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相馬野馬追2015

平成27年度
相馬野馬追

野 馬 懸
〜 歴史の再現 〜

相馬野馬追で最も重要な行事・野馬懸
昔の名残を今にとどめる真の行事

これは古の歴史の再現なのです
2015年7月27日。
相馬野馬追3日目の行事は小高神社で行われる野馬懸です。
野馬懸は御神馬を神社に奉納し願いをたてる、いわゆる絵馬の起源とも言われる神事です。
相馬野馬追の祭事で最も重要な行事ですが震災の影響で未だ震災前の形には戻せていません。
それでも震災後は観覧客も増加傾向にあるようです。

2015年の野馬懸の映像をまとめましたが、野馬懸の流れは意外に分かりにくいところもあり
自分としても付け加えたい話しもありましたのでレポートも併せて掲載させていただきます。(^^ヾ
7月27日朝。
野馬懸が行われる小高神社に9時少し前に到着。
すでに神社境内には観覧客が大勢集まっています。

西側の広場には騎馬武者達が輪乗りしています。

すでに緊張感を醸し出しているサムライもいれば
和気あいあいと雑談するサムライも。

天気もとても良く、暑い一日になりそうです。
総大将到着っ!

南側の入口から大きな声が響きました。
総大将・相馬行胤公の到着です。
弟君の相馬陽胤公もご一緒でした。

案内役として小高郷・本田軍者が出迎え
一行は神社の社に向かっていきます。
境内に向かって右側にある社務所前には
御小人(おこびと)姿のサムライ達がいました。

甲冑姿や陣羽織姿も良いけれど
御小人姿もカッコイイですね。

震災後から若いメンバーになった御小人達。
彼らが野馬を捕える姿を早く見たいですね。
鳥居前に並んだ螺役達。
集合の螺が吹き鳴らされます。


社前に陣羽織姿のサムライ達が集まりました。
社前に並んだサムライ達。
最前列には総大将に副大将、軍師の姿が見えます。

野馬懸出発式が始まりました。

真夏の境内には蝉の声がうるさく響いています。
しかし神主が唱える祝詞はその声よりも強く
厳かに社の前を包み込みました。
式典の最中、
御小人頭と御小人達は水桶を持って
境内の奥に進んでいきました。

小高神社の北側にある御神水を汲む
御水取りの儀に向かうのです。
御水取りの儀

境内から湧き出る御神水(おみだらし)。
神主が祝詞を唱え、御小人達が大きな柄杓で
井戸からすくい、水桶に汲んでいきます。

御神水は野馬懸で捕える
野馬につける御印になります。


ちなみに社務所入口の右側にある水道
この湧き水と同じものなのでご利益があるとか。
御水取りの儀が終って社前に戻ると
総大将が訓示を述べているところでした。

(略)
各々が野馬懸行事の意義をよく心得、
妙見小高神社に神馬の献上ができることを願い
さらに本行事に参加する諸氏の
安全を祈念して挨拶とする。



訓示の文面は毎年ほぼ同じようです。
式典が終ると総大将達は観覧席に移動されます。


境内には再び螺役達の螺が響き渡ります。
まもなく騎馬武者達が野馬追い込みのために
境内を出発します。
総大将殿に申し上げます!
それがし小高郷組頭・坂下直也であります!
馬上にての口上、お許し願います!
只今より野馬追い込み行列を開始します!
以上!

ご苦労っ!



坂下殿の口上に観覧客から拍手が上がります。

続いて騎馬武者達が行列をして
境内から出発していきました。
境内ではこの後、舞踊の奉納が行われます。
野馬追い込みまではまだ時間がありますので
自分も騎馬武者達に付いていき境内の外へ。

騎馬武者達は境内外で待機していました。

震災前はこの時間に騎馬武者達が
小高の町中を行列していました。
しかし町中の復興は未だ進まず、
本来の形に戻すのはまだ難しい状況です。
境内の外ではサムライや軍者達はくつろぎ
観覧客と和気あいあいとした雰囲気です。

野馬を用意しているのは宇多郷の持舘様。
前日までの野馬追姿と違い、とてもラフな格好です。


相馬陽胤公もくつろぎに・・・・
もとい、様子を見に来られてました。
木陰では野馬が休んでいます。
引き綱を持っているのは宇多郷の山田様。
山田様もラフな格好で、お手伝いといった感じです。

