―自我― 

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半助が、雅之助の【果実(デセール)】となって、数ヶ月の時が過ぎた。
最初は、あまりのショックに、死んでしまおうと思った。
しかし、自らの命を絶つことさえ、【果実】には許されないのを、雅之助の手によって知らされた。
…思い知らされた。
死んでしまうこと――命さえ、雅之助の手に握られているのだ。
そして、何よりの恐怖。
それは…常に半助に張り付いている。
半助が愛し【果実】になっても良いと思い詰めた相手…山田伝蔵を、雅之助が知っているという事実だ。
――半助の、人としての幸せを優先する。
その為の選択だったとは言え、半助が…伝蔵の【果実】にしてもらえなかった事に変わりはない。
半助の幸せの為にと、自らの【果実】としてではなく、人間としての生を求めた伝蔵。
その意思とは裏腹に、こんな鬼畜道に落ちてしまった半助。
…人としての幸せ?
普通に生活し、誰か人を愛し、子供を作り、家庭を築く……取り止めのない、幸せのイメージが、半助の脳裏に浮かんでは消える。
地球上の、何千、何万という人が、形は違えど行っていく営み。
たったそれだけの事に失敗してしまった自分。
【月氏】である伝蔵を、幼い頃から唯一無二の相手として…愛し続けてしまった半助にとって、それは何より難しかったのかもしれない。
だからこそ半助は思うのだ。
とてもじゃないが…今の自分を伝蔵に知られるなんて出来ない、と。
それこそ、恥ずかしくて消えてしまいたくなる。
例え、万人に知られたとしても、山田伝蔵だけには…知られたくないのだ。
そんな半助に、雅之助は繰り返す。
―山田先生にしてもらうか?
伝蔵のことを引き合いに出される度に、半助の心が竦み上がる。
それを確認するかのように、雅之助は繰り返し、半助の忘れられない人の名前を挙げるのだ。
半助に抵抗出来る筈はなかった。
ただでさえ……【月氏】と【果実】。
精気を媒介する、その明らかな主従関係だけではなく、雅之助は半助を縛る。
――命を握られた【果実】としての肉体。
――伝蔵を思い続ける気持ち、つまりは精神。
その両方を、雅之助に支配されているのだ。
そんな状況で、ひたすらに…身体を重ね、雅之助の精気を精製する日々。
しかも、半助の身体は…雅之助の存在・愛撫を、飛び切りの快楽として認識するのだ。
精気を身体の奥で受け止める瞬間は、全ての(しがらみ)が脳から霧散する。
悲し過ぎる【果実】の(さが)だった。

強行に半助を支配する一方、
雅之助は快楽主義者(エピキュリアン)なのか、精気を与えるのに、必ず身体を重ねる。
身体を繋いで精気の受け渡しをする行為自体が、快楽に繋がるのは【果実】だけではないのだ。
そして半助が従順に、雅之助が嫌がることさえしなければ、酷い乱暴はされない。
未だ半助は、雅之助以外の相手をさせられたことも無いし、痕が残る程、肉体を酷く傷付けられたことも無い。
精気を与える時、雅之助が手ずから半助の身体を必要以上に弄くるのも、半助を苦しめることが目的では無いのだ。
【果実】が快楽に酔い、感極まる程に、精気の熟成は密度を増し、良質になる。
「半助の身体は、畑だから…種を植えるには、しっかり耕さないとなぁ〜」
などと楽しそうに、しつこい程の愛撫を繰り返すのだ。
初めての夜…雅之助には、皮膚からでも精気を吸収する浅ましさを笑われた。
そんな浅ましい相手に、そこまでの前戯は必要ないのに…と半助は自嘲する。
しかし、雅之助の愛撫には熱が籠もり、浮かんでいる笑顔も嘲笑とは違う。
半助の中で精製される精気の為とは言え、身体を気遣ってもらっているような気さえしてくる。
半助が、疲れ切ってしまった時は、身体を休ませてくれる事もあるのだ。
それは……客観的に聞いていた、一般的な『月氏の【果実】の扱い方』とは異なる、のではないか?
雅之助は、優しい主人なのかもしれない。
まるで…愛されていると、勘違いしそうになる程に。


