四国遍路旅

土佐の国「修行の道場」(高知県)


9月23日 打ち始め(再開)
 今回は新幹線で京都まで行き、京都から東海道線で舞子へ。明石海峡大橋袂の高速舞子から高
速バスで第二十三番札所薬王寺のある日和佐まで移動。薬王寺にお参りして再開の報告と道中の
安全祈願をする。ここからは前回の経験を踏まえ、JR線やバスを利用することも良しと考えた。薬王
寺参拝の後、JR線で海部へ。海部で阿佐海岸阿佐東線に乗り継いで甲浦へ。ここから先は鉄道は無
い。バスに乗り継いで海洋町へ。今日の宿泊場所の民宿へ到着したのは午後6時30分を過ぎてい
た。家を出てから12時間以上の移動であった。この民宿は午後6時以降の到着では、夕食を提供し
ないとのこと。途中で買った弁当を夕食にとる。さて、家を出る時に気になっていた天気が怪しくなっ
ていた。部屋から、海の波の音がよく聞こえ、安眠できるか息子も心配しているようである。案の定、
夜半から風雨が強くなってきた。



9月24日 暴風雨の中を移動
 朝起きると台風のような状況で、ここから歩く予定であったが、とても歩けるような状況では無い。場
合によっては連泊も覚悟しながら、少し様子を見ることにした。午前10時。風雨は相変わらずである
が、今後の予定も考えて、午前11時過ぎのバスで移動することにする。同宿した方の一人は朝に出
かけていったとのこと、すごいなあと感心する。
 バスでも室戸岬までは距離がかなりある。バスは海岸沿いの雨水のたまっている道路を結構なス
ピードで飛ばす。時々ワイパーが効かないような雨の降りようである。午後1時過ぎに室戸岬に近い
今日予定していた宿の前でバスを止めてくれた。雨は依然として強くなったり弱くなったりの繰り返し
であった。宿に着いてはたと気づいたが、まだ昼食をとっていない。本来であれば歩く途中で何かを
食べようと思っていたが、バス移動になったため、コンビニにも寄れず宿に入ってしまった。近くに食
堂でも無いか問うたが、無いとのこと。宿のおばあさんが気の毒がってトーストとコーヒーを用意してく
れた。ありがたかった。明日の天気も気になるところであるが、それ以前に宿の裏側がすぐ崖になっ
ており、昨夜からの雨で崖が崩れたらひとたまりも無い。そのことが妙に気になった。事実、テレビの
ニュースや地域の広報では盛んに大雨警報や洪水警報等、土砂災害警報の情報が流れている。高
知県内では崖崩れや河川の増水など至る所が危険な状況である。おそらく台風などの際には同じよ
うな状況は何度もあっただろうと考えてはみるものの、雨の降り方は尋常では無かった。もし何か災
害の兆候があったら何を持ってどう逃げるかなど想像しながら眠りについた。後日知ったが、我々が
乗ったバスが通過した後に、河川の氾濫警報と崖崩れのため、国道55号は通行止めになり、その後
数日通れなかったようである。昨日の宿に連泊していたら、今回の旅は続行不可能であったろう。



9月25日 第二十四番最御崎寺〜第二十六番金剛頂寺
 朝起きると、雲の流れは速いが、雨は上がっていた。ネットで雲の状況を見るとあと数時間で晴れ
間も出そうである。朝食をとって8時前に出発。少し歩くと室戸岬の標識。海はまだかなり荒れてい
る。空海の大きな立像に一礼し、最御崎寺への登り口へとさしかかる。

                室戸岬最御崎寺の登り口近くにある大師像

 焼山寺ほどでは無いが、かなりの登り坂である。息が上がる。途中で休憩場所があったが、蚊がう
るさく、早々に登り始める。私はあまり気にならないが、後ろを歩く息子がとても気になるとのこと。蚊
は人の呼気に含まれる二酸化炭素に反応すると聞いたことがある。先に歩いている私の呼気で集ま
ってくるのかもしれない。登りはゆっくりとを心がけて足の様子を見ながら登ること30分。第二十四番
最御崎寺に到着である。下りは登りの反対側の車道を降りる。天気も良くなってきた。海岸線が遠くま
できれいに見える。

                 昨日の雨は何だったんだ!

