骨格構造


                                 人生は短い。未来はすでに始まっている。


目次  

   1.サブラクセイションの原因
   2.サブラクセイションの診断とその問題点
   3.骨格の歪みには一定のパターンがある
   4.治療方針
   5.臨床経験から
   6.見過ごされている矯正部位
    ⅰ.尾骨の屈曲病変
         メカニズム
         症状
         原因
         診断と矯正法
         尾骨矯正の注意点
    ⅱ.肋軟骨の損傷
    ⅲ.蝶後頭軟骨結合の屈曲病変
    ⅳ.寛骨の回転の中心としての股関節の可動性減弱
    ⅴ.肩関節の亜脱臼
   7.矯正に利用する刺激の種類と量
      直接法と間接法
   8.ムチ打ち症に対して
      脳脊髄液減少症との関係
      治療上での注意点


1.サブラクセイションの原因
 人間が健康的に活動するには、筋骨格系が重力負荷を効率良く受け止めることが必須条件となります。骨折、捻挫、筋線維の断裂等の組織損傷はもちろんですが、関節の機能である動きと安定性が損なわれても、人体は重力負荷を効率良く受け止めることができなくなります。それにより苦痛を生じるだけでなく、著しく生命力を消耗します。特に、関節の機能障害のある脊柱レベル、すなわちサブラクセイションのレベルでは、神経系への異常な刺激が生じるため、痛み、痺れを感じるだけでなく、刺激を受けた神経根が支配する組織、器官の機能障害を伴い、この様な状態が長く続くなら、他の要因が加重されることにより容易に器質的疾患が生じることになります。

 サブラクセイションの原因として考えられるものは、物理的な力、薬品等の化学物質、精神的なショック等ですが、このうち最も多い原因は、物理的な力、即ち、事故や打撲の様な直接的外力と、脊柱の土台である仙骨底の傾きに対する代償作用によるものです。代償作用とは、傾いた仙骨底に対して水平性を回復させるために椎骨が動き、重力負荷を受け止めるためにその関節の可動性が制限される一連の生命現象で、その結果として可動性が制限されたレベルにて神経系が刺激を受け、その末梢の器官、組織の機能障害が生じます。人体は神経系が刺激を受けるよりも重力負荷に対応することを優先するようです。この意味で患者さんの訴える症状はサブラクセイションが生じたことを知らせる危険信号ともいえるのです。ただ、患者さんの症状の原因はサブラクセイションだけではありません。私の経験では、例えば腰痛の原因がサブラクセイションである割合は3割ほどでしたので、カイロプラクターはまずその有無を診断しなければなりません。


2.サブラクセイションの診断とその問題点
 カイロプラクティック発祥の国アメリカでサブラクセイションの診断に利用される検査法には、筋力検査、静的触診、動的触診、視診、下肢の長短、X線写真などがありますが、私が思うに特に重要なのが動的触診です。サブラクセイションは関節の機能である動きの障害を伴うので、脊柱におけるそのレベルとあり様を診断するには、実際にその関節を動かして触診する動的触診を抜きにして診断することはできません。その意味で、突起の位置的変化や軟部組織の変化を触診する静的触診には、骨の変形奇形があるため一定の限界があります。また静止した状態で撮影した単純X線写真では、サブラクセイションの性質からその有無を診断することはできないと思います。X線写真は骨折、腫瘍等の器質的疾患の診断に限定されるべきものであり、サブラクセイションの診断にはあまりというかまったく役に立ちません。カイロプラクティックにおける科学性を象徴するX線写真がサブラクセイションの診断に役に立たないということは、その科学性に疑問を投げかけられることになりますが、致し方ないことではあります。要するに、可動性減弱というサブラクセイションの性質上、その診断は現在のところ治療者の感覚に頼らざるを得ず、治療者間の診断の再現性が得にくいのが実情です。

