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レニングラード国立バレエ 「バヤデルカ」
2002年1月19日(土) Bunkamuraオーチャードホール

ニキヤ:イリーナ・ペレン、 ソロル:ファルフ・ルジマトフ
ガムザッティ:オクサーナ・シェスタコワ
大僧正:アンドレイ・ブレグバーゼ
偶像:デニス・トルマチョフ
「幻影の場」のトリオ:エルビラ・ハビブリナ、オリガ・ステパノワ、タチアナ・ミリツェワ

指揮 アンドレイ・アニハーノフ
管弦楽 レニングラード国立歌劇場管弦楽団

 「バヤデルカ」全幕生舞台は92年のロイヤル・バレエ公演と2000年のキーロフ・バレエ公演の2回しか見ておりません。今回が3回目ということになります。このバレエというのは、わたしにとって、なかなかわかりにくいバレエでした。それは何故かと言うとひとえにソロルの人物像が、どうも理解し難い、女性にとってはあまり嬉しくないキャラクターだからという理由につきます。2000年のヴィシニョーワ&ルジマトフの舞台でも、ヴィシニョーワ、上手いな〜、ルジマトフはやっぱりきれい…と思うぐらいで、幻影の場で終わる幕切れにあ〜、そうだったのか…と一応納得はしたものの、舞台全体を通してそれ程感動はしなかったのです。(あ、ロイヤルにいたってはギエムとバッセルの踊りしか覚えてません、笑)その後、ルジマトフはザハロワと奇蹟のように素晴らしい「バヤデルカ」世界を創造したということなのですが、残念ながらこれは見れず終い。今回のキャストに少し期待をしましたが、やはりザハロワは無理で、ペレンに決定しました。
 ここでちょっとザハロワについて語っちゃいます。ザハロワのバレエは3回しか見たことはないのですが、白いバレエにおける彼女の表現は全く他の追随を許さないという感じがしております。圧倒的に美しいそのたたずまいだけで、これから起こりうる悲劇を予感させるなどということは、やろうと思ってできることではないです。(ゾッとするほど美しいというのは、彼女のためにある言葉ですね〜。実際、去年浜松で見たオデットは、そのあまりの美しさに鳥肌立ったもの)こういう持って生まれた資質は、際立たせることはできても、後から新しく付け加えることはできないわけで、その意味でもザハロワは稀有なバレリーナだなとわたしは思っています。
さてルジマトフですが、陽気なバジルもそりゃあもうステキですが、彼の本質もやはり身内に内包するドラマチックな悲劇性にあるのではないか、と思います。なので同じ資質を持ったザハロワと悲劇の舞台を創造すると、二人の持ち味が相乗効果を上げて、素晴らしい劇的世界が現出されるのだと思います。


 では今回の舞台について。相手役、ペレンですがファンには悪いのですが(もちろんペレンもバレリーナとして十分美しいです)、ザハロワに比べてしまうと圧倒的なオーラが足りない。ニキヤという役に、美しい舞姫以上の何かを求めてはいけないのかもしれないけれども、一方で巫女でもあるという侵し難い雰囲気がもう少し欲しかったな、というのが正直なところです。これはしかしそんなに難しいことではないような気がするのですよね。ペレンは雰囲気も身体的にもニキヤという役に良く合っていると思うのです。なので、もう少し自分のニキヤ像に自信を持ってくれれば、自ずとそこに神々しさや威厳が出てくるんじゃないでしょうか。ニキヤは美しいし踊りも上手い、そして国一番の武将に愛されているわけなのだから、その辺にいる娘とは圧倒的に違う。そしてもちろんその役に抜擢されているという意味でも、ペレンはもっと自分のニキヤに自信を持つべきです。そういう輝きがもう少しあれば、あるいはルジマトフのソロルもきっともっと変わってきたのではないか、と考えます。
輝きという点でいけば、ガムザッティをやったシェスタコワの方が、ペレンよりも勝っていました。彼女はガムザッティという役を完璧に自分のものにしていて、見事でした。

 「バヤデルカ」初日、この二人の女性の間に立ったルジマトフ@ソロルはずいぶん悩んだのでしょうね。ニキヤを愛したい、けれどもガムザッティの方が魅力的に見えてくる…。実際、2幕、ニキヤの花篭の踊りのシーンでは、ガムザッティの隣りでなんか笑っちゃうほどソワソワしていました。ニキヤに対して悪いというよりは、どうしよう…気持がグラグラするって感じかな(笑)。ただ、そういう中途半端な気持が踊りにも反映されてしまうのか、どうなのか。ルジマトフ@ソロルは、全編を通してとにかく美しかったけれどももう一つ、説得力が欲しい感じでした。ペレンが「幻影の場」でのパ・ド・ドウでちょっと息切れしていたので、そういう意味での気遣いが必要だったからということもあったのかもしれませんが。
さて、マールイ版は、ガムザッティとの結婚式の場から寺院崩壊のシーンがあります。ここでのルジマトフは本当に圧巻。結婚式シーンに出てくる幻影ニキヤを全く見えていないというふうにサポートするところなどは(ほんとにペレンの方、見てないのよ〜)、ぞくぞくしてしまいます。その後、寺院は崩壊して大僧正以外は、全て死んでしまうわけですが、このソロルが死んだ後、ニキヤのいる天国(でいいかどうかはわからないけど)で幸せになったのか、というと大いに謎な感じではあります。どうなんでしょうね…。
しかし、この疑問にはっきりと答えがでるとは、よもや思わなかった、というのが二日目の「バヤデルカ」なのでした。



