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キーロフバレエ 2000年公演観劇記

 2000年、キーロフバレエ来日公演ということで、キーロフバレエ、二年ぶりの日本公演であります。キーロフバレエは93年から98年まで6年間の連続来日公演をしていたのですが、私が見たのは96年の夏の東京公演まででした。それからあとはどうやら行っていないようです。
 演目は毎年同じ「くるみ割り人形」そして、地方公演はソリストがどうしても若手であるということ、年々コールドの質が下がっていったこと、等々いろいろあって、一番好きなバレエ団であるにもかかわらず、見に行ってませんでした。私自身一番お金が無かった時期、ということも重なってもういいや、となっていたようです。好きなだけにひどいものを見せられるのもつらいしな、ってところもありました。
 私にとっては93年に東京で2回、名古屋で1回見ることができたレジュニナ、ルジーマートフの「くるみ割り人形」がベストで、そのあとどんなものを見てもあの時が一番いいなあ、と思えるし、あの素敵な思い出を胸に抱いていけばいいのよ、他はいらないわ(笑)的な気分で長い間おりました。

 しかし!今年最初にルジマートフのアリを見てしまってから、やっぱルジマートフを今見なきゃ駄目だ〜となったのでした。でもまあ、今年キーロフが来日するとわかった時点で、いくつもりにはなっていたのですが。なんのかんの一番好きなバレエ団であることには変わりないし、これからさきも多分変わらないのだろうなあと思います。それでも、熱はあまり高くないので、名古屋公演にルジマートフが踊る可能性はないだろうというところと、主催者の『クラシックフェスティバル』シリーズの一つに入っちゃってて、いい席は絶対とれないだろうことから、地元は5階席をゲットしておきました。
 東京公演は主催のジャパンアーツからやってくるDMをつらつらと眺めながら、ルジマートフのソロルか〜、やっぱいっとこう!それから、賛否両論ある復元版「眠れる森の美女」も見る機会はもうないかもしれないから、「眠り」大好きな身としては行かねばなるまい!という感じで決めました。こちらは、せっかくだからということで、1階の席(あまりいいところではないですが)をとりました。

 思わず前置きが長くなってしまいましたが、それだけキーロフバレエには思い入れがあるのですねえ。家にあるバレエの映像ソフトでも一番繰り返して見ているのは、やっぱりキーロフバレエのものなのです。「白鳥の湖」「海賊」「くるみ割り人形」「パキータ」「ショピニアーナ」「ジゼル」「ドン・キホーテ」「眠れる森の美女」…、他のバレエ団のものでも、それぞれ好きなものはありますが、どうしても、やっぱりキーロフとなってしまうのです。
 なんでキーロフなのか? と言われると難しいですが、私がバレエに求める夢とかロマンとか叙情とかを一番素敵な形で見せてくれるのがキーロフなのだ、としか言い様がないです。(細かいことを言い始めたら、またまた長くなりそう、笑) まあ、こっちの期待が大きすぎて裏切られる場合も無きにしもあらずってところが、ちょっとつらいところですが。しかしこんなことでくじけてちゃキーロフバレエのファンはやってられない〜、ってなわけで妙なところで強くなったりしてね(笑)。

 うう、本当に前置き長いです。そろそろ観劇記いきます。


バヤデルカ   ◆白鳥の湖   ◆眠れる森の美女・復元版
バヤデルカ 全3幕
2000年11月18日(土) 6:00p.m.
神奈川県民ホール
音楽/ミンクス
振付/M・プティパ
指揮/ボリス・グルージン
管弦楽キーロフ歌劇場管弦楽団
  • ニキヤ・・・・ディアナ・ヴィシニョーワ
  • ガムザッティ・エルヴィラ・タラソワ
  • ソロル・・・・ファルフ・ルジマートフ
  • 金の仏像・・・アントン・コルサコフ
 当初のキャスト発表ではニキヤ役がアスィルムラトワとなっていて、東京文化会館でのキャスト、ザハロワよりも自分にとっては、お馴染みなアスィルムラトワに行っておこう、と思ってこちらにしました。神奈川県民ホールに行ったことはないし(初めていくホールは常に楽しみです)、ついでに久し振りの横浜観光もできるし、ってことで、まあ、地方人の遠征はそれも一つの楽しみって感じです。
 だがしかし、というかやっぱりというかアスィルムラトワは来日しなくて、(今回、来ると一応決まっていてこなかったダンサーは、あとマハリナ、アユポワ、イワンチェンコでしたですね、残念なことです)ニキヤはヴィシニョーワになっていました。当日のキャスト表を見るまでは、安心できないというのが特にキーロフバレエではありますが、ソロルはルジマートフでホッとしました。
 しかし、この後22日の「白鳥」を休演していたということは、この日もあまりベストな状態ではなかったのでありましょう。来日公演幕開けということで、少し無理を押して出演してくれたのかもしれません。
 キーロフの「バヤデルカ」は私は全くの初見でした。映像もありません。91年のバレエフェスティバルで当のルジマートフと斉藤友佳里さんのパ・ド・ドウを一応見ておりますが、遠い記憶の彼方です。(初めて見たルジマートフがすごかったという覚えだけはある、笑)
 キーロフが採っているのは、パリ・オペラ座と同じ、最後の寺院崩壊のシーンが無いものです。私はどちらかというと、寺院崩壊場面がきちんとある英国ロイヤルバレエのマカロワ版が好きなのですが、キーロフのはどんな感じなのかなとワクワクでした。

