2003レースレポート

 洞爺湖マラソン2003 5月25日(日) フル(2時間43分10秒)

洞爺湖マラソンは、その昔「全国オールドボーイロードレース北海道洞爺湖温泉大会」と呼ばれていました。今からちょうど20年前、中学生だったソンスは同級生に連れられて初めてこの大会の確かオープン6kmにエントリーしたことがあります。(順位は不明だが中の下だったような) 走りに行くというよりは、遠征に連れて行ってもらったことが嬉かった記憶があります。今、自分がランナーとしての原点の大会ともいえます。
 今回でこの大会は3回目の出場となります。思い入れは深い大会なのにこれまでこの大会に出なかったのは、いつもなら翌週に公認ハーフの「留萌増毛さわやかマラソン」があったためでした。しかし今年からその大会は中止になったこと、サロマに向けてフルを1本走っておきたかったので迷わずエントリーしました。
 前日、東京から来た駒沢の秀さんと白老、オロフレ峠を経由して洞爺湖入りし、現地で名古屋からのりゅうたさん、おさるさんと合流して軽い前夜祭を行いました。一応翌日は大会ということでアルコールも程々に。
 当日は心配していた風も前日に比べればやや穏やかだけど、日差しが少し強いようで気温の上昇がちょっと心配されます。宿舎は会場と目と鼻の先なのでスタート1時間前まで部屋にいる余裕ぶり?しっかり朝風呂まで入ってしまいました。遅れて会場入りすると道内のネットランナーの方も集合しており、完全に出遅れモードでした。
 今回のこの大会の位置づけはサロマのリハーサル大会。本番にできるかわからないけどキロ4分で経済的な走りをし、新しいシューズの具合を確かめ、余裕を持ってゴールすること。
 9時40分にフルは一斉スタート。湖畔の遊歩道から温泉街に出て、いったん折り返してから洞爺湖を一周するコースです。スタートしてほどなくストップウォッチを押し忘れていることに気付きました。ちょっとブルーな気分になりましたが、5km通過時に押せばいいやと気を取り直し、集団に身を任せます。でもいったい自分がどんなペースで走っているのだろうかとちょっと不安でした。だいたいフルでも最初の5kmは抑えたつもりでも結構オーバーペースだったということが多々あります。でも今回は抑え過ぎじゃないかなキロ4分20秒くらいかなと頭をよぎります。
 登りがきつくなって来た頃先頭集団が7、8名だったか通過して行きました。小山を一周する変則的な折り返しを過ぎると一転して下りとなり、多くのランナーとすれ違います。数名の方に声をかけていただき元気を貰いました。Ogamanさんはカメラを持っているようでした。その直後、5km地点を通過、タイマーでは20分6秒でした。これで不安が一掃できました。「うーん自分のペース感覚バッチリだ!」と心の中で自画自賛。でもこの自画自賛が次の5kmのオーバーペースになってしまうのでした。ただでさえギャラリーの多いスタート地点の遊歩道に戻った7km地点、前には駒沢の秀さんとりゅうたさんがぴったり併走しており、自分もちょっと汗をかいて軽いランナーズハイ状態になったことで、知らず知らずのうちにキロ4分の縛りはなくなっていたのです。両者に追いつくとすぐ10km地点39分6秒、この5kmは19分ちょうどでした。秀さんはペースが速いと判断し、ここでマイペースを刻むことに。ソンスもこれから小刻みなアップダウンが続くようなのでちょっとペースを落ち着かせる。ここでは脚をちょっとすり足状態にしてウルトラ走りを試してみました。でも慣れてないのかちょっと疲れますね。ときどき大きな動きをしてみてフォームが固まらないように注意もしました。15kmは58分46秒(19'40)で少し落ち着きました。このあたりは等間隔でランナーがいたので、一人一人拾っていくレースでした。アップダウンも適度にあるので気分転換にもなります。登りはすり足でもピッチでもっていけるので良いのですが、下りは元来下手なので感覚的にはイマイチでした。
