時忘れ

もくじ


今日の一年は組の実技の授業。
それは…『今まで登った事のない険しい山に、地図無しで登る事』だった。
初めての山で、しかも地図無しというのは、いつもより…かなり難易度が高い。
地図を持たせた簡単なお使いでも、迷子になる天才が、は組には沢山居るのだ。
普段なら当然、教科担当の半助も協力するところだが、半助は抜けられない用事があった為、後ろ髪を引かれつつも、頂上で待つ係を学園長にお願いしていたのだ。
当然、その結果が気になっていた。
「土井先生っ〜♪」
しかし伝蔵からの連絡を待つまでもなく、半助の所に、は組の良い子達が、意気揚々と報告に訪れた。
「そぉ〜か、お前達良くやったなぁ〜♪」
子供達の頭を撫でてやりながら、半助の声も思わず弾んでいた。
「いやぁ〜言葉より、ご褒美の方が嬉しいんですけどぉ〜」
すっかり目を小銭の形にして、輝かせているきり丸だった。
「きり丸…ご褒美には、おはぎを食べたんじゃなかったのかぁ〜?」
「ちぇ〜っ、知ってたのかぁ…」
あわよくば、半助からもご褒美をくすねようとするきり丸に、苦笑いの半助。
「でも、私達はビリだったけど、ちゃんと辿り着いたんですヨ」
乱太郎は、素直に結果の報告に来たようだ。
「おはぎ美味しかったぁ〜♪」
こらこら…と、しんべヱの涎を拭いてやる半助。
「しんべヱなんて、凄い流れの川に落ちそうになったり…」
「そうそう、私達、絶対落ちたと思って泣きそうだったんですよ〜」
「僕も絶対、落ちたと思ったのに、何故か丸木橋にしがみついてたんだぁ」
3人組の話に、伝蔵の苦労が窺える。
…ん?急流に…丸木橋?
半助は、しんべヱの言葉が引っ掛かった。
嫌な予感がする。
でも…子供達は全員ゴール出来たのだ。
そんな筈は無い…と想像を打ち消す。
あそこは、道沿いに熊が出る事も珍しくない場所なのだ。
もし、あの山を使っていたとしたら、子供達が簡単にゴール出来る訳がない。
「全員無事にゴール出来て…山田先生も、さぞかし喜んでいただろう?」
気を取り直して、何気なく聞いた半助の言葉に、子供達が首を振る。
「いいえ、山田先生は頂上には、来なかったんです」
答えたのは、いつも冷静な庄左ヱ門。
「山田先生が頂上に来なかった?」
半助は、子供達の話を聞いて驚いた。
「学園長が、時間になったからと帰ってきたんですが、山田先生はお帰りでは無いんですか?」
「まぁ〜さか、先生が迷ってたりして」
「きりちゃん!そんな事、有るわけないじゃない」
きり丸の余計な一言に、乱太郎がいつもの様にツッコミを入れていたが…。
この場合、きり丸が正しい。
今回の授業の内容から行って、伝蔵は極端に遅れた生徒に付いて、迷わない様に見守る役だった筈。
それが、乱太郎・きり丸・しんべヱだったのは聞くまでもないとしても…。
学園長が『時間になったから、子供達を連れて山を下りた』と言うことは…。
元々、打ち合わせがしてあったという事。
しかしそれはあくまで子供達がはぐれたり、迷子になった場合、他の生徒は下山させる為の約束な筈。
それが…。
伝蔵が帰ってこないというのは…。
何かに巻き込まれたか、事故があったか…どちらかだ。
「山田先生は、一足先に帰ってきて、用事があるから…とお出掛けになったから、心配はいらないぞ」
自分の台詞に、まさに、子供騙しな嘘だなぁ…と半助は思う。
しかし子供達に心配を掛ける訳にはいかない。
「次は、教科も同じくらい頑張ってくれヨ〜」
改めて半助は、子供達一人一人の頭を撫でてやった。
子供達は、誇らしげに祝福を受けていた。
「それは、先生の教え方次第でしょ〜」
余計な一言を言ったきり丸には、拳骨のオマケが付いたが…。
半助は、そこでの会話を切り上げると、学園長の元に向かった。
胸騒ぎが、止まらなかった。