 次に重要なのは筋力検査です。筋力検査により、サブラクセイションの有無、リスティングの確認、矯正のタイミング、矯正の順序、矯正に利用する刺激の種類と量を判断することができます。その他に、病変の診断や食養にも利用されます。ただ、触診と同じく、筋力検査も感覚的な検査ですので、治療者間の間で再現性が得にくいのが実情です。


3.骨格の歪みには一定のパターンがある
 脊柱の関節を触診している時、多くのカイロプラクターは形態上左右対称な筋骨格系において、脊柱は左右同じ確率で歪むのではないかと考えているかもしれません。しかし、次の様に考えられないでしょうか。同じく形態上左右対称な脳において、認知能力で右脳と左脳の働きに違いがある様に、右脳左脳に支配されている左右の筋骨格系の働きにも違いがあるはずであると。右脳左脳の能力が個人により逆転しないとするなら、左右の筋骨格系の働きにも個人差がないことになります。体重を支え、運動を起こす働きに決まった左右差があるなら、骨格系の歪みにも一定のパターンがあるはずです。私自身の30数年の経験では、ほとんどの患者さんで重心は左に移動しており、脊柱、四肢、頭蓋骨の歪みには常に一定のパターンが存在していました。患者さんの個性はそのパターンの中で重力負荷がどのレベルに集中しているか、どの様な矯正刺激を受け入れるかにかかっていました。例えば、歪むとしたら全ての左腸骨は右よりPIが強く、Occ-C1では後頭骨の右圧縮サブラクセイションしか起こりませんでした。触診技術が一定レベル以上で、このパターンを感知できるカイロプラクターの間なら、少なくとも治療の再現性が得られるのではないかと思う次第です。以下に私の臨床において可動性減弱があったレベルとリスティングを図示しておきます。




4.治療方針
 サブラクセイションに対する治療は、その脊柱レベルの関節の非対称的な可動性減弱を3次元で対称的な状態に矯正することですが、それだけで症状がなくなる患者さん、すなわち筋骨格系の問題だけに苦しんでいる患者さんは2~3割ほどでしょうか。その様な患者さんはどんなに痛みが激しくとも、数回の治療で症状はなくなってしまうことが多いものです。実際に我々が悩む患者さんの症状の多くは、様々な病因が加重された結果であることが多いのではないでしょうか。ここで注意してほしいのですが、多くのカイロプラクターは創始者がいうようなサブラクセイション単独でも器質的な疾患の原因になりうると考えているかもしれませんが、その様な症例に私は出会ったことがありません。サブラクセイションがないのに重篤な疾患に苦しんでいる患者さんも多くいて、ほとんどの患者さんは様々な要因が加重された結果として様々な器質的疾患を患い、様々な症状に苦しんでいました。

 この様な患者さんを治療するには、全ての病因に対して適切な治療、すなわちホリスティックな治療を行わなければなりません。現代医学的検査で病因が確定できない患者さんに対しても、カイロプラクターはその病因を推定し治療しなくてはならないケースもあります。現代医学的検査を補うものとして、我々カイロプラクターが利用しうるのは筋力検査しかありません。具体的にはセラピローカリゼイション(TL)を工夫することです。従来は手掌面で患部にてTL陽性になるのはサブラクセイション又は反射点等があるとされてきましたが、その他に、私の経験では手背面でTL陽性になるなら炎症があり、指先でTL陽性になるなら器質的な疾患があると思います。さらにステンレス棒を握らせ患部にTLして陽性になるなら細菌性の疾患があり、真鍮棒で陽性になるなら出血性の疾患があり、ダイアでTLして陽性になるなら血行障害があると推定できます。是非試してください。矯正前に様々なTL陽性を見つけておいて、サブラクセイションの矯正でそれらが陰性になるかを確認します。患者さんの症状が改善しないなら、いくつかのTL陽性が残っているためであり、またたとえ症状が改善したとしても、残されたTL陽性があるなら、それに該当する疾患が何時か発症することになります。従って、患者さんの健康を回復させ維持させるためには、矯正の他に全てのTL陽性を陰性にするホリスティックな医療を目指さなければならないことになります。


