第1章 燃え尽きて、灰になるまで慣性モーメント
【単気筒のトルク変動】
1950年代までの日本製オートバイは運搬の為の実用品でした。
まだスポーツ性は考えていませんでした。
また、技術力の差もあり、現在の交通の流れに乗るには辛い面があります。
ヨーロッパの1950年代は、ジレラが世界GPを席巻していました。
そして60年代はジレラのエンジニアを引き抜いたMVが、世界GPを席巻していました。
ホンダは、MVのDOHC並列四気筒と対等に戦えるエンジンを目指しました。
ホンダのオートバイはMVを手本にしながら、高回転高出力を目指しました。
低回転のトルクは小さくとも、高回転で馬力を稼ぎました。
1秒間に回転する角度に慣性モーメントを掛けるとトルクになります。
同じ回転数でも慣性モーメントが大きいとエンジンの回る力、トルクは大きくなります。
慣性モーメントが小さいエンジンは、高回転でトルクを稼ぎます。
ショウトストロークでマルチシリンダー化を勧めるホンダは、ついに六気筒まで作りました。
横に広がったエンジンはバンク角を稼ぐ為、高い位置に配置されました。
ストロークを小さくし、フライホイールまでも小さくした為、慣性モーメントは小さくなり、微低速での安定性は失われました。
小さな慣性モーメントと高い重心位置で安定性を失った車体を安定させる為に、複雑なサスペンション構造を必要としました。
多気筒化で重くなった車体は更に重くなり、更に複雑な足回りを必要とする悪循環を繰り返しました。
重い車体は小さな慣性モーメントのまま更に重くなる。
円盤の大きな駒は回転数が落ちても安定し、同じ重さでも円盤の小さな駒は回転数が落ちると安定性を失い、倒れます。
人間の感性とは違う方向に進化してしまいました。
故障知らずと広い販売網でメグロ、陸王、魅力的なライラック等を押しのけ、ホンダは今や世界一になり、オートバイが広く一般に普及しました。
その影で、低回転、低圧縮比、低馬力、高トルクのエンジンは旧車にしか見られなくなりました。
写真はライラックです。
4サイクル単気筒250ccを検証してみます。
4サイクルは1回転おきに発火するので、3000rpmで回っているエンジンは1分間に3000回転します。
3000÷60秒=50回転、1秒間では50回転しています。
2回転に1回火が入ります。
1秒間に25回火が入る、これが4サイクル単気筒のエンジンです。
図のピストン位置は排気量の違いから分かり易く書いた物であり、実際のストロークを表すものではありません。
ちなみに実際のストロークは125ccの1957年型ホンダベンリー単気筒では49mm〜同年式メグロレジナE2で58mm程度。
250ccの1985年型ホンダXLR250で56,5mm〜1950年代後期のメグロS3で75mm。
500ccではヤマハSR500で約84mm〜メグロZ7では94mmになっています。
最高回転数を何処に置くかで、ストロークはかなり違っています。
あくまで目安として、ご覧ください。
メグロのZ7、500cc単気筒を検証してみます。
メグロZ7の最大トルクは毎分3,100回転で3.4kgmです。
次は125cc単気筒を検証してみます。
1970年のホンダSL125、単気筒の最大トルクは8,000回転で1kgmです。
単気筒は一つのクランクが2回転し、これで1行程の仕事を終えます。
1行程で一回火が入ります。
トルク変動をどのように置くか、そこで鼓動が決まります。
鼓動をどのように置くか、ここでオートバイの快感が決まるのです。