科学者たちが語る 「食欲」 
                  ディヴィド・ローベンハイマー、スティーブン・J・シンプソン著(サンマーク出版)


 著者達は、膨大な昆虫から類人猿までの野生での食生活の観察から、動物たちが自らの食欲に任せ自由に食べているようでいて、食事中のタンパク質、脂肪、炭水化物比が変わらないことに気付きました。この行動は自然環境の動物に見られる一般法則であり、食餌のバランスを図る動物は、バランスを図らない動物に比べて繁殖に有利であるとの結論に達しました。その一般法則とは、あらゆる生物はタンパク質欲を満たすために食べていたとのことです。

 タンパク質が不足しているがエネルギーが豊富な現代の食環境では、ヒトはタンパク質の摂取ターゲット、即ちタンパク質のカロリー比率15~20%を達成しようとして炭水化物と脂肪を過食する。その結果、高炭水化物、高脂肪食になり、やがて体重増加を招き、肥満の蔓延を引き起こすと著者は考えています。ダイエットでやみくもにカロリー制限を行うと、大抵の人は続けることができず、反ってリバウンドしてしまいます。肥満の原因はカロリー過多ではないのですから当然の帰結との主張です。

 国連食糧農業機関(FAO)のデータベースによれば、アメリカ人の平均的な食事組成は重要な変化を遂げ、1961年から2000年にかけて、タンパク質比率は14%から12.5%に低下し、その分脂肪と炭水化物の比が上昇したそうです。その結果、アメリカ人は低下した食事でのタンパク質の摂取ターゲットを達成するために、総摂取カロリーを13%増やすしかなかった。その結果がエネルギー余剰と体重増加であったとのことです。

 もしこの推論が正しいなら、今までの肥満対策として行われた様々な食事療法は全く見当違いな努力であったということになります。著者はさらに進んで、がんの予防、繁殖の促進、腸内微生物叢の変化、免疫系の起動は、三大栄養素の比率をコントロールすることで可能とし、健康のための食事のあり様を提案しています。即ち、

高タンパク質/低炭水化物食が最も短命ではあるが繁殖力は増加する。
低タンパク質/高炭水化物食は寿命に好影響を与え、健康な肥満になる。
低タンパク質/高脂肪食は長寿のメリットをもたらさず、不健康な肥満になる。

 高タンパク質食はタンパク質の分解合成で発生する過度の窒素を尿として排除する必要があり、腎臓に負担をかけるため、糖尿病、肥満の人、高齢者にはリスクがあるとのことです。昔から日本人はタンパク質が足りないと思っていましたが、皮肉にもタンパク質は過度に摂れば活動的になれる半面、短命になる二律背反の関係にあるようです。成毛眞著「最先端の生命科学を私たち何もしらない」に次の様な文章がありました。「体はタンパク質以外のものも含むのに、遺伝子がタンパク質しか規定していないのは、タンパク質(酵素)がそれらをつくったり取り込んだりできるからです。・・・DNAの3文字からタンパク質が作られることで全てが決まります。」本書の核心は、帯にある「あらゆる生物はタンパク質欲を満たすために食べていた。」というところにあると気付かされました。後はそれをいかに食養に活かすかです。

 以上、本書の内容は、三大栄養素の摂取推奨量を一律に提唱する従来の栄養学とは一線を画する注目すべき一書だと思います。東京駅前の丸善では、本書は生活と実用のコーナーに平積みされていましたが、本来は栄養学のコーナーにも並べられるべき一書と思います。ぜひ一読されることをお勧めします。

令和3年1月22日