 20kmポイントはちょっと道道からそれたところにありましたが、エイドの高校生たちの応援に元気をもらいました。沿道はそれほど大きな集落はないので応援は力が出ますね。高校生も本来なら日曜日で休みなのにボランティアに出ていることに頭が下がります。ここは1時間18分18秒(19'32)の通過。中間点からは上半身がだるくなってきました。やはり上半身の筋力不足がまず最初に弱点として出てきたようです。中間点は1時間22分半ばの通過でした。「もう半分だ」と感じたところに最近のロング走練習の効果が出たようで嬉しかったです。「もう半分」と感じるのと「まだ半分」と感じるのとでは心の余裕が全く違います。ちなみに北海道マラソンでは「まだ半分だ」と感じたことはありません。これは事前にあまりロング走をしていないのが原因と思われます。「もう半分」が災いしたのか25kmの通過は1時間34分34秒(19'16)とまた上がってきました。ここからは湖畔の木々がなくなり畑作地帯になってきました。おかげで日差しがずいぶん強いように感じます。暑さに弱いソンスはここが一番の踏ん張りどころです。サロマも最後のワッカのあたりはもっと日差しが強くて遮るものもないのだろうなと考えながら。あれこれ自分の世界に浸っていると洞爺村の中心部へ入り30kmを1時間56分39秒(19'05)、このレースで最も速いラップとなりました。で、自分の心の中ではもう抑えの心はなくなっていました。今度は疲労を残さないように自分の思いに正直に走ろうと方針の変更です。それと駒沢の秀さんの企画モノであるマラソンダービーの点数GET(これは2時間44分以内)が頭によぎります。おまけに前には等間隔にランナーがいました。こうなるとランナーの本性、前を追うことになってました。
 レースも終盤にかかり湖のへりをカーブするコースに変化してきました。35kmは2時間15分33秒(18'54)と初めて18分台に入りました。ここらへんではもうすり足でなく、普通のレースの走り方になってました。ここで右足に変調が。。。親指と人差し指にマメができたらしい。一歩一歩着地する度にムニュッと潰れそうないやな感覚が出てきました。こうなると少しフォームが左足に負担をかけてしまいます。左の膝はレース前にちょっと調子が悪かったところなので、これ以上負担はかけたくありません。自分の感覚では右に重心をかけるよう心がけて走ってました。幸いにもマメは潰れることなく最後まで持ちましたが、ウルトラマラソンでマメができた場合は、自分で潰したほうがいいんですかね?それともそのままにするほうがいいのかな?新しいシューズでジョックで1回しか履かず、足裏にワセリンを塗ることも忘れていたのでできるべくしてできたマメのようです。いい勉強になりました。そうこうしているうちに沿道のから12番目だよと教えられました。今まで何番目なんだか考えてもいなかったので、案外前にいるんだなと思いました。でもその直後、歩いている選手やペースダウンしている選手を40kmまでに4人抜いて8番になってました。40kmは2時間34分43秒(19'10)。ここからは下りなのでマメさえなければ快調に下りたいところですが、マメに響きました。おまけに下ってからの公園の非舗装道路も響きました。安全策で一歩一歩脚を進めてゴール。タイムは2時間43分10秒(8'27)でした。
 今回のレースを総括すると、良い点は走り込みのおかげで距離感の不安が解消されつつあること(でも100kmはまだ不安だよ)、脚はまだ元気だったこと。悪い点は上半身が弱いこと(翌日は悲惨でした)、自分のペースが守れず周りに影響されやすいこと、シューズはもう少し履きならさないといけないことだろうか。サロマまであと1ヶ月、やるべきことはしっかりやりたいですね。


