ヒトはなぜ
「がん」のなるのか
 キャット・アーニー著(河出書房新社)


 近年がん治療において多くの分子標的薬が開発されつつあり、がんに苦しむ患者さん達に希望の光が差し始めてきたかのように見えますが、果たしてそれらにどのくらいの延命効果が期待できるのでしょうか。そんな中、サイエンスライターであるキャット・アーニー博士による本書が出版されましたので紹介しようと思います。

 表紙には「地球の生き物の広大な多様性をもたらしたのと同じ進化の力が、がん細胞の進行と拡大に作用していること、その力を逆に利用することで、がんを抑制できる可能性があることについても語りたい。」とあります。現在のがん治療いおいて一発で仕留められるような標的となる遺伝子があると考える人たちに対して、著者はがんは適応と進化を繰り返す可変的で複雑なシステムであるとの概念を提案しています。

 「がんの原因をピンポイントで見つけることはほぼ不可能で、一つの細胞には、それまで生きてきた時間分のたくさんの変異が溜まっている。…細胞が腫瘍に育つまでに何千、何万という当たりくじを引かなければならないのだから、がん化を促す決定打が何であるかはそもそも特定できない。」

 「現行の検査で発見されるまで大きくなった腫瘍内にある細胞は、同じがん細胞でできているのではなく、遺伝的に少しずつ違うがん細胞集団の寄せ集めであり、その一部が転移しやすい変異を持つクローンだったり、治療に抵抗しやすい変異をもつクローンだったりする。この腫瘍内の多様性は厄介で、進行がんの治療を困難にする。」「がんは一個の細胞からスタートするが、変異と自然選択を繰り返しながら進化し、より攻撃的に、より治療に抵抗するようになる。がんの本質は適応と進化を繰り返す可変的で複雑なシステムである。」従って「多くの従来型の抗がん剤と放射線療法はDNAを傷つけ、それが変異を増やし、結果として耐性出現を駆り立てる。最新の分子標的療法でさえ、この問題は付きまとう。」「皮肉なことに、がん細胞にとっては、的を絞った薬であればあるほどそれに対する耐性をつけやすい。」著者は、「私たちはいまだ遺伝子型と表現型のあいだにあるブラックボックスを開けることができないでいる。ヒトゲノムに存在する無数のバリエーションが細胞内環境とどう相互作用しているのかが解明されるのは、まだまだ先になりそうだ。」と述べています。

 がんは転移しなければ、すぐさま命に係わる状態までにはなりません。「侵襲性の腫瘍1グラムには10億個ものがん細胞がいて、がん患者の血液小さじ1杯に含まれるがん細胞の数は普通50個未満、全身の血液5リットルの中には数万個のがん細胞が流れている。ところが、がん細胞が転移して生き残れる確率は極めて低く、環境に最も適応した細胞しか生き残れない。その環境を変える原因で最も多いのは老化であり、老化により顕著に現れるのが炎症である。私たちは体内に慢性炎症が生じていても気が付かないことが多く、ゆっくりとした免疫反応が数か月、数年続き、がんを発生させる素地が形成される」とのことです。この炎症の原因で最も大きいのが悪い食生活であり、予防医学としてのカイロプラクティックが食養を行う意義がここにあると思います。

 「炎症が均衡のとれた細胞社会を乱すことを考えれば、炎症をコントロールし、キズの治癒プロセスをだらだら長引かせずにきちんと終わらせる方法を見つければ、がん治療に一歩近づくのではないだろうか。統制のとれた健全な組織は、不健全ながん細胞を押さえつけておくことができる。」「化学療法と標的療法は「進化のるつぼ」と化しているがんに強力な選択圧を与えるので、結局は悪化させることになる。」その様ながんに対する治療として、著者は「複数の薬をカクテルにする」等様々な治療法を提案していますが、「既に体全体に広がってしまった怪物たちをおとなしくさせる方法がいまだ見つかっていないのなら、現状としては、最善の治療は何もしないことだと受け入れるのも選択肢の一つだ。」とあります。これは「がん放置療法」の近藤誠先生の主張に通じるのではないでしょうか。

 最新の分子標的薬である「オプチーボ」でさえ、その延命効果が平均2~3ヵ月であると聞くと、がんのプレシジョン メディシン(精密な医療)と最大耐容量を投与するというパラダイムでは、進行がんの患者を充分に長生きさせるという本来の目的は達成できないと言います。「がんは周囲の環境と共に変化し進化する複雑な生態系の病気だという考え方にリセットしよう」とのことです。本書は今までにない進化の観点から見たがんの本質を分かりやすく解説した一書であると思い推薦する次第です。

令和3年10月3日