10/18 パリ・オペラ座バレエ 『カサノヴァ』観劇記

 この日ももちろん、シャトレ座ではキーロフ・バレエのフォーキン・ニジンスキープロをやっているわけだが、パリの地にきてパリ・オペラ座、しかもガルニエ宮に行かないわけには行かないでしょう、バレエ・ファンのはしくれとして、というわけでこの日は「カサノヴァ」の日、と前々から決めていた。
チケットはオペラ座のインターネットで申し込みをした。インターネット申込みはシャトレ座でもやってみたのだが、以外に簡単である。それにオペラ座はきっちりとしていて、ちゃんとした席番号を記したお返事メールが来るのだ。(もちろんフランス語だけど)
 前回ガルニエでバレエを観た時は、オーケストラ席だったが、今回は買ったのが遅めだったのでさすがにオーケストラ席は残っていなくて、2eme LOGE DE FACE NO31 の2番4番である。2階のロージェ(ボックス席)31号正面、最前列と2列目でございます。ここで料金は手数料込み43ユーロ(なーんと5150円!安いよ〜)。

 この日も確か出かける直前まで雨が降っていて、足もとの状態があまりよくなかった。ガルニエでロージェなのにあんまりおしゃれできなくて寂しいぞ(ってそんなにいい服持って行ってないけどさ)。
 さて、メトロにのってオペラ駅へ。ガルニエに着くと、当日券売り場はやはり結構な列ができているようだ。「カサノヴァ」あんまり評判よくないって聞いてたけど、特にそうでもないんじゃないのって感じがする。しかしやっぱりどこで券を引き換えていいのかわからないので、その辺にいたお兄さん(美形だった!)にオペラ座からのメールをプリントアウトした紙を見せて聞いてみると、そこのコンピューターのところ、と教えてもらった。チケット売り場とは全く別の場所にコンピューターが据えられていて(その棚がしかし高い、ちびのわたしはほとんど見上げる状態)おじさんにまたもやプリントアウトした紙を見せると名前を聞かれた。苗字から普通に名乗ると封筒に入ったチケットがさっと出てきた。おお〜、これで晴れてガルニエの中へ入れるのね〜。しかも今回は未体験のロージェなのよ。つーわけであの豪華な階段をウキウキ上っていく。
 ロージェの席は一つ一つが全くの個室のようになっていて、扉には鍵がついているのである。勝手には入れないのだ。わたしは全然そんなことは知らなかったので2階に上がってウロウロしていた。そうしたら係のおばさんがにこやかに近づいてきたので、チケットを見せてみると、こちらよ、という感じで促してくれ、専用の鍵で開けてくれた。一つのボックスに横2つ、縦3つ席が並んでいる。私達は左側の前から縦二つだった。しかしロージェはお付きの人が控えるところなのか、入ってすぐに長椅子が壁にそって置いてあるのよね。もちろんこんなところから舞台は全く見えません。でもって専用のコート掛けなんかもあったりして、ひゃー、なんかちょっと上流な気分だわ〜、と『上流』がまったくわからないのに勝手に舞上がってました。

 さて舞台に目をやるといつもの見慣れた紅い緞帳ではなく、レントゲン写真と内臓の絵をコラージュしたような、モノクロームの異様な幕が下がっていた。ははは、なるほどね、こりゃ、ここから悪趣味なわけだ、とわたしは感心する。そう、わたしはこういうの全く嫌いじゃないの。というかどっちかというと好きだったりするのだな。エログロ大歓迎なヒトなんでした(笑)。それにしてもガルニエのあの典雅な空間にこのエログロ幕は、相当にシュールではある。眉を顰める人もあるだろうが、わたしはかっこいいと思った。
 開演時間がせまり、お隣席のお客様も入り(二人とも素敵なお似合いカップル、うらやましい…)さらに後ろの二つの席も埋まった。天井の方に目をやれば、どこもほとんどお客様でいっぱいの様子。人気がないなんて嘘じゃん〜、と思っていると幕が上がった。

Casanova
振付 アンジェラン・プレルジョカージュ
音楽 Goran Vejvoda


キャスト
マリ=アニエス・ジロー ジェラルディン・ウィヤール ステファニー・ロンベール
ローラン・イレール ヤン・ブリダール ウィルフリード・ロモリ

 わーい、イレールだ!イレールが観られるだけでも、もう嬉しい!てなもののわたしは他のダンサーも見ずに最初はイレールに釘づけ(笑)。男性の衣装は白開襟シャツに単なる黒ズボン。しかし、こういう何気ない格好こそ、真のかっこよさが問われるというもの。その点、イレールは完璧ですね。自然に滲み出る佇まいの素晴らしさは、ロモリとブリダールはまだまだ遠く及ばないという感じ。女性は濃い色のキャミソール・ドレス。みんなコケティッシュだ。中でもやっぱりジローのくっきりとした輪郭の踊りが目を引く。 

