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ヌレエフ・フェスティバル

企画・監修 シャルル・ジュド

2003年7月20日(日) 文京シビックホール
2003年7月21日(月) 文京シビックホール

第1部

◎フィルム上映(ルネ・シルヴァン監修)

すでにうろ覚えなのですが「さすらう若者の踊り」という題がついていたように思います。
わたしはヌレエフについてほとんど知識がないので、初めて知ることばかりでした。
17歳でダンサーになることを志し、21歳でキーロフ・バレエのソリストになったとはまさに驚異的です。本当に天才だったのだな、と今更ながら認識を新たにしました。
あと、観てみたいぞと思ったのは、ジュドと二人でボクシング・グローブをつけて映っていた演目です。バレエなのに手をグローブで隠してしまうとは、なんとも大胆な作品。その全容が知りたいです。
短く凝縮された人生。彼がいなければ今のバレエ界は全く違う様相であったことでしょう。


◎「海賊」よりグラン・パ・ド・ドウ
振付:プティパ/改定振付:ヌレエフ 音楽:ドリゴ

ムッサン ガリムーリン

クラシック・バレエにおいては、チュチュ至上主義(オーバーだ、笑)なわたしにとって、ムッサンのあの衣装はどうにも馴染めませんでした。それからムッサンはこういう踊りを踊るには、少しばかりテクニックが弱いのが気になるのでした。ガリムーリンについては、えー、悪くはなかったという印象で実はあまり覚えていなかったり、とまあ、わたし的にはあまり盛り上がらなかった「海賊」でした。


◎「ファンダンゴ」(ドン・キホーテより)
振付:ヌレエフ 音楽:ミンクス

ルディエール パケット

久し振りのモニク!おおっ、赤と黒のフラメンコ風衣装がとってもお似合。パケットはうーん、もう少し、いろんなところのお肉が削げるといいかなという感じです。ハンサムなのにもったいない。
踊りは短いですが、モニクのパッションを感じさせる舞は見事でした。同じ「ドン・キ」なので、次に出てくるクチュルク&ミハリョフを迎えるポーズをとっておしまい。なかなかニクい演出です。


◎「ドン・キホーテ」よりグラン・パ・ド・ドウ
振付:プティパ/改定振付:ヌレエフ 音楽:ミンクス

クチュルク ミハリョフ

ヌレエフ版の「ドン・キ」はもちろん彼らにとっては初挑戦でしょう。なかなかがんばっていたと思います。初日、ミハリョフがポーズを取り損ねたりしていましたが、二日目はなんとかこなしていました。
しかし、個人的好みから言いますと、ヌレエフ版「ドン・キ」はちょっと苦手です。プティパ振付のパーっと明るい感じが少ないように思うのです。まあ、観慣れていないからっていうのも多分にあるかとは思いますが。


◎「シンデレラ」よりパ・ド・ドウ
振付:ヌレエフ 音楽:プロコフィエフ

ムッサン パケット

これはまたわたしに不利な演目なのでした。ギエム&ジュドの映像が頭に刷り込まれていて困ります。これを基準にしてはいけないのかもしれないけれど仕方がないのでした。ムードはよかったと思います。


◎「ロミオとジュリエット」より寝室のパ・ド・ドウ
振付:ヌレエフ 音楽:プロコフィエフ

ルディエール イレール

第1部でなんといってもよかったのは、この演目。そう、これぞヌレエフ世代のダンサーによるヌレエフ振付バレエの真髄、という感じで短い時間ながら堪能しました。
もちろん映像でしかみたことがありませんが、ヌレエフ版「ロミオとジュリエット」は結構好きな作品です。マクミラン版とどちらが好きかと言われたら、僅差でヌレエフ版のような気がします。

モニクもイレールも、ジュリエットとロミオに成りきっていました。全幕作品の抜粋であるにもかかわらず二人の集中力の高さはまさに感動的でした。
振付は高度なリフトの連続で、改めて驚愕したのですが、その振付自体に振り回されることもなく、情感をあますことなく表現していく素晴らしさ。二人とももうこの作品の全幕を踊ることは、かなわないかもしれないけれど、こうして『ヌレエフの香気』(といっていいのかどうか、詳しくないのにおこがましいですが)の一端を味わうことができて本当によかったと思います。
この作品を選んで(これはジュドさまかな)踊ってくれたモニク&イレールに深い感謝と多大なる拍手を!

