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レニングラード国立バレエ観劇記

「バヤデルカ」全3幕

2004年1月27日(火)、28日(水) 東京文化会館

ニキヤ ペレン、ザハロワ
ソロル ルジマトフ
ガムザッティ シェスタコワ

指揮 アンドレイ・アニハーノフ
レニングラード国立歌劇場管弦楽団 
2002年の公演に引き続き「バヤデルカ」です。バヤデルカもこれだけ観てくると(ってむかーしのロイヤル・バレエとここ数年のキーロフとマールイだけだが)さすがに慣れてくるものです。「バヤデルカ」ってバレエの舞台自体はすごく好きなんだけれど、なんとなく苦手意識があるんですね。
多分ひとえにソロルという人物があまり好きになれないからってことではあるのですが、未だにこの演目では、すごーくよかった〜、と心の底から思える舞台に巡り合えないでいました。
とまあ、過去形でいってるのは、今回はすごーくとまではいかないけれども、良い舞台だった〜と感動できたからなのでした。

マールイのダンサーの皆さんがどの役もなりきって舞台で役柄の人生を生きていたってことが一番大きい原因かもしれません。その分ルジマートフのソロルは舞台上のドラマの中に埋没していたけれど、これが正しい「バヤデルカ」のあり方かもしれないと思いました。

ソロルはかっこいい戦士で輝かしくあってもいいし、今までのルジマートフならそうなっていただろうけれど、かっこよければよいほど、わたしはソロルが好きになれなくて困るのです。いかにルジマートフの苦悩する姿が哀れであっても、2002年の舞台では色々と疑問が残っていい舞台とは、すぐには思えなかったわけです。

しかし今回は違いました。一番の功績はなんといってもペレン、それから、ブレグバーゼの大僧正でしょう。ペレンは本当に2年前とは、別人か(失礼な)と思うほど演技が上手くなったし、情感が滲み出るようになっていました。1幕が終わったときちゃんとソロルと愛し合ってるじゃん(またまた失礼な)と思えたもの。2年前は全然思えなかったんだよね。
大僧正は前回はあまり位が高そうに見えないし、威厳もあんまりないし、ニキヤへの執着も単なるスケベ心(相当失礼だ)に見えてしまって全体的に今ひとつだったわけですが、今回違っていました。ちゃんと大僧正だった。ニキヤへの恋も真実で、ソロルに対する嫉妬も素晴らしく実感がこもっていて怖かった。
そしてガムザッティ。シェスタコワは2年前でもこの役をかなり自分のものにしていて、立派でしたが、今回さらに磨きがかかったというか、恐くなったというか。
ペレン@ニキヤがソロルとちゃんと愛し合ってるから、自然とそうなったのかもしれませんが、女同士の争いが2年前よりずっと迫力に満ちていました。実際、2年前のこのシーンって、どうだったかあんまり覚えてないんだけれど(印象が薄かったんですね)、今回はすごくインパクトがあったし、見応えがありました。
そしてザハロワ@ニキヤの日は更に更に見応えがありました。ザハロワだから、とか2日目だからとかいろいろ理由はあるかと思いますが、パリオペ・ファンの方には怒られるかもしれないけれど、ゲランとプラテルのこのシーンに勝るとも劣らない素晴らしさでした。

ここでこれだけ白熱したドラマがあると、婚約式でのソロルはどうなるかというと、そうです、優柔不断、情けなーい人になるわけですね。運命に翻弄される人ソロルの真骨頂、ガムザッティの椅子の隣にすぐに座れない(笑)、苦悩の人です。
特にザハロワ@ニキヤの日はかなり動揺していて、ガムザッティが早くお座りになってと促しているにもかかわらず、長い間座りませんでしたね〜。
花篭の踊りは、ペレン、ザハロワとも大変素晴らしかったです。ルジマートフは微妙にザハロワの日の方が演技が濃かったですね。まあ、ザハロワ・ファンなわたしは、ニキヤへの愛の深さゆえの違いと勝手に解釈するわけですが、ペレンの日に全く愛情を感じなかったというわけではないです。

影の王国ですが、ここはとにかく32人の影達に多大なブラボーを。あまりにも素晴らしかった。ずーっと観ていたかった。32人が舞台に揃った時にはマジ涙が出ました。この世ならざる世界が確かにこの瞬間舞台上にあったと思います。
ヴァリエーションを踊った3人もよかったし、ペレンは2年前に比べてこのシーンも格段に成長していました。
しかしやはり、ザハロワなんですね、わたしにとっては。ペレンが悪いわけではないです、決して。ただ白いバレエを一緒に踊るルジマートフとザハロワが、もう無条件で好きなんですね。色々自分なりに考えてはみましたが、どうして好きなのか、はっきり答えは出ません。開き直って理屈抜きで好き、としかいいようがないです。でもまあそれではあんまりか、と思うので少し書きますが、二人の動き(踊り、舞でもいいが)の美の根本的な資質が似ている気がするのですね。(ま、この理由も大概抽象的で我ながらよくわかりませんが)
バレエ・ブランのシーンはどれもたいてい月光が舞台背景にあったりするわけですが、二人ともこの月光的美を身体の奥深くに内包しているように思うのです。冷たく冴え冴えとしたシーンの方が美が一層極まるのはそのせいだろう、と自分で勝手に思っているわけですね。
うーむ、この話は「ジゼル」でもうちょっと突き詰めてみます。
 