5..臨床経験から
 開業以来の経験では、腰痛や肩こりを訴えて私の治療室に来る患者さんのうち、カイロプラクティック治療のみで済む患者さんは3割ほどでしょうか。この3割ほどの患者さんは数回の治療で症状はほとんどなくなりました。2から3割の患者さんは矯正を必要とせず、食事制限を指導するだけで症状は改善しました。1から2割の患者さんは矯正の他に何らかの健康補助食品を必要としていました。また、1割ほどの患者さんは、その原因が重篤な器質的疾患で、私の治療にはまったく反応しない患者さんでした。この様な経験から、カイロプラクティックはその哲学がいうような現代医学と対立する病因論を有する独立した医療ではなく、現代医学が見過ごしている、自然治癒力を妨げている関節の機能障害、サブラクセイションを矯正する一医療分野だと思う次第です。従って、臨床医としてのカイロプラクターは、矯正以外に食養その他様々な治療を行う準備をしておかなければならないと思います。


6.見過ごされている矯正部位
  カイロプラクティック治療に反応する患者さんに対して、多くのカイロプラクターは脊柱のサブラクセイションにアジャストメントを加えることのみに専心していますが、以下の各部へのアジャストメントを加えるなら、必ずや治療成績は向上すると思います。

A. 尾骨の屈曲病変
(メカニズム) 

 多くのカイロプラクターは脊柱、仙腸関節、四肢関節を矯正の対象としていますが、仙尾関節と仙骨自体の屈曲を矯正の対象にしている治療者はほとんどいません。GRAY'S ANATOMY36版には、脊髄を包む硬膜菅はSOTでいう様な第2仙椎に付着することなく、尾骨に終糸となって付着するとあります。また、下部仙椎間は生前には完全に骨癒合することはないとあります。このため仙骨尾骨複合体は屈曲しうると考えられます。

 尻餅をついて仙骨自体と仙尾関節の屈曲が生じているなら、中枢神経系を包む硬膜管を下方に牽引し、その結果、自律神経系、知覚神経系、運動神経系への異常な刺激が生じうると考えられます。その他に、仙腸関節の過可動性が強い患者さんでは、仙骨底が前方に変位しやすいため、仙骨自体が尾骨と共に屈曲し、結果として尾骨が前方に変位してしまう患者さんもいます。また、ムチ打ち損傷のような強い物理的ストレスを受けると、人体はそのエネルギーをどこかに閉じ込めて防御しようとします。閉じ込める部位で最も多いのは、この仙骨尾骨の屈曲病変です。因みに、尾骨の後方変位は自己矯正されるためでしょうか、臨床にて出会ったことはありません。

 仙骨尖に付着する終糸の緩みには個人差があり、緩みの多い人は多少尾骨が前方に変位しても症状が現れにくい傾向があります。反対に、緩みの少ない人ではわずかな尾骨の前方変位で症状が現れ、たびたび矯正する必要があります。もっとも、緩みの少ない人でも、年令とともに骨格がダウンサイズすると緩みができて、多少のことでは硬膜管に緊張が生じなくなり、そうたびたび尾骨の前方変位を矯正する必要がなくなります。

 触診では、脊柱の関節に可動性減弱がはっきりと現れず、筋力検査で尾骨TL陽性が現れる症例が多くあります。それと仙骨尾骨病変とともに脊柱に可動性減弱ヵ所が存在する患者さんもいます。前者のケースでは、尾骨矯正後、頭蓋骨矯正が必要になる患者さんと、重力負荷に対応する脊柱のディストーションパターンがはっきりと現れてくる患者さんがいます。