真っ白な馬は甘えるように
山田様に擦り寄っていました。

後で知ったのですが元競走馬で
馬名はワンダーバンザイというそうです。
笑顔で談笑される陽胤公。
兄君の行胤公のことを聞くと
「観覧席で『ご苦労!ご苦労!』言ってます。」
と冗談っぽく話していました。

2015年はご兄弟で出陣されました。
兄・行胤公は総大将として。
弟・陽胤公は標葉郷の指揮を取られました。

今回初の試み・異例とも言える相馬家の
他郷からの出陣は色々と物議もありましたが
「今までと違う相馬野馬追、
 新しい景色みたいなものが見えました。」

と、陽胤公は話していました。
佐藤幸三軍者が語るかつての野馬懸。
「昔は雲雀ヶ原から海岸の方に馬を追い込み
 海岸を走らせ、馬を海の水(塩水)で清めていた。
 海から小高川にかかる野馬橋を渡って
 今の6号線を横切って小高神社に追い込んだ。」


野馬橋は震災の津波で流され今はありません。

こういう昔の野馬追の話を聞けるのも面白いですね。
陽胤公や若いサムライも興味深そうに聞いていました。
まもなく野馬追い込みが始まります。
神社境内から螺の音が聞こえてきました。

コチラ側にいる螺役達が応答の螺を鳴らします。


その後ろで野馬はのんびりと道草を食べてます。
野馬追い込み1回目。

芦毛の馬が連れて来られました。
追い込む騎馬武者達も集まります。

いくぞー。まだかー。

芦毛馬を引く人が騎馬武者達に声をかけます。
騎馬武者達はそれぞれの位置に移動します。

放すぞー!放すぞー!
それ行けっ!

野馬が放たれると騎馬武者達が追い立てます。
勢いよく走り出す野馬。
騎馬武者達も走り出します!

騎馬武者達は威勢の良い掛け声で野馬を追い立て
逃げる野馬を追い立てながら
神社境内に向かう坂を駆け上がっていきました。
野馬追い込み2回目。

1回目と同様に騎馬武者達が追い立てますが
野馬は坂の入口で立ち止まってしまいます。

行けっ!行けっ!
叩けッ!叩けッ!

騎馬が退路を断つように野馬の周りを囲むと
野馬は坂に向かって走り出しました。
野馬追い込み3回目。

曲がりくねった坂道を駆け上がってくる
野馬と騎馬武者達。

坂の両脇には観覧客が大勢います。
足元の不安定な斜面で追い込む様子を楽しむ観覧客。

毎度思うのですが
馬が突っ込んでくる不安とか無いのですかね?
これも田舎の祭ならではということでしょうか。
総大将殿に申し上げますっ!
小高郷副軍師付組頭、末永香二でありますっ!
馬上にての口上、お許し願いますっ!

只今、野馬追い込み3回目っ!
並びに野馬追い込み全工程を終了したことを
ご報告申し上げますっ!以上っ!



ご苦労っ!
境内の竹矢来に追い込まれた3頭の野馬。

興奮した鹿毛馬と栗毛馬は激しくいななき
喧嘩するような一面もありました。

気性の荒そうな馬たち。
これから行われる野馬懸に少々不安を感じさせます。
御小人達が素手で裸馬を捕える野馬懸が
いよいよ始まります。

最初に御小人頭が駒とり竿にて
捕える馬に御神水の御印をつけます。

長い竿と、竿の先にある水を含んだ藁。
駒とり竿は相当重たいことでしょう。

野馬達も驚き、竹矢来の中を逃げ回ります。
御小人頭は馬の動きを見極め追い込みます。
柵沿いに逃げる芦毛馬に狙いをつけると
走りに合わせて駒とり竿を突き出しました。

エーイッ!