 海岸沿いの国道55号に並行して伸びる道(旧道だと思われる)をてくてく。暑くてのどが渇く。自販
機があっても稼働していなかったり、全て売り切れというものも多い。やっとの思いで飲み物を手に入
れ一気に飲む。最御崎寺から6.5km第二十五番津照寺に到着。津照寺は海岸に近く、港のすぐ上に
あった。こんなところにお寺があるのかと思ったが、四国八十八カ所の札所は皆立派なお寺である。
津照寺も違わず立派であった。ここから第二十六番金剛頂寺まで3.8km。
 自販機は1万円札が使えないので、なんとか崩したいと思い、途中の店へ立ち寄る。ところが、いくら
呼んでも誰も出てこない。仕方なく息子に細かいお金を借りて飲み物を調達する。この時期歩き遍路
にとって飲み物はとても重要である。遍路道の登り坂を順調に登り金剛頂寺へ。ここから山中の遍路
道を再び国道55号まで下る。山を降りたところの近くに道の駅キラメッセ室戸があった。ここで昼食を
調達。海を見ながらほおばる。昨日とは打って変わって太陽が照りつける好天になった。腰掛けた椅
子がとても熱かった。
 ここから今日の宿泊場所まで20km近くある。ここまで約13km。最御崎寺と金剛頂寺と二つの登り下
りを歩いてきた。息子の疲れが目立つ。自分もかなり足に応えている。丁度バス停があったので、バ
ス移動を決意。本来歩いて4〜5時間かかるところをバスで40分ほど。2時30分過ぎに田野駅到着。
今日の宿は5月に宿泊した宿で、ぜひ泊まった方が良いと薦められた宿である。
 田野駅で一息つきながら宿へ電話。元気な女性の声で道順を教わり、その通りに行ってみるとなん
と一般の家であった。いわゆる善根宿で、ホームステイのような感じである。宿泊者は2階を自由に
使っているようだが、家族の部屋でもあるような感じ。事前に電話で了解を取っていたので、勝手にシ
ャワーを借りて、洗濯も済ませた。家主の女性が出先から戻ってきて風呂に入ったかと聞かれたの
で、シャワーを借りたと応えると、それでは疲れはとれないとすぐ湯船にお湯を入れてくれた。夕飯の
鰹の刺身がおいしかった。明日の予定を話すと、神峯寺までの交通手段の段取りを考えてくれた。時
間的なことで考えると、ここからタクシーで神峯寺まで行こうかと思ったが、土佐くろしお鉄道で唐浜ま
で行き、そこからタクシーの方が良いとのこと。また、唐浜では荷物を預けるところまで教えてくれた。
いろいろとお世話いただいた上に、宿泊料は格安であった。