「バヤデルカ」は幕開けすぐにソロルが舞台に登場してくれるのが、嬉しいですね。ルジマートフ、ああいうハーレムパンツ系の衣装が本当によく似合う(もちろんタイツも似合うわけですが、タイツが似合う男性ダンサーは他にもたくさんいるけど、ハーレムパンツが似合うことにかけては、ルジマートフはもう他の追随を許さないって感じです)。
 その後、ニキヤ登場。ヴィシニョーワは若手の実力派ナンバーワンという感じで、柔らかい上半身を駆使した見事な踊りを披露してくれる。ヴィシニョーワはとにかく踊りは本当に上手い。しかし、ニキヤのようにその先の情感が重要な役では、どうもそのあたりに不満が残ってしまう。
 私は1階の24列目で見ていたので、もちろん表情まではっきり見えるわけではないけれども、(だからどういう演技をしていたのかは定かではないです)バレリーナだったら、腕の一振りにでも情感を込めることはできるはずで、それがこちらに伝わってこないのはやはり少し残念です。
 反対にルジマートフはというと、一つ一つのポーズがとても雄弁なのだ。昔からそうだったけれど表面的なテクニックが少し落ちた分だけ、その部分が増大したようで、ファンとしては嬉しい限りです。
 ソロルという役はニキヤと深く愛し合っているにもかかわらず、権力者の藩主の娘ガムザッティを紹介されるや、その美さにまいってつい婚約してしまうというイヤな男なのですが、ルジマートフがやると権力には逆らえないという感じで、運命的な何かを感じてしまいます。
 ガムザッティとの婚約披露で踊られる晴れやかなパ・ド・ドウは、ガムザッティはもちろんのことソロルも踊りの見せ場なのですが、ルジマートフがやると、なんとなく憂いを含んで見えてしまう。でも、まあそれはファンのうがちすぎた見方なのかもしれませんが(笑)。
 ガムザッティ役のタラソワ、よかったです。権力者の娘ではあるが、ソロルを恋する娘でもありました。
 見るまでは心配していたコールドも、ちゃんと復活していてなによりでした。2幕の婚約シーンで手堅い踊りをしていたので、肝心要、3幕の影の王国シーンもこれなら大丈夫、と安心しました。

