この格好は動き辛くて堪らない。
けれども、敵を屠るには最も適しているとは思わないかい?
さあいらっしゃい。私が看てあげようではないか。







最 強 の






「全く、無理をしちゃって」
「すみません……」
 宿舎内の医務室で、白衣の姿のマリオがリンクの左足首を基準にテーピングを施す。足首がきちんと固定されたのを確かめると、 マリオは「処置完了」とリンクの脛をポンと叩いた。
 先程までマリオはリンク等と乱闘をしていたのだが、その時にリンクが着地を派手に失敗したのだった。どうみても足をくじいているというのに、彼は 大丈夫だの一点張りだった。しかし、時折苦痛を顔に浮かべていたので、乱闘が終わるとマリオは無理矢理リンクをここまで連れてきて治療をしたというわけだ。
「いくらゼルダ姫の前であっても、痛い時はその場できちんと言いなさい。後でだと手遅れになるかもしれないんだから」
 白衣を纏うマリオは、いつものオーバーオールマリオとは少し違う。医者であるという自覚もあるからなのか、口調も少々異なっていた。 “この世界”に辿り着いた時から彼は医師の免許を持っていて、一応内科が専門だが、実に幅広い分野を学んでいた。 それなので、怪我をしたり病気にかかったりしたら、皆マリオに看てもらっていた。 ある時、「いつもとは違う戦い方をしてみたい」というマリオの陳情を受け入れたマスター達は、白衣のマリオ、すなわち“ドクターマリオ”の姿で 戦う事を許可した。少し前までは2つの姿で乱闘をしていたのだが、“亜空”事件より後ではめっきり乱闘では姿を現さなくなった。マリオに言わせれば、 「あの格好はヒラヒラしていて戦いにくい」らしい。
「……それにしても騒がしいな」
 部屋の中にまで届く悲鳴、それに連なるざわめき。どうやら玄関先で何やら起こっているようだ。
「リンクはそのまま部屋に戻っていなさい」
「マリオさんは?」
「……ちょっと外が気になってな」
 これでもリーダーだ。騒ぎが起これば駆けつけないわけが無い。マリオは着替えもせずに診療室から出ていった。





「これは……一体何が……」
 予想以上に酷い状況だった。人を掻き分けた玄関先には、全身血塗れで生気の無い顔をしたポポを背負ったピットと泣きじゃくるナナ。
「マリオさん、ポポを助けて! このままじゃ、ポポが死んじゃう!」
「……ピット君、そのままの状態で医務室へ。ナナちゃんもついて来て。ルイージ、今すぐ湯を沸かしてくれ!」
「わ、分かった」
 ナナの悲鳴に集まったメンバー達をいったん散らせると、的確に指示を入れる。尋常ではない事が起こっているのだろうが、聞くのは処置をしてからだ。 ポポの出血があまりにも酷い。備蓄の血液で足りるかどうか……。“この世界”で行われる乱闘に「死」の概念は無い。いつも通りの乱闘であれば 失血してもフィギュアに戻るだけであろうが、それが乱闘外でも通用するのかは、分からない。とにかく、一刻の猶予も無いのだ。


 ポポの全身は、切り裂かれた傷やビームによる火傷、打撃痕でボロボロになっていた。マリオは慣れた手つきで止血や縫合の処置を施す。その光景を、 ナナとピットは静かに見守っていた。
「……これで大丈夫なはずだ。怪我が余りにも酷いから、すぐには目覚めないだろうが」
「よかったぁ……」
 ガーゼや包帯で痛々しい姿になってベッドで横たわるポポにしがみついて、ナナはまた泣き出した。ナナの治療もしたかったのだが、この調子では 当分無理だろう。さほど酷い怪我をしているようには見受けられないので、今は後回しだ。
 あとは温かい濡れタオルで血に塗れたピットの翼を拭ってやりたいのだが、ルイージの事だ。うっかり火傷をして手間取っているのかもしれない。
「ピット君。分かる範囲でいいから教えてくれないか?」
「はい。実は……」
 ピットは散歩と鍛錬がてら、宿舎の周りを囲むように茂る森の中を歩いていた。森には小さな泉があって、そこで1人剣術の腕を磨いているのだという。
 神弓片手に歩いていると、近くから悲鳴が聞こえた。声の方向へ駆けていくと、そこには木槌を片手に例の事件で見慣れたコッコンやプリム達と対峙するナナと、 血塗れになってぐったりと崩れ落ちたポポがいた。ピットは弓で敵を威嚇すると、双剣を振りかざしてナナの前に躍り出た。ナナと2人で敵を倒していったが、 ブリザードを放つ彼女の手はガタガタと震えていた。
 敵を全滅させると、ナナはピットの服を握り締めたまま泣き出した。草を血の色で濡らし、ピクリとも動かないポポ。 服を握るナナの指を一本ずつ解き、ポポを背負って宿舎まで戻ってきた。
「……プリム達がいたというのは、本当なのかい?」
「ええ。あれはどうみても亜空軍の兵です。胸の印も確認しました」
「あのね、マリオさん……。あの時……」
 眠るポポを見つめたまま、涙を拭ったナナはゆっくりと語り始めた。何故、こんな事になってしまったのかを。


