「寿命ハック」 
著者 ニクラス・ブレンボー(新潮新書)

 
訳者がつけたタイトル「寿命ハック」は、寿命というサイトにハッキングすると受け取ればいいのでしょうか、英語版原書のタイトルは「若返るクラゲ―自然界に学ぶ長寿の秘訣」です。著者によれば、本書は、いかにして遅く若死にするか、つまり、いかにして若いからだを保ちながら長生きするかを解説するものだ、とのことです。

内容で特に興味を引いたのは、

第3章の「過大評価される遺伝子」のところで、寿命の違いの大半は遺伝以外に原因があり、その遺伝率は10%未満であるという点。

第4章の「不老不死の弱点」のところで、100才の半分は何才だろう。老化の観点から言えば、それは50才ではない。93才だ。93才から100才まで年齢を重ねるのは、誕生から93才まで生きるのと同じくらい大変なことなのだ。人間の老化は指数関数的に進むからだ。ガンがすべて消えても平均寿命は3.3年しか延びない。心血管疾患を根絶した場合は4年、アルツハイマー病を治せたら2年、これらの数字が驚くほど小さいのは、結局、人は何らかの理由で死ぬからだ。

第5章の「あなたを殺さないものは・・・」のところで、フリーラジカルは生体に損傷を与え、老人は若者より酸化ストレスのレベルが高く、過剰な酸化ストレスは加齢性疾患につながる。ところが、抗酸化作用のあるサプリメントは、摂取する人は早く死ぬし、加齢性疾患を予防することもできない。抗酸化作用のあるサプリメントは、ある種のガンの発生を抑制するどころか、その増殖と転移を促進するらしい。それはなぜか。ストレスが生物を強くしているからだと著者は主張する。逆境が生物を強くする現象は「ホルミシス」と呼ばれる。その例として、運動は体に有害なフリーラジカルを生成するが、運動は人をより健康にする。何故なら、それらの負荷によりもっと強くなる必要があるとの体へのメッセージとして働くからだ。このプロセスを開始するメッセンジャーの一部はフリーラジカルだ。サプリメントはこのプロセスを妨げるという。生物の世界にはホルミシスが溢れている。その例として、「毒物の王」ヒ素は少量なら適度のストレス要因となり実験動物では延命効果があるという。その他、台湾で誤って放射線コバルト60が混入した鋼材を使用したマンションの住民の健康状態を調べると、一般の台湾人に比べてほぼすべてのガンの発症率が低かった。アメリカでは原子力潜水艦に携わる労働者は一般的な労働者よりも死亡率が低く、放射線量が通常より多い地域に住む人々の平均寿命は長く、放射線科の医師は他の科の医師より長生きで、ガンに罹るリスクも低いという。「ホルミシス効果」という新しい切る口が新鮮に感じられた次第です。ただ、人間にとってプラスになるストレス要因は、人間が耐えられるように進化してきたものだけで、例えばタバコを吸って肺機能を高めるということはできない。

第11章「ゾンビ細胞とその退治法」のところでは、アポトーシスはガンを防いだり、感染症と闘ったりするための仕組みである。ダメージを受けた細胞が自殺せず細胞の老化とよばれるゾンビ細胞が生まれると、その細胞は他の細胞を傷つける分子の混合物を吐き出し始める。ゾンビ細胞は年をとるにつれ体内に蓄積していく。このゾンビ細胞を標的とする薬の候補として、フィセチンというイチゴやリンゴに含まれるフラボノイドが研究されているという。

第13章「血液の驚異」のところでは、アルツハイマー病やパーキンソン病の患者さんでは、脳の病変部に鉄が異常に多く含まれている。遺伝的に鉄分量が多くなりやすい人は、早死にする傾向がある。鉄のサプリメントを飲む人は飲まない人より早死にするリスクが高い。人体には、余分な鉄を排出するシステムがないからである。閉経前の女性は毎月少量の血液を失うが、男性は年をとるにつれ鉄を蓄積しやすい。昔は医療として瀉血が行われていたが、今では献血により排出するだけである。過剰な鉄分が有害な理由は、一つには鉄がフリーラジカルの生成を促すためであり、もう一つは微生物が鉄を大いに好むためである。

第16章「長生きするためのデンタルフロス」のところでは、ガンの20%は微生物により引き起こされる。歯周病菌が大腸がんのなかに発見され、腫瘍が広がると細菌も拡がり、抗生物質で細菌を殺すと、腫瘍の増殖が抑制される。科学者たちは、ガンになった膵臓の組織に、健康な膵臓にくらべ3000倍も多く存在する真菌を発見している。その他に、動脈のプラークに含まれる口腔内細菌の存在、心臓発作のリスクを高めるインフルエンザウイルス、パーキンソン病に関与するウイルスなどなど。

第17章「免疫の若返り」のところでは、敵がいないのに免疫システムが活性化する無菌性炎症と呼ばれる慢性炎症が高齢者では起きやすい。免疫システムが老化して各種器官のゾンビ細胞を除去できなくなって老化が促進するらしい。

第18章「楽しく飢える」のところでは、細胞のごみ取集システムである「オートファージ」を活性化させるメカニズムを、カロリー制限と絶食の「ホルミシス」効果により説明する。

 以下第24章まで研究の最先端と未来を、ユーモアを交え分かりやすく解説しています。本書には、カイロプラクターが筋力検査の結果と患者さんの訴える症状をいかに整合させるかという場面で、合点がいくところが多々ありました。ぜひ一読されることをお勧めします。

令和5年7月3日