がん劇的寛解
アルカリ化食でがんを抑える
著者 和田洋巳 (角川新書)
著者は京都大学名誉教授であり、京都大学胸部疾患研究所、同大学の呼吸器外科教授等を経て、京都大学を退職後の2011年にからすま和田クリニックを開設。今もがん治療の臨床と研究を続けています。その和田先生が「アルカリ化食でがんを抑える」という大学時代にない発想でがん治療を始めたのは、ある出会いがあったからだそうです。「医学的にも技術的にも完璧な手術、そして身体への侵襲性が低い手術を実施しても、3割から4割の患者で再発が起こってくる。」と苦悩していた和田先生に、「劇的寛解」という言葉と概念に辿り着くキッカケを与えてくれたのは、退官して間もなく京大病院時代の患者Aさんとの出会いだったそうです。Aさんはその3年前、和田先生が京大病院で手術不能と診断していた末期の患者さんで、Aさんに「どのようにして、あの肺がんを乗り越えられたのですか。」と虚心坦懐に聞くと、「食事療法です。食事を変えたら、こうなりました。」との返答で、大好きだった酒とたばこをやめ、総摂取カロリーを1600キロカロリー以下、白米を玄米に、タンパク質の摂取源を豆腐(植物性タンパク質)に、野菜や果物を多く摂り、水分を多く摂るようにしたとのことでした。そこから、「食生活の改善によってⅣ期がんは劇的寛解に導くことができる」という確信を得て研究を始めたそうです。こうした取り組みは、アメリカではがん患者の97%が補完代替療法として試みているそうですが、日本では母校の京大病院でさえSBMに基づかない治療は受け付けないというのが現状で、彼我の違いを痛感しているとのことです。
がんの正体
現在のがんの原因の考え方では、正常な細胞が重要な遺伝子の故障を段階的に蓄積してゆき、最終的に狂暴で侵襲的な腫瘍になるというのが「がんに至る道」だとされています。ところが、和田先生は遺伝子の発現異常はあくまでも結果論にすぎず、「なぜ遺伝子の発現異常が起こるのかを説明しておらず、因果関係が逆だと言います。
そこで引用しているのがワールブルク効果です。その有名な総説論文に、培養細胞を低酸素下に置くと大半の細胞は死滅する。ところが、その中で死滅せず解糖だけを用いて低酸素下でもエネルギーを生み出すことができる細胞が生き残ってくる。この細胞(がん細胞)は、その後に酸素を与えられても二度と正常細胞には戻らず、その不可逆性ゆえにその細胞の性格、遺伝子の変化が蓄積されていくとのことです。
和田先生の見解では、不摂生な生活習慣からくる血行障害により「酸素は欠乏しているが、栄養は豊富にある状態」が作り出され、臓器細胞が酸素欠乏によってエネルギーを得られず次々にアポトーシスしていく中、解糖だけで栄養をエネルギーに変えて生きていくことができる細胞が生き残る。その細胞こそが、分子生物学からみた「がんの正体」だと言うのです。
近年の分子生物学研究の成果として、「細胞の内側が常にアルカリ性に保たれていると、分裂をはじめとする細胞の活動活性が上がる」という興味深い事実が明らかになってきたそうです。増殖した上皮細胞の細胞内小器官(小胞体やゴルジ体など)の内部が強い酸性の場合、増殖能力をはじめとする細胞の活動活性が上昇するそうです。即ち、細胞内器官に細胞質から水素イオンを取り込み、細胞内小器官内が酸性に傾く一方、細胞質はさらにアルカリ性に傾くとのことです。解糖によるエネルギー産生能力とイオン格差による活動活性能力という2つの能力を備える細胞が出現して初めて「がん細胞が誕生した」と言えるとのことです。
脂質異常や糖尿病や肥満などの生活習慣病は、まさに「前がん状態」であり、がんは言わば「生活習慣病の成れの果て」であると言います。
劇的寛解に学べ
天寿がんは「安らかに人を死に導く超高齢者のがん」と定義されますが、がんが「治る」と「治らない」の間にもう一つの概念があり、それが「寛解」というキーワードだと言います。寛解は「根本的な治癒には至らないものの、病勢が進行せず安定している状態」のことで、和田先生はさらに劇的寛解を「標準がん治療ではおよそ考えられない寛解状態が長く続くこと」と定義し、がん治療の目標とすべきだとしています。
劇的寛解への治療戦略
<治療戦略1> がん細胞に兵糧となるブドウ糖を与えない。
< 〃 2> がん細胞周囲の微細環境をアルカリ性に変える。 ナトリウム・プロトン交換器によるナトリウムイオンの取り込み量を減らし、酸性化に歯 止めをかけるため塩分摂取を控える。
< 〃 3> がん細胞の活動活性を抑え込むには、インスリンとインスリン様成長因子(IGF-1)の産生を抑制するため、血糖値を急激に上昇させな い食事を心がけ、肝臓で作られるホルモンIGF-1が乳製品にも多く含まれているので乳製品の摂取を控える。