9月26日 第二十七番神峯寺〜第三十番善楽寺
 田野駅6時33分発の土佐くろしお鉄道で唐浜へ。昨晩教えられた荷物を預かってくれるという一般
の方の家へ。声をかけるが返事が無い。事前に誰もいなくても置いていっていいということだったの
で、ノートに名前だけ書いて荷物を置く。これも前日に宿のご主人が連絡しておいてくれたタクシー屋
さんに電話する。津波避難場所の前でタクシーを待つ。大地震が予測されているので、こうした避難
塔はあちこちにあるようだ。東日本大震災の津波を思うと、この高さでも足りるのか疑問である。第二
十七番札所神峯寺までは約3.5kmの登りである。駐車場を降りてさらに急な道路を登る。参拝を済ま
せると、そこから唐浜の海岸が見えた。
 下山は唐浜の駅まで歩いた。途中、登ってくるお遍路さんに会った。唐浜まで降りて先ほど荷物を
預けたお宅へ。お札を1枚さして「ありがとうございました。」と声をかけたら、中からおばあさんが出て
きた。荷物預かりのお礼を言って駅へ。唐浜駅からは土佐くろしお鉄道で野市へ。
 野市駅より、歩いて約2kmの第二十八番札所の大日寺を参拝。そこからしばらくは大きな道路沿い
を歩く。戸板島橋を渡って農道に入る。気温が高くなって、汗が噴き出る。以前のような膝の痛みは無
いが、足が重くなってきた。大日寺から約5kmのところに松本大師堂という遍路小屋があり、ここで休
憩。息子は靴があたって痛いという。水を補給しながら、今朝出がけに宿でいただいた大きなおにぎ
りを食べる。息子はだいぶ疲れたようで、おにぎりに手が伸びない。昨日の疲れも出ているようであ
る。JR土佐線を越えて第二十九番札所国分寺へ。体力的に疲れがピークとなる。
 息子は靴の調子が悪いのと疲れが出てあまり元気が無い。国分寺を出て国道を越えたあたりで足
が痛いと訴える。どこかでタクシーでも拾えないかと思うが、なかなか見つからない。途中で地元の方
に、この辺でタクシーを拾えるところは無いかと尋ねると、川の向こう側なら拾えるかもしれないという
情報をもらう。対岸へ渡ろうとしたら、歩いている方が、遍路道は対岸に渡ってはだめだという。事情
を話すと、近くで畑仕事をしていた旦那さんと相談して自家用車で乗せていってくれるとのこと。人の
優しさに触れて涙が出そうになった。道々車の中で話をしていると、「お遍路さんに親切にすること
が、ゆくゆくは自分たちに御利益として返ってくるのでかまわない。」とのこと。本当に感謝である。遍
路の文化が根付いていることをひしと感じた。

                       善楽寺到着。もう疲労困憊。

 第三十番札所善楽寺到着。だいぶ疲れてはいたが、地元の方のご厚意に触れ気力は回復した。二
人ともだいぶ疲れているので、善楽寺から今日の宿泊場所までタクシーにしようかとも思ったが、タク
シーが見当たらない。約3kmを歩くことにした。今日の宿は夕飯が出ないので、途中コンビニで夕食を
購入。午後3時30分過ぎにチェックイン。チェックインの際に、お遍路さんへの接待ですとカットバンを
いただいた。宿泊料も遍路割引してくれた。今日は長い1日であった。大学時代にお世話になった高
知の先生に電話する。元気なお声であったが、病院通いであるとのこと。近くに来ているが寄れない
ことのお詫びをする。



9月27日 第三十一番竹林寺〜第三十五番清瀧寺
 空は曇っているものの、昨夜降った雨は上がり、天気は少しずつ回復傾向にあるようだ。宿の部屋
からは今日参拝する竹林寺があると思われる山が臨まれる。竹林寺までは約4kmほどである。毎日
朝に4km余りのウオーキングを行っていたので、これくらいの距離はたいしたことは無いと思うのだ
が、見知らぬ土地での距離感は少し遠く感じられる。
 出発して間もなく前を行くお遍路さんが目に入る。遍路道に不案内なのではないかと、お門違いの
心配をしながら歩いていたら、自分たちも入る道を間違ってしまった。それでも地図を頼りに進む。市
電の線路を超えて牧野富太郎記念館までの登りにさしかかる。さほど急な登りでは無いが、ここまで
の疲れが抜けきらないためか、足が重く感じる。5月とは反対の右膝に痛みが出てきた。そういえば歩
く前の準備運動を怠っていた!

                      竹林寺前の牧野富太郎先生像

 牧野富太郎記念館の脇を抜けて第三十一番札所竹林寺へ。右膝の痛みが増し、階段を上るのもつ
らくなる。竹林寺参拝を終えると先ほどのお遍路さんに出会った。外人さんであった。さて、次の禅師
峰寺まで6km弱。歩くべきかどうか迷ったが、足の痛みを少しでもカバーするためにタクシー移動を決
める。第三十二番禅師峰寺からは高知の海岸線が緩やかに延びている様子が一望できた。