 釧路湿原マラソン 2003年7月27日(日) 10Km(33分57秒)

旭川から釧路は決して近い街ではありません。最短ルートでも250km、ノンストップで行っても4時間はかかります。なんてったって飛行機が就航しているくらいですから。昨年から規模を拡大して新たに30kmの部を新設。ちょうど北海道マラソンの1ヶ月前の絶妙のタイミングと近年30kmレースはどんどんハーフにくら替えする傾向にあり、寂しく思っていた一選手としては、とても嬉しく思い昨年は30kmの部に参加しました。昨年は霧の釧路にしては珍しく快晴、しかも何もないはずの湿原で早朝にスタートしたウォークの部からの応援を受け、気持ち途切れることなく走ることができました。
 さて、今年はというと、サロマ湖100km後の疲労を考慮したのと、北海道マラソンにも出ないので10kmにエントリーをしました。でも心の中は前日の前夜祭とレース後に釧路に住んでいる後輩との飲み会がWメインのようなもので、なんか走りがおまけになったような。。。ちょうどその1週間前の5000mで練習再開10日で5000mが、17分11秒だったので、釧路湿原マラソンではその倍、34分22秒を目標としてその1週間の間は軽めの20km走とやや強めの10000mをそれぞれ1本づつこなし、なんとかなりそうなのかなとの感触をつかんでの釧路入りでした。

 行きは正午に職場をあとにして北海道で最高地の峠、三国峠や時々片側1車線しかない怪しい道道、釧勝峠を経由して4時半すぎに釧路駅前のホテルに到着。ここで身支度を整えて、まずは前夜祭の会場でもある繁華街のイタリアンレストランに向かうため駅前通を歩いていったのですが、週末の夕方の駅前なのに人通りが寂しい感じでした。よくニュースとかで釧路の中心街の空洞化の話題は耳にしたことがありますが、ここまでとは思いませんでした。どうやら人は郊外の大型店に流れるのかな?それとも駅前は官庁街だから週末でひっそりしているのかなと考えながら約10分の道のりを歩きました。
 目指したレストランは昨年泊まったホテルの裏だったのですぐにわかりました。既に会場にはOgamanさん、ナイアガラさん、ひでさん、ndaichaさんが到着してました。ほどなくしてむーさん達釧路組、しんいちさんが登場し、前夜祭の開始となりました。むーさんは大会関係者で大会当日も早朝出とハードな中前夜祭の幹事をしていただき本当に感謝です。話題はいろいろありましたが、中でも最近流行っている?大会中止情報が酔った頭の中でもはっきり覚えてます。来年でとあるフル公認大会がなくなるんじゃないかとの噂はショックでした。来年の7月は忙しくなるかもしれません。2時間くらいの前夜祭でしたが、お開きになってから飲み足りないとさらに有志に2次会に突入。一応レースを考えてビール一筋、カウンターでしんいちさんとサロマの思い出話に花を咲かせました。

さてレース当日となりました。どうせ10kmだと思って起床時間はいつもと同じ6時30分、スタートの3時間20分前と超遅い起床です。朝練習もしないですぐ朝ご飯をとりましたが、食べ過ぎでないのに明らかに胃がもたれてお酒が残っている感じで頭は痛くなかったのが救いです。8時すぎに宿を出ると受付締切5分前ギリギリに競技場に到着。遅いおかげで駐車場は遙か奥でした。もっと早く来ればよかったな。
 スタート1時間くらい前から体のアルコールを抜くべく競技場横のサブトラックでアップをし、30km出場選手のスタートを見届けてから、9時50分に10kmの一斉スタートとなりました。10kmのコースは運動公園を抜けてから団地街を一周し、残り2kmは運動公園を周回するもの。スタート後すぐに先頭集団についていった。自分も含めて6名で、中間点まで距離表示がなかったのでわからないが、だいたい3km手前で自分一人が集団から落ちてしまいました。特に苦しくてというわけではないが、先週の5000mで後半の落ち込みがひどかったので自重モードになってしまったのかもしれません。だんだん集団から離れ完全な単独走。後ろも交通規制解除の合図が聞こえるので結構開いているみたいです。中間点は17分00秒で通過。この調子だと34分切りは難しいかなと思いつつ走っていると、はるか前方で集団からこぼれた選手が見えたため目標物として追うことにしました。5kmから8km手前までは完全な向かい風。8kmを過ぎて運動公園内を走ると向かい風は感じなくなり、前の選手と縮まったことが実感できるとさらに元気が倍増してきました。残り1km地点でようやく前の選手を捕らえて時計を見ると30分37秒で3分23秒以内でカバーできると33分台が出るなと思うとピッチはさらに冴えてきました。ただその間は小刻みなカーブが連続していて少し走りづらかったですが、なんとか残り1kmを3分20秒でまとめ33分57秒でゴールしました(部門別4位/総合5位)。この大会の表彰や完走証の交付は恐ろしく早いです。完走証はパソコンで処理しますのでわかるのですが、表彰は着替えてサブトラックで2周くらいでもう招集がかかっていました。
  その後30kmの部の選手も続々ゴール。フルマラソンと違い余裕を残している選手が多かったように思います。天気予報は雨の予報が良い方向にはずれ(晴れ男のndaichaさんのお陰かな)、「暑いくらい」との声も聞かれました。やはり30kmを走り終えた人たちの話を聞いていくうちに来年はぜひ30kmに出ぞとの意を強くしました。来年は北海道マラソンにも出るつもりだし。