 最近なかなか乱闘での成績が伸びないポポとナナは、少しでも強くなろうと練習をしようということにした。ちょうど宿舎のすぐ近くには森があり、 一目を気にせず練習ができそうであった。2人は木槌片手に仲良く森の中へ入っていった。森の木々が「危険だ」と言ってきたが、“亜空”事件の後は この上なく平和だったものだから、「心配しすぎよ」と言い返した。
 どこか良い所はないかと森の中を歩いていたのだが、練習の事に気が回っていて背後の気配には気づいていなかった。
「……ナナ!」
 不意打ちにポポが思い切り背中を押すものだから、ナナは地面にべちゃっと倒れこんだ。悪戯にしても度が過ぎると立ち上がりながらポポを怒鳴ろうとしたが、 その言葉は喉元から出ることは無かった。
「ポポ!」
 自分の横で膝をつくポポの姿。背中は鋭い爪で裂かれ、分厚いコートに血が滲む。ようやく気配に気づいて辺りを見合せば、あの事件の時にイヤと言うほど 見たコッコンやらプリムやらが周囲を取り囲んでいた。
「うわあああっ!」
 痛む背中を物ともせず、ポポは気合を込めた一発を自分を襲ってきたコッコンに叩き込む。木偶人形はバラバラになってガラガラと地面に落ちていく。
 起き上がったナナは、ポポの背中を守るように敵の前に立つ。お互いの背中を守りながら戦う。だって、私達は2人で1人なのだから……!
 片手で木槌を振り、もう片方の手で冷気を放つ。そんなやりとりをもうどれくらい行ったのだろう。不意に、後ろのポポがナナの背中に寄りかかってきた。
「ポポ……? ポポッ!?」
 振り返ったナナの腕の中のポポは、既に意識を失っていた。服はもう襤褸になっていて、剥き出しの体は血に塗れていた。
 そういえば、ポポは敵の事を挑発するような言葉を放っていた気がする。もしかして……私の為に……?
「ポポ、ポポしっかりしてよ! ねえ、ポポったら!!」
 いくら体を揺すっても、目を開く気配は無い。ナナの背後を襲おうとプリム達が襲い掛かってきたが、ナナの無言の一振りで吹っ飛んでいく。
「ポポが倒れても……私がいるわ。かかって来なさい。みんな氷漬けにしてあげるから……!」


「あとは、ピットさんが言っていた通りです……」
 ポポの手をぎゅっと握る。彼の暖かい手は、生きているという事を示していた。
  ガシャンッ
「な、何ですか今の音!」
 隣の部屋から何かが割れる音が響いた。あそこには患者用のベッドがあるくらい。慌てて扉を開けると、そこには先程から話に上がっていた……
「本当に本当の話だったってわけか」
 破れた窓ガラスから、プリム達が部屋の中に入り込んできていた。
「ピット君、ナナちゃんと一緒にポポ君を見ていてあげてくれ」
「え……、マリオさん1人でこの量をどうにかするというのですか!?」
「大丈夫だから。……僕が捌ききれなくてそっちの部屋にプリムが行ってしまったら、その時は頼んだよ」
「……分かりました」
 マリオの目に揺るぎ無い意志を見出したピットは、身を引いてゆっくりと扉を閉めた。
「……本当に、マリオさん1人で大丈夫なのだろうか」
「大丈夫。だって、ドクターはもう1人のマリオさんだから。……もしかしたら、“マリオさん”より強いかも」
  ポポを握る手はそのままに、ナナは何の惑いも無く自信を込めて言う。
「え……?」


「こんなところじゃファイアーは使えないしね。……全く、この格好でまた戦う日が来るなんて。白衣は動きずらいっていうのに」
 マリオは扉が閉められたのを確認すると、プリム達をキッと睨んだ。白衣のポケットの上から、中に入っているものを探る。……バンテージはあるな。
 破られた窓から風がヒュウっと入り込み、マリオの白衣をバサリと捲りあげた。白衣の内側には薬品が入った注射器が何本も縫い付けられ、何十本ものメスが 綺麗に内ポケットに収まっていた。取り出しやすいように柄の部分がポケットの外に剥き出しになっているメスを一本ずつ指の間に挟むと、スッと抜いた。
「さて、誰から処置をしてあげようか」
 指に挟んでいたメスを、プリム達目掛けて投げ飛ばした。

















「亜空の欠片」おためし版。
というよりも、この話を書いたら夏の新刊を書きたくなったというのが正しいです。
この話だけで完結(?)させる為に、実際の本文とはちょっと異なっています。

カッコイイマリオが書きたかったんです。というより、ドクマリが。「X」なご時勢で今更感が漂ってますが。
あれだよね、暗殺者っぽいよね。キャラ的にはブラックカラーのドクマリが似合うんだろうけれど、あえてノーマルな白で。 だってホラ、パッと散るじゃない、アレが。
自分で書いといてなんですが、どんだけ重い白衣なんだろう。動きにくいのは当たり前だっていう。



08/07/27 up