「脳の寿命を決めるグリア細胞」 
千葉大学脳神経外科学教授 岩立康雄著(青春出版)


 SOTの頭蓋骨矯正を学んできたカイロプラクターは、頭蓋骨には可動性があり、それが制限されることにより硬膜系が緊張し、脳脊髄液の循環が障害され、中枢神経系の異常な興奮が惹起されると教えられてきたと思います。その肝心な脳脊髄液の循環を解剖学辞典などで調べても、概要が記載されているだけでした。そのため曖昧なイメージのまま頭蓋骨を矯正してきたのではないでしょうか。近年、MRI等の検査機器が進歩し、脳を含む中枢神経系の生理解剖学の研究が急速に進展し、新たな知見が公表されるようになってきました。それを我々にも分かりやすく解説してくれる新書が出版されましたので紹介する次第です。

 脳脊髄液の循環に関して、「リンパ系が存在しない脳では、脳脊髄液がくも膜下腔から血管周囲腔を通って脳深部まで到達しています。・・・この血管とアストロサイトの間に、くも膜下腔が介在しており、脳内の種々の老廃物を排出する経路になっているのです。…動脈周囲の血管周囲腔からこのAQP4(グリア細胞のアストロサイトが血管を取り巻く部分に発現している)を通って脳実質に入り込み、老廃物を洗い流して、静脈側の血管周囲腔に排出されます。そして、最終的に頚部リンパ節へとつながっていくという経路です。」とあります。まず、脳にはリンパ系が存在せず、脳脊髄液の役割が老廃物の排泄であるという点が新鮮に感じられました。

 以前、グリア細胞は中枢神経系の中でニューロン以外の場所を埋めているだけの単なる支持細胞であると記載されていましたが、脳の8割を占めるグリア細胞のアストロサイト、オリゴデンドロサイト、マイクログリアにはそれぞれ重要な役割があることが解明されるようになってきました。

アストロサイトはニューロンと同じくらいの数があり、ニューロンからアストロサイトへ、アストロサイトからニューロンへの情報伝達機能が存在するとのことです。アストロサイトのもう1つの働きは、ニューロンが血管と直接接していないため、血中物質の受け渡しは全てアストロサイトを介して行われているそうです。「血液脳関門」という言葉を読んだり聞いたりしたことがあると思いますが、脳の関所というのが一般的な認識だったと思います。実際は、脳の毛細血管では内皮細胞同士が密着結合し、物理的な障壁になっていて、アストロサイトの突起がその血管を包み込んで物質の出入りの管理と老廃物の排泄を行っているそうです。さらにアストロサイトのもう1つの役割は、独自に細胞膜の成分であるコレステロールの全てを自ら作りだしているとのことです。

オリゴデンドロサイトはグリア細胞の半分を占め、、ニューロンの電気信号を正確にかつ迅速に伝えるミヱリン鞘を軸索の大部分で作り養っているとされています。この膨大な仕事量を行うため、莫大なエネルギーを代謝する必要があり、大量の酸素を消費し、必然的に活性酸素を生み出し酸化ストレスの原因になります。このためオリゴデンドロサイトは脳に存在する4種類の細胞のうち最も脆弱な細胞だそうです。このオリゴデンドロサイトが脱落すると、そのサポートを失ったニューロンは、リンパ球やマクロファージが閉鎖空間である脳内に侵入しやすくなるため炎症反応が起こりやすくなるため、孤立し徐々に脱落していくことになります。

マイクログリアは骨髄由来の免疫細胞と同じ起源の細胞であり、異物に対するTリンパ球、Bリンパ球等を誘導し、細胞障害性を発揮したり、抗体を産生して異物除去に働きます。その他、余分なシナプスを刈りこむことで神経回路を最適化するとのことです。

 以上、グリア細胞の働きを本書から抜粋してみました。認知症はニューロンの減少した状態といえますが、実はニューロンは比較的強い細胞であり、簡単に死ぬことはありません。一方グリア細胞はストレスに弱い細胞であり、わずかな環境変化でも死んでしまいます。このグリア細胞が失われると、ネットワークが破綻し、最終的にグリア細胞に引きずられてニューロンは死にいたるそうです。脳を守るということは、最終的にニューロンを守ることに他なりませんが、グリア細胞を守ることによりニューロンを守り、認知症にならず自分らしい人生を全うできる確率が高くなるそうです。後半はそのための方法が続きます。是非本書を購入し一読されることをお勧めします。

令和3年12月26日