威勢の良い掛け声を上げ突き出した竿は
芦毛馬を捕らえ、その体に御印を付けました。
一斉に走りだす御小人達。

芦毛馬は砂煙を上げて竹矢来の中を逃げ回ります。

逃げる芦毛馬に猛然と飛びかかる御小人達。
馬の首に腕を回し、たてがみを掴み
馬の前脚に自らの足を絡ませて動きを封じます。

観念した芦毛馬は抵抗を止め
大人しく御小人達に捕らえられました。
最初に捕えた馬は御神馬として
神社に奉納されます。


鳥居をくぐり社前に連れて来られた芦毛馬。

ご苦労様です。素晴らしい馬です。

神主は御小人達を労いの言葉をかけました。
これより社前にて上げ野馬の神事が行われます。
まず御神馬に米と塩を食べさせます。
その間に御小人達がたてがみに紙垂(しで)を
片側4枚ずつ結いていきます。

ありがとうございます。
今年度の御神馬として奉納させていただきます。


神主が声をかけ御神馬として奉納されました。

相馬氏は上げ野馬の神事をもって
相馬地方の平和・安寧・繁栄を祈願しています。
御小人達は再び竹矢来に入り
残った馬たちを捕らえにかかります。

1回目同様に駒とり竿にて御印をつけられたのは
顔に大きな流星のある栗毛馬でした。

しかし2頭は連なって走りまわり
御小人達を翻弄します。
鹿毛危ねぇっ!鹿毛離せっ!

2頭で走られてはたまりません。
御小人達は2頭を離して栗毛馬を捕えようとします。


馬の首に腕を回して組み付いても動き回り、
なかなか取り押さえることができません。
・・・・と言うか、御小人は馬の尻や腹を叩き
暴れさせようとしています。

確かに震災前の野馬懸は大人しい馬が多く
迫力の薄い光景しか見ることはできませんでした。

御小人役が他県からの協力者で高齢の人だったのも
迫力のない野馬懸になった理由の一つでしょう。

震災後は小高郷の若者達が御小人達となり
地元の歴史文化を盛り上げようとしています。
しかし迫力ある光景のためとは言え
馬を暴れさせるのは本当に危険なことでもあります。


腹を叩かれた栗毛馬は突然走り出し
掴んでいた御小人を振りほどきました。

不意をつかれた御小人は
砂煙を上げて地面に倒れ込みました。
倒れた御小人は起き上がりません。
他の御小人達が集まり心配そうに覗き込みます。

水だっ!水持ってこいっ!

御小人達は御神水の入った水桶を持ってきて
倒れている人にぶっかけました。

水をかけられた御小人は目を覚まし
立ち上がると威勢の良い掛け声を上げて
猛然と野馬に掴みかかっていきました。
・・・・まぁ、これは演出なのでしょう。
雰囲気を出すための過剰とも言える演出かな?

と見ているときは感じたのですが
後になって調べていたら野馬懸の文献資料に

御小人は素手で裸馬を捕えにかかる。
中には失神する者もあるが
神水を顔にかけるとたちまち蘇生する。


という記述があることを知りました。
これも『歴史の再現』の一つだったのですね。
やがて栗毛馬は捕らえられ
最後に残った鹿毛馬を捕えにかかります。

しかし鹿毛馬はさらに逃げ回り
御小人達を翻弄します。
鹿毛馬は先に捕えた栗毛馬にぶつかり
暴れた栗毛馬も繋ぎ場の綱がほどけて
再び逃げ出すという一面もありました。
逃げ回る鹿毛馬は柵のすぐ近くまで来ました。
柵の中に入って観覧してた人達は大慌て。
周りで警戒している軍者達も慌ててました。

これも後で知ったのですが、
野馬3頭中でこの馬は現役競走馬の時代に
最も成績が良く、しかも野馬追の2ヶ月半前まで
現役だったようです。

そりゃあ気性も荒いでしょう。
と言うか持舘様は毎回そういう馬も用意してきます。
御小人達を翻弄する鹿毛馬。

『歴史の再現』とは言え
裸馬を素手で捕えようとするのは
本当に危険なことでもあります。

それなのに、どこか楽しげな御小人達。
勇ましく馬に飛びかかる様は本当に凄い。

演出だけではない本当の凄さが
相馬野馬追にはあるのです。
ようやく鹿毛馬も捕らえられ、
野馬懸の締めくくり。お競りの儀が執り行われます。

境内に集まった軍者や副軍師達。
馬の質を見定めて値段をつけていきます。

最初の馬は流星のある栗毛馬。
「キングカメハメハ産駒で中央で3勝した・・・・」
と説明されましたが、
本当は父はフォーティナイナーズサンで
大井で1勝(中央未出走)した馬だそうです。