 ここで少し白状しなきゃいけないのですが、この日バレエを見る前に、目いっぱい中華街をうろつきまわって、たらふく美味しい中華料理を食べて、それからちょっと風邪ぎみなのもあって、睡魔に襲われたところが数カ所ありました。横浜までルジマートフを見に来てて、こんなことじゃイカーンと時々自分自身に、カツを入れながらみるという羽目に(トホホ)。
 それがよかったのか(まあ、いいということにしておこう)影の王国のコールドが本当に幻想的に見えました。いつ終わるともしれぬ永遠に出てくるような感じの舞姫の精霊達。アラベスクの脚の列に陶然とされられました。舞台前面に白く薄い幕がかかっていたのも、よかったです。はっきり見えないもどかしい感じも、いかにもこの世ならぬものをみているという雰囲気がありました。
 影の王国は主役二人の見せ場でもあるわけですが、ヴィシニョーワに限って言えば、踊りの上手さに感心するばかりで、(そりゃもちろん下手であるよりは全然いいのですが)このシーンでのニキヤの心情が全然見えてこないのが、やはりちょっと寂しかったです。ソロルを許してるのか、どうなのか、一体どういう気持でソロルとパ・ド・ドウを踊っているのか、残念ながら伝わってこなかったです。多分初役のようなので、これからきっとよくなっていくのかもしれませんが、いわゆる『仁(にん)に合わない』という感じはどうしてもしてしまいます。
 ニキヤからの心情が伝わらないので、それに感応するであろうソロルの心情も自ずと伝わらなかったなというのも悲しい事実です。これはしかしルジマートフにも責任はあるといえばありそうです。
 私はファンなので彼に関しては、公平で冷静な感想が今一つ書けません。地方から見に行って無事彼の踊りを見ることができたということ自体で、かなり満足してしまいます。そして、あの、本当に美しかったアントルラッセ! ルジマートフが脚を背中に振り上げて、舞台を一周していくあの至福の数秒が見られただけでも本当によかったなあと思うのです。
 寺院崩壊シーンがないので、影の王国で幕が降りるのですが、これはこれで正しいのだな、と私は今回初めて腑におちました。阿片の見せる幻想の中で、いつまでも漂い続けるソロル。現実世界ではその後、寺院が崩壊するのかもしれませんが、もう、そんなことさえソロルにとっては関係のないことでありましょう。このソロルは現実を放棄し、夢の中でニキヤとともにあり続ける…、なんと頽廃的な、でも、同時に魅力的なこれは一つの幕切れなのかもしれない、とこの時思いました。
 パリ・オペラ座の映像を見ていた限りでは、そんな風には一度も思わなかったので、(生の舞台を見ていないので単純に比べるのはいけないのかもしれませんが)それは、やはり、キーロフバレエの力、そして私にとってはルジマートフの力なのかもしれません。
 それから最後に一言、金の仏像のコルサコフくん、素晴らしかったです。熊川哲也のを見て以来(映像にある熊川の踊りは素晴らしいです)この踊りで私を満足させてくれたのは、彼が初めてでした。



白鳥の湖 全三幕 四場
2000年12月1日(金) 6:30p.m.
愛知芸術劇場大ホール
音楽/P・I・チャイコフスキー
振付/プティパ、イワノフ
改定振付/K・セルゲイエフ
指揮/ボリス・グルージン
管弦楽キーロフ歌劇場管弦楽団
  • オデット/オディール・スヴェトラーナ・ザハロワ
  • ジークフリート王子・・ダニール・コルスンツェフ
  • ロットバルト・・・・・イリヤ・クズネツォフ
 キーロフの白鳥の湖、生舞台は久し振りでした。前に見た時はマハリナ、ゼレンスキーの映像コンビ、今回が2回目です。
 ザハロワもコルスンツェフも初見であります。コルスンツェフは3番でただ立っている姿もなかなかに素敵なすらりとした線のきれいな王子様でありました。ザハロワは前評判通り、ワガノワ仕込みの美しい腕と美しい脚、そして小さな頭とまあ、プリマになるために生まれてきたようなバレリーナでした。こういう人が、出てきてワガノワからキーロフに入ってくるから、キーロフバレエはやっぱり不滅だなあ、とか思います。
 今回は5階席正面から見ていたので、群舞の形もよくわかって面白かったです。やっぱり、白鳥のそしてプティパのこの群舞の振付は素晴らしい。これ以外はあんまり見たくないなあとまた思った私でした。
 グラン・アダージョ、キーロフは本当にぎりぎりに遅い音でやります。それだけにバレリーナの一つ一つのポーズの美しさが最大限に引き出されます。しかし、これも遅い音にきちんとのってなきゃいけないわけで、キープ力がないと悲惨なことになるんだろうなあと思います。もちろん、ザハロワはその見事な肢体の、指の先からつま先まで、余すところなく美しく見せてくれました。そう、振り上げられた脚の描く軌跡が、目にいつまでも残る、そんな感じでありました。これはパートナーの功績もかなり大きいのだと思います。
 オディールの踊りは少し荒さが目立つかな、と思ったのですがこれはザハロワが病上がりであったせいなのかもしれません。それでも、32回のグラン・フェッテもきちんと回り切っていたし(一回一回を丁寧に回る踊り方で私が好きなグラン・フェッテでした)、オケのドラマチックな音もあって見事な2幕となっていました。
 最後、ハッピーエンドで終わるのもいいよなあって感じ。クズネツォフの断末魔の長さがなかなか楽しかったです。
 見終わって、うちにある映像と本当に何も変わっていないのが、すごいよなあとしみじみしました。何も変えなくても、上演し続けられるレベルにずっとあり続けるのだから、それはそれで素晴らしいことです。私はキーロフのこの「白鳥の湖」がすごーく好きだから、いつもそれなりに満足してしまうのですが、たまには変わった「白鳥」も見たい気もするなあ、と少し(本当に少しだけど、笑)思ったのでした。


