―呪―

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それまで、自分の全てを掛けて、大切に思っていた人。
山田伝蔵は…人では無かった。
彼は、【月氏(がっし)】という人ではない生き物で、人より遙かに長い間、知的生命体として、人の進化の過程さえも見続けてきた一族だった。
半助は…そんな彼に一番近い位置の人に、なりそこなった。
月氏とは生きる時間の異なる人が、側で生きる為に必要なそれは、誰もが結べる訳ではない。
【血の契約】
月氏からしたら、遙かに弱い生き物であるところの人が、強大過ぎる精気を受け入れる事から始まるそれは、失敗=死に繋がる、人にとっては…生死を掛けた契約だ。
人が人ではない…【果実(デセール)】になる為の契約。
その契約を知らずに、彼の血液=精気を受け入れた半助は、その最も困難な資格を得たと言ってもよかった。
だが…
山田伝蔵は、半助を自分の【果実】にはしなかった。
それが、半助の幸せだと信じて…。

             ◇     ◇     ◇

昨日…たった一晩で、半助の全てが変わった。
……変えられてしまった。
半助は、【果実】となった。
ただし、相手は恋い焦がれた山田伝蔵ではない。
遭ったばかりの…大木雅之助という月氏の男だった。
雅之助は、容赦が無かった。
半助をただの【果実】として扱った。
それは、半助への強烈な支配。
まさに力ずくでの契約だった。
そして、半助の身体も雅之助の精気がなければ、生きていけないモノと化した。
初めての夜から、半助は浅ましく精気をねだらされた。
そうしなければ、死んでしまうと思ったから…。

半助は、昨夜の事をぼんやりと思い出す。
(だったら…死んでしまえば良かったのに。)
まだ何か銜えたままのような感触の残るそこに、唇を噛む。
それでいて、熟んだように熱を孕んでいた。
これからも、ずっと…雅之助の玩具として生きていくのは、あまりに過酷だった。
それが、まるで恋人同士の情事のようで…歓喜する己の身体が、悲しい。
しかも、雅之助は伝蔵の事を知っていた。
彼の口から、伝蔵に…今の自分を知られるのが恐ろしかった。

気が付いた時、部屋に人の気配は無かった。
見回しても服は無かったので、半助は、裸にシーツを巻き付け、廊下に出る。
伝蔵の家と同じで、豪奢なマンションのようだった。
身体に力が入らず、よたよたとしか歩けないのに、ズンと重たいエネルギーが下肢に集まっているようで、現実を思い知らされるようだった。
この熱は…雅之助の精気なのだ。
そして、それが除々に熟成している。
これを求めて、雅之助に弄ばれる事になるのだ。
しかも、それを喜ぶだろう自分が想像出来、半助は目の前が暗くなった。
無人のマンション中を歩き回って、半助は風呂場で剃刀を発見する。
何故か…ホッとした。
(これで、恥ずかしい姿を山田先生に見せなくて済む)
半助は、一瞬でも…伝蔵を恨んでしまった事を酷く後悔していた。
でも、このままで居たら…嫌でも、恨んでしまう。
半助には、そんな自分の気持ちが…完全な逆恨みに思える。
自分が恨みに思う程、伝蔵が遠くなる。
それが…嫌だった。

キラリと光る剃刀を見詰め、半助は何処を切れば良いのか分からなかった。
首が確実な気がするが、どの辺りが急所なのか分からない。
自殺の定番と言えば、手首だが…確実では無い気がする。
半助は、出血を促すのに、傷口を湯に浸す事を思い付いた。
バスタブの中に、湯を張る間、雅之助が姿を現すのではないかと、ドキドキした。
ふっ…と、半助は場違いに笑っていた。
こんな時なのに、色々悩んでしまうのは、あまりにも自分らしくて…。
手首に、刃物をあて、何の迷いもなく引く。
ブツブツという手応えがして、あまり切れない剃刀だなぁ…と思う。
それでも、痛みは感じなかった。
すぐに湯に浸すとバスタブが見る見る朱に染まる。
こうして、ゆっくりと逝くなら、あの人の事が色々考えられて良い。
楽しかった事だけ考えよう。
それが、半助に残された唯一の自由だから…。
段々と、眠くなる。
…こうして独りで逝くのも、自分らしいかもしれない。
半助の意識は、深い闇の中に落ちた。