 レース後は後輩と飲み会がありました。でもその前に茅沼温泉に行って来ました。釧路の北35kmほどの標茶町にある温泉です。以前にも標茶町内の温泉に入ったことがあってそこは植物モール温泉だったので、そこもそうかなと思ったら源泉100%でしょっぱい塩化泉でした。湯温に応じて4つの浴槽があり、40度のぬるめの温泉に浸かっていると浸かったまま寝てしまいそうでした。これで400円。お客さんも多くなく伸び伸びできました。釧路に戻り飲み会は1次はビールと日本酒、2次会は焼酎と前日から比較するとけっこう飲みました。

  翌月曜日は早々に釧路を後にし、帯広に寄っていきました。帯広名物豚丼と六花亭のサクサクパイを食べる定番の食べ歩きコースをとってから、糠平湖近くの幌加温泉に入浴して旭川に戻るコースです。ただ3つのアクシデントがありました。飲み過ぎで調子に乗るなよという天の声でしょうか?(車を花壇の端にぶつける、道を間違えて釧路方向に戻りそうになる、豚丼の超有名な目的店が定休日)前2つは別に2日酔いが原因ではありません。
 幌加温泉は硫黄泉、鉄鉱泉、ナトリュウム泉、カルシウム泉と4つの泉質が異なる浴槽がありました。いかにも熊が徘徊していそうな道路のどんづまりにある効能豊かそうな温泉でした。前日の茅沼温泉に比べて秘湯度も高いかな。
 
 結局、今回の釧路遠征はレース1、飲み会2、温泉2とレースにかこつけたお楽しみバージョンといった感じでした。  


 ニセコマラソンフェスティバル・ハーフ 9月21日(日) ハーフ(1時間13分56秒)

 過去9月を振り返るとあまりロードレースには出場していないようです。たぶん,北海道マラソン明けであまり大会に出る意欲がなかったかもしれません。
 ところが今年はちょっとレースサイクルが異なり,3週連続ハーフにエントリーすることになりました。ここ数年は休日勤務のためレースを絞る傾向にありましたが,今回はうまい具合に休みをレースに合わせることができたことと,レース申込前に練習をサボり気味だったので体に喝を入れようかなと。
 その第一弾がニセコマラソンフェスティバル。

 ニセコ町は蝦夷富士と呼ばれる羊蹄山の麓に位置するスキーと畑作が有名な街です。この大会は初参加で,コースがほとんど平坦なところがないアップダウンの激しいコースと聞いていたので,脚筋力を鍛えるにはいいコースかもしれません。表向きはここまでとしておいて優勝者はNAHAマラソン御招待があって下手なギャンブルよりは確率が高いかなと思って申込みしたのが本音です。
 札幌からニセコ町までは車で2時間弱,行きは中山峠経由で行きます。今日はソンス妻もお休みなのでドライブ気分です。10時ぎりぎりに会場であるニセコ町の陸上競技場に到着。天気は快晴で羊蹄山がこれでもかド派手にそびえていました。日差しもすごく強くサングラスをかけることに。でも湿度気温ともさすがに秋のような感じなので酷暑レースにはならないようなので一安心といったところかな。運転で凝り固まった体をほぐそうとゆっくり30分ほどアップを行い,起伏に備えていつもよりストレッチは入念に行ってから10時35分にハーフの一斉スタート。

