院生の部屋

 大学院を卒業することにどうやらなりました。そこで自分の院生生活を振り返ってみることにしました。

所属 琉球大学大学院人文社会科学研究科人間科学専攻人間文化領域 
修了単位 30単位(修論4単位含む)
修士論文 40000字以上。(3名の試験官全員の合格判定が必要)
在学期間 2年。(優秀な場合はそれ以下も可能らしい)修論が通ったら修了できるが、入る早々、「3年計画にしたら?」と教官から口々に言われるので、負けてはいけない。
院生の仕事  @.M1(1年次)は学部生と合同の実習で、実習指導・報告書作成等を行う
 A.様々な下請け調査・雑務
 B.修士論文を書く
 C.M1は沖縄民俗学会雑務(事務局移動につき2002年度まで)
 
という順位が実感。「後輩の指導」とかも随時入る。自分は運良くAがほぼなかったので、2年で修論を提出できた。
進路 無職

年表

日程

授業

行事

行政調査

2000年

9月

大学院入試

2001年

2月

大学院入試(2次募集)※この年のみ
面接試験官が合格を決めた最後の質問「勉強したい?」

前期

4月

大学院入学

 

4月初旬

修論中間発表会 ※初心表明

修論指導ゼミ ※不定期  

糸満調査 
※現在も継続中↓

民俗学実習T(調査実習準備)         

 

5月

 多良間調査

    ↓ 綱引き調査

6月

 多良間関連調査

    ↓                   ↓   

夏季休業

座間味島で実習              ↓   

民俗学実習U(調査報告書作成)   

後期

9月

 多良間調査

    ↓                        

10月

修論中間発表会

    ↓                       

11月

    ↓

琉大祭参加        

2002年

    ↓                        

前期

4月

修論中間発表会

    ↓                        

座間味島実習報告書発刊          

後期

9月

 多良間調査

                            

10月

修論中間発表会 ※M2には最終なので、ここで骨組みができないと苦しい

11月

 

琉大祭参加       

2003年

                               

1月16日

論文提出

                             

2月18日

口頭試問

面接試験官が合格を認めた時の言葉「条件付でいいんじゃない?3日で書きなおせるよね」                             
  3月 卒業  

 情けないことに、後輩に報告書でいろいろ偉そうなこと指導したくせに、自分の論文もまともに書けませんでした。しかし要は「出したもの勝ち」ということですが、修正することが条件で通ったので、修論を書き上げたという実感はまだ全くありません。いざ卒業となると、非常に寂しいです。
 これから更新するネタどうしよう。