「運動しても痩せないのはなぜか」 
ハーマン・ポンツァー著(草思社)


 著者はデュ―ク大学人類進化学准教授、デューク・グローバルヘルス研究所グローバルヘルス准教授であり、タンザニアの狩猟採集民ハッザ族を対象にしたフィールドワークやウガンダの熱帯雨林でのチンパンジーの生態に関するフィールドワーク、世界中の動物園や保護区における類人猿等の代謝を画期的な方法で研究しています。

 その画期的な測定法は、ミネソタ大学の生理学者ネイサン・リフソンがヒトを対象にしたカロリー測定法として1982年の研究論文で初めて発表したもので、食物が燃やされて発生する熱は、体内で燃やされて発生する熱と同じで、消費される酸素の量と生み出される二酸化炭素の量も同じであるから、体内から出ていく水素原子と酸素原子の割合がわかれば、二酸化炭素の産生量を計算できる。二酸化炭素の産生量を測定できるなら、エネルギー消費量を測定できる。その方法として、水素原子と酸素原子の同位体、重水と酸素18を投与して尿か血液のサンプルを数日おきに測定し、水素と酸素の排出率を計算し、二酸化炭素の産生量を計算するというものです。同位体の生産法と測定法が進歩したことにより、ヒトの代謝だけでなくフィールドワークでの野生動物のカロリー消費量を簡便に測定できるようになり、代謝科学の常識が覆ったとのことです。

 
この測定法による研究から、1日の総カロリー消費量は、既存の基礎代謝に必要なカロリーと活動時の各消費量を足しさえすれば計算できるとされていたカロリー消費量の算出方法が間違っていたことが明らかになりました。身体活動が活発になるとそれ以外の活動を抑えて消費カロリーを減らす補償の仕組みがはたらくからだそうです。狩猟採集民のハッザの人達のカロリー消費量は、彼らの身体活動量が平均的アメリカ人の10倍多いにもかかわらず、私達の消費量と同じだそうです。ということは、1日のカロリー消費量は旧石器時代から現代まで変わっていないということです。肥満が蔓延し、さまざまな悪影響が及んでいるのは、先進国でカロリー消費量が減少したからではなく、カロリー摂取量が多くなったからということです。1日のカロリー消費量がほぼ一定ということは、運動などで身体活動を増やしても、1日のカロリー消費量にはほとんど影響を及ぼさない。体重の変化とは、単に消費カロリーより摂取カロリーが多いと増え、少ないと減るということです。従って、運動によって意味のあるほど変化させるのは極めてむずかしく、カロリー摂取量を重視して肥満と闘うほうがいいということです。

 運動しても痩せないからといって運動が必要ないということではありません。著者は進化の観点から運動の必要性にも言及しています。霊長類の1日のカロリー消費量が他の哺乳類の半分に過ぎないことを発見したそうです。その霊長類のなかで食べ物を分け合うのはヒトのみで、類人猿はほとんど分け合わない。ヒトは「代謝向上」と「分け合い」が相互促進し社会的狩猟採集者へと進化し、他のどの類人猿よりも持久力の高いアスリートになったそうです。全身持久力の指標である最大酸素摂取量がヒトはチンパンジーの4倍あり、足の筋肉量は他を上回り、疲れにくい遅筋線維の割合が高くなりました。体には毛がなく、汗をかくので熱がこもらず、暑いところで運動しても体温が上がり過ぎない。これによってヒトはどの類人猿よりも遠くまで速く行くことが可能になった。類人猿は脂肪が非常に少ない一方、ヒトはエネルギー供給が絶たれた場合に備えて余分なカロリーを脂肪として蓄積するように進化したそうです。動物園のチンパンジーは檻の中で運動することなく飽食しても体内に脂肪が蓄積することなく長命です。私達は毎日運動を必要とする特異な体になったということでもあるそうです。その他にも運動の必要性を1章設けて詳述しておりますので本書を一読されることをお勧めします。

 肥満は慢性疾患の原因として多くのダイエット法が喧伝され実践されています。私の治療室でも、この飽食の時代に患者さんに嫌われることを承知で食品アレルギー、不耐、その他の原因で筋力検査陽性になる食品を制限してもらっていますが、それは厳しいカロリー制限にもなっています。運動はトレーニングジムに通うのではなく、毎日30分消耗しない範囲で歩くだけにしてもらっています。コロナ禍が終わろうとしているこの頃、テレビではグルメ番組が溢れ、食べ放題、飲み放題の豪華クルーズ船のコマーシャルまで放送されています。コロナ禍で溜まったストレスを発散したい気持ちは分かりますが、今一度自らの食生活を見直してみてはどうでしょうか。「あなたの体は、あなたが食べたものからできている。」のです。

令和5年3月19日