top index

レニングラード国立バレエ 『ジゼル』全2幕

アドルフ・アダン音楽
コラーリ、ペロー、プティパ振付
アンドレイ・アニハーノフ指揮 東京ニューシティ管弦楽団

2003年7月17日(木) 文京シビックホール
ジゼル…レティシア・ピュジョル
アルブレヒト…ローラン・イレール
ミルタ…デルフィーヌ・ムッサン
ヒラリオン…カール・パケット
ペザント・パ・ド・ドウ…オクサーナ・シェスタコワ、アンドレイ・マスロボエフ

2003年7月18日(金) 文京シビックホール
ジゼル…レティシア・ピュジョル
アルブレヒト…ローラン・イレール
ミルタ…デルフィーヌ・ムッサン
ヒラリオン…カール・パケット
ペザント・パ・ド・ドウ…タチアナ・ミリツェワ、アンドレイ・マスロボエフ

キャスト変更があり、わたしも悩みましたが、色々なキャンセル手続き(チケット、宿泊など)が面倒なため、二日とも観ることとなりました。
ザハロワが観られないのは悲しいけれど、イレールが観られるからいいかなという気持ちでした。
ピュジョルの生舞台は99年の「第九交響曲」以来。しかしさすがに、それ程記憶にはないです。それよりも92年のローザンヌ・コンクールのまだほんの少女の頃の映像を思い出します。あれから11年たった今、フランスの一地方(トゥルーズですね、パンフレットより)出身の彼女が、パリ・オペラ座の堂々エトワールなのだなあ、と思うと感慨深いものがあったりします。
ローザンヌ・コンクールをみて知ったダンサーが、トップ・ダンサーとして活躍しているのは一バレエ・ファンとしては、やはり嬉しいことです。

さて1幕です。まずはヒラリオンの登場。パケットくん、ハンサムなのは知っていたけれど、久し振りに生で観るとやっぱりハンサムです(彼も99年「第九交響曲」以来)。アルブレヒトがイレールだからいいけれど、他のひとだったら結構大変かも。ヒラリオンの方がいい男じゃーんってことになってしまいそうなので。しかし、ジゼルが必ずしも面食いかどうか、ってのはわかりませんですね。もしかしたら、村人にはない優雅な立ち居振る舞いとか、優しい気配りとか、そういうところにひかれたのかもしれないし。

よく疑問に思うのですが、ジゼルとアルブレヒトは出会ってどれぐらい経っているのでしょう?せいぜい1週間というところ?そしてアルブレヒトはジゼルに一目惚れをしたのか、それとも前々からあのあたりの領地にきれいな娘がいるなと目をつけていたのか、どちらなんでしょう?
出会ってからの時間はそんなにはっきり答は出せませんが、一目惚れか否か、については演じるダンサーからある程度出せるような気がします(っていうかわたしが勝手に出すのだが、笑)。
今回のピュジョル&イレールの場合、アルブレヒトが前からジゼルの存在を知っていた、という方がしっくりくる感じですね。年齢差や二人の容姿雰囲気を考えると、どうしてもそう思えてしまう。アルブレヒトがジゼルを知ったのは、まだ彼女がほんの少女の頃だったかもしれない。たまたま領地を見回っていた時に、踊りが上手でかわいいと評判の娘がここにいると小耳にはさむ。じゃあ、どんな子だろう、ちょっと見てみようと物陰からジゼルの姿を見たかもしれない(とこう書くとなかなかに隠微な感じですねえ、笑)。まだ今は恋愛相手には若すぎるから、もう数年したらまたここに来てみようと考えたところで誰にも咎められないわけです(とさらに隠微か、笑)。
貴族なアルブレヒトにとってラブ・アフェアなどというものは、日常茶飯事な事柄でありましょう。退屈凌ぎであったところで全然かまわないわけです。なので恋の相手に対する誠実さとかをうんぬんするのは、彼(彼らか)にとっては全く見当違いのことだといえます。
とまあ、「ジゼル」の時代の恋愛事情についてつらつら考えてしまったのは、1幕の二人(ジゼルとアルブレヒト)がいかにも『そんな感じ』だったから、なのでした。