影の王国のシーンは近来まれにみる珠玉の美しさに溢れていました。2日間とも堪能しました。

結婚式から寺院崩壊のシーンは、なんかもうすごく痛々しかったです。ソロルは心と身体がバラバラで内面が、もうすでに崩壊してしまってる人のように見えました。今回は特に悲痛でしたね。
瞳には目の前にあるものが映っているはずなのに、心には何ひとつ映し込めないソロルが最後に本当に目にするのは、寺院に一人立つニキヤで、彼はニキヤの姿を(ニキヤだけを)認めると、喜んで冷酷とも思える天上の神の裁きに身をゆだねるのです。
大僧正が一人残るラスト・シーンは、前回はまったく腑に落ちませんでしたが、今回役作りがよかったのでそれなりに納得しました。
なので、観終わったすぐあとでも、ああ、良い舞台だった。ソロルもニキヤもガムザッティもそして大僧正もみんななんてかわいそうなんだろう…運命に翻弄されて、でもけなげで真摯でみんな美しかったな…と良い悲劇の持つ余韻に包まれたのでした。

今回取り立ててルジマートフに固執した感想になっていないのは何故か、といいますと最初にも書いたけれど、マールイの舞台自体にきれいに彼が溶け込んでいたから、ということになるかと思います。
だからといって彼独特な美しさが減ったということでは断してないわけでして、ルジマートフの見せ方が変わったというのと、マールイ・ダンサー達との立ち位置(舞台上の具体的な場所のことではありません)が変わってきたこと、その両方の要素が絡んでいるのではないかなと考えます。

見せ方については、去年の「海賊」あたりから顕著になっているかと思いますが(除く、神戸公演、笑)、至極自然体で気負いが全くない、なのに動作の一つ一つは、その役になりきっていてどんな役でもそれ以上はできないだろうというほど美しくなってきています。(感想書いてないけれど、去年の夏のバジルでさえも)
年齢的、肉体的、精神的、いろんな理由があるかと思いますが、今のルジマートフの踊りは何を踊っても本当に美しい。一見地味になってはいますが、あれだけ美しければ、わたしはなんの文句もないです。昔のちょっとアクがあって、やりすぎだわ〜と思える時もあったダンスが、ほんの少し懐かしいような気もしますが、これはあくまでほんの少しだけ。わたしは今の彼の踊りがずーーーっと好きです。(ま、ようは自分も年をとったっつーことやね、笑)

マールイのダンサー達との関係も、表向きゲスト・ダンサーだけれど、ルジマートフは多分もうずっと前からいわゆる『ゲスト』というつもりはなくなっていたのではないかな。そういう意識が普通にあったのはマールイ・ダンサー達の方で、彼等はまじめなのでルジマートフという自分たちにとってはかなり立派なゲストと良い舞台を作っていこうとずっとがんばってきたのだと思います。

で今回の「バヤデルカ」はルジマートフをゲストとはそれほど意識しなかったのではないか、とわたしは勝手に思っています。マールイ・ダンサー達のレベルが全体的に非常にアップしているというのもあるし、ゲストに頼らず自分たちだけで良い舞台を作っていける自信(ここ数年のルジやゲストなしの冬公演の成功を考えれば明らか)がついてきたというのもあるでしょう。自分達の劇場のプリンシパルではないけれど、でも同じ舞台をやる時は、そう思っちゃってもいいよね、という意識がしっかり芽生えてきたとでもいいますか。
ここへきてようやくファルフの片思い(ある意味)は両思いになったといえるのではないでしょうか。よかったね、ファルフ。

東京まで観に行くことはさすがにしないと思うけれど、シヴァコフくんがソロル、ペレン@ニキヤで地元で「バヤデルカ」やってくれたら、そりゃあもう、わたし大喜びで観に行くわ。でもまあ、セットの関係で実現しないとは思いますが。ちゃち(相変わらず失礼)とはいっても、「バヤデルカ」のセットは結構立派だものね。

あー、でも幸せな両思い期間はどうやら「バヤデルカ」だけだったみたいでしたね。「ジゼル」は、うーん、やっぱりまだまだ『ゲスト』ではありました。特に初日はそうだったですね。これはまだ自前の「ジゼル」ダンサーがいない、ということも大きいのかもしれません。何にしろ「ジゼル」はマールイにとっても、ルジマートフにとってもまだまだこれからの演目なのでしょう。
しかし、40歳でまだまだこれからの演目って冷静に考えるとすごいなあ。でもそうみえちゃったのよね。てなわけで「ジゼル」の感想もぼちぼち書くことにいたします。

カオル  DATE :: 2004/02/23 Mon

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