 もしも上記のメカニズムで症状が出ていて根本的な治癒を望むなら、尾骨矯正を行わなければなりません。この仙骨尾骨屈曲病変を矯正しなくとも、人体は不完全ながら半年一年と時間をかけ、結果として生じた硬膜の緊張を緩和すべく脊柱の関節面の可動性を高めて順応していき、症状は大抵徐々に軽減していきます。順応しきれないなら、相応の症状がいつまでも続くことになります。また順応できたとしても、自然治癒力では仙骨尾骨の屈曲病変を矯正できないので、硬膜の緊張は完全にはなくなりません。この様なケースでは、症状はあまりなくとも自律神経系は異常な刺激を受け続け、時間の経過とともに最も緊張の集中する硬膜袖からでる神経根の支配区域の機能低下を生じやすくなります。サブラクセイションが症状の原因の2~3割しかないことを考えると、カイロプラクターとしては、その一部である尾骨の屈曲病変があるなら、是非矯正していただきたいと思う次第です。

(症状)
 主訴として仙骨尾骨部の痛み、腰痛、坐骨神経痛、寝違い、首肩の痛みとこり、肩が抜けるような上肢の激しい痛みや痺れ、頭痛、めまい、耳鳴り、顔面神経麻痺、不眠等があります。また、事故やムチ打ち症の後遺症に苦しむ患者さんのうち、尾骨のサブラクセイションの矯正を避けて通ることのできない患者さんが多くいました。なかには痔疾、生理痛、不妊症の原因が尾骨のサブラクセイションであったという患者さんもいます。これらの症状は今話題の脳脊髄液減少症のそれとよく似ています。事実、脳脊髄液減少症と診断された患者さんで、尾骨矯正により症状が改善したケースがありますので、私はその何割かは尾骨損傷が原因ではないかと考えています。

(原因)
 私の治療室に来る患者さんで、仙骨尾骨の屈曲病変の原因で一番多いのは尻餅ですが、その他の原因として多いのは、無理な姿勢で力んだことによるギックリ腰、ムチ打ちの様な交通事故、竹刀で叩かれたり蹴られたりという臀部への直接的な打撃でした。その他、出産、帝王切開等の腹部の手術が原因となるケースもありました。また、本人にその様な覚えがないのに、繰り返しこの病変が生じる患者さんがいました。その様なケースでの病変が生じる原因として、患者さんの体力が著しく低下し、自らの重力負荷を受け止められず仙骨底が腸骨に対して前方に変位し、その一方で仙骨尖が仙尾、仙棘靭帯により後方への動きが制限されているため、繰り返し仙骨尾骨の屈曲病変が生じてしまうと考えられるケースがありました。



(診断法と矯正法)
 誤解を受けるといけませんから、診断法として肛門に近い仙骨尖や尾骨部の触診を行わないでください。代わりに、筋力検査のTLを利用してください。私の経験では、尾骨が手掌面TL陽性になり、磁石を体表に乗せて筋力が弱くなるなら、尾骨の屈曲病変による硬膜の緊張が存在すると推定できます。痔疾でも尾骨手掌面TL陽性になるので、磁石を利用して確認してください。骨盤部の側面レントゲン写真で仙骨尾骨の屈曲病変の有無を判断することはできません。
 矯正法は、仙骨尖リフトで行うことのできるケースもありますが、多くのケースで整形外科で行うのと同じ、肛門から指を挿入し、仙骨尖と尾骨にコンタクトし、1分ほど後方右方向にしっかりと伸展させ保持して行います。屈曲が著しいことが多いので、ある程度強い力が必要になることがあります。ゴム手袋をして、指先にワセリンを塗り、腸壁を傷つけないよう爪を立てず、仙骨尖、次に尾骨にコンタクトして伸展させてください。尾骨矯正の後、脊柱の矯正が必要ない患者さんは、SBS(蝶後頭軟骨結合)の屈曲病変を矯正する必要があります。

(尾骨矯正の注意事項)

ⅰ.筋力検査が未熟なため尾骨病変の有無を明確に判断できない時、曖昧な中で治療しないでください。症状が変わらないだけでなく、誤解されるのが落ちです。筋力検査が分りやすく明確に判断できる患者さんで経験を積んでからルーティンの治療としてください。