「そ、そんなの…出来ない」
半助が羞恥のあまり出来ないのを、素直に口にする。
雅之助は、それを面白そうに眺めている。
「なら、ずっとそのままにしておくんだな…」
雅之助の言葉に、半助の潤みきった蕾がヒクヒクと震える。
「指で開くくらいの事、何度もしてるだろ?」
弱音を吐くのは許されても、強制される事に変わりは無いのだ。
「…でも」
半助の顔は真っ赤で、息も上がっている。何処からともなく、濃厚な香りが漂っていた。
欲望に捕らわれているのに、恥ずかしがるのを止めない半助。
それは、雅之助の嗜虐心を煽った。
雅之助は身体を起こすと、ベッドから降りようと半助に背を向けた。
「あっ!待って!待って下さい…雅之助っ」
半助は、雅之助に縋り付く。
「やるから…見て、見ていて下さいっ!」
半助は仰向けに横たわり、雅之助に見やすいように両膝を立てると、重心を背中の方に移し、下肢を少々上げる。
両手の人差し指を襞に掛け、開く。
「……っく!」
途端に、ぷちゅ…っと音を立て、開かれた口から、いやらしい汁が飛ぶ。
「おっ、半助。よだれ…か?」
雅之助は、予想通りの半助の痴態に、声を上げて笑う。
先程まで、散々指で弄りまくっていたのだ。
半助の中は既に蜜壷と化していた。
「…ぁ」
半助には、こうなってしまうのが分かっていたから…むしろ、そこから溢れ出さない様に、力を込めていたのに…。
「もっとだ。もっと奥まで指を突っ込んで開いて見せろ。わしのお宝を銜え込む大切な穴だからナ。」
半助は、羞恥に目眩がしそうだった。
それと同時に、はぁはぁ…と、呼吸が荒くなる。
雅之助に笑われているが、嘲笑ではないのが救いだ。
恐る恐るといった感じに、自らの秘部に指を深く差し込んでいく。
「あっ…あっ…ふぅ…っ」
先程まで、雅之助の太い指を銜えていた内側の粘膜は敏感になっており、自らの指にさえ歓喜した。
そのまま滅茶苦茶に掻き混ぜてしまいたい衝動を必死に抑える。
そこは…自分が想像していた以上に、いやらしく濡れていて(すべ)らかだった。
「は、はぁ〜…っ」
深く息を付いて覚悟して、そこを開く。
精気を求める淫らな穴は、雅之助の目にどう写っているのか…とても想像出来なかった。
手をそのままに、ぎゅっと目を閉じる半助。
「…いい子だ。」
不意に聞こえた雅之助の酔ったような声。
それに反応して、半助の性器からとろり…と滴が零れた。
「う、ぅ…ん」
半助は、無意識に雅之助の顔を見てしまった。
しかし目が合うことはなかった。
雅之助の熱い瞳は、半助のそこをじっと見詰めていたから…。
「こんなに中を真っ赤にして、スゴイな、中がずっと蠢いて……分かるか?」
そんなことが分かる筈がなかった。
半助の身体を変えた張本人の癖に、こうした痴態に驚いて見せる。
まるで半助の資質として、酷くはしたないのだとでも言いたげに…。
その刺さる様な視線に感じたのか、身体の奥からドロリと何かが溢れる。
「…ぁ…ぁ…っ!」
それは、開かれた口から漏れるだけでは済まず、半助の指にさえ絡みつくように滴り、濡らした。
そこに雅之助を受け入れたくて、うずうずしているのだ。
酷くいやらしい光景だろう…想像しただけで、目眩がする。
「あぁぁ…ぅんっ!」
思わず、自らの指を締め付けてしまった。
それは、身体の奥の方から、ぎゅっ…と絞り上げるような仕草になった。
自分では、止めることは出来なかった。
【月氏】である主人から受ける視姦に、【果実】はひとたまりもないのだ。
雅之助に感じてしまう証左…それは、いつも丸見えだ。
早まる鼓動、上気に火照る顔、身体中から溢れる熟れた芳香も…。
身体を拓かれれば、この有様だ。

「ま…まさの…すけぇ…」
この酷く甘えた声は自分の声かと、半助は耳を疑う。
しかし、この焦らされた状態から抜け出すには、快楽に酔うしかない。
すると雅之助は、半助の言葉に応えるように、身体をずらした。
やっと願いが叶えられると、半助は手をソコから引こうとした。
「…そのままだ」
どこか冷たい雅之助の声。
半助は、ビクリと震え、引きかけた手を押し留める。
半助が開いたままにしている入り口に、雅之助の欲望が押し当てられた。
「ま、雅之助…?」
思わず、半助の口から怯えた声が上がった。
そこを開くのに、まだ自分の指を入れたままなのだ…。
雅之助の指より細いとは言え、深々と…2本も。
「何だ?大丈夫だ…こんなに大口を開けてるんだからな。そのままでも平気だろ?」
雅之助は、新しい思いつきにどこか楽しそうな様子で…。

