情報コーナーに戻る↑

つぶやく!!つぶやく! つぶやく・・・

(バックナンバーに戻る↑)

『そこそこの道具で・・・』(自然周吾)

 

『弘法筆を択ばず』と言って、名人はいかなる道具でも巧みに技を出してしまうこ とが、人口に膾炙されたのは、物がなかった時代の政策が絡んでいるかもしれない。
物がないー適材がないのを、人的技能でカバーせよ、と・・・。
現代のように、科学的に、人的技術を道具でカバーできるような時には、『弘法筆 を択ぶ』が、可能であり、それだけ達人の技量が昔に比べ、下落してきたのだと思 う。

人的体力・技量の低下である。生体としての能力がまだまだ、未発揮の状況で終わ っているのだろう。
”身体が資本”という言葉は、まだ生きているのだろうか。
外的・物的財産はなくても、人的に得た総合知力が、生きる手立てになった時代は 終わってはいない。

道具がラケットと靴だけの、テニスでも、打球技法をカバーする多種の、組合せの 商品群が登場している。
ラケットも靴も、コートやプレーヤーに合わせて最適なものを用意できれば、それ に越したことはないと思う。
だが、『足るを知る』人になりたい私にとっては、道具よりも、本体である身体を、 テニスに適した体型に訓練するのが、優先と信じ、ラケットも靴も頻繁に買わずに 倹約している状況である。

道具に自分を合わせるのではなく、自分に道具を合わせる達人を目指したい。
上手な人のフォームは美しい、ならば、美しいフォームを真似して、上手になって しまおう、と、思っている今日この頃である。

(05/02/28)