ⅱ.椎骨サブラクセイションの矯正と同じく、尾骨の屈曲病変がメジャーサブラクセイションである時、矯正後に強い倦怠感や眠気が襲ってくることが多くあります。硬膜の緊張を急に緩ませたため、脳脊髄液圧が一時的に低下し、中枢神経系全体に重力負荷が掛かり、思わぬ反応が出てしまうと考えられます。症状は脳室の脈絡叢から脳脊髄液が分泌されるにつれ消えていきます。また、脊柱や四肢に可動減弱ヶ所があると、その部位に痺れや違和感を感じるようになります。それらの症状は、適切に矯正すればその場で治まります。どの程度の反応が出るかは術前に分かりませんので、患者さんには前もってその様な反応が出ることを説明しておく必要があります。また、尾骨矯正後に症状が改善し動けるようになってとしても、1~2日は激しい運動は控えるように指導してください。動き過ぎると尾骨が前方に引っ張られてしまうことがあります。骨格系全体は硬膜管の緊張を軽減するため過可動性になっていますので、矯正された尾骨に順応するまで時間を与えなければなりません。

ⅲ.尾骨の屈曲病変と脊柱の可動性制限があるケースでは、筋力検査に従い順次矯正していくのですが、尾骨矯正を最初に行うことが多いようです。尾骨矯正前に脊柱の可動性減弱がないケースでは、多くは尾骨矯正後にそれがはっきりと現れてきます。この脊柱のサブラクセイションの矯正のサインを見逃すことなくアジャストメントを行ってください。脊柱のアジャストメントの後、頭蓋骨の可動性が制限されてきます。通常、尾骨矯正を行ったなら、頭蓋骨矯正、特にSBSの屈曲病変の矯正を行う必要があります。脊柱の可動性減弱レベルが重力負荷を受け止めてくれるためでしょうか、これらのケースでは思わぬ反応が出ることはありませんでした。

 尾骨矯正後、脊柱の可動性減弱が現れず、頭蓋骨の可動性減弱のみが現れるケースが時々あります。これらのケースには、矯正した日にこれ以上の刺激を受け付けず後日脊柱の矯正を必要とするケースと、尾骨の屈曲病変と頭蓋骨病変だけのケースがあります。前者のケースでは、症状の改善は脊柱の矯正後になります。後者のケースでは、即効性のあるケースが多いのですが、症状が改善するまでに思わぬ反応が出るケースもあります。残念ながら、その違いを鑑別することができないでいます。

ⅳ.尾骨矯正のサインは、必ずしも初診時に現れるとは限りません。何回か脊柱を矯正した後、食事制限を数ヶ月続けた後に現れることも珍しくありません。来室時毎に検査してください。

ⅴ.稀に、全身で手掌面TL陽性になる患者さんがいます。従って、この患者さんの尾骨にTLすると、尾骨病変がないのに陽性になります。必ず尾骨のみTL陽性になることを確認してください。この様な患者さんには重篤な疾患がありました。サブラクセイションのアジャストメントを行わないで下さい。また、カルシウムが不足していて尾骨TL陽性になる患者さんもいます。骨格系のほかの部位でもTL陽性になり、カルシウムの錠剤を乗せてTL陰性になるなら、尾骨病変ではありませんので注意してください。

ⅵ.強い痛みと不快感、それに誤解を受けやすいため、患者さんには図や骨格模型などを使って十分に説明し、了解を取ってから施術しなければなりません。できれば女性の助手に立ち会ってもらうことをお勧めします。患者さんの了解をとれないなら、了解してくれるまで治療を待つほうが安全です。尾骨病変を残して、一般矯正を行う分にはそれなりの副作用がでるだけかもしれませんが、私が紹介する矯正法で脊柱のサブラクセイションを矯正すると、思わぬ症状が出ます。尾骨病変に対する順応作用の結果として存在する可動性減弱部位を可動化してしまうためと考えられます。