 最初の1kmはそれほど起伏もなく市街地を回り込むようなかたちで3分24秒でややゆったりとした入りだったけど,もう集団は4〜5人ほどになっていました。1kmを過ぎるともう市街地は終わり,郊外へのどかな農村風景に変わると坂がさっそく待ち受けていました。2kmは7分11秒の通過で,この1kmは3分47秒を要しています。こんな坂ばかりだったらゴールタイムはいったい何分になるのやらと先が思いやられますが,登りが得意なソンスはここで頑張ればいいのだとお気楽に考えながら走ることに。しばらくすると第一折り返しがあるのか5分前にスタートした10kmの選手が折り返してきました。このコースは3kmほど行くと折り返しでそのあとはワンウェイの周回コースになっているのでした。
 折り返してから集団は自分も含めて3人,そしてその集団から自分があっさり脱落してしまいました。先頭を引っ張るのは若い自衛官,そしてぴったりともうひとりクロカンスキーでもやってそうな力強い足取りの選手が視界からだんだん遠のいてきました。そうしているうちに5kmは17分21秒の通過。ここから1kmくらい下りが続きますが,この下りで脚を使っては後半ボロボロになると思いブレーキをかけながら下ります。というか,この時点で右脚の動きに違和感があり,あまり動かなかったことも事実。
7kmを過ぎると10kmの選手ともお別れしてハーフだけのコースへ,10kmの通過は33分57秒とちょっと位置がずれているかもしれませんが,この5kmは16分36秒でカバーしました。その起伏のほうは更に激しさを増し,7,800mを登っては下るということの繰り返しで,1km3分10秒くらいでいけることもあれば,4分近くかかることもあり,ペース感覚なんてあったものではありません。登りで頑張り,下りで休む,いわばインターバル走の繰り返しといった感じでしょうか?前の状況は自衛官選手は遙か前方でもう一人の選手は20秒以上差がついてしまい,カーブになると前が見えなくなってしまってました。15kmは52分20秒(18分22秒)。
 15kmを過ぎると起伏はやや一段落し,国道に出ます。ここでは羊蹄山に向かって坂を下るという絶景ポイントでもありました。なんか羊蹄山が「おいで,おいで」しているようで苦しさを忘れてしまうような感じです。そしてしばらく行くとまた坂が待ちかまえており,ふと前に目をやると前の選手の腕の動きがはっきり見えるようになりました。羊蹄山さんありがとうというわけではないですが,元気もらっちゃったみたいです(^_^)。残り2kmから下りがありましたが,ここまで来たらあとは脚にブレーキをかける必要はありません。一気に下って下りきらないうちに2位に浮上することができました。ここでラスト勝負も頭にちらついたのですが,競り合いに弱いことと,追いついた勢いをそのまま持ち込みたいので,一気に抜きましたが,,,前にもうひとつ登り坂が待ち構えていたのでした。登りでは後ろから息遣いが聞こえていましたので,坂の中盤からもう1回スパート(これで脚の余力切れちゃった),すると街に入るころには足音は消えていました。競技場に入る手前に応援していたソンス妻から後ろは離れていると教えてもらい,なんとか2位かなと思っていたら,競技場内で激しく追い込まれていて,差は詰まってました。ラスト勝負にしなくて良かったぁ(^_^;)(20kmの通過は1時間9分58秒)
 結局1位とは2分以上の大差がつき,NAHAマラソン獲得はなりませんでした。でも内容的には満足しています。起伏のあったコースで昨年のハーフベストと1分しか違わないし,練習内容もこの2ヶ月間は,20kmの距離はキロ4分弱のペースでの練習を2,3回程度だけでしたが,スタミナ切れもなかったもなかったので。そして最後まで前を追う意欲が切れなかったことが収穫です。
 収穫といえば2位の賞品は箱に入ったじゃがいもでした。レース中にソンス妻がじゃがいも詰め放題に参加したのでじゃがいもまみれです。

