縮 景 園
縮景園は、広島藩主浅野長晟(ながあきら)が入国の翌年
元和6年(1620)から 別邸の庭として築成されたもので
作庭者は茶人として知られる、家老の上田宗箇(そうこ)です
園の中央に濯嬰池(たくえいち)を掘って二分する形で配された
花崗岩(かこうがん)製の橋です。 天明三年(1783)
清水七郎右衛門により、現在の形になったといわれています。
東京後楽園の円月橋や京都修学院離宮の千歳橋に匹敵する
縮景園を象徴する名橋(跨紅橋・ここうきょう)です
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湖面に映える広島最大ビル |
たくえい池に写る鷺の影 |
薦を巻き害虫から松を守る |
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湖畔に映える悠々亭 |
悠々亭側、最大の石灯篭 |
数奇屋造りの清風館 |
園の名称は、幾多の勝景をあつめ縮めて表現したことによるが
中国坑州の西湖を模して縮景したとも、伝えられている。