誠実さはいらないとはいえ、恋愛現場において誠実に振舞うのは当たり前。二人は実にラブラブで幸福そうです。観ていてこっちが恥ずかしくなる投げキスの応酬(しっかり“チュッ”と音付きなのよ)は、そういえば、パリオペでギエム&イレールで観たときこうだったなあ、と思い出されました。(今、パリオペが採用しているパトリス・バール改訂版なわけですね)
しかしピュジョルのジゼルはヒラリオンの行動から、どことなく悲劇を予感するような雰囲気を滲ませていてよかったです。さすがに事前にガルニエで「ジゼル」を踊り込んできただけのことはあるなあ、と思わせる説得力のある役作りでした。狂乱シーンもむやみに激しすぎもせず、内面から静かに狂気に落ちていく感じがなかなか秀逸でした。
ピュジョルはテクニックに全く問題のないバレリーナなので、ヴァリエーションの見せ場も見事。踊りに破綻はありません。がしかし、あまり軽やかに見えないのは何故なのでしょう。小柄だけれども意外にしっかりした厚みのある身体をしていているので、そのせいもあるのかもしれません。

では、イレールのアルブレヒトです。いかにも恋に手馴れたお貴族さまでしたですね。かっこよく、素敵。しかしピュジョルとの年齢差がすこーしばかりつらいような気もしました。若くてもどちらかというと老成して見えるザハロワとだったら、1幕もかなり違う雰囲気になっていたでしょう(と考えてもしょうがないことなのであまり考えるのはやめますが)。
バチルドが登場して鉢合わせたところの演技に注目したのですが、ギエムとの舞台の時より、苦悩することなくバチルドの手をとってキスをしていました。ふうむ、なるほどね。ここでまた一つ、わたしの中で、イレール@アルブレヒトのラブ・アフェア度アップ(笑)。この場で彼の頭をよぎっているのは、今はちょっとした修羅場だけれどこの場が終わりさえすればきっと上手くいく、といことなんじゃないかしら。バチルド姫にジゼルのことを納得させるのは、少しばかり手間がかかりそうだけれど、ジゼルにバチルド姫のことを納得させるのは、簡単なこと。身分を隠していたことを謝って、もちろん結婚はできないけれども、ジゼルのこともとても大切に思っていると言えばいいのだから。

しかし、現実はそんなに甘くはなくて、ジゼルはあっけなく死んでしまう。ここで初めてアルブレヒトはジゼルを本当に愛していたことに気がつく、というのが「ジゼル」の一般的なストーリーで、わたしも初日はそうやって観ていたのですが(死んだジゼルに思いっきりキスしてて、おおっと思いました)、二日目はそうやって観られなくなってしまいました。どうしてなのか、というのはこれから以下に書く2幕の印象からなのですが。
ということはどういうことかもうおわかりかと思いますが、2幕の二人の間にあまり愛が感じられなかったからなのですね。

というわけで2幕に行く前に、ペザント・パ・ド・ドウについて少し。マールイバレリーナスキーなので、語らずにはいられないの(笑)。
初日はシェスタコワ。おお!ペザントでシェスタコワとはなんと贅沢な!彼女だったら、ジゼルを踊ってもいいぐらいなのに。というわけで目を見張るような上手さでした。体形的なことを言っては失礼ながら、ピュジョルに比べ手足の長さが違うのです。そしてその手の先、ポアントの先まで神経の行き届いた美しいポーズ。うっとりです。これでもう少しパートナーのマスロボエフが踊れればいうことはないのですが。シャドルーヒンが怪我していなければ、彼だったのでしょうね。しかし、ペザントを踊るシェスタコワを観られたのは貴重かも。冬公演でも「ジゼル」はありますが(ルジマトフ!)このときは、きっと「バヤデルカ」(こっちもルジマトフ!)でガムザッティを踊るでしょうから、シェスタコワは「ジゼル」の方には出ないような気がします。
二日目はわたしご贔屓ミリツェワちゃん。わたしが記憶する限りでは今までで一番大きな役。彼女は上体の使い方が柔らかいのと、首をかしげる仕草が愛らしいニュアンスを生み出すなかなか良い踊り手なのです。もちろん容姿も可愛らしいです(おでこが広いのね、何故かわたしはおでこの広いバレリーナに弱め、笑)。踊りの方も期待に違わぬ出来で、素晴らしかったです。しかしここでもマスロボエフは今ひとつ(初日よりはよかったけれど)。うーん、要練習。
冬公演の「ジゼル」もペザントがミリツェワだといいなあ。でも他の公演で、もうちょっと大きな役(っていうか主役)にもついて欲しいなあと思うのでした。

