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『身体と共に生きる、身体の声を聴く』(自然周吾)

心と身体が一体となって、生きていくことが、健康だと思う。それには、身体の発する 言葉(痛みはわかりやすい言葉だ)に注意をして、よく聴いてやらなければいけない。
発する声らしき声が聴こえたら、無視してはいけない。なだめることはありえるが・・・。
無視することは、心と身体が分離してしまうことを意味する。
身体が言うことを聴かない、という状況は、分離している現われだろう。
心より、身体の方を優先するのが健康だろう。
身体は、生物としての直観力を有する。生きる上での危険の雰囲気を、臭い・音・体感知覚 によって感じることができる。本当に微妙な雰囲気を感得できるのだ。
だから、その声は大切にしなければいけない。

まだ会社勤めをしていた頃だが、テニス好きで、少々の雨でもコートに行っていた頃(テニス 中毒になっていた)、ラケットを持つ肘が、痛み出した。
厚めの握りでスイングすべき打法を試みていた時期であった。
痛いまま我慢してテニスを続けていた。そんなある日突然、アキレス腱を切ったのだ。
そして、テニス活動は中断した。足の故障では、テニスは休まざるを得ない。
半年後、アキレス腱が治ったとき、肘の痛みもなくなっていた。そして、テニスを復活したとき、 厚めの握りが、やっと出来た。自分では厚めの握りと思っていたのが、従来の薄めの握りとほとんど 代わっていなかったのだった。

あのままテニスを続けていたら、筋は悲鳴を挙げていただろう。アキレス腱を切ることで、身体は、 テニス活動を中止させたのだと思う。
もっと早くに中断は、とても出来なかったと思う。今でも、止められない程の、活動の多さである。
前よりももっと活動頻度は多くなってきている。
しかし、今は、身体の声・痛みには、耳を傾けていると思う。執着心は相当適当になっていると思う。
無理をせず、理にかなった技法を求めて活動もしている。
身体の声が聴こえたなら、身体の声の方を重視しようと今は思っている。

( 05/01/31)