくがくの状態であった。県道まで下山した時点で、も
う耐えられないほどの疲れが出ていた。タクシーでも来ないかと期待したが、淡い期待であった。道路
に腰をつき、大休止。水分補給をしながらしばし動くのがおっくうな状況であった。さらにそこから標高
400mの沢に下り、そこからがまたの登りである。すでに膝に痛みが発生していた。以前登山した際に
下山途中のオーバーペースで膝に負担をかけ過ぎて、1週間ほど上り下りができなくなるほどの膝の
激痛に襲われたことがあった。丁度そのときと同じ症状である。しかしここは山の中。もう登るしか無
い。しかし、どこまで行っても胸突き八丁のきつい登り。つづら折りになった道を100m進まぬうちに息
が上がり小休止せざるを得ない。歩くスピードは牛歩のごとしであった。焼山寺まではまだまだ距離が
ある思われるところで、先ほど抜かれたトレイルランの女性が折り返してきたのとすれ違う。なんという
タフさだろう。こちらはもう歩けないと言いたくなる状況なのに。やっとの思いで登り切り、焼山寺へ。涙
が出るほどうれしかった。焼山寺本堂へは駐車場からさらに階段が待っていた。手すりと金剛杖を頼
りに歯を食いしばって到着した。自動車で来ている人たちが恨めしく思うほどの疲労困憊であった。

           
          焼山寺まであと一息。登りがきつ過ぎる!             やっとの思いで焼山寺到着。膝がいうことを聞かない。

 事前に予約していた今日の宿泊場所までは焼山寺から3km下る。予約の時点で、焼山寺に着いた
ら電話するように言われていたので、電話をすると「今から迎えに行くので、遍路道でなく自動車道を
下ってくるように。」とのことであった。遍路道は自動車道を何度も横断するようにほぼ直線的に下山
する。自動車道は距離はあっても傾斜は緩くなる。痛い足には遍路道は相当応えると想像できたた
め、宿からの「迎えに行く。」はありがたい申し出であった。できればそのまま駐車場あたりで待ってい
たかったが、焼山寺を参拝し、納経を済ませて自動車道を下り始めた。しかし、我々が今日の客であ
ることがわかるのかと若干の不安は感じながら、登ってくる車に注意しての下山であった。ところが、
焼山寺から遍路道で1.8km地点(自動車道では2倍以上の距離と思われる)の杖杉庵まで来てもま
だ、宿の車にすれ違わない。痛い足を引きずりながら、さらに自動車道を下山。宿まであと少しという
ところで1台の乗用車が近づいてきた。おじいさんが、我々のところで停車し、宿の者であることを告げ
られた。「ずいぶん降りてきたね。」とのことであったが、上がってくるのが遅い。かれこれ30分以上下
山していた。しかし、たとえわずかではあっても迎えに来てもらったのは助かった。やっと今日の宿す
だち館に到着した。すだち館は宿泊者用の風呂が無く、6.5kmほど離れた神山温泉という温泉施設ま
で送迎してくれる。ゆっくりと体をほぐした。夕飯を食べながら、明日の予定について話をする。足が
痛くて歩くのが困難なため、近くのコミュニティバス乗り場からのルートを教えられた。家への土産とし
て、すだち館で扱っているミカン類の箱詰めを送った。朝食後お礼を言って出かけようとしたら、昼食
用のおにぎりまでいただいた。1泊2食で無く1泊3食となった。ありがたかった。



5月9日 第十三番大日寺〜第十七番井戸寺
 すだち館から町民バスで寄井へ。寄井中前で徳島バスに乗り換えて一宮札所前下車。第十三番札
所大日寺の山門のすぐ近くであった。本来大日寺までは歩く予定であったが、昨日の足の痛みはな
お続いており、足を上げるのも下りで足をつくのも膝に激痛が走る。バスの乗り降りでさえ不自由を感
じる。これから先はまだまだ長いので、どうしたものかと思案に暮れる。大日寺から今日の行程は幸
いにも平坦路ばかりなので、まずはゆっくりと歩いてみることにした。第十四番札所常楽寺ではお坊さ
んをリーダーとした遍路グループと一緒になって。まだぎこちない我らとは違って、読経の迫力に圧倒
された。第十五番札所国分寺、第十六番札所観音寺を過ぎると遍路道は町中へと入る。道路が狭い
と自動車に気をつけなければならない。第十七番井戸寺までは距離的にはそれほど遠くは無いが、
そうした気遣いが道のりを遠く感じさせる。井戸寺は丁度祭禮の日に当たっているらしく、氏子の方々
が祭禮の行事を執り行っていた。井戸寺と言うだけあって、古い井戸が境内にあった。

                          
                              井戸寺到着。結構歩いたなあ。

 本日の宿泊所はこの井戸寺前にある。参拝を済ませたが、大日寺までバス移動したため、まだ午後
1時を少し過ぎたところである。果たして入れてくれるかと心配しながら訪ねると、快く部屋に通してい
ただいた。ゆっくりと足を伸ばして休ませる。平地を歩いている時は暖まっているせいもあり、それほ
どひどくは無いが階段などはやはり膝に激痛が走る。息子と相談し、今後様子を見ながら、公共交通
機関を利用しながら進むことを決める。
 ひと休みし、時間も十分にあるので、足の痛みを和らげる方法を相談するため、近くに薬局が無い
か探してみるが見当たらない。仕方ないので、息子が持ってきた鎮痛消炎剤を塗る。明日の予定を見
直すこととした。幸い、明日の行程は大部分が平地であるが、歩く距離が長い。近くの府中(こう)駅か
らJR線を利用できそうである。宿の夕食にとんかつが出てとてもおいしくいただいた。改めて最初の
民宿はなんだったのかと思った。