では、2幕。ミルタのムッサンは実に役柄にあっていて、見事。マイベストミルタはキーロフの映像のテレホワですが、それに続く見事さでした。ウィリーとなったピュジョルのジゼルは、お化粧など青ざめた風にしていて、役になりきってきる感じ。お化粧はマールイのバレリーナの皆さん見習うように(特にドゥウィリーのコシェレワちゃん、ウィリーなんだがらもう少し控えめにしましょう)。

さてアルブレヒトのそれはそれは美しい登場シーン。ジゼルのお墓に行った後、立膝をついて悔恨のポーズをとり続けます。その周りをゆっくりと回っていくジゼル。気配に気がついて起き上がり、何度かお互いすれ違いながら、やっと触れ合ったと思ったところであの有名なリフト(ジゼルの身体を床と平行な形に上げるあれです)となるわけですが、残念ながらイレールはこのリフトをやりませんでした。3月に観た安田美香子バレエの「ジゼル」もこのリフトはもう少し簡単なものになってました。このリフトをやらない理由というのは、まあ色々とあるのでしょうが、やるとやらないのとではウィリーに見える度合いがかなり違ってきてしまいます。そしてもちろん、わたしはこのリフトが好き。古典バレエでこんなリフトがあるのは「ジゼル」だけだし、出来れば見せていただきたかった。 
ピュジョルのジゼル@ウィリーは、技術的にはほとんど問題はないし、安心して観ていられたけれどもわたしには何かが足りないように思われました。ウィリーの踊りを踊っています、と言う感じで、きついことを言うようで申し訳ないですが、ウィリーにはなっていなかったように見えました。アルブレヒトへの愛情もこちらが切なくなるほどの何かは伝わってこず(これはイレールからもですが)、こうなってしまった運命を受け入れて終始淡々としたウィリーでした。

しかしよく考えると、これも間違ってはいないなあとも思います。ウィリーに見えないのはちょっと問題だけれど、淡々とアルブレヒトを守る為に踊り、去っていくのは裏切られて死んでしまった身としては、当たり前かもしれないし、愛情が感じられないからといって責めるのも変なのかもしれません。なんといっても、彼女は最早心を持たない精霊なのだから。
なのでアルブレヒトとのパ・ド・ドウも感情の交感もなくただ美しいパ・ド・ドウでした。それはそれでよいのだと思います。さすがに最後の別れのシーンは少し切ないものがありましたが。
それでもこのアルブレヒトは、ジゼルを思っての服喪期間はあるでしょうが、それが終われば立派な貴族として領地を治め民を率いていくのではないかと思うのです。こう考えればジゼルのあり方もとても正しいような気もします。
でも、残念ながらこれはわたしの観たい「ジゼル」ではないのですね〜。このあたりは本当に個人的好みの問題になってしまうので仕方がないです。

おっとイレールのダンスについて何も言ってないわ(笑)。ヴァリエーション、そして最後にみせるアントルッシャ・シスとも真に見事でした。ジャンプの高さも十分だったし。でももう「バヤデール」全幕などは踊らないのですよね。寂しいことではあります。

そして最後になりましたが、マールイのコール・ドはやはり素晴らしいです。一糸乱れぬとはこのことか、という感じで揃いに揃った見事な群舞でした。あとドゥウィリーのギリョワのしなる肢体が美しかったです。

いろいろ言ってはおりますが、全体の印象としては良い舞台だったなと思います。


  カオル  DATE :: 2003/07/28 Mon

top index