< 〃 4> がん細胞に細胞分裂を促進させる脂肪酸を合成させない。脂肪酸のωー6系は体内の慢性炎症を促進する脂肪酸とされているので 注意する。
< 〃 5> がん細胞を攻撃するTリンパ球の数を増やす。丸山ワクチンがTリンパ球を体内誘導することが明らかになってきており、希望者には積極 的に投与する。
< 〃 6> がん発生と増悪の根本原因となる慢性炎症を鎮めるため、慢性炎症を発生増悪させる生理活性物質に特異的に結合しその働きを抑制す
るハーブ類(フィーバーフュー等)を摂取する。
< 〃 7> 高用量ビタミンC点滴療法を実施する。体内の炎症を鎮め、低酸素誘導因子(HIF)の発現を抑え込む働きがある。
< 〃 8> CT画像や腫瘍マーカーを監視し、抗がん剤を治療ガイドラインで定められている極量の4分の1に減らして利用する。
アルカリ化食
治療戦略の1から4までは食事術であり、その中の体内環境を酸性からアルカリ性に替える食事術こそ、がんの勢いを鎮めるための最も効率的で効果的な治療戦略であるとしています。そこで参考になるのが「体をアルカリ性に傾ける食品、酸性に傾ける食品」の一覧表です。ドイツの栄養学の専門家が1995年に発表した論文にある表で、食品や飲料を100g摂取した場合の尿のペーハーに与える影響を測定したものです。+に傾くほどに酸性に、-に傾くほどにアルカリ性に傾くことを意味します。下記の数値から、体内環境をアルカリ性に変えるには、がんの患者さんはタンパク源を肉や魚ではなく、植物性タンパク源である大豆などの豆類から摂取する。乳製品、穀類の摂取量を控える。反対に野菜果物を多く摂取することを推奨しています。
脂肪や油 ±0.0、 肉や肉製品 +9.5、 魚 +7.9、 穀類: パン +3.5 小麦粉 +7.0 麺(スパゲッティ、ヌードル) +6.7、 乳製品: チーズを含まない乳製品 +1.0 低タンパクチーズ +8.0 高タンパクチーズ +23.6 ヨーグルト +1.5、 野菜 -2.8、 果物や果物ジュース -3.1 (本の表には掲載されていませんが、下記のネット上では、玄米は+12.5で控えるべきはずですが、和田先生は胚芽に含まれる栄養素を考慮してか少量摂るよう勧めています。因みに、白米は+4.6です。穀物の代わりに主食となる芋類は野菜であり、ジャガイモ -4.0です。サツマイモなど他の芋類は掲載されていません。)
詳細は「Potential renal acid load of foods and its influence on ureine PH」で検索してみてください。
私の治療室と和田先生の治療戦略で重なる部分
私はカイロプラクターですから、和田先生の様にがんの患者さんという前提で治療を始めているわけでなく、単に様々な症状を訴えて来室する患者さんに対して、まずサブラクセイションがあるなら、それをアジャストし、次に治療戦略の5と8以外の治療法を行っています。和田先生の治療戦略1から4の制限すべき食品を、私は筋力検査でそれらを見つけ、それらを主にアレルギー食品として患者さんに制限してもらっています。肉類、魚、卵、乳製品等の動物性食品、穀物全てが筋力検査陽性になる患者さんが何割かいて、なぜこんなに多くの食品に反応するのか不思議に思っていました。恐らく、この様な患者さんは和田先生がいう前がん状態の患者さんでもあったのかもしれません。患者さんが訴える症状と筋力検査TL陽性サインは、前がん状態からの警告であり、それらを消すことができるなら、がんの発症を防ぐことができるかもしれません。
治療戦略6のハーブに関して、和田先生は単品のハーブ(フィーバーフュー等)を飲んでもらっているようですが、私の治療室では、数百のハーブ、薬草のサンプルを集め、必要に応じて筋力検査のTL陽性サインを消すサンプルの組み合わせを一部の患者さんに飲んでもらっています。
私の治療室では、治療戦略7のビタミンCの点滴療法は、一部のがんと思しき患者さんの治療において有効な治療法として20年ほど前から美容整形外科の先生方にお願いして受けてもらっています。ただ、この療法は点滴すべきタイミングが大事で、無暗に続けることは患者さんの免疫の働きを妨げてしまう恐れがあるようです。ビタミンC点滴療法の解説書には、免疫細胞は炎症部位に集まってきますので、抗酸化作用の強いビタミンCを連続して点滴すると、この炎症が消えて必要な免疫細胞が必要な部位に集まらなくなるためとあります。従って、TL陽性を消すだけでなく、ビタミンCを受け入れてくれる時期を見定めなければなりません。
以上本書には「がん劇的寛解」という刺激的な表題がつけられていますが、内容は科学に基づく医食同源の実践であり、がんに限ることなく全ての慢性疾患の予防と治療に欠かせない情報満載の書となっております。是非一読されることをお勧めします。
令和4年3月27日