春の日差しを浴びて気持ち良さそうだが

 
  蜜蜂が飛び去った後に置かれた蜜蜂の巣箱

五月の朝


五月になって間もないある日の昼前
朝からよく晴れてすでに暑く
向かいの山は全体が白い緑色
ところどころの濃い緑色は
ゴルフ場のグリーンのように見える
土手に腰をおろして眺めていると
移り行く季節の瞬間を一枚に切り取った
そう錯覚してしまう
無数の小鳥の鳴き声にうずもれる
こんな日が好きなまさじいは
雑木林に囲まれた畑にすわったまま
自然の中に溶け込んでしまう
滝のような汗
耳鳴りがするような暑さ
なぜそんなのが好きなのか
7月19日
まさじいが生まれたその日は
すでに梅雨も明け
朝からうだるような暑さだったとか
だからだとしても不思議

さあ、もう一息
雑草は格闘の対象
景色も鳥の鳴き声もいつか消え去り
蒸気を上げる土のにおい
滴る汗がまとわりつく
没頭する中でそれを感じ
ひたすら草を抜き取る
時期により繁茂する草は変わり
梅雨から夏にかけては
成長が早く丈の高い草
今はやたら地下茎を伸ばす
厄介な草
管理機で耕せない場所は
すぐ占領下におかれてしまう

仕切り直してほどなく
耳鳴りが気になって立ち上がった
今までこんなことはなかった
どうしたのか
よほど頭の奥深くで鳴っているのか
エンジンの唸りのような
かすかな音
文字にすれば“ブーン・・・”
でもどこか耳鳴りとは違う
かといって遠くの機械音でもない
ごくごく近いところで、鳴っている?
腰を伸ばし
改めて意識してみると
外からの音だ
虫の羽音?
低い音が交差して
ああ、やっぱり虫が曲線を描いている
数十匹が群れている
まわりを見回してみても
変わったものは見当たらない
ほんの数歩先の空間
まさじいの手の届く高さ
そのあたりを飛び交う
次第に羽音はうなりとなり
塊となる

一体何事か
呆然と見とれて立ち尽くす
見ている間にも次第に色が濃くなり
またたく間に
直径1メールほどの黒い塊ができた
そのまわりにも飛び交うたくさんの虫
と、塊がゆらりと揺れ
楕円に変わる
動き出した!
半回転したとたんスピードが増し
流星のような尾を引きながら
高度を高め
一瞬の間に飛び去った
何んだ?
あっという間の出来事で
何が起きたのかさっぱりわからなかった
時間にしたら5分くらいだろうか
不思議な光景

飛び去った方向を眺めながら
まさじいはしばらくボーっとしていた
ミツバチくらいの大きさだったな
それでもあんなにかたまっていたしな
う〜ん、ミツバチかな?
だとしたら・・・あれか?!
あわてて畑の横の物置に急いだ
目指した物置
その土台のブロックの隙間
そこは閑散としていて
数匹のミツバチが出入りしているだけ
朝方の賑わいが嘘のようだ

そうか、分蜂していったか
あるいは引っ越しだっただろうか
数年来ミツバチの営巣を見てきたまさじい
こんなことがあるなんて想像したこともない
今思えばそうなのだろう
ちょっぴりの寂しさと
目の当たりにしたできごとへの感動
複雑な思いで
改めて飛び去った方角
若芽が萌え出た山を眺めた
すとんと腰をおとして
それからなかなか動くことができなかった

たぶんミツバチの分蜂
そのはじまりを見てはいない
飛び去ったその中に女王蜂はいたろうか
姿を見る余裕もなかった
今まであったミツバチの巣
それがほとんど空き家なっていて
それではじめて知った出来事
ミツバチ一家が旅立った
その一方で空き家になってしまった
このミツバチの巣
いろいろあったな
だがもう見られない

蜂たちの出入口は賑やだ
じっと眺めていると
二種類の蜂がいるように見える
全体に黒っぽくごつい奴
全体に蜜色のきゃさな奴
年齢の違いなのか
あるいは兵隊と働き蜂の違いなのか
改めて調べたこともないが
もともとまさじいに
その違いの意味はない
野生のミツバチがいる
巣がある
そのそばに自分がいる
それだけだ

やがて
“残念・・・”
その思いがだんだん膨らんできた
畑に来るたびにのぞいた
そのささやかな楽しみがなくなってしまった
あ〜あ
ため息をついたまますわり続けた
汗が流れる
鳥が鳴く
だが何をする気力も湧かない
行ってしまった
いつか
またいつか戻ってくるだろうか



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