 表彰も終わって参加賞についてあった温泉券で昆布温泉の甘露の森というところに行ってきました。本当はニセコ駅前の公共温泉にしようかなと思っていたのですが,駐車場も一杯でこれなら浴場もたぶん芋洗い状態?だろうと8kmくらい山の中に入ったところでおしゃれな看板を見つけたのでそこにしました。そこはなんとフロントのボーイさんがお出迎えしてくれる山の中の高級旅館のつくり,温泉券のないソンス妻は外来入浴で1000円以上するのではと心配顔でしたが,600円の良心的なお値段で湯もかけ流しで硫黄のにおいのする温泉らしい温泉でした。
 行きの中山峠は休日は渋滞の名所なので少し距離はあるものの帰りは倶知安〜赤井川村経由で札幌に帰ってきました。その赤井川村では名物山中牧場のソフトクリームの本拠地があるので早速寄ってみました。夕方近いというのに10人近く行列ができていました。甘みが少なくて辛党にも食べられる味ですが,気候的に外で食べると寒いので車の中で食べることに。秋を感じる瞬間でした。
 秋晴れの一日,レースも観光も楽しめた一日でした。


 函館ハーフマラソン9月28日(日) ハーフ(1時間15分25秒)

 函館は意外と身近な街です。まずは子供の頃、松前町や福島町に親戚が多かったので汽車で行くときは必ず函館に立ち寄ってました。時は流れて高校の途中までは函館の大学に憧れていました。けっこう陸上競技が盛んだったからです。結局は旭川の大学に行くことになったのですが、それでも函館は入学した大学の系列校(分校)だったのでは温暖な函館で春合宿を行ってました。合宿初日は決まって西部地区の観光地JOGで始まり、五稜郭公園を周回し、大沼でロング走で打ち上げるパターンが多かったです。
 社会人になってからも数年は時々母校春合宿に参加していましたが、最近は函館に行く回数も減り、振り返ってみると知人の結婚式で来函して以来、2年半振りの函館。このレースも1995年以来の参加になります。
 朝は早く起きたもののやはり近いのが災いしてか会場に到着したのはスタート1時間ほど前。早々にアップを済ませ、スタート位置へ。もうすでに選手の帯が50m以上伸びているが、陸連登録者は前に並べるのでスムーズにスタートできそうです。この大会はスタートに並んでから開会式を行い、招待選手が入場してきます。なかなかにくい演出ですね。
 10時号砲一発、前から3列目なのでほとんどロスもなくスタート。競技場を3/4周してロードに出ます。ややゆったり気味の入りではあるもののすでに集団はばらけ、前方には招待選手を中心とした先頭集団がどんどん離れてゆく〜。目標といえば地元函館の系列校の現役選手。彼とは8月の1500mで対戦するも全く歯がたたず、8月末の大学駅伝でも優勝メンバーにも入っています。
 でも10kmまでは自信はないけどハーフならなんとか勝負できるかもと思い、ついていけるまでいこうと背中にピッタリコバンザメ状態でちょっと情けないOBになってしまいました。函館ハーフも魅力はなんといっても市内を横断する都市型コース。応援も随所にあって力が湧いてきます。5kmの通過は17分11秒で、まずまずラップです。ただしここからは1カ所アップダウンと10km過ぎの海沿いの通りの風が待ちかまえていますので貯金をするに越したことはないのですが。。。
 6〜7km地点で第一折り返しがあり、ここが一番高低差があるところです。前半なのでまだまだ元気。ここで後輩の力を見るべく上りで少しピッチを上げると少し前に出ることができ、下りでちょっと頑張ってみると差が開いているようだ。後輩は教育実習明けなのでまだ本調子じゃないらしい。そのまま1人で行く。10km前の松風町あたりかな、Dイハツの女子招待選手に追いつかれる。明らかに彼女のほうのピッチが速く、付いていこうと思ったけどとても付いていけるペースでなかったので自重していると、もう1人のMづほ銀行の女子選手も背後に迫ってきました。10kmは35分11秒でこの5kmは18分かかりました。これなら女子が追いついてきて離される訳です。ここで右手には海が広がりロケーションは最高ですが、ややきつい向かい風でペースは最低になってきます。