               ◆     ◆     ◆


「学園長!山田先生が戻ってこないというのは、本当ですか?!」
学園長は、一仕事を終え、ヘムヘムからマッサージを受けている真っ最中だった。
「な…なんだ…土井先生」
「ヘムヘムゥ?」
「なんだ…じゃないですヨ!学園長!何、呑気に横になってるんですか?」
学園長は、半助の剣幕に渋々起きあがった。
「なぁ〜に、山田先生なら、心配はいらんじゃろ…」
確かに、普通なら何の問題も無い。
半助は、机の上に平積みになっている報告書の類の中から、今日の授業計画を発見する。
「やっぱり…」
資料を持つ半助の手が震えた。
半助の嫌な予感は当たってしまった。資料にある山は、例の山だった。
しっかりと学園長の認証印が押してある。
「学園長……私、以前に報告書を出しましたよね!…あの山の事について!」
まだマッサージの気持ち良さの余韻に浸っている学園長に、半助は胸ぐらを掴みたい衝動を必死に堪える。
「まさか、今回の実習があの山だなんて……学園長が許可なさったんでしたら、アレの事を山田先生にしっかり説明してあるんでしょうね!学園長!」
半助は、行ったことのない山としか確認していなかったのだ。
自分がしっかり確認していれば良かった。
半助は歯噛みする。
まさか、あんな険しい山を使うとは…。
「あぁ〜」
学園長のあからさまに『うっかり忘れてた!』と言わんばかりの表情。
半助は、何かがブチッと切れるのを感じた。
「あの事をご存じだった癖に、実習の許可を出すなんて…子供達が巻き込まれていたらどうするおつもりだったんですか?!私は、すぐに山田先生を探しに行きますので、学園長は…私がやることになっていた薪割り全部片付けておいて下さい!責任を持って、ご自分1人でやって下さいヨ!」
半助の剣幕に、脛に傷のある学園長は思わず頷いてしまった。
「ヘムヘム!学園長がしっかりやるか、見張っていてもらえるか?これは、学園長への罰だから、誰も手伝わせないようにな」
「そんなぁ…」
一瞬反論しようと思った学園長。
しかし、にっこり笑顔で鬼の様な事を言う半助に、この時、誰も逆らえなかった。


               ◆     ◆     ◆


全く…情けない。
伝蔵は、途方に暮れていた。
子供達には、『知恵と体力、根性で乗り切れ!』と言っていたが…。
山道で完全に迷うなど…何年振りだろう?
しかも、子供達は初めてでも、伝蔵は一度下見をしていた山だ。
それが…全く現在位置が掴めなかった。
川に落ちた時に、用意していた地図は用を成さない紙屑と化した。
きしゃくを使おうにも、自棄に喉が乾くので、水筒は既に空。
まさか、きしゃくが必要になる程の事になるとは考えなかった、伝蔵の不覚である。
まだ文月。
まだ土壌は梅雨時期の雨水を、沢山含んだ状態だ。
岩場の多いこの山で、いつ増水の危険があるか分からない沢に下りるのは危険だった。
鬱蒼と茂った木々に阻まれ、太陽の位置を見るのも上手く行かなかった。
幾ら子連れで気が立っていた熊に追い回されたとは言え、ここまで迷うことになるとは…。
伝蔵は、薄暗くなって来た空に、動き回るのを止め、一晩野宿する事を覚悟した。
まずは火を起こす。
しかし湿気を多く含んだ枯れ木には、中々火が着かず苦労した。
火を起こしたまでは良かったが…頭がぼんやりして、考えがまとまらない。
おまけに、ゾクリ…と、背筋に悪寒が走った。
川に落ちたせいか?
ひとまず、濡れた服を乾かす。
湿気を含んだ蒔の為、すぐに火勢の衰えがちな焚き火からは気が抜けなかった。
伝蔵は燃え上がる炎を眺めながら、ぼんやり考える。
子供達が、冗談で『おじいちゃんになるまで迷ったらどうしよう…』などと言っていたが、状況は違うとは言え、自分がこんな事になるとは…。
しばらくして乾いた服を着込むが、やることがある訳でもなく、夜の帳に包まれ掛かった空を眺める。
こうやって静かな所で、1人考える事など…最近はなかった事だ。
隣には、いつも半助が居た。
公私に渡って、2人で居る時間が一番長いと言って良い。
そして…いつからか。
…半助とは情を交わす間柄だ。
自分には、理解ある愛する妻と、息子まで居ると言うのに…。
土井半助。
二周り近く歳の離れた若者は、誠実さが売りの好青年だと思われがちだ。
しかし、半助は思いも寄らない面を含め、複雑な内面を持っていた。
誰もが好感を持つ風貌に、優しく真面目な性格。
幾らでも、理想の家庭を築けそうな若者だと言うのに、彼にはその希望がさらさら無い。
ある種、途方もなく刹那的と言える。
……しかも、自分を好きだと言う。
その告白も、初めから何も期待していない事が分かった。
それでいて、告白せずにはいられなかった程、半助の中で何かが逼迫していった。
何時から抱いていた想いなのか…?
あの半助が、一途に自分だけを思い続けていた。
何の見返りも求めないその求愛に、答えてしまったのは伝蔵だった。
薪がパチパチと音を立てる。
「…半助」
伝蔵は、思わず呟いていた。

