☆ 11月 18日(土) フェスティバルホール (18:00開演) 座席 1階25列01番 ☆ 11月 19日(日) フェスティバルホール (17:00開演) 座席 1階08列19番 今年なんと6回目の伊丹空港に降り立った。前線の通過で雨模様であったが爽やかというか、やや肌寒い大阪で、もう傘の心配はない。 私事ではあるが、火曜日から体調がすぐれなくなった姉が心配で、常にスマホを気にしている状態である。 フェスティバルホールの前はいつもながら綺麗に電飾が施されており、建物を入るとこんな感じでちょっと圧倒され記念写真を撮る方も多い。 外は冷たい風が吹いていたが、赤いカーペットの階段を上り切る頃には汗ばんでしまう会館内である。 この日、ご主人の転勤で大阪に越されたばかりのARIさんと久しぶりの再会を果たし記念写真を撮らせてもらった。会員番号13番という「てまり」からの古いお付き合いである。 1日目の座席は25列のなんと1番である。 気分的に盛り上がらない状態で「やれやれ」と席に行くと、すでに座っておられたお隣の方に「や〜どうも〜」と明るく声をかけられた。「?・・・えーと、どちら様でしたか?」 このご夫婦は、熱燗党「岐阜・大黒」でご一緒した方だった。「あ〜そのあと中華そば屋でカウンターにいらっしゃった?」『翌日、名古屋でもお会いしました』というわけで失礼しましたとお話すると真梨子さんのコンサートには年に10回ほどお出かけとのこと。 世間は・・・、フェスティバルホールは広いようで狭い。(笑) いつも通り3曲歌い終えた真梨子さんに「こんばんは!」と返すと、後ろから『元気だねー』と笑い声が聞こえた。後半のステージでは衣裳の変更があって、これまでのキンキラ?ぎんぎら?とは対照的な黒のノースリーブのロングドレスであった。シックな中に胸元はきらきらと輝きを放っている。 立ち放題の席ではあるが真梨子さんの目線が合うことは無くもどかしい気持ちで終演を迎えた。 終演後は、いつもながらの名幹事のあとを歩いて梅田のマルビルにある居酒屋へ。 とても美味しい料理と真梨子さんの話題でお酒の量も増えるというものだ。 この日の参加者は、 埼玉、神奈川、京都、大阪、兵庫に山口。 2日目の大阪である。 この日のチケットを受け取った時、笑みと落胆と驚きと・・・。 8列はフェスティバルホールにしては良し。19番は・・・と調べるとなんと通路から3つ目の席であった。なぜ?と思うひとりで申し込んだ席である。そんな話を前回の宇都宮でしていると、ビッグデンさんが20番であることが分かって更に驚きである。 そんなわけで、この日は「ClaChic」のオレンジ色のTシャツで盛り上がろうと二人お揃いで臨んだ中央ブロックの席では、何度となく真梨子さんの視線を受けてなんとも幸せ気分のコンサートであった。 この日の真梨子さんは終演後に帰られるとの情報を受けていたのだが、まさに定刻スタートの定刻終演と、実にテンポが良い。最近は飛行機を利用されるので伊丹空港発の最終便に乗られたのだろう。 今宵は、堂島のハイカラなお店に案内されたのだが、店の中央に池というか綺麗なガラスの水槽があって、ほかでよく見るそれはガラス張りになっていて上を歩けるものが多いのだが、覗いてみるとお店のスタッフが「落ちませんように」と声をかけてくれた。 ローストビーフに牛肉とブリのしゃぶしゃぶと料理もオシャレで、周りを見れば若い客ばかりである。それでも上品なお客ばかりで騒々しさは無い。 紅白では何を歌うのかな?が話の中心になれば、それぞれの思いが交錯して楽しい時間である。 この日お集まりの方は、 埼玉、東京、神奈川、石川、京都、大阪、兵庫。 早くも「良いお年を」と分かれる場面も。 翌朝、甥っこからのメールを見るとこの午前0時30分に姉が亡くなったと書いてあった。 母と追っかけをしていた姉である。日付が変わるのを待ってくれた気がするのである。羽田から葬儀場となるホールへ行き、綺麗に化粧された元気な時の姉に会った。 さて、残すは東京2公演のみとなった。 |
Mariko Takahashi
Concert vol.41 2017 PRELUDE