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バレエの巨星 プリセツカヤ&ルジマトフ
世紀のスターとインペリアル・ロシア・バレエ

2001年10月16日 愛知芸術劇場大ホール
2001年10月20.21日  新宿文化センター

わたしは91年からルジマートフのファンをやっていて、途中ちょっとブランク(っていうのか、バレエからちょっと遠ざかっていた時)がありましたが、今年でなんと(ってほどのことはないか)10年目なのですねえ。いやあ、しみじみ(最近、月日の流れにしみじみすることが多くていやですね、笑)。
最近は、あと何年見ることができるかということもあるにはありますが、今のルジからは目が離せん〜状態なので、東京公演にもできるだけ駆けつける所存(なんか変だ)なわけなのですが、90年代最初の頃は、そこまでではなかったのです。(貧乏加減は今と大差ないけど、昔の方が休みはとりにくかったということもある)。
で、ここで何が言いたいか、というと96年の夏、キーロフ東京公演でやったルジの「シェヘラザード」をわたしは見ていない! ということなんですね。この公演、行っていないことはないの。でも見たのは「ドン・キ」(ヴィシニョーワ&ルジ)。当時のわたしにはそれが限界だったようです。今このパンフレットを広げて、眺めているとちょっと悔しさがこみあげてきちゃいます(笑)。(あと、99年の光藍社ガラ公演でパ・ド・ドウ部分だけやってるのかな、この時期はわたしのバレエ・ブランク期なんでした)ま、しかし昔のことをあれこれ言ってもしかたがない。そんなだったので、この公演がわかった時は、キーロフじゃないけどルジの金の奴隷が見られる、わーい! とすごーく喜んだのでした。ちゃんと名古屋公演もあったし。嬉しい事です。
例によって「シェラザード」だけ長くなると思いますので、どうぞよろしく〜。


カルメン組曲
音楽 ビゼー/シチェドリン 振付 A.アロンソ
カルメン 草刈民代 ドン・ホセ イルギス・ガリムーリン

最初名古屋で見た時は、まったく初めて見る演目だし、プリセツカヤのために振付けられた作品という付加価値的興味もあって、それなりに楽しめました。が、しかし思い返せば最初からどうも眠くなる箇所というのが、あったような気もします…。結構長いし。まあ、『闘うバレリーナ』プリセツカヤが踊ってこそ、意義のあるバレエなのでしょう。草刈さんは立ち姿とかは非常に美しいのですが、踊りにハッとさせる部分が欠けてると言うか、なんかサラサラ終わってしまうんですね。ガリムーリンとのパ・ド・ドウももうちょっと何か訴える感じがあってもいいと思うのだけど、伝わってこない。ガリムーリン自体はダンス、役作りともよかったです。エスカミーリョとか隊長役のダンサーの踊りが、ちょっと何だよな〜だっただけに、上手さが目立ってました。


牧神の午後
音楽 ドビュッシー 振付 ニジンスキー
ニンフ マイヤ・プリセツカヤ 牧神 アレクセイ・ラトマンスキー

プリセツカヤの腕の銀色テープにちょっとびっくり。わたし的には無い方が好きです。なんか違和感あったなあ。ニンフに表情が思いっきりあるのも、(……)って感じでしたが、プリセツカヤが考えてそうしてるんだから、そうなのね…、とういう風に見るしかないですね。ラトマンスキーの牧神はよかったです〜。あんなに巻き角(というのかどうなのかわからないけど)が似合う人もいなかろうってな感じです。人に見えなかったなあ。
しかし、ラトマンスキー、これだけってのがなんかもったいないです。ちゃんとしたグラン・パ・ド・ドウが見たかった。


愛の記憶〜タンゴ〜
音楽 タンゴ(エル・チョクロ)他 振付 A.シガーロワ/G.タランダ
ゲジミナス・タランダ インペリアル・ロシア・バレエ

これは二部構成の長い作品の一部分のようなので、ここだけ見てもむーん…、どうもなあって感じでした。パンフレットには見所のひとつ、とかなってるけど、パンフレットに載ってる別の写真(男性タキシード、女性アール・デコの衣装)のシーンの方が、かっこよさそうに見えるのだがどうか。ま、写真が良いだけかもしれないけど。シガーロワはセルゲイ・ヴィハレフの公演でもタンゴの曲に振りつけていて、それはなかなかよかったのになあ。うーん。