(……はい、山田先生。)

「半助?!」
あまりに明瞭な半助の返事が聞こえた。
伝蔵は、咄嗟に辺りを見回したが、周りに人影はない。
「げ…幻聴?」
ふぅ〜と伝蔵は、溜息を付いた。
幻聴や幻覚は、幻術使いが使う術とは違い、弱気が見せるものだと思っている。
正体見たり枯れ尾花…というヤツだ。
しかし…
それにしては、やけにハッキリしていた。
周りに誰も居ないと分かっていながら、伝蔵はもう一度呟いた。
「…半助」

(はい、山田先生。何でしょう?)

伝蔵の耳には、その声は確実に届いていた。
気のせいだと分かっていながら、伝蔵は何故か、居るはずのない半助に語り掛けていた。
「いつから、此処に?」

(私は、いつでも山田先生と一緒ですって…お分かりでしょう?)

気が付くと、幻聴は姿を持ち、伝蔵の傍らで微笑んでいた。
儚い、それでいてしっかりとした存在感の半助。
「そうか…そうだな」
伝蔵も、うっすらと笑い返していた。
「道に迷ってしまったヨ。わしも衰えたかな?」

(何言ってるんですか!山田先生がそんな事おっしゃらないで下さい。)

半助は、イヤイヤと首を振る。
いつもより、いささか幼い仕草だった。

「でも、現にこうして夜明かししているぞ」

(それは…私に会うためでしょう?私の山田先生。)

半助は、首を傾げ、媚びるような視線を伝蔵に向けた。
ぴりりと、神経を逆撫でる違和感。
「私の?」

(そうでしょう?先生も答えて…あんなに…しっかり抱いてくれたじゃないですか!先生も私の事、好きだって……本当の事をおっしゃって下さい。)

半助が、両手で自分を抱き締める。
伝蔵が自分を抱いた記憶を辿っているような仕草だった。

(私だけが好きだと……そして、私だけのモノになって下さい。私の命なんてどうでも良いくらいに…こんなに愛しているのも……私だけなんですから!)

半助の腕が自分に縋り付く。
まやかしとは思えない、遠慮の無い力強さだった。
誘うように、自分を這い回る半助の指。
擦り付けられた頬はほんのり上気して、何とも言えない色香を放っていた。

(…山田、先生)

「違う!」
伝蔵は、縋り付く半助を振り払った。
半助の顔が絶望に歪む。

(山田…せんせ…い?)

キン…と、伝蔵の周りの空気が冴えた気がした。
伝蔵は、こめかみを押さえ、首を軽く振る。
やはり…これは違う。
半助は、こんな事は言わない。
言えば……伝蔵が困る事を誰より分かっているから。
「お前は、半助じゃない!」
半助は、そんな事を言わない…
絶対に言えない半助だから…
愛しいと思うのだ。
やはり、コレは半助ではなかった。
夜が見せた魔物だった。
しかし、自分に拒まれた半助の表情は、伝蔵が想像していた以上に、打ちひしがれたものだった。
それは偽物の見せたものだと分かっていても、伝蔵の心を傷付けた。
半助を傷付ける事は、自分にとっても痛手なのだ。
改めて自覚する。
自分は、何と会話していたのだろう?
それも、当たり前の様に…。
冷静になってみると、指先が小刻みに震えている。
服はすっかり乾いている。
寒い訳ではないのだ。
何を震えている?
自覚した途端、グルンと視界が回った。
伝蔵は直感した。
何処かおかしい。
不味い……。
伝蔵の意識は、そこで途切れた。