5月10日 第十八番恩山寺〜十九番立江寺
  宿を後にして、府中(こう)駅へ。府中から徳島を経て小松島市の中田までJR線を利用した。本来は
徳島市内を歩いて通過する予定であったが、時間的にもかなりの短縮である。中田駅から第十八番
恩山寺までは膝の痛みと相談しながらのスピードで歩いた。

                
                          まむし注意の標識が。タケノコが結構出てました。

平坦路はなんとか歩けても、上り下りになるとやはり痛みがある。恩山寺から第十九番立江寺までも
多少の登り下りはあるもののほぼ平坦路。バスはありそうだが、歩くことにした。
 今日の宿泊場所は第二十番鶴林寺の麓にある。立江寺から約10kmである。足の痛みの様子を見
ながらそのまま歩く。立江寺を出て間もなく、歩いていると対向してきた軽自動車が我々のところで停
まり、運転していたおじいさんから米菓子を袋に入れたものをお接待にいただいた。足の痛みと闘い
ながら、暑さもあって体力的にもきつい状況であったが、こうした好意は断らないのが礼儀だそうなの
で、ありがたくいただく。途中、6kmほど歩いたところにコンビニがあり、昼食を購入して日陰で食べ
る。白装束の男性が同じように昼食をとっていた。黙礼。
 気温がだいぶ上がってきていたが、我慢して歩き続けて宿に到着したのは午後2時30分頃であっ
た。洗濯を済ませて宿の方と明日の予定を相談したところ、第二十一番の太龍寺までタクシーを利用
する方もいるという話を聞いた。鶴林寺は標高500m。太龍寺まではそこから一旦、標高40mまで下
りまた520mまでの登りとなる。今の膝の状況では無理と判断し、明朝のタクシーを予約した。夕食
時、今日のコンビニで黙礼した遍路の方も同宿であることを知る。明日は早出して鶴林寺まで歩くとの
ことであった。通しで歩いているのかと尋ねると、阿波一国の区切り打ちとのこと。もう一人同宿の方
がいたが、その方も区切り打ちとのこと。なるほど、そういうやり方もあるのかと思った。息子も足が痛
いのと体力的にかなりきつくなっている様子。今後の予定を検討し、明日、タクシーとJRを利用して徳
島県を終了したところで一旦打ち切り、膝の回復を待ってまた出直すことを決める。



5月11日 第二十番鶴林寺〜第二十三番薬王寺
 宿までタクシーに迎えに来てもらい、そのまま第二十番鶴林寺へ。かなり狭くて急な登り坂であっ
た。聞けば遍路道はもっと急だそうで、とてもこの膝では登れないと改めて感じた。タクシーにはその
まま待っていてもらって、鶴林寺へ参拝。初めて駐車料金を支払う。確かにこの道を維持するには経
費も大変だろうと思う。タクシーと言えば免除されるところかもしれないが、素直に寄進した。鶴林寺か
ら太龍寺までは自動車ではかなりの遠回りとなる。しかも太龍寺の駐車場から本堂までは標高差19
0mもある。そこで、太龍寺ロープーウェイを利用することにした。タクシーで道の駅「鷲の里」まで乗せ
てもらい、そこからロープーウェイである。

           
             太龍寺ロープウェイ                               この窓の中、太龍寺から鶴林寺を臨む

太龍寺山がニホンオオカミの最終生息地であったことや空海が悟りを開いた岩などを望むことがで
き、眺めもとてもよかった。紀伊水道が一望できた。また、遠く鶴林寺も確認できた。太龍寺参拝後、
道の駅からは少し歩いてバスで移動できることを案内所で教えてもらった。近くのコンビニで昼食を購
入し、バス停で食べながら待っていると、女性2名のお遍路さんと一緒になる。北海道苫小牧から来
たとのこと。地図は持っているのだろうが、道が不案内のようであった。自分たちの今日の予定を話す
と、同じコースを歩くとのことであった。和食東バス停から山口中までバス移動。そこから第二十二番
平等寺まで4km弱の歩きとなる。バスを降りるところまでは先の女性たちと一緒であったが、そこから
の歩きはスピードが違う。平等寺を後にする時までに女性たちは到着していなかった。膝の痛みは相
変わらずである。ここから最寄りの新野駅まで歩き、JRで日和佐まで移動。歩けば20kmほどの行程
であるが楽をしての移動となった。第二十三番薬王寺は徳島県最後の札所である。駅から歩いて程
なく寺に到着。階段は膝の痛みがあるため、手すりを使ってやっとの思いで登った。ここで一旦打ち切
りかと思うと、幾分気が楽になった。駅の近くに道標があり、第二十四番最御崎寺まで90kmとあっ
た。とんでもない距離である。

                             最御崎寺まで90km!!遠いなあ。

 駅で徳島行きの列車に乗ろうとしたところ、バスで一緒だった女性たちとすれ違う。我々より1本遅い
列車で来たそうだ。1時間以上の違いとなった。本日は徳島駅前のホテルに宿泊する。高知の大学時
代の恩師へ電話し、足の故障のため区切り打ちで一旦帰ることを伝える。
                               

5月12日 帰郷
  徳島駅から高速バスが新神戸まで出ていることを知り、これを利用。瀬戸大橋、淡路島を経由して
新神戸で東海道新幹線に乗り換える。午後5時30分、無事帰宅した。四国の遍路道が登り下りが多
く、しかも急斜面であることを考慮し、登山で足を慣らす必要があることを実感した。また、歩き通すな
らば、1日の行程をもっと短くすることが必要であることもわかった。



旅日記

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