 さて、この「カサノヴァ」、はっきりとしたストーリーは全くない。何故題名が「カサノヴァ」なのかということも、プログラムが読めないわたしには、理解不可能。だいたいカサノヴァという人についても詳しく知らないのだ。女性遍歴を趣味とした人でしたっけ? 性愛について探求した人でしたっけ? まあでも、そんなことはこのさいどうでもいい(本当か?) 舞台は主役の男3人、女3人でソファの上で縺れあっていたかと思えば、イレールだけが踊っていて、他の二人の男性にお前達も踊れよ、と言ってみたり、あと、暗闇の中女3人で踊っているところに、男3人が手に小型ライトを持って、女の肢体を舐めるように照らし出したり(ここのシーンは、相当にエロティック、そしてゾクゾクする美さだった)と、そんな脈絡のない場面場面の積み重ねなのだった。わたしは、次はどうなる、どんな仕掛け?とどんどん引き込まれていった
途中ロモリが白短パンツ一丁で、出てきて、むむ、なんかパンツがもこもこしてて変だぞと思っていたら、おもむろに手を突っ込んで(もちろんパンツの中に)ピンポン玉を出し始めた。どんどん出てくる(笑)。いや、しかし、ダンサーにこんなことさせるプレルジョカージュってすごいよなあ。ピンポン玉というのは、最初からこの舞台に出ているアイテムだけれど、そうするってえとこれの隠喩はもしかしたら精子ってことかしらん。このシーンの最後には上から大量のピンポン玉が降ってくるしね。 
 「ラブ・ビジネス」という題で黒のブラジャーとパンツ(下着ですぞ)姿のジローがトナカイの被り物をした2人のビジネスマンと踊るシーンがあるのだが、(ここでのジローの踊りは圧巻だ。実はわたし、映像にある彼女のリラ精が苦手なのだが、こういう踊りは素晴らしい)ビジネスマンが持っていたアタッシュケースを最後にジローが開けると、やっぱり出てくるのはピンポン玉なのだった。
 途中ブリダールが赤いまさに血の色の内臓のような壁をロッククライミングよろしく、杭に捉まって、落ちそうになりながらもゆるゆると登って行く場面があった。ふーむ、するってえと今度のこれは子宮の中ですかい? 状況的ながれからするとそうとしか思えない。胎内回帰願望のまったくストレートな表現で、あっけにとられる。
「カーマスートラ」というシーンもあって、文字通りそういうダンスなのだが、あまりにアケスケなのでちっとも卑猥じゃなかったし。
 白衣のお医者さんが、ミニスカな看護婦さんのお尻を追いかけていたりとか、もう、そんなシーンのてんこもりで、性愛の戯画化というか、笑い飛ばしというか、これってもしかしてすっごく初期のプレルジュカージュのダンスに似てるわ〜、となんだかちょっとなつかしかったりもした。 
 あと、わたし的に非常に気に入ったのは、筋肉見本のようなユニタード(しかも頭からすっぽり全身)を着て踊られた女性群舞だ。ここの踊りが、超難度が高い振付になっていて、(そう、例えばジゼルがウィリになって最初に踊るあの見せ場のよう)詳しくは忘れたけれども、グラン・アラスゴンドで片足を高く上げたまま静止して、それからそのまま脚をゆっくりおろして床につかないまま、アラベスクになったりといった感じで、こりゃもう、パリ・オペラ座のコール・ドでなきゃ無理でしょ、というかプレルジョカージュ、オペラ座のダンサー試してるんじゃないの?って感じの見るからに難しそうな振付だった。しかし、そんな過酷な振付をものともせずになんとも美しくやってのけていたバレリーナが、最前列真中にいたのですね。すごかったです。彼女、もう一回観たいです。
 それからあとは、もうなんといっても、ラストのイレールとロモリのパ・ド・ドウだ。イレールは前述の開襟シャツの前が全開でしどけない風情。なんて色っぽいんでしょう。そしてほとんど自分では立っていられないようで、全身ロモリにもたれかかっている。しかし、ロモリはそんなイレールを容赦なく、ゆさぶり、何かを叫び、立たせようとするのだ。いったいぜんたいどういう状況なのか、さっぱりわからないけれども、もうそんなことはどうだってよろしい(またかい、笑)。イレールは苦しげにそれでもなんとか踊ろうとする、そしてふらふらになりながらもジャンプを繰り返す。その表情の痛々しくも色っぽいことといったら。しかし最後には力尽きてロモリの腕に倒れこむのだった(これが、しかしプログラムの表紙写真なんだよ〜)。

 ノンストップ、休憩無しの1時間35分。わたしはもう、十分に楽しめた。あっという間の感じだった。「ル・パルク」に比べたら、ほんと、脈絡もないし、美しくもないし、グロテスクで悪趣味だけれども、プレルジョカージュの本領は、多分こっちの方なのではないか、とわたしは睨んでいる。「ル・パルク」は彼がオペラ座に頼まれた最初の仕事だし、ここで間違いなくきっちりとお行儀の良いお仕事をしておこう、と思ったのではないか。もちろん「ル・パルク」は本当に美しい作品でわたしは、大大大好きだ。「ル・パルク」と「カサノヴァ」のどっちかが観られる、となれば、それはもう絶対「ル・パルク」が観たい
 でもわたしが一番最初に見た彼のカンパニーの作品「肉体のリキュール」(まだモダンバレエをほとんど知らないわたしには、この作品はとても衝撃的だった)を彷彿とさせる「カサノヴァ」は、パリ・オペラ座という権威ある場所に対するある種の挑戦のようにも思える。必ずしも成功していないとは思うが、わたしは、ブラボーと言いたい。 
そう、この日のお客さんもノリノリだった。アンコールは何度も何度も続いたし、これでどうして不評なのだろう。謎である。セットが立派な「ル・パルク」はなかなか海外公演が難しそうだけれど、たいしたセットの無い「カサノヴァ」なら簡単だろうなあ、でも絶対やってくれないだろうけど、それにイレールじゃないと意味ないしねえ、といろいろ思うわたしだった。

… 2002/12/20 …  カオル