ⅶ.尾骨TL陽性の患者さんが矯正を了解してくれないまま時間が経過し、患者さんの体力が低下していくと、尾骨TL陽性は陰性になっていきます。体力のある患者さんでは、尾骨TL陽性が陰性になることはありませんが、一般に、人体は過度に体力が低下すると、順応するのが精一杯で矯正を受け付けなくなります。尾骨TL陽性が陰性になった後、患者さんの気が変わって尾骨矯正を了解の上で治療を再開することがあります。この様なケースでは、食養を含むあらゆる治療を駆使して尾骨TL陰性を陽性にするべく努力します。どうしてもTL陽性にならないケースも多く、その様なケースでは無理に尾骨を矯正しないでください。

ⅷ.お尻を強打した、落下、交通事故にあった等の病歴がないケースで、重篤な器質的疾患のある患者さんに尾骨の屈曲病変があることがあります。症状が主に尾骨の屈曲病変によるのか、又は自身の器質的疾患によるのか、私自身は初診時に判断できないでいます。前者であるなら、即効性があり、症状の改善までに要する治療回数は大幅に少なくなります。後者であるなら、せっかく勇気を出して尾骨矯正を行っても症状は改善しません。後者のケースでは、尾骨矯正後に様々なTL陽性、例えば、心筋の血行障害があるなら炭素棒TL陽性がよりはっきり現れてきます。患部で磁石棒、鉛棒でTLして陽性、腋窩、鎖骨上窩にて指先でTLして陽性になるなら、主な原因は当該の器質的疾患であり、尾骨矯正を行っても症状があまり改善しないケースです。TL陽性を陰性にするべく努力します。

ⅸ.人にお尻を見られる恥ずかしさのため、そして治療と称して猥褻な行為を行う一部の治療者がいるため、患者さんは説明してもこの治療を受け入れてくれないかもしれませんが、それは患者さんの判断です。事実を説明するだけで、決して強く勧めないでください。その一方で多くの治療者は誤解を恐れて最初から尾骨矯正を避けて調べようともしません。ほぼ全ての整形外科医は、尾骨が痕跡器官であるという理由で、尾骨骨折があってもその重要性を認識せず、あえて上記の方法で矯正しようとしないのが現状です。どの医療機関でも尾骨矯正をルーティーンの治療法として採用していないため、患者さんは自然治癒力による順応の結果として症状が消えるのを待つしかありません。治療者として、症状の原因が分かっていてなにもしないか、勇気を持って矯正するかは各治療者の判断です。とても痛くて心理的に抵抗があり、自意識過剰な患者さんもいて、とても誤解を受けやすい治療です。ゴム手袋の先に便が付くことも多く、おならが出ることもあります。こうしたことを考えると、治療者が躊躇するのも止むを得ないと思います。何を優先するかは治療者の判断です。

(外国では)
 因みに、科学新聞社のカイロジャーナルによると、カイロプラクティックが法制化されているカナダでは、カイロ法の医療専門職のみが行える行為として、「1.症状の原因を確定する診断について患者とコミュニケーションをとること 2.脊椎関節を高速度低振幅のスラストを用い、通常の生理学的可動域を越えて動かすこと 3.尾骨をマニピュレイションする目的で、指を肛門より奥へいれること」とされています。残念なことに、日本では尾骨矯正は奇異な治療法と思われているようですが、カイロ先進国のカナダではカイロプラクターが専門に行う医療行為なのです。

B.肋軟骨の損傷
 体幹の重力負荷は脊柱と腹腔に支えられています。腹腔の前面をなす腹筋は主に肋軟骨より起始しているので、肋軟骨、肋間筋の損傷があると、腹腔が安定しないため重力負荷を十分に受け止めることができず、後方の腰椎部と仙腸関節に過剰な負荷がかかるようになります。この状態が続くと、腰痛、坐骨神経痛が生じやすくなります。肋軟骨の損傷と腰痛の発症には数週間の時間差があり、その因果関係に気がつかないことが多いので注意してください。診断は胸郭面上で手掌面TL陽性になることです。治療は胸帯又はサラシによる胸郭の固定しかありません。