さすがにMづほ銀行の女子選手を風除けにするのは気が引けたので意識的に前に出てみました。Dイハツの選手は向かい風に苦労しているのか差はそれ以上広がらず、第二折り返しのある湯の川温泉に入るとむしろ縮まってきました。折り返しから戻ってくる先頭選手はコニカの松宮選手。身長の割にはストライドがすごく大きくて躍動感のある走りがすれ違いざまにはっきり感じられました。男子実業団選手がひととおり過ぎたあとで奥尻のM田さんと手でエール交換。これで力を貰ったのか折り返してほどなくDイハツの選手に追いくことができました。さっきまでは女子の後ろにつくのはちょっとなぁと思っていましたが、それから5kmもしないうちに方針転換?背後に付くことにしました。今考えると余裕がなかったのかな?それとも勝負にこだわったのかな?15kmは53分43秒と18分32秒かかりました。うーん記録への興味は全くかき消されてしまいました。あとは女子選手より先着することがこのレース最大のテーマとなり、さてどこで出ようかななんて考えていたのはそれまでの話。体の余裕がなくなってきていたのです。まず異変は腰、膝からきました。追い風に変わっているので、スーッと前に行きたいのですが、着地の衝撃がもろに腰、膝にきて、蹴った脚がなかなか推進力に変わってくれない感じです。
 差は急激に広がることはないのですが、一歩一歩離れていく感覚で折り返してからの追い風にうまく乗り切れてないな〜とつぶやくたくなりました。
 残り3kmくらいで海岸通りから離れて亀田川沿いの道に入ります。道路幅が狭いので応援がすごく身近に感じられます。ただ大きな道路を越える度に高低差に表れない微妙なアップダウンがあり、ちょっとリズム変化に要注意です。ここでも前の女子選手は少し少し視界から離れていきます。亀田川から右折すると今度は20km地点で1時間11分26秒(この間17分43秒)。追い風のため若干タイムは上がってますが、そんな気分じゃなかったです。
頑張れば1時間15分切れるかなと思ったけど切り替えはできず、そのまま競技場へ。これまでの21.0475kmの苦労がぱっと忘れられるゴールへの道が見えてきました。いつも思うのですけど競技場がゴールというのはいいですね。まず残りの距離が正確にカウントダウンできること、時々名前が呼ばれること、ざわめきがなんとなく自分の応援に向けられている(と思いこんでいる)自意識=必死のラストスパート。1時間15分25秒で総合15位、年代別3位のゴールでした。 
  ゴール後、昨日の前夜祭メンバーでは坐骨神経痛で一時は出場も危なかったsakagさんは1時間48分台でまとめ、NAOJIさんは前日のカーボの効果バッチリで自己ベスト&6位入賞、NAOMIさんとパパさんはそれぞれ1時間35分台と25分台と次の旭川に繋がる走りだったようです。みなさん風の中お疲れさまでした。イカパワー来年以降こそはあやかりたいです。
 で、ソンスはその後、フェリーの時間に間に合わせるべく早々に競技場を後にして、荷物を預かっもら
っていた宿にお礼を言って(感じのいい宿でした)、近くのバス停からフェリーターミナルに向かいました。 


 札幌マラソン10月5日(日) ハーフ(1時間12分40秒)

 札幌マラソンは実に14年ぶりの出場です。初めて出場したのはまだ高校2年生17歳の頃,あのときは10kmレースは2,3回しか走ったことがなかったので超長距離に感じ不安でいっぱいだったスタート。しかしいざゴールしてみると35分22秒で高校男子の部2位と長距離ロードレース大好きのきっかけになったレースといっても過言ではないでしょう。
 受付を前日に済ませ,スタートも11時50分と他の大会に比べれば朝ものんびり,そいてまたもやのんびりし過ぎて北区の家を出たのが9時50分頃(ちょっと遅過ぎかも)。この日はテスト販売されているドニチカキップ(1日券500円)の発売日なので迷うことなく地下鉄で会場に向かいました。
家から往復620円なので,単純往復でも120円お得だからです。競技場に着いたのは10時40分とスタートまで1時間少々しかありません。北海道マラソンのスタート地点でもある真駒内屋外競技場周辺