雄大荘厳な風格の社殿と緑陰広がる境内は、水郷柳川の名所の一つです。参道は、直線三百米を有し、春の大祭に於いては流鏑馬が奉納されています。
三柱神社は、「西国一の強者」と称された百戦錬磨の武将 初代柳川藩主 立花宗茂公、岳父 戸次道雪公、宗茂室 誾千代姫の三神を祀ったことから、三柱神社と称します。天明三年(1783)、七代藩主 立花鑑通公が柳川城内三の丸 長久寺境内に社を建立し、道雪公を奉祀したのを起源とし、文政三年(1820)坂本村日吉神社近くに遷座され、唯一宮と称し、のち梅岳社に合祀し、三柱宮と改称しました。
文政八年 九代藩主 立花鑑賢公により、現在の地(約二万坪)を境内として社殿の建立を計画し、翌九年(1826)旧八月十六日に御神霊が遷座され、これより三柱神社となりました。
柳川をはじめ、地方の尊崇はもとより、その御神威御神徳は年々輝きを増すと共に武神軍神、水利・干拓・開田・郷土繁栄の守護神として、近年では御功績を以て必勝・就職・再就職・復活の社として、遠方を問わず多くの方に崇敬されています。
【 配 祀 】
・立花鑑通公(七代藩主) ・立花鑑壽公(八代藩主) ・立花鑑賢公(九代藩主)
・青柳(道雪室西姫) ・高橋鎮種公(紹運公)
【 合 祀 】
・八十臣神社 立花宗茂公重臣を祀る