「海賊」よりグラン・パ・ド・ドウ
音楽 ドリゴ 振付 プティパ
メドゥーラ イリーナ・スルネワ アリ イリヤ・クズネツォフ

わたしが見た3日ともこのペアでした。(アリのキャストが違う日があったようです)やっぱり安心して見られるという点で、こういう演目はいいですね。しかし、ルジの前でというかルジ・ファンの前でアリを踊るのは、なかなか大変かも(笑)。でもクズネツォフ、そんなに悪くなかったです。背中の柔かいダンサーでした。スルネワは容姿、テクニックともバランスの良い、いかにも、ロシアのバレリーナという感じのダンサーで良いです。クラシックは何でも似合いそうな感じ。


ガウチョ
音楽 「太陽のマランボ」 振付 N.アンドロソフ
ゲジミナス・タランダ アルチョム・ミハイロフ他

これを見ていて、なんとなくルジマートフを思い出していたわたしなのですが、それは、95年のルジマートフ・ガラ公演で実際に彼が踊るところを見ていたからなんですね。(記憶が薄れている自分が悲しいぜ)こういうフォルクローレって馴染みやすくて好きですが、南半球のものを北半球の人達が踊ってもなんら違和感がないってところが、民族音楽のいいところ。お客さんもノリノリ。盛上げ隊長タランダもノリノリ。楽しい演目です。


イタリアン・カプリチオ
音楽 チャイコフスキー 振付 Y.ペトゥホフ
マイヤ・プリセツカヤ インペリアル・ロシア・バレエ

これまた94、95年のルジ・ガラでのフィナーレ曲。どっかで聞いたこと&見たことがあると思ったよ。でも、わたしは記憶が薄れていて、ルジファンのお仲間に教えていただいて、やっと気がつくという有様。まあ、当時は1日しか見なかったということもありますが(それにしても情けない…、やっぱりそうならないためにも、こうやってせっせと文字にするのは、意味があることかも)。
こちらのプリセツカヤは、サン=ローランの衣装もお似合い、そして高くて細いヒールの靴をはいて、華麗にターンをしていて、さすがだな〜、すごいな〜、と感動しました。そして全身から醸し出されるオーラもすごい。やはり偉大なダンサーです。


シェヘラザード
音楽 リムスキー=コルサコフ 振付 M.フォーキン
ゾベイダ ユリア・マハリナ 金の奴隷 ファルフ・ルジマトフ シャリアール王 ゲジミナス・タランダ インペリアル・ロシア・バレエ

見終わったあと、今、これを日本にいながらにして見ることができてよかったな〜、と本当に心の底から思いました。この作品をレパートリーにしたインペリアル・ロシア・バレエ、そしてタランダ、ありがとう〜〜!って感じです。
金の奴隷という役は、今のルジマートフにこれ以上合う役はないだろう、という素晴らしいキャラクターだと思います。それ程に容姿、雰囲気、ダンス・テクニック全てにおいて、ルジマートフは金の奴隷が必要とするものを完璧に持っていると思います。そしてさらにすごいのは、エキゾティズムとエロティシズムが主題であろうこの作品をそれだけじゃないもの、にしてしまっているということなのです。それは多分ディアギレフやフォーキンの意図とは、微妙に外れてしまっているかもしれませんが。
詳しく調べたわけではないので、あれなのですが、この作品の主題は『異国趣味とエロスと残虐』にあると思います。明確なストーリーも無く、ぶっちゃけた話し王妃の浮気を疑った王さまが、狩りに行くと見せかけて宮殿を空け、案の定の浮気現場を押さえて、皆殺し、というお話で、登場人物一人一人に、明確な性格付けもないし、金の奴隷にいたっては、何故彼だけが『金』なのか、一体どういう出自なのか、何もわからない始末。でもまあ、それがわからないのは、当り前でそんなのは、きっと最初から何も決まっていなくて、ゾベイダに愛されたから『金の奴隷』なのでしょう。わたしは、他のダンサーの金の奴隷を見たことがないから、比べようもないですが、単にそうやって踊ってしまっても、全然間違いじゃない、もしくはそれが本当かもとは、思います。
しかし、ルジマートフは違うのですね〜。(というかわたしの見方が違うのか、笑)まず最初の登場シーンが素晴らしい。鍵をあけられたその瞬間、放たれた、美しく危険なけものさながら舞台場に飛び込んでくる。そして、射るような視線をあたりにキッと向ける。ここで観客のわたしも思いっきり射られるわけです(笑)。ゾベイダに気がついて二人で踊り始めるが、その立ち居振舞いに奴隷らしいところは、微塵も感じられない。ほんの少し、二人の上下関係が認められるのは、ゾベイダをほとんどまばたきもせず(ほんとーにそうなのよ!)に見つめ続けるその眼差しにだけ。愛しいものを見る陶然とした眼差しの中に、もしかしたら恐れ多いことをしているのかもしれない、という不安がくるめいていて、なんかその視線を追って見ているだけのわたしでも、どうにかなりそうでした(笑)。実際あんなふうに至近距離で見つめられるマハリナは、どんな心地がしただろう。うらやましいというか、なんかちょっと恐くもあります(ってそんな心配、わたしがしたって、しょうがないけどさ、笑)。
若いダンサーが金の奴隷を踊るなら、ゾベイダに媚びる感じとかあってもいいし、ほんとに奴隷ならそうあるべきだし、そういう金の奴隷もちょっとだけ見てみたい、ような気もします。
しかし、やはりルジマートフは孤高ゆえに美しい、という大原則は奴隷という役柄であってさえ、ゆるぎないです。この場合は、愛されてしまったゆえの孤高といえるのかもしれません。