               ◆     ◆     ◆


…ぴしゃり。
目元に冷たい感触。
それが冷水に浸された、手ぬぐいであることに気が付いた。
「…山田先生?」
半助の声だった。
まだ、先程の幻聴・幻覚が続いているのかと思った。
「…お気付きになりましたか?」
ゆっくりと身体を起こされた。
たき火の明かりに浮かぶ、人影は、確かに半助のそれだ。
「よろしかったら…お水です。」
空だった水筒に、清水が満たされていた。
言葉に甘えて、ゆっくりと飲み干す。
それで、自分がいかに喉が乾いていたのか自覚する。
「こちらも、どうぞ…」
差し出された別の水筒も空にする。
それも飲み干して、やっと生きた心地がした。
気が付くと、先程とは場所を移されていた事に気が付く。
すぐ近くに泉があり、滾々と清水が湧きだしていた。
思わず、近付いて顔を洗う。
冷水に、頭がすっきりと冴えるようだった。
木々も鬱蒼とした感はなく、風が清々しかった。
見上げると、今にも降ってきそうな星空。
「子供達は、全員無事に学園に戻ってますので、ご安心下さい」
伝蔵が落ち着いてからの第一声は、それだった。
明らかに、いつもの半助だった。
「迷惑を掛けたな…」
伝蔵は、何とも複雑な気分だった。
自分は迷ったというのに、夜のうちに自分を発見した半助。
しかし、弱音を吐いた途端、先程の幻覚が姿を現すようで、言葉には出来なかった。
「迷惑だなんて……これも、学園長が悪いんです」
半助は、何故か学園長に矛先を向けていた。
「いえ…、私も確認すれば良かったんですが…」
半助は、胸元から紙包みを出した。
「コレ…なんだか分かりますか?」
袋を開けると、包みの中は、何か植物の根を乾燥させたようなものだった。
「時忘れと言います。酷い苦痛を伴う治療の際、苦痛の緩和の為に利用したり、自白を強要する場合にも使うことがあります。」
「つまりは…麻薬の類か?」
はい…と、半助は頷く。
「以前、花が学園近くの川に流れて着いた事がありまして、その時調査したんです。山の中腹辺りに、時忘れが群生している所があるのを発見しました。根に一番成分が多く含まれているんですが、花粉にも…多少の効力があります。それは、学園長には報告済みだったんですが…まさか、この山を一年の実習で使うのに、許可を出してしまうなんて」
麻薬が子供に与える影響は計り知れない。
育ち盛りの子供が巻き込まれていたら…と、半助はゾッとした。
「子供達は、山田先生が守って下さったんですね」
半助は、時忘れを懐にしまうと、伝蔵を尊敬の眼差しで見詰めた。

一方伝蔵は、それで納得がいった。
いつの間にか、軽い中毒状態に陥っていたのだろう。
きしゃくが使えなくなる程、水を飲み干してしまうなど、まともな状態である筈はなかった。
「山田先生が、火を焚いて下さったので、煙ですぐに居場所は分かったんですが…」
半助は、表情を曇らせる。
「先生がお使いになった薪の中に、時忘れの枝が混ざっていたんですよ?酷い頭痛はないですか?」
「つまり、麻薬を焚いていた…という事か?」
葉を燃やし、その煙を吸うことで嗜む薬もあると聞いたことがある。
煙を避け、風下にいたとは言え、多少の粉塵は吸っていただろう…。
そして、あれが現れたという事か?
伝蔵は、あの時のまやかしを思い出す。

(…山田先生)

半助であって、半助ではなかったモノ。
「時忘れは…時に、本人が一番見たいと思っているモノを見せると言います。」
「…一番見たいモノ?!」
半助がぽつりともらした言葉に、伝蔵は絶句する。
「何か…ご覧になったんですか?」
言葉は質問の形を取っていたが、半助が解答を求めていないのは分かった。
「麻薬が見せるモノは、大抵本人が一番望むものですので、その誘惑から抜け出せなくなる者も多いそうです。」
あぁ、でも…と半助の言葉は続く。
「根を煮出して、直接口から摂取しない限りは…中毒にはならないので、安心して下さい。」
伝蔵は言葉を失っていた。
あの半助が…自分が一番見たいものなのだろうか?
確かに、何も見返りを求めない半助の、心の奥を知りたいと思ったことはある。
しかし…。
自分は…半助の本心が、アレであって欲しいと…願っているという事なのか?
ああ言われては困ると言うことを、半助に飲み込ませているのは伝蔵で…。
なのに…時には、我が儘を言って欲しいと望んでいると?!
伝蔵は、気鬱になった。
それは、あまりに自分一人に都合の良い事ではないか…と。
半助は、考えに沈み込んだ伝蔵の傍らで、伝蔵の言葉を待っているようだった。
伝蔵の手の届く範囲に、清水の満たされた水筒がいつの間にか並んでいた。
体調が万全でないと思っているのだろうか?
押しつけがましくない、半助らしい優しさだと思う。
「山田先生…」
静寂を破る半助の声は、柔らかだった。
「今日が、何の日かご存じですか?」
「…ん?今日?」
「今日は、七月七日…七夕伝説はご存じですか?」
「あぁ。そうか…七夕か。」
見上げたら、満天の星空。
確か、中国から伝わった伝承だ。
「織り姫と彦星は、今日は無事に逢えたんでしょうか?」
半助は、熱心に星空を見上げていた。
「でも……一年に、たった一日でも、恋人同士としての逢瀬が持てるなんて、羨ましいです。」
「…半助」
一瞬、半助に、さっきのあやかしが重なる。
「山田先生、今日の私は、先生のお役に立てましたよね?」
半助は、突然真顔で伝蔵に詰め寄った。
「…あ、あぁ。助かった。お前さんが来てくれなかったら、どうなってたか…」
伝蔵は、決して薬物の類に強い方では無い。
「私の願いは…山田先生のお役に立つ事です。まだまだ…未熟者ですが、今日は、願いが…叶ったのかもしれません」
半助は、たき火の赤い炎に照らされて、微笑んでいた。
その控え目な笑顔に、半助の気持ちが映る。
本気で、本心で…そう、思っているのだと。
そんな半助の気持ちに…答えたくなった。
どんな小さな事でも…彼は手放しに喜ぶだろう。
そして過剰に喜ぶ事を恥、必死に隠すことに努めるのだ。
しかし
今は、星空の元…2人きりだ。
織り姫と彦星にあやかってみるのも、悪くない。
伝蔵は、半助に踏み込めない部分への扉を一つ、開けた。