             ◇     ◇     ◇

「何をしている」
不意に、バスタブから腕を引き抜かれ、なぎ倒される。
「うぅ…っ!!」
洗い場のタイルに全身を打ち付け、半助は現実に引き戻された。
行動とは裏腹に、雅之助の声色は恐ろしい程に静かだった。
「こんなに…俺の精気を無駄にして、死ぬつもりだったのか?」
雅之助は、せせら笑った。
人が死のうとしているのに、それを何とも思っていない月氏の男が其処にいた。
その訳は、すぐに分かった。
雅之助は、手首を取って面白そうに眺めた。
ためらい傷の無い、綺麗な一文字の傷。
未だ出血するそこに、雅之助は唇を寄せ、舌を這わす。
それだけの事で、傷は消え失せた。
必死の思いで付けた傷だったのに…半助は呆然とする。
「こんな事で、死ねる訳が無いだろ?俺がそんな事させやしない。手や足を切断したって、元通りにしてやるサ。お前は、俺の貴重な【果実】だからな。まぁ、足がなくなりゃ、下手な抵抗が無くなるから、便利かもしれんがな」
半助は、雅之助の言葉に全身が凍る思いがした。
(なんて…恐ろしいことを…でも、この男なら…する。きっと…笑いながら)
半助に残されたのは、目が回るような貧血と、雅之助への裏切りの事実だけだった。
「【果実】が、そんなに簡単に死ねると思ったか?」
雅之助は笑う。
その笑顔の分だけ、半助は恐怖に震える。
「それに…これだけの芳香を撒き散らして、他の月氏の連中が色めき立つぞ」
半助には、意味が分からなかった。
雅之助は、ひげ剃りにでも失敗したのだろう…顎の辺りにある傷を示した。
半助の血に染まった湯でそこを洗う。
すると、見る見るその傷は消えていった。
「これだけの精気が含まれた、湯って事だ。」
ひ…と、半助の喉が鳴った。
ただ人間として生活していても、利吉や雅之助が近付いてきた。
それが、これ程大量の血を流して、どれ程、匂い立っているのか?
自分には分からないのが、余計に恐ろしかった。
「折角だから、このまま流してやろう。下水を通って、海に流れる。人の作った濾過装置程度で、コレが薄まると思うなよ」
半助は、ガクガクと震えた。
顔色は真っ青だったが、貧血の為だけでは無い。
「す、すみません。…許して下さい」
雅之助なら、何か利益があるなら、自分を他の月氏に貸すことも何とも思わないだろう。
そして、どんな相手にも、自分の【果実】となった身体は、歓喜してしまうのだ。
ゾッとする。
そんなのは、耐えられない気がした。
…そして
半助の芳香に…あの人が、山田伝蔵が気が付いてしまうかもしれない。
その可能性に、半助は益々血の気が引いた。
半助は、雅之助に土下座していた。
タイルに額を擦り付けて、泣いて縋る。
雅之助は、バスタブに入れた手で湯を掻き混ぜながら、そんな半助を眺めていた。
「お前は…なんだ?」
雅之助が、風呂の栓へ繋がるチェーンを弄びながら、問う。
この質問に間違えれば、湯を抜くという事。
それは、【果実】である自分の存在を知らせるという事だ。