シャリアール王の宮殿に奴隷として捕われてきて、王妃ゾベイダに見出され愛される、その運命を恐れながら受け入れる、ルジ金の奴隷。他でも無い王妃と情事を重ね(かどうなのか、ここも謎、この時点が初めてなのかなあ?ああ、わたしの頭は妄想でぐるぐる回るよ〜、ごめんなさい〜)、無事でいられるわけがないとわかっていても、ゾベイダの誘惑と自らの欲望に抗うことはできない。王に見つかれば、間違いなく待っているのは死なのだが、最早、彼にとって『死』ですら、誘惑の一つでしかない…、奴隷として一生を過ごすより、官能に身を焦がして死んでいけるのなら、それ以上の望みはあるだろうか……、というのがわたしの妄想劇場のオーソドックスな一つです。楽しんでいただけましたら幸いです。オーソドックスじゃないのもあるかって?そりゃあもう、ありますよん(誰も聞いてないって)。この素材、キャスト、全てが、わたしにとってはおいしすぎるのですよ、でもここには書けないのよーん(笑)。
おっと横道それましたが、ゾベイダと金の奴隷、二人のダンスは音楽の盛り上がりとともに、どんどん高まっていきます。ダンスというよりは、ほとんど愛撫という感じのところも多々あるのですが、いやらしく見えないのは、やはり官能の向うに死が透けて見えるからかもしれません。これは、単純にラストを知ってるから、というわけではなくて、ルジマートフのダンスがそれを予感させるのです。今回、ゾベイダのマハリナも本当に素晴らしかった。美しくて丈高いのに、官能に溺れる王妃を見事に演じていて、隙がありませんでした。
官能の宴も最後にさしかかると、ルジ金の奴隷は、ゾベイダのもとを離れ、全ての奴隷とハーレムの女たちの中心となり、文字通り、狂乱の坩堝、その渦の源になります。ここがまた本当にすごくて、わたしは何度見ても、体温が確実に1度は上昇していたと思います。ルジマートフの作り出す、強烈な官能の磁場。吸い寄せられ、巻きこまれて渦を巻く奴隷と女たち。このシーンでわたしは、奴隷と王妃の力関係の逆転を感じて、打たれたようになるのです。この場を完全に支配しているのはまさに金の奴隷であって、王妃ではない。一体誰がこの場の、この金の奴隷に逆らうことができるだろうか?それは、王妃であってさえ無理で、やはりここでも彼は孤高なのだと痛いほど感じるのです。
狂乱が果てたあと、王妃の横たわる寝台に飛び込み(これも文字通り)、そして、程なくして王が弟と戻ってくる。酸鼻を極める大虐殺が始まり、金の奴隷もあっけなく殺される(しかも弟に)。横たわってるし、苦しげな呼吸で胸は上下してるから、実際どうなのかわかりませんが、ここで金の奴隷は薄っすらと笑っているといいな、と思います。(わたしの妄想劇場、ルジ金の奴隷はそれで完結)
タランダのシャリアール王はあからさまに、怒りを爆発させることもなく、淡々と演技していました。しかし、それが返って彼の受けた傷の深さ(ゾベイダへの愛の深さといってもいいかな)を物語っていて、よかったです。マハリナゾベイダの命乞いも真摯だったけれども、受け入れられないとわかるやいなや、すぐ自ら死んでいく潔い感じが、やはりとてもよかったです。
シャリアール王は、もうちょっとゾベイダがなりふりかまわず命乞いをしたのなら、許してやってもいいか、と思っていたかもしれない、なのに目の前であっけなく死なれてしまって、自分の感情の持って行き場を失ってしまったように見えました。

ストーリーだけ追っていくととんでもない話、なのに今回の「シェヘラザード」は官能に彩られた悲劇に見えました。
本当に美しかった。これほど美しいものにこれからの人生あとどれだけ出会えるのかしら、と思うとせつないですが、今回見ることができて本当によかったです。ありがとう。

01/11/12 カオル