「乳酸菌と食物繊維が腸を壊す」 
宇野良治著(宝島社新書)


 私は30年近く筋力検査で患者さんに合わない食品を見つけ制限してもらってきました。特に合わない食品として乳製品があり、9割以上の患者さんで筋力検査陽性になりました。ところがテレビのニュースで今年のヒット商品1位にヤクルト100が選ばれたことを知り違和感を感じざるをえませんでした。私は菜食を実践しているためスーパーには毎日のように行くのですが、行くと牛乳のパック類より広いスペースで乳酸菌入りの製品が陳列され、大容量の明治のブルガリヤヨーグルト500を2つ3つと買い物かごに入れていく人々を多く見かけます。消費者は腸の善玉菌とされる乳酸菌やビフィズス菌が健康に良いと頭から信じているようです。また、乳酸菌やビフィズス菌のエサとなる食物繊維を多く含む野菜を食べ、不足するなら青汁等の健康補助食品を摂るのが良いと信じているようです。乳製品に関しては、ヨーグルトに限らず牛乳、バター、チーズ等の全てがほとんどの患者さんで筋力検査陽性になり、野菜に関しては、ビタミンKを多く含む野菜や納豆を食べ続けると血行障害の原因になる人がいることから、虚血性の疾患を有する患者さんで特に葉物の野菜、ブロッコリー、納豆等が、硝酸塩が含まれているためホウレン草、キャベツが筋力検査陽性となり制限してもらっていました。たまに何故か線維性の高いごぼう、ハス等の根菜類が筋力検査陽性になる患者さんがいて、その理由が分からないでいたくらいで、野菜に関しては人それぞれと思っていました。

 そんな折、「乳酸菌と食物繊維が腸を壊す」という刺激的な本が10月21日に出版されました。宇野先生は、そもそも善玉菌は本当に善玉なのか?というところから始めます。善玉菌という言葉は、農学博士の光岡知足氏が作った言葉で、糞便に含まれる腸内細菌を大きく3つに分けました。善玉菌はその割合が2割の常在菌と定義し、悪玉菌は1割と数は少ない割に影響力があり、増えると腸の調子は悪くなる。その他に、善玉にも悪玉にも変わる日和見菌が全体の7割を占めていると言われてきました。当時の培養法では、腸内には100種類程度の細菌しかいないと考えられていて、ビフィズス菌は糞便1グラムあたり10~1000億個の共生菌に分類され、乳酸桿菌は10万~1億個の病原性菌に分類されていたそうです。

 近年の遺伝子解析技術の著しい進歩により、腸内細菌叢を一度に解析できるようになり、腸内には1000種類以上の細菌が住んでいて、その9割以上がどんな役割をしているか分からない未知の細菌で、100兆個以上住んでいるとのことです。100種類の細菌しかいないなら、悪玉、善玉に分けることもできるでしょうが、1000種類となると善悪で二分することは難しくなります。乳酸桿菌の割合はたったの0.1%以下しかありません。そうであれば、お腹の調子が健康な人は善玉菌が多く、調子が悪い人は悪玉菌が多いという前提が成り立たないことになります。また、潰瘍性大腸炎やクローン病の患者さんは、ビフィズス菌と乳酸桿菌が健常者よりも多いことがわかりました。最新の腸内における細菌叢研究の世界では、腸内細菌の多様性が失われた状態を細菌叢失調と捉え、お腹の中では様々な菌が細菌叢を作り、勢力争いをしながらバランスを保っていると考えるのが正しいとされているそうです。

 その乳酸菌に関して、乳酸菌がガンを引き起こす?というショッキングなタイトルが出てきます。がん細胞は酸性環境が大好きで、乳酸菌が乳酸を作り出すことにより酸性の環境になると、ガン細胞が増殖しやすくなると考えられているとのことです。2017年、バルセロナ大学のリカルド・ペレスートマスらは、乳酸の血清中の濃度が、生理学的濃度が1.5~3mMなのに対して、様々なガンの患者さんでは40mMもの濃度になる可能性があるとのことです。日本でも2019年に国立がん研究センター、京都府立医科大学病院、広島大学病院、龍谷大学、和歌山県立医科大学、静岡県立大学の研究者が名を連ねる報告書で、膵臓がんの一般的な自然発生率が0.02%以下なのに、乳酸製剤を飲み続け膵臓がんが見つかった人の比率が1.59%と、およそ80倍だったそうです。また、正常な人の胃に乳酸菌はいないのに、胃ガンではピロリ菌のようにウレアーゼ活性を持っているため乳酸菌がどんどん増えているそうです。今まで多くの健康読本で、乳製品にはインシュリン様成長促進因子が含まれているとか、乳糖不耐等の問題点が指摘されてきましたが、今回は腸内細菌の観点から乳製品の問題点が指摘されることになりました。したがって、乳酸菌をプロバイオティクスとして乳製品、製剤で大量に補給することは、健康上好ましくないと思う次第です。

 食物繊維に関して、腸内細菌のエサとなり生じた短鎖脂肪酸が、ガン細胞の遺伝子に作用して自死させたり、増殖を抑える働きがあるとされてきましたが、21世紀になり大腸ガンの予防と食物繊維は無関係であるという研究結果が次々と出ているそうです。2021年、がん研究有明病院で腸内細菌が産生する酪酸と大腸ガンの関係を分析した結果、高濃度の酪酸が大腸がんを抑制するという意見は否定され、濃度にかかわらず酪酸が大腸ガンを誘発すると結論付けられたそうです。また難消化性食物繊維や糖類が、小腸で吸収されることなく大腸に到達すると、大腸で発酵することにより腹部膨満、鼓腸を起こすとのことです。私の筋力検査で繊維質の多いごぼう等の根菜が陽性になったのはその為かもしれません。

 今まで乳製品と食物繊維の健康促進効果には、信仰にも似た思いこみがありましたが、実は逆効果だったのではないかという研究成果が次々と発表されているそうです。その他、ピロリ菌除菌の是非に関する章も参考になると思います。本書は最新の研究成果を我々にも分かりやすく解説した一書となっておりますので、是非一読されることをお勧めする次第です。

令和4年11月11日