                  禅師峰寺到着。膝が悲鳴を上げています。

 Facebook用の写真を撮る。禅師峰寺参拝後、バス停まで歩き、三郷市所前までバス利用。運転手
さんに教えられたとおり高知県営フェリー乗り場へ向かう。本当は桂浜も行ってみたいと思っていた
が、足の痛みで気力ダウン。直接フェリー乗り場へ。もうすぐ乗り場というところで、自転車に乗ったお
じさんが、頑張ればフェリーに間に合うといわれ、スピードアップ。しかし、もう出発時刻になっていた。
1時間待てば次のフェリーに乗れると思いながら到着すると、我々を待っていたかのようにまだフェリ
ーがいた。ぎりぎりセーフであった。切符も買わずに乗ったが、なんと渡船は無料であった。長浜渡船
場まで約10分ほどの船旅。ここから歩いて約1kmほどで第三十三番札所雪蹊寺である。
 参拝を済ませると山門のところで、お茶を配っているおばさんがいた。お遍路さんへのお接待のよう
である。車の中に保冷剤を入れたクーラーボックスを準備しており、冷えたお茶をいただいた。ここか
ら次の種間寺までタクシー移動をしようと思ったが、タクシーの電話番号がわからない。お接待ついで
に訪ねてみると、親切にも調べてきてくれた。重ねて感謝である。第三十四番種間寺を参拝している
間、タクシーには待機していただいて次の清瀧寺までタクシーをそのまま利用することにした。タクシ
ーの運転手も親切で、メーター止めておくからゆっくりとお参りしていいよとのこと。ありがたい。
 第三十五番清瀧寺は急峻な山腹にあり、道路も狭く車で行くのも結構大変であるとのこと。本当に
道は狭かった。ここで今回の遍路旅の大きな失敗をする。お姿を印刷したお札を納経所ではいただけ
るのだが、いただいたものをなくしたのか、自分で受け取らなかったのか、あとで見たらお札が無い。
残念だが仕方なくあきらめる。清瀧寺をあとにして道路を歩いて下山中、何台もの自家用車とすれ違
ったが、この道は自動車が簡単にすれ違うことができない。至る所で、登りと下りの自動車の鉢合わ
せを見た。ちょっと待っているか、バックすればいいのに互いに譲ろうとしない車もあり、横目で見なが
らの下山であった。基本は登り優先かとも思うが、高知人の気性か?
 地図に従って土佐市内の本日の宿泊場所へ。ところが、実際の道路と地図とが微妙に違う。なかな
か目的の場所を探し当てられない。コンビニも地図に表記されたものと実際が違っており、宿までの
約3km強の距離をとても遠く感じた。疲れていたことと、足の痛みがそう感じさせたのかもしれない。宿
で明日の青龍寺まで行く方法を尋ねると、丁度、宿の前のバス停からコミュニティバスが出ているとの
こと。これを利用することにした。



9月28日 第三十六番青龍寺〜第三十七番岩本寺
 宿の前からコミュニティバスで青龍寺前へ。第三十六番札所青龍寺参拝。次の岩本寺までは50km
以上ある長丁場。ルートを検討した結果、タクシーで最寄りのJR駅まで移動し、鉄道利用がベストと
判断。青龍寺から多ノ郷までタクシーを利用した。距離が結構あり、タクシー代が心配であった。道は
浦ノ内湾沿いの曲がりくねった道路で、いっそう遠く感じた。5,000円を超す支払いとなった。本来、徒
歩による巡礼なら、途中のどこかで1泊しなければならない所なので、二人で1泊する宿泊代を考え
ればタクシー代の支出も割り切ることが出来る。多ノ郷から須崎乗換で窪川へ。窪川駅から約500mで
第三十七番札所岩本寺がある。