「時忘れで、おかしくなっていた時…わしの前に現れたのは…お前だった」
半助は、ギョッとした様に伝蔵の方に振り返った。

時忘れは、本人が一番見たいと思っているモノを見せる。

「無邪気に、『わしを独り占めしたいと言う土井半助』だった」
半助は、もう限界と思える程に大きく目を見開いている。
「…そ、そんな」
山田伝蔵が…一番見たいもの。
それが…?
「なんて顔をしてる。嘘はいってないぞ」
途端に、半助の両目からボタボタと涙が落ちた。
「そんな事…」
「アレは、時忘れが見せた…ただの幻だ。」
伝蔵は、半助の顔を両手で包むようにして、両の親指で涙を拭ってやった。
しばらく呆然としていた半助だったが、意を決したように語り出す。
「私が、以前此処に…時忘れの調査に1人で来た時、一寸の香りで、昔の酷い中毒が…ぶり返した事があるんです。」
伝蔵に押さえられていても分かる程に、半助の身体が震えた。
「その時…山田先生が見えました。先生は……私だけを…私、だけ…」
半助の言葉は、涙でそれ以上続かなかった。
それでも十分に伝わった。
お互いが、独占したいという欲望を胸に秘めている。
例え分かっていても、それを言葉にすることは、一生無いと思っていた。
そう、お互いが胸にしまい込んでいた気持ち。
それが出てしまったのは、時忘れの作用が起こしたアクシデントだ。
あくまでも、お互いが語っているのは、幻。
「半助、その幻は、こう…言っていたか?わしは…半助だけを愛している、と。」
半助は、一際大粒の涙を流しながら、頷いた。
「山田先生の見た幻は言ったんですネ。」
半助は、殊更ゆっくりと言葉にする。
「私は山田先生だけのモノだから…、先生も…私だけの山田先生になって下さい…と」
一言一言を噛み締める様に発言する、その溢れんばかりの感情の発露。
初めて言葉にして言い合った言葉の、何と甘美な事か…。
「時忘れが見せた…ただの幻だ」
伝蔵は、念を押すように強く言った。
「…山田先生」
自分を呼ぶ半助の声は、幻聴の数倍…蠱惑に満ちていた。



そして…2人は、天上の星々に見せ付けるように、愛し合った。
2人が、お互いを独占しあっての初めて交歓だった。

七月七日。
その七夕伝説の夜は、お互いに忘れられない夜になった。



七夕企画…いかがだったでしょうか?
七夕の夜には上げたかったのに…今、既に10日。計画性の無さがバレバレです。(≧△≦)
有言実行って難しいですネ。でも、まぁ取り合えず、上げられて良かった!
面倒だったので、前後編に分けるの止めたんですが、どうだったでしょう?
分けた方が良かったかな?
バックが白いのも、初めてでしたが、読みにくかったかな? →不評だったので、壁紙変更しました。

私の伝半は、いつもこんな感じです。ポップなラブラブ話なんて…夢のまた夢。
でも懲りずに頑張りまっせ〜。
ココまで、お付き合い頂き、ありがとうございました。Web拍手・掲示板などで、感想お待ちしてます。
これ、お分かりでしょうが、裏タイトルは『裏・立派な忍者になるために』の段です。
テレビの伝さん…あんな事ある訳ない!と……無理矢理な理由付け。こんなのばっかりデス。(^_^;)

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