眠れる森の美女 全3幕(プロローグ、アポテオーズ付き)
1890年版の復元上演
2000年12月7日(木) 6:00p.m.
東京文化会館
音楽/チャイコフスキー
振付/M・プティパ
復元監修/セルゲイ・ヴィハレフ
指揮/ボリス・グルージン
管弦楽キーロフ歌劇場管弦楽団
  • オーロラ姫 スヴェトラーナ・ザハロワ
  • デジレ王子 イーゴリ・ゼレンスキー
  • リラの精 ダリア・パヴレンコ
  さて、賛否両論の復元版「眠り」ですが、私はとても好きです。原色が飛び交う舞台は、派手な歌舞伎の衣装好きな私にはもう全然オッケー、そして、ところどころ滑稽な部分まで、あら、あんなことしてらあ的気分で目いっぱい楽しめました。マイムが多いのも楽しかったです。特にローズ・アダージョの各国王子様(ほんとはちゃんと一人ずつ名前があるのよ〜)のオーバーアクションは楽しかったな。出ているみなさんも楽しんでやってる感じが、伝わってきてよかったです。

 今回この「眠り」を見て、歌舞伎と似てるわといろいろと感じました。プロローグでも、リラの精を中心として、みんながオーロラを祝福する絵のようなシーンが、二回ありましたが、いわゆる見栄を切ってるのね〜って感じでした。ほんときれいでしたです。
 踊り的にはでも、あまり変わっているようにも見えませんでした。妖精やオーロラの踊りはほとんど同じ。リラの精は違っていたけれど、3番のアラベスク(かなあ、自信なし)でトウでふわ〜と立つ踊りが多くなっていて、より一層妖精らしくて、いいなあと思いました。
 ザハロワのオーロラは名古屋で見たしっとりとした白鳥とまた打って変わって、お茶目で可愛らしかったです。復元版では手に刺さる針は、花束の中には隠されずに、堂々そのままオーロラに渡されるわけですが、オーロラはこれが危険なものだとはついぞ思わない、だって、そんな物生まれて初めて見るわけだし、お父さんをはじめ周りにいるみんなが、それ、返しなさい!って感じでオロオロしている様を楽しそうに見ながら、踊り続けてます。私がもらったんだもん、って背中に隠したりしてかわいかったです。幻影のシーンでも復元版の方が総じて明るい感じです。セルゲーエフ版では第三幕にリラの精によって踊られる明るいワルツの曲が、オーロラの幻影シーンに使われていてオーロラはここで屈託なく、おおらかに踊っています。
 確かに王子さまは踊らない(笑)。ゼレンスキーファンにはもの足りないでしょうね。しかし彼のラーメンソバージュロングヘアが見られたのはよかったです。似合ってたのよ〜。
 そうそう、1幕の鐘の音とともに、時が止まるあの一瞬もステキだったな。眠ってしまったオーロラを先頭にして、登場人物がお城の中へと、ゆるゆる行進をしていくのですが、カーンと鐘が鳴った瞬間にぴたりと全ての登場人物の動きが止まるのです。単純だけれども、ワクワクしました。
 3幕は、楽しくおとぎ話の世界を満喫いたしました。そう、そして私はあのコーダのワルツの音楽とみんなで一緒に踊るあの場面が、もう、本当に好きで好きでしかたがありません(笑)。何故か? ああ、もうすぐこのステキなおとぎ話も終わってしまうのね、悲しいよ〜、いつまでも見ていたい〜、でも、ほんとにすてきな一瞬をありがとう…って感じかなあ。コーダシーンでオーロラと王子さまがみんなと一緒に踊らないのは、私、ヤです(笑)。

 とにかく4時間もあっという間、楽しいひとときでありました。私は強力なレジュニナファンでもあるので、映像にあるセルゲーエフ版も心の底から愛してるのですが(オーバーな、笑、でも本当に好きなのです)復元版もできたら、映像に残るといいのになあ。残して欲しいものです。
 それからできることなら復元版を踊るレジュニナとか、セルゲーエフ版を踊るザハロワとか見てみたいなあ、ファンの夢は尽きることがないですね(笑)。
 復元監修をしたセルゲイ・ヴィハレフの、プティパと「眠れる森の美女」に対する深い愛情がなければ、今回のこの一大プロジェクトは成しえなかっただろうと思います。
 ヴィハレフとそれから復元に携わったキーロフの方々、ステキなプレゼントをありがとう〜。

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