しかし…
その実、必死に冷静を装っていた。
雅之助の言葉に、半助はイヤイヤ…と首を振る。
半助が小さく身動ぐだけで、半助から溢れる芳香は止め処もなく垂れ流され、雅之助の思考さえもとろかす様だ。
半助が、理性のたがを外し…快楽に流され始めると、半助は雅之助の欲望をたまらなく煽る存在となる。
それは、半助を支配しているつもりである、雅之助のプライドを傷付けるのだ。
ただ【果実】としての性能を求め、性奴に貶めた筈の半助。
なのに、その半助が情欲に溺れるのは、許せない…そんな矛盾を抱えていた。
だから、時々…こうして無体をしたくなる。
半助が、僅かな抵抗を堪えているのを見ると、ホッとする。

「そうか、半助には見えないからな…」
雅之助は、半助の背中に枕やクッションを詰め込み、半助の上体を起こす。
半助は姿勢を支えていた腹筋と、腕に余裕が出来た事に、ふぅと息を吐いた。
それを見計らうように、雅之助は半助の腰に手を添え、下肢を自分の腿の上に抱き上げた。
「ひっ…!あぁーっん、ん…ふぅ…」
突然の事に、自らの指が半助の敏感な粘膜を掻き混ぜた。
半助の呪に封じられた欲望が、引き締まった腹を叩くようにヒクヒクと震え、呪に逆らい僅かばかりの先走りを零すのに、半助受けた衝撃が良く分かる。
それでも、半助が頑なに言いつけを守り、そこから手を引こうとしなかった事に、雅之助はほくそ笑んだ。
「はぁ…はぁ…」
少しずつ冷静さを取り戻して行った半助は、雅之助に向け、大股開きする自分の下肢が、瞳に飛び込んできた。
「あ…ぁ……」
動揺に身動いだ事で、ぎゅっと絞られる穴。
衝撃の余韻で、新たな滴を零した。
「もう一度、開いて見せろ。自分の穴がどんなものか、よく見ておくことだ。」
半助は言葉を失ったまま、雅之助の言葉に操られる様に、両手に力を込める。
半助の目の前で、そこが口を開いた。
思ったより、ずっと大きく、横長に形を変えた姿は…そこが昔ただの排泄器官だった事を忘れさせた。
……なんて、ことに。
半助の頭の中でも、具体的な言葉にはならなかった。
こうして見せ付けられると、雅之助が何度となく言葉にしたがる理由が、分かる気がする。
どこか…得体のしれない恐怖さえ感じた。
「どうだ…よく見えるか?何なら手鏡でも持ってきてやるぞ」
半助は、呆然としながらも否定に首を振った。
「そうか。でも、これなら…楽に出来そうだろう?」
半助は、抵抗の言葉を失ってしまった。
確かに…ソコなら、受け入れる事も出来るだろう…と。
雅之助は、改めて自分の猛ったモノを半助に押し当てる。
勿論、半助の指はそのままに…だ。
半助の指に沿わせて、挿入していく。
「あぁ…うーっ、うーっ…」
半助の指の甲を、雅之助の性器が這うように進んでいく。
いつもより、自分の指の分だけ…容積が大きい。
それ以上に、何処か自慰のような行為に、羞恥心はリミッターを越えて、脳を焦がす。
「あ、あぁ……っ」
手の甲に雅之助の双果が触れる程に、深々と穿たれた。
限界まで、拓かれてしまった…と漠然と思った。
これ以上、僅かでも動かれたら…そこがズタズタに裂けてしまう…と。
「雅之助ぇ…う、動か…ないで…」
自分の言葉で、腹筋が揺れるだけでも…無理だった。
涙が滂沱のように流れる。
ただただ…怖かった。
もう一杯、一杯なのだ…。
「半助、やっと…わしに可愛く甘えられるようになったなぁ…」
雅之助は、半助の涙を舌で受ける。
「メロメロになってるだけあって、良い味だ…最高だな」
雅之助は、ニッコリと笑う。
しかし、こういう時の願いは…聞いては貰えない。
半助の両手を押さえ付け、指が抜けないようにした上で、雅之助は全長を引き抜いた。
「ひぃぃぃ……っ」
余りの勢いに、内臓がひっくり返されたような気がした。
しかし、次の瞬間…同じ勢いで、雅之助の欲望がねじ込まれる。
「あ…っぐぅ…」
2人分の体重を、半助の背中の枕とクッションが受け止めた。
いつも以上に、激しく繰り返される抽挿。
「……感じるのか?」
雅之助も酔ったような熱っぽい声をしていた。
その言葉に、半助は自分の前が萎える事も無く、ダラダラと腹を濡らしている事に気が付いた。
これが【果実】というものなのだ。
そのうち、雅之助からの言葉もなくなり、ただひたすらに攻められた。
途中から、半助は…何も分からなくなってしまった。
脳を、快楽に塗りつぶされて…。