                      岩本寺到着。駅からわりと近かった。

 途中の果物屋さんに土佐文旦が置いてあった。よっぽど買おうかと思ったが、1個950円の表示にた
じろいでしまった。昼に近かったので何か食べようと思っていたら、手打ちそばの看板。丁度開店時間
だったので、ここで昼食をとる。まずくはないが、もしかしたら自分の家の近くにあるそば屋の方がうま
いかもしれない。再び窪川駅に戻り、ここから土佐くろしお鉄道に乗り換えて中村駅へ。土佐くろしお
鉄道の列車は古めかしくも、ちょっとかわいらしい車両であった。中村は足摺岬への起点となる。ここ
から足摺岬までバスが出ている。今日はここで1泊。駅前の民宿へ。ところが、時間が早すぎるせい
か、いくら呼んでも誰も出てこない。仕方なしに中村駅の待合室で時間調整。約1時間後、やっと宿の
方に声をかけることができ、チェックイン。この民宿には作業員風の方が結構泊まっていた。廊下にた
ばこのにおいが充満し、たばこを吸わない私たちにとってはあまり良い印象では無かった。



9月29日 第三十八番金剛福寺〜第三十九番延光寺(第四十番観自在寺)
 中村駅前からバスで1時間45分。足摺岬に到着。自分たちの他に2人のお遍路も同乗。ただし1人
の方は、途中の真念庵の前で下車した。どこに行かれるのだろう?第三十八番金剛福寺までは本当
に遠かった。利用したバスは普通の乗り合いバスであったが、途中の小さな集落にも寄るため、旧道
のような細く曲がりくねった海岸沿いを道幅いっぱいになって走る。相当ベテランでないとここは運転
できないだろうと想像する。すれ違いなども到底不可能に思える道幅のところも、難なく通り抜けるの
である。ましてやガードレールがないところも多く、崖下は海までほぼ垂直な断崖。高さも100mほども
あろうか。10時05分到着で、帰りのバスは11時03分発。ほぼ1時間しかないが、金剛福寺はバス停か
らすぐのところであった。少し時間に余裕ができたので、足摺岬の展望台へ。270°くらいの展望があ
った。四国最南端だそうである。

                        四国最南端足摺岬。実に遠かった。

 帰りは中村到着が12時55分の予定。昼食を調達したいが、足摺岬にはコンビニらしきものがない。
仕方なくお土産屋に入ったら、ここでもおにぎりは作れますよとのこと。ほんとにおにぎりだけで2人分
430円と割高感があった。次の延光寺までは中村で鉄道に乗り換えて平田まで行き、そこから歩きか
と思いながらふと時刻表を見ると延光寺下の寺山口のバス停表記がある。ということはこのままバス
に乗っていけば寺山口まで行けるのか!そのままバス移動することにした。バスの運転手は中村駅
で交代した。寺山口に到着したのは13時40分。2時間40分ほどのバス移動となった。バスの中で昼食
のおにぎりを食べるが、息子はあまり食欲がないようだ。ここまでバス代だけで、9,000円もかかった。
 第三十九番札所延光寺を参拝し、ここから宿毛までのバス時刻が空きすぎている。仕方ないので、
タクシーを利用した。ここまでが高知県である。

 この先、宿毛から先は鉄道が無いため、移動手段はバスのみである。ここからは愛媛県のバス会
社の路線となる。宿毛駅前からバスで次の札所前まで約20kmほど。このあたりの札所と札所の距離
は遠い。
 第四十番札所観自在寺は大きな通りから少しだけ細い道を入ったところにあった。宿毛から同じバ
スに乗っていた夫婦らしきお遍路はまた宿毛方面へ戻っていった。我々は宇和島目指して再びバス
移動。今日は宇和島駅前の宿に宿泊する。バスやタクシーを利用しながらではあったが、かなりの移
動距離であった。さて、実はここから先の移動が難しい。宿で次の日の予定を話し、できれば明日中
に第四十四番大宝寺の近くまで行きたいと考えていることを伝えると、無理とのこと。徒歩による移動
であれば時間さえかければ問題ないが、公共の交通手段がない。それでも、岩屋寺方面へは松山か
らバスを乗り継いでいけることを調べてくれた。そこで、松山市内の宿を検索していただき、松山駅前
の宿を紹介していただいた。この宿では明日の行動のプランについても実に親切に対応していただ
いた。また、キャンペーン中の宇和島市のクーポンも紹介していただき、宿泊料もかなり抑えることが
できた。



旅日記

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