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意味のある継続か(自然周吾)

お礼を出す、出さないでもめた最近の事象に遭遇して、10数年昔のある出来事を思い出した。

東京の会社に大阪から転職して間もなくのことだったろうか。
ある業者から看板記載料の請求を受けた。従来からの継続だからといって、年500円(?)の請求であった。
金額そのものはたいしたことでないので、1年目はそのまま見過ごしていた。
その実体がどうなっているのかは、誰も知らなかった。

次年度に再度請求が来た時、支払う前に、その実体を調査した。
昔(今でも下町に行くとある?)、適当な場所に、怪しいブリキの掲示板(町名地図?)を掲げ、 商店名等をペンキで書いた手製の地図を見かけるだろう。
正確な地図なのか、また、いつ改定しているのか、分からないが、そこに会社の名が載っている ことが、掲載料金額とのことであった。

確かに、社名が掲載された実体のある、掲載料ではあった。しかし、広告としての価値があるのかは、 疑わしい。私は、広告として意味が無いので止めるべきであると主張して、掲載を断った。
高が500円(?)ではないかという気もしたが・・・。

しかし、それから、何ヶ月も経って、看板に、まだ社名が載っているのを確認した。ペンキが はがれてみすぼらしい状態にもなっていた。(社名が消されてもいない。)
誰も、何も、メンテナンスをしていないのである。
継続して、払い続ける人(会社)もあれば、払わないで看板に名前が継続して載っている人(会社) もある。
”継続は力なり”だが、意味の無い単なる継続、止められない継続は、”力のロス”である。
「従来からの継続」という事象は、一度止めて、様子を見て、見直すくらいの独断と決断を当該関係者 には求められている。

意味があれば、もちろん継続すればよい。もし、意味が見出せなければ、期限を切ってでも、 停止すればよい。

無駄な継続は、社会の富の損失でもある。

(05/10/30)
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