朝の光に目覚め、気が付いた時、寝室に居たのは…半助独りだった。
ホッとしたような、どこか寂しいような不思議な感覚がした。
無意識に動いた途端、そこがズン…と痛む。
激痛ではない。
「痛い…」
それでも、確認するように半助は言葉にしていた。
鈍痛…昨日、乱暴をされた所が、じくじくと重い感じがするだ。
しかし、酷く傷付いている感じはしなかった。
行為の最中、今回の様に何も分からなくなってしまうのは、久しぶりな気がする。
下肢にも焦れた感触は無いのは、半助が知らないうちに精気を搾取したのだろう。
それだけで、大分…身体が楽だった。
それに…
いつもなら、朝の処理をさせられるのに…今日はそれがないのかと、安堵する。
朝の習慣と化したことではあるが、半助はいつまでも慣れる事が出来なかった。
むしろ【果実】としては、朝から精気を頂ける事を喜ぶべきなのかも知れないが、身体が慣れても、心が慣れないのだ。
それを…雅之助が分かっているのか?
搾取は、否応なく…【果実】の身体を、性感を高めてしまう。
過ぎた快楽は、身体に負担が掛かるのだ。
半助が気が付かないうちに、搾取を済ませた雅之助。
…昨日の行為が激し過ぎたから?
こんな時、
半助は、雅之助が半助を気遣ってくれているように、思えてしまう。
サラリとノリの効いた清潔なシーツの上で、半助は昨夜の事を思いだして、赤面する。
これも、半助が気付かないうちに、雅之助の手で整えられたであろう…寝具なのだ。
もしかしたら、自分が汚れたシーツの上で寝たくなかっただけの事かもしれないが…。
それでも、半助は清潔な環境で目覚められたのは、雅之助のお陰だ。
半助は、複雑な感情を噛み締め、思わずシーツを握りしめていた。
その時、
…ふと気付く。
左の人差し指……昨日、自らの身体を暴かされた指だ。
そこの内側の所、指を曲げた時だけ見える部分に…血が付いていた。
反対の手にも、同じように血の跡があった。

一見分からない、血の…跡。
「…やっぱり」
半助は、ぶるり…と震えた。
やっぱり、自分の身体は…昨夜、雅之助の凶器に裂かれたのだ。
今、酷い傷が無いという事は、半助が気を失っているうちに治療したという事。
お陰で、半助は酷い激痛にあうことは無かったが…。
しかし…
治療や、後処理が…証拠隠滅の様な気がしてしまった。
半助をただの『精気精製器』として扱っている証拠を……。
――治療の為、裂けた部分から溢れている血を、雅之助が舐め啜る。
そんな光景を…想像してしまった。
指も、舐め取ったのだろうか?
この指の痕跡を見付けるまでは、少し温かいような気がしていたのに…。
胸の辺りが、冷たく冷えていく。

「…雅之助」
名前を呼べば、下肢にはじわりと熱が湧く。
それは、【果実】としての…条件反射だ。

どこか、雅之助を優しいと…
【果実】としてではなく、土井半助として見てくれている部分があるのでは…と思い込もうとしていた。
でも……それは、錯覚なのだ。
半助自身も、それを見つけだそうと探していた…?
【果実】として自己防衛の本能が、無意識に働いたのかもしれない。

…雅之助は…恐ろしい主人なのだ。
初めての頃、躾と称されてされた事を思い出す。
それだけで、身体が震える。
しかも雅之助は、伝蔵の名を利用して脅すことさえするではないか。
雅之助は、怖い。
半助の意志を無視して、無理矢理、自分の【果実】にした…怖い、酷い主人なのだ。
今の悪夢は、全て……そこから始まった。
暴君では無いが、勝手な怖い…主人。
半助は、ぼんやり思った。
…まるで、自分に言い聞かせているみたい。

改めて…半助は、自分の不安定さに気付く。
自分の意志のつもりが…思考さえ、【果実】になった事で、影響を受けている気がする。
それとも、全てを【果実】になってしまったから…と、言い訳にしているのか?
【果実】って、こういうもの…なんだろうか?
他に【果実】を知らない半助には、その問いを投げかける相手が居なかった。

もし、この考えさえ【果実】として歪められたものだとしたら…。

身体の自由の無い今、意識さえ…自らのモノではないとしたら。
それは、【果実】云々より、『土井半助としての自我』の完全否定ではないのか?
半助は震えが止まらなくなった。
雅之助に支配される事よりも…恐ろしかった。

それは…
【果実】であるところの、今の自分が…何者なのか分からなくなる恐怖だ。




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