レニングラード国立バレエ 「バヤデルカ」
2002年1月20日(日) Bunkamuraオーチャードホール

ニキヤ:イリーナ・ペレン、 ソロル:ファルフ・ルジマトフ
ガムザッティ:オクサーナ・シェスタコワ
大僧正:イーゴリ・ソロビヨフ
偶像:ロマン・ミハリョフ
 「幻影の場」のトリオ:エルビラ・ハビブリナ、オリガ・ステパノワ、タチアナ・ミリツェワ

指揮 アンドレイ・アニハーノフ
管弦楽 レニングラード国立歌劇場管弦楽団

 二日目、大僧正と偶像のキャストは変わったけれど、主要メンバーは変わりなしです。この日が終われば当分ルジマトフは見られないんだわ、という思いで息を詰めて舞台に注目しました。
ペレンのニキヤは昨日と変わらず、美しく踊りの上手い舞姫で、多分ソロルにとっても愛しい存在ではあるけれども、ただそれだけで、運命を感じさせる相手ではないという雰囲気。一方、シェスタコワのガムザッティは、何もかもに恵まれて育ったお嬢さまは、わがままを言ってる姿も魅力的、という人物像にさらに磨きがかかったようでした。
さて注目なのは、三者鉢合わせの、花篭の踊りシーン。この日のソロルは、昨日とはうって変わって、動揺がなし。昨日は自分が座る椅子の位置まで変えて、始終ソワソワしていたのに、今日はそんな素振りも見せずにゆったりと構えてニキヤの踊りを見ている。それは、一体どういうことなの〜?と思わず舞台に突っ込みをいれたくなるほど、だったのですが、ああ、そうなのね、ソロルはしっかりとガムザッティに心変りしちゃったのね…という恐ろしい真実がそこにはありました。

さて、心変りしたあげくにその娘をみすみす死なせてしまった(助けられなかった)ソロルに救いの道はあるのか。

3幕始めの阿片を吸うシーン。わたし的にここは大変なツボシーンでして、初日は普通通り(多分)すーっと深く吸引した後、ベッドにゆっくりと横たわっていました。どこらへんがツボかというと、ここを読んでいただける皆様にはもうお解りのことと思いますが、そうですベッドに横たわるところです(笑)。ルジマトフのその演技はまことに頽廃的で美しいのです。しかし、なんと2日目は、それをしなかった!ええ〜っ、どういうことなの?とまたしても舞台に突っ込みをいれずにはいられなかったわけですが、そう、ソロルは阿片に酔えなかったのです。吸っていることは、吸ってました。そりゃもう何度も思いっきり吸ってました。でも酔わない、もしくは酔えない。ベッドに腰かけたままなのです。一体ルジマトフという人は、どうしてそんなことを思いつくのか、ほんとに不思議でしかたがありません。でもきっと彼は、このソロルは阿片に酔ってはいけないのだ、とさとりその通りにやったのでしょう。幻影の場で登場するニキヤが、従来の解釈によれば、裏切ったソロルを許しに彼のもとに訪れるというものであるならば、このソロルはそんなふうに許されてはならないのだとルジマトフは断じたのだと思います。
許されるべくもない相手とのパ・ド・ドウは、しかし本当に美しかったです。ペレンの調子も初日よりよく、コールドも素晴らしかった。しかし幻影の場とは最早呼べないような気もします。ソロルの閉ざされた心象風景を垣間見たという感じがしました。
こういうソロルをやってしまったら、初日の疑問は最早明白です。もちろん、死んでから後もニキヤとは幸せにはなれない、なれるはずがない。それが、今回のルジマトフのソロルでした。

実は、この2回の「バヤデルカ」を見た直後は、やっぱり「バヤデルカ」ってよくわからない…、と正直思っていたのです。こうやって後々になって二つ比べてみた結果そういうことなのかな、とわたしなりの解釈にいたったという感じです。こんなふうに初日と二日目でルジマトフのソロルの演技が全く違うと、それは一体どういうことなのか、と考えざるを得ないです。それは、ひるがえって言えば、おざなりにはとてもできない何かを二つの舞台から受け取ったのだということなのですが。やはりルジマトフはわたしにとって、そういう力を持ったダンサーなのだ、ということは、今回も間違いようのない事実でした。

ではでは、マールイのダンサーについて、ちょっと。
シェスタコワは、森の女王、ガムザッティともほんとに素晴らしい出来で、わたしの中で赤丸急上昇しました。たおやかで良いダンサーです。それから、もう一人のお気に入りは、タチアナ・ミリツェワなのでした。幻影の場トリオでは、そのちょっと冷たい感じの美貌もマッチして先輩のハビブリナ、ステパノワよりも印象的でした。
マールイも良いバレリーナが増えましたね。あと惜しむらくは、男性ダンサーでしょう。しかし、男性ダンサーについては、キーロフでもちょっと人材不足な感じがしてしまうので、やっぱりバレリーナを育てるよりも難しいのでしょうね。
あと、キャラクター・ダンサーのアンナ・ノボショーロワは素晴らしいと思います。「ドン・キ」のメルセデス、「バヤデルカ」のインドの踊りは迫力があって舞台をしっかりと引き締めていました。

★カオル

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