C.蝶後頭軟骨結合(SBS)の屈曲
 SBSにおいて最も多い病変は、後頭骨に対して蝶形骨が下方に変位する屈曲病変です。サザーランドO.D.が言うような硬膜の拡張によりSBSが上方に動くことはないと思います。なぜなら、頭を支える後頭顆に対して頭の重心線がトルコ鞍の前を通過するため、重力負荷により蝶形骨は後頭骨に対して下方に変位しやすいからです。

 臨床において最も多く出会う頭蓋骨病変は、脊柱を間接法でしか矯正できない患者さんと尾骨矯正を必要とする患者さんにおけるSBSの屈曲病変です。機能的な問題による頭部の様々な愁訴に対して、SBSの屈曲病変を見過ごすことのないよう注意してください。重力負荷により頭蓋骨が歪むと、中枢神経系に物理的な力が加わり、頭部の神経痛や麻痺などの他、認知症の原因にもなります。



D.寛骨の回転の中心としての股関節の可動性減弱
 寛骨の回転の中心が大腿骨頭にあり、重心が後方に移動する傾向があるため、股関節において大腿骨の屈曲制限が生じやすくなります。股関節と仙腸関節の可動性は相互関係にあり、股関節の可動性減弱は仙腸関節の過可動性の原因になり、その逆も起こりえます。鼠径部や股関節部に痛みがあるなら、仙腸関節の過可動性があります。L5の変位を矯正し、尾骨と仙骨の屈曲と傾きを矯正してブロックを入れても、股関節の可動性減弱を放置しておくなら、その治療効果は限られたものになります。股関節の可動性減弱の矯正を忘れないでください。特に、サブラクセイションが原因である急性期のギックリ腰の患者さんを治療する時、即効性を求めるなら、股関節の可動性減弱を解放することが必須条件になります。

 また、股関節周囲、特に大腿骨の骨頭は、血行が障害されやすく、カルシウムが不足して骨粗鬆症になりやすいので注意が必要です。矯正以外に食事制限、カルシウムの補給、ビタミンE又はC等の健康補助食品が必要かもしれません。ダイアモンドや骨棒のTL陽性の有無を確認してください。


E.肩関節の亜脱臼
 股関節と共に肩関節の亜脱臼にも注意を向けるべきです。肩こり、上肢の痛みや痺れ以外に、息苦しさ、呼吸困難の原因になっていることがあります。肩関節の亜脱臼を整復し、肩甲骨、鎖骨の可動性を回復することにより、呼吸にかかわる肋骨の動きの制限が解放され、それらの症状が改善されることがあります。最初からチャレンジ陽性になるケースと何処かを矯正した後陽性になるケースがあります。矯正手順の中で、繰り返し肩関節と肩甲骨にチャレンジしてみてください。


7.矯正に利用する刺激の種類と量
 矯正法には大きく分けると直接法と間接法があります。可動性減弱関節の複数ヶ所で手掌面でTL陽性になるなら、それらの関節は間接法で矯正しなければなりません。TL陽性ヶ所が一ヶ所で、矯正姿位でTL陰性になるなら、その関節は直接法で矯正できます。この様なケースではチャレンジ陽性になる刺激でチャレンジ陰性になるまで刺激を加えて矯正します。チャレンジ陽性になる刺激には手によるアジャストメントだけではなく、ドロップテーブル、木槌、アクティベータのハンマーなど様々な刺激があり、その中から関節毎に適時選択する必要があります。どの患者さんにも同じ矯正刺激で治療することはできません。患者さんには個性があり、その患者さんが許容する刺激の種類と量で矯正しなければなりません。