「私は…あなたの、【果実】です」

その言葉に、身体がぶるり…と震えた。
それは、恐怖からではなかった。
間違いようのない…欲望からの身震い。
視線を落とすと、半助自身が反応していた。
雅之助は、全裸の半助を壁に押し付ける様に立たせると、全身を検分した。
「ココのは、熟れたか?」
乱暴に、半助のソレを揉みしだく。
半助の口から、明かに欲情に濡れた声が上がる。
「【果実】の分際で、俺の精気を無駄にした罰をくれてやる」
雅之助は、いきり勃つ半助の先端を指の腹で押さえると、口元でブツブツと何かを唱えた。
「お前のココに、呪を掛けた。」
「…呪?」
雅之助は、にやりと笑うと、再び狼藉を再開した。
「あぁ…ん、ん…」
雅之助が触れる部分全てが、燃えるように熱い。
半助は、体勢を変えられ、壁に縋り付く。
雅之助の興味は、自分の精気を受け入れる場所に移っていた。
良い土壌で、良い野菜が育つように、手間を掛けて受け入れさせた精気は、【果実】に馴染み易く、さらに良質な精気を生む。
それを知っていた雅之助は、半助の身体に傷が付くような抱き方はしなかった。
尻たぶを左右に開いて、そろりと舐め上げる。
「ヒッ!」
半助の身体がびくり…と反応する。
昨夜、散々に弄んだそこは、ほんのりと綻んで、雅之助の指を楽々飲み込んだ。
「お前の穴は、俺の指を覚えているようだな」
「うっ…うっ…」
指の本数を増やしながら、抉るように動かしてやると、面白いように半助から声があがった。
半助は、快感の波に抵抗出来ない事を思い知る。
「ん?」
雅之助は、深々と突き込んでいた指をくの字型に曲げたまま、中を掻き出すように抜き出した。
「…はぁ…あ、あ、…」
半助の下肢が、指を追い掛けるように動くのを、雅之助は笑う。
「おい、お前…昨日は気が付かなかったが、凄いな。」
「…ぇ?」
半助は、何を言われているのか、分からなかった。
しかし…雅之助が同じ動作を繰り返すうちに、足の間を滴るものを感じる。
呪を掛けたという半助自身は、まだ先走りを零しているだけで…。
股を伝うのは…?
認めたくないか、軽く一舐めされただけの後ろが、ぐちゅ…といやらしい音を立てていた。
気が付いた半助の顔が、羞恥に紅潮する。
「凄いな、流石【果実】だ。男の癖に…女の様に濡れるのか?」
「いやっ…そんな、馬鹿な!」
雅之助は、半助が暴れるのを押さえ付け、淫液を掻き出し続けた。
「男なのに…こんな風に…なる訳無い…」
それは、半助の涙が枯れる頃になっても、止めどもなく零れ出した。
前立腺や、腔全体を刺激する様な指淫に、半助の理性は崩壊寸前だった。
「もぅ…許して、もう…」
半助も、そこが雅之助を求めて疼くのを感じた。
こんな風に焦らされるのも、人では無くなってしまった事を思い知らされるのも…限界だった。
「ねだってみろ。上手く誘えたら、入れてやる」
「…なんて、言ったら良いのか、分からない」
半助は、首を振った。
雅之助は耳打ちする。
「そんなの…言えない」
「じゃあ、そのままで居るんだな…」
半助の中を掻き混ぜていた指がズルリと抜け落ちた。
「あぁ…、待って、言うから…」
半助は、復唱する。
「あなたの…いやらしい、で…果実(デセール)に、オチン○ンを入れて下さい」
雅之助は、声を上げて笑った。
「入れてどうする?」
「中に…精液、掛けてぇ…」
半助は、果実の本能に支配されていた。
満足気に笑う雅之助は、半助の希望を叶えてやった。
「あぁぁ…、」
逞しい男に身体を拓かれながら、半助自身もイってしまったと思った。
膝がブルブルと震える。
「あぁ…っ、何で…?」
確かに、目が眩む程の快感を感じたというのに…?
半助のそれは、パンパンに張り詰めたまま、とろりとろり…と雫を零すのみ。
「イけないだろ?」
雅之助は、楽しげに告げ、前立腺を擦り上げるように、腰を使う。
「あーっ!あーっ…」
「お前のコレには、月氏が口で吸ってやらないと、出せないように呪を掛けたのサ」
半助は、壁に肘を付け、空けた片手を自らの下肢に伸ばした。
「う、嘘だ…あ…いかせて…あぁ……」
闇雲に擦るが、一向に達する気配はなかった。
雅之助は、軽快に半助を突き上げ続けると、半助の中に欲望を吐き出す。
「あーー、うっ…うっ…」
間欠的に吹き出すのを、半助はしっかりと受け止めた。
ズルリと抜け出すと、半助は支えを失った様に崩れ落ちた。
半助の前は、欲望を吐き出すことはなく、腹を突くほどに反り返ったままだ。
幾ら自ら擦っても、先走りのようなものが流れるだけで、精気を吐き出す気配は欠片もない。
半助は、ぶるぶると震えた。
まだ、熟れ切った精気が満ちているというのに、中出しされた新たな精気が、身体中を駆けめぐっていた。
「吸ってぇ…吸って下さい。お願いします」
「駄目だ。勝手に死のうとした罰だからな。…またこんな事をする様なら、お前の大好きな、山田先生に吸わせるか?」
「ひ、酷い…」
「俺も、自分のモノが壊されるのは、嫌いなんだヨ。」
半助は、雅之助の怒りの深さを思い知る。
「それに、俺の方は、さっき人を3人程喰って来て、満腹だからな。」
ふとバスタブに目をやった雅之助は、その中に手を入れ、何かを掬い上げる。
手の中にある液体は真っ赤だった。
「オマケだ」
そう告げると、それを半助の身体に浴びせ掛けた。
「うわぁーーっ!」
半助の口から悲鳴が上がる。
「大袈裟だな。元々お前の中にあった精気だろう?」
バスタブの中は綺麗なお湯になっていた。
雅之助が、半助の血液…つまりは、精気だけを回収したのだ。
熟した精気をそのままに、精液を注がれていた半助に、さらに掛けられた精気は、血液。
もっとも濃く精気を媒介するものだ。
あまりの衝撃に、半助は無意識に、両手で自分の性器を握り締めていた。
立ちあがったままの竿の左右で、精気の溜まった双珠がビクビクと震えていた。
身動き一つ出来ない様子の半助を、雅之助は抱き上げ、寝室へと運ぶ。
……ほんのすこし前、逃げ出した部屋。
そこは、既にシーツも敷き直され、整えられていた。
清潔なベッドの上に下ろされた半助。
その優しい行為に誤解しそうになる。
しかし、投げかけられた言葉は辛辣だった。
「そのまま一晩、しっかり反省しろよ。」
雅之助は、半助の前髪をかき上げると、ちゅ…と半助の涙を吸った。

             ◇     ◇     ◇

そして
半助はほんの少し身体が楽になった事で、雅之助が出ていった事を知る。
半助は、雅之助の最後に言った言葉が気になったが、五月蠅いほどの心臓の音に意識が掻き消された。

「もう、お前は大木雅之助の【果実】なんだから…な」

それは…まるで、半助自身に執着しているように聞こえた。





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