| カンボジア(国内)難民? 遺跡の入り口には、カンボジア難民と思しき人々が土産屋を営んでいた。 電気もなにもインフラが来ていないここで、生活しているようだ。 彼らは、クメール語とタイ語と英語を操っていた。(すごいね) 結局、この遺跡ではタイ人以外の外国人には会わなかった。 |
| カオ・プラ・ヴィハーン遺跡の入り口 ここから、遺跡が山の上までず〜っと続いていた。 |
| カンボジア国旗 最初の段の建物の跡にはカンボジア国旗がはためいていた。 |
突如の雨 そうか、今雨季の終わりくらいだからね。 傘??、そのために僕の周りに居たんだ。 それで、絵葉書を売っている。 買ってあげましたよ。 (でもきっと、元締めがいるんだろうな) |
横の小道をそれないように。 赤い標より先は、地雷が残っているみたいですよ。 |
登れないときは、(左に)横から登りましょう。 無理に登って遺跡を破壊しないように。 |
クメール様式 |
| 非常に天気が変わるのが激しい |
| 頂上の遺跡の裏から見たカンボジアの大地 カンボジア、タイ、ラオスにつながる道とのことです。 奥に走っていくのが、カンボジア(シェムリアプ)のアンコールの首都につながる道らしい。 本当か? |
| 遺跡がカンボジアのゲリラの基地だった 最近まで、この遺跡はゲリラの基地になっていた。 それを物語る残留物体があった。 子供の目の前である。 |
| 参道は、石畳も損傷が激しい 遺跡の修復と、世界遺産への登録、カンボジア(国内)難民への支援が必要だ。 |
写真屋になってしまった 今年は、デジカメなのに、チェキのフィルムにその場で印刷できるフジフィルムのFinePixPR21を持っていったので、写真屋になってしまった。 (でも、チェキと違って今回は自分にも残るもんね。) |