8.ムチ打ち症に対して
(脳脊髄液減少症との関係)
 一般に、ムチ打ち症に対して現在整形外科において行われている治療は、骨折や靭帯の断裂等の組織損傷がなければ、固定し、炎症を抑えるため湿布をし、筋緊張に対して電気治療とマッサージを行い、症状を抑えるため消炎鎮痛剤を処方するだけだと思います。私の経験では、人体は強い物理的衝撃を受けると、受け止めきれない力をからだのどこかに閉じ込めて自身を防御しようとするように思います。その閉じ込めておく最も多い部位が尾骨仙骨の屈曲病変です。ムチ打ち症の患者さんには十中八九尾骨の屈曲病変があり、脊髄硬膜が緊張していました。この現象は、最近話題になっている脳脊髄液減少症と関係があるかもしれません。激しく頭がムチのように前後に振られることにより、硬膜管に強い物理的力が加わり、脊髄硬膜管が緊張し、脳脊髄液が漏れるのかもしれません。脳脊髄液の漏れを治すのにブラッドパッチが有効かもしれませんが、私の経験では、ムチ打ち症の患者さんの治療には、この硬膜管の緊張を固定している尾骨の屈曲病変、脊柱のサブラクセイション、頭蓋のSBSの屈曲病変の矯正が必須であると思います。問題はいつ、どの様な順序で、どの様な刺激と量でそれを矯正するかです。それを決定するのが筋力検査のTLとチャレンジです。尾骨病変の項目のところで述べたように、治療の過程で尾骨TL陽性になったなら、これを避けて治療を前に進めることはできません。

 一般に、重大な内科的疾患がなく、椎骨の骨折や靭帯の断裂がないムチ打ち症の患者さんでは、筋力検査を利用し、上記のディストーションパターンの何れかのレベルに適切な刺激の種類と量を選択してアジャストメントを加え、炎症反応があれば適切な湿布を選択して処方するならば、治療成績は必ずや向上するはずです。注意してほしいことは、脊柱にいかに可動性減弱があったとしても、筋力検査で矯正のサインがでないうちは、間接法の様な刺激の少ないテクニックでも、けっしてそのレベルを矯正してはならないことです。事故直後、軟組織の損傷がひどく炎症があるなら、脊柱の矯正はできません。筋力検査TL陽性になるまで矯正を待つことも治療の大切な要素です。その間、適切な固定と湿布が必要となります。

(ムチ打ち症の患者さんを治療する上での注意)
 もともと内科的な疾患のある患者さんが事故に遭うと、可動性減弱ヶ所がはっきりと現れないケースと、現れたとしても矯正のサインが出て来ないケースがあります。前者のケースでは、可動性減弱がわずかにあったとしても、しばらく横になっているとその可動性減弱は緩んできます。可動性減弱は内科的疾患が改善されるにつれはっきりと現れ、矯正のサイン、TL陽性のサインも出てきます。後者のケースでは、いきなり可動性減弱ヶ所を矯正してはなりません。食養を行っているうちに、可動性減弱ヶ所の矯正のサインがでてきますので、その時初めて矯正することができます。どちらのケースも、矯正のサインが出ない間、カイロプラクターはサブラクセイションのアジャストメントの機会をただ漫然と待つのではなく、内科的疾患に対して積極的に食養を治療に加えていかなければなりません。

 一般に保険会社はカイロプラクティック治療の支払いに同意しない傾向があります。残念なことですが、スペシフィックなテクニックを駆使して治療できるカイロプラクターがほとんどいないなか、大半のカイロプラクターがジェネラルテクニックを利用している現状では、これも致し方ないことかも知れません。一方、患者さんの心理を考えると、事故の被害者であることが多く、自費で治療を受けることに抵抗があるのかもしれません。両者あいまってカイロプラクティックはムチ打ち症の治療に貢献できないでいます。広くカイロプラクティックがムチ打ち症に有効であると主張できない現状で、我々がなすべきことは自らのレベルアップを図る他ありません。