って、実際の馬の詳細とかはどうでもイイですよね。
このお競りの儀も演出、『歴史の再現』であり
本当に売り買いするわけではありません。

額面も十万両、二十万両と昔の貨幣単位で競います。
だけど馬は実際の競走馬のような説明をしている。

どうもチグハグとしていて不思議な気分です。


最初の馬は総大将の名代として
付軍者の村井殿が落札されました。
総大将殿に申し上げますっ!
若君の馬、無事競り落として参りましたっ!
以上っ!


ご苦労っ!


この一幕は見応えはありましたが
「捕えた最初の馬は御神馬として神社に奉納し
 その次に良い馬は殿様に献上される」

と言われているのですから、
若君のためとは言え総大将が競り落とすのは
了見が違うのではないでしょうか。

野馬懸は『歴史の再現』

全てが本物ではないが全てが偽物でもない。


ちなみに昨年も相馬陽胤公の御子息が
お競りの儀で落札されていましたが
御子息は本当に馬を購入したと思いこみ
「どうやっておウチに連れて行くの?」
「馬小屋はおウチのどこに作るの?」

と聞かれて陽胤公を困らせていたそうです。
最後の馬は標葉郷軍者の中川殿が競り落としました。

この馬は総大将が競り落とした馬より
高い値段で競り落とされていました。
総大将の馬より高い値が付くのもいかがなものか。


お競りの儀は演じる側も和気あいあいとしていて
観覧客もそれを楽しんでる様子です。


アレコレ言うのは無粋かもしれませんね。
お競りの儀も終了し、野馬懸は終了。

総大将や軍者達は終了の儀があるので
社内に入っていきます。


野馬3頭も持舘ファームの人達に連れられて
帰って行きました。
散らしの螺が境内に響き渡ります。


2015年の相馬野馬追はこれにて終了。

神社境内から人々が去り
再び蝉の声だけが響き渡るようになりました。
小高神社の神輿倉には古い絵や
写真が飾られています。

かつて奉納された御神馬や昔の野馬追の写真。

古びた写真から感じる相馬野馬追の歴史。


ここには本物の歴史と、
再現された歴史があるのです。
以上。相馬野馬追・野馬懸のレポートでした。

以下は戯言です。(^^ヾ

野馬懸は相馬野馬追における重要な神事。
それは本物の歴史でもあり、再現された歴史でもあります。
どこまでが本物で、どこまでが演出なのか。
史実に基づくこと、盛り上げるためにしていること。
その境界は分かりにくくもあり、分かる必要があるかも定かではありません。

今回行われた、倒れた御小人に水をかけて目覚めさせるシーンは確かに面白い演出です。
しかしそれは盛り上げるだけの演出ではなく、歴史の再現でもあったのです。
このことを知ったとき、「これは説明すべきかな?」と思い、レポートを作りました。

震災前の野馬懸は御小人を他県から馬を捕えることに慣れた人達に頼んでいました。
しかし皆、高齢となったため、野馬は大人しい馬が選ばれていました。
騎馬武者が坂道を追い込んでくる光景は今と変わらず迫力はありましたが
メインとも言うべき御小人が素手で裸馬を捕える光景は迫力あるものとは言えず
ガッカリした観覧客も多いと思います。

震災後は小高郷の若い人達が進んで御小人を勤めることで
今までにない迫力ある光景を観覧客に見せることができています。
迫力ある光景のために馬を煽り暴れさせる。
それは確かに演出的な一面がありますが、暴れだした馬は本当に危険なもの。
それに挑む御小人達の姿はまさしく『本物』なのです。

御小人達が素手で裸馬に挑む光景は『本物』です。
馬は野馬ではありませんが、危険度はそう変わらない『本物に近い存在』
お競りの儀や、倒れた御小人に神水をかけて蘇生する光景は演出ですが『歴史に基づく再現』です。

それを明確にしたところで何の意味があるのか、とも思いますが
有耶無耶にもしたくなかった。それだけのことです。

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