第2部

◎「オレオール」
振付:テイラー 音楽:ヘンデル

ジュド ルブロ
タヴァラ ラヴィス リンシンドルジュ

初見の作品です。物語はなくヘンデルの音楽に乗って、5人(男性2人、女性3人)のダンサーが舞台を縦横無尽に駆け抜けるという感じの振付でした。オレオールというのは後光とか威光とかの意味なのでそうで(パンフレットより)、ダンサーが光り輝くことがこの作品の大きなテーマかなと思いました。
もちろん、一番輝いていたのはジュドです。へたをすると体操のように見えてしまうポーズも彼がとると全くニュアンスが違ってきます。ポーズの精度が違うのでしょう。アレグロでも精度が落ちないのは、本当に素晴らしかったです。残念なのはリンシンドルジュ(って配役表の表記がプログラムと全然違うんですけど、プログラムではランシャンドボール)と女性の一人(名前わからず)がもう少し踊れたらなということなのでした。リンシンドルジュは全体的に身体のお肉をもう少し落として欲しいです。で、彼がポーズをとると体操的に見えてしまう。多分見た目よりはずっと難しい作品なんだろうな、というのは想像はできるのですが、バレエのポーズにみえるよう頑張って欲しかったです。女性の方は体力不足で最後、息切れしていたのがやはり残念でした。
とまあ細かいところが気になったのですが、作品自体は面白かったです。4人のダンサーを引っ張っていくジュドがとにかく素晴らしかったので観られて良かった〜と思いました。パンフレットによると74年にヌレエフとジュドはこの作品を初共演しているとのことです。当時36歳のヌレエフと21歳のジュドの舞台はさぞかし真の『オレオール』に満ち溢れていたことでしょう。


◎「アポロ」
振付:バランシン 音楽:ストラヴィンスキー

イレール ペレン クチュルク フォーキナ

「アポロ」の生舞台を観るのはゼレンスキー以来2度目です。イレールのアポロはそれは素晴らしいと聞いていたので、期待大で観たのですが、いやー、本当に素晴らしかった!美しく精悍なアポロでした。
そしてテレプシコールのペレンがまた期待を遥かに上回る出来で、ペレン、こんなによかったっけ?(失礼な)と嬉しい驚きでした。正直ヴィシニョーワの抜けた穴は大きいのではないかと心配していたのですが、そんな心配は無用だったようです。ペレンは本当に肢体の美しいバレリーナですね〜。ミューズの出の場面で、脚をポーンポーンと跳ね上げながら(パの名前が〜、グランバットマン?)ポアントで進んでくるのですが、ペレンの長くてきれいな脚が頭の上まで真っ直ぐに上がるさまは本当に見事でした。カリオペのクチュルクも破綻のない踊りでよかったです。残念だったのはポリヒムニアのフォーキナです。テクニックが他の二人に比べて弱く、振付がきちんと踊れていませんでした。皆で踊るところはいいのですが、特にヴァリエーションでは目立ってしまいました。
3人のミューズは、もちろんテレプシコーラが一番魅力的じゃなければならないとは思いますが、それぞれに実力が拮抗しているのが、わたしの理想です。なんといってもアポロの目の前で一人ずつ踊るのですから。寵愛を得るという露骨な目的意識を持たれても困るけれど、3人が3様に無自覚にアポロを誘惑するような感じは欲しいですね〜(とまあこれはわたしの趣味かな)。

イレールのアポロはミューズが憧れ、あがめるに足る神々しい太陽神でした。そして神々しいだけではなく色っぽくもある。ペレンとのパ・ド・ドウでは、仏頂面で有名な(またまた失礼な)ペレンがにこやかに微笑みながら踊っていましたから、イレール@太陽神の魅力やかくや、というところでしょうか。 
憧れ、あがめられる対象の絶対者(アポロ)が愛と慈しみを持って自分に憧れる者たち(ミューズ)を導いていく、というこのバレエの図式が非常に明確に浮かび上がってきて見事でした。

踊りは面白いけれど、全体を通してみるとあまりピンとこないなあ、と今までこのバレエについては、ぼんやり思っていたのですが、今回非常にクリアな印象を受けたのでその点においても大満足でした。
やはり役者が肝心ってことなのかな。アポロは王子様が踊れれば、踊れるというものでもないような気がするし。
あとこれから何人自分の心にかなうアポロが観られるかわかりませんが、イレールは間違いなくその一人でありましょう。


◎「ムーア人のパヴァーヌ」(「オテロ」のテーマによるヴァリエーション)
振付:リモン 音楽:パーセル

ルジマトフ ジュド グリゾ フランシオジ

この作品は93年の「哀と情熱のルジマートフ&ロシア・バレエのソリスト達」公演で観ております。
ちょうど10年前のことになるのですね〜。その時の印象は、紅い衣装が素敵(最初がそれかい)、ルジマートフの苦悩の表情がいいわ〜(ミーハー)、4人の登場人物に宮廷舞踊を踊らせることによって、「オテロ」のテーマを浮かび上がらせるのはすごいなあ、とまあそんなような感じでした。
当時のイアーゴ役はドルグーシンで、なかなかの役者振りだったと思います。しかしなんといっても主役はオテロのルジマートフであり、もちろんその通りだったのです。

しかし今回初日を観て少なからずびっくりしたのでした。オテロが主役には見えない…、ルジマートフの踊りから伝わってくるものの影が薄い…、と「…」がついてしまうことばかり。
わたしがこの舞台に期待したのは、ジュドとルジマートフの演技面ダンス面による激しい拮抗から、緊迫感溢れる今までに観たこともないような舞台(オーバーだよなあ、でもちょっと真剣に思っていた)、だったのです。ジュドとルジマートフが踊ることによって、とてつもないことが舞台上で起こるのではないか、と一ルジマートフファンとしては、思っていたわけです。

そんな期待が少なからず裏切られたという言葉は、まあ大袈裟ですが、あ、こんな風に終わっていってしまうのね〜と観ていて不完全燃焼な感じに捕らわれたのは否めませんでした。

ジュドのイアーゴは本当に凄かった。完全に役柄を自分のものにしていて舞台を支配していた。この日の主役はイアーゴだったのは間違いないことです。対するルジ@オテロは、踊りはもちろんドラマティックで綺麗だったし、真紅の衣装からのぞく脚も美しかったけれども、イアーゴの持つ強力な磁場から終始逃れきれずにいる人のようだった。デスデモーナに対する愛情もあまり感じられず、デスデモーナが自分を裏切ったことに対する対デスデモーナへの感情表現よりも、裏切られた自分自身の弱さやふがいない思いがどんどん内側に蓄積していって、身動きがとれなくなっていく人のようだった。
それはある意味間違ってはいないオテロの人物像だけれども、そしてある意味凄く痛々しくて、よかったのだけれど(こういうところに良さを感じちゃいかんのだが、笑)、ジュド@イアーゴと拮抗するには、あまりにも内証的に感じられたのでした。
というわけで初日は、わたしにとって、こんなものだったのかな?????という「?」と「…」が多い舞台でありました。

二日目は初日よりはずっとよかったです。少なくともジュド@イアーゴとの絡みで初日には観られなかった火花散るさまが感じられました。そう、それそれ、それが欲しかったのよ〜。昨日は一方的に追い詰められていたけれど、今日はそうではない。オテロという男の気概が感じられました。
そして一つ一つのダンスやポーズから立ち上ってくる情感が初日より雄弁であり、ドラマチックでした。舞台が進むと要所要所で音楽がやみ、4人がそれぞれに静止のポーズをとるのですが、そういう時初日よりずっと緊迫して観えました。そう、息をするのも憚られるような雰囲気だった。
特にオテロが後ろ向きになってデスデモーナと寄り添って立ってるだけの数分。(こんなシーンは93年の舞台ではなかったような気もするのですが、ああ、記憶が遠い…)愛する人を信じたい、けれども信じきれない、心の底で生まれ始めたほの暗い感情を押し殺したい、でも大きくなっていくのをどうすることもできない…、立ち尽くす背中と、悲しげに少し傾けられた後ろ頭からそんな思いが立ち上っていたような気がします。
今思い返すと、クライマックスのデスデモーナを手にかけるシーンよりも、この立ってるだけのシーンの方が目に焼き付いていたりするのです。不思議なことです。

しかし二日目が完璧だったかというとそれはまだそうでもなくて、デスデモーナ殺害を決意するあたり、もっともっと魅せて欲しかった。残念ながらまだ十分な感情移入は出来ませんでした。

というわけでルジマートフのこの「オテロ」はいまだ発展途上にあるということなのでしょう。またいつかぜひみせて頂きたいです。

さてカーテンコールの最後には、舞台バックに大きなヌレエフの肖像が映し出されました。ジュドは舞台の端に退いて出演者全員、ヌレエフの肖像に向かって敬意を表して終わりとなりました。
細かいことに色々文句をいったりしましたが、全体を通しては非常に良い公演だったと思いました。

監修されたジュドは立派な方だわと改めて感動。日本でヌレエフ・フェスティバルを企画していただいて本当にありがとうございました。

カオル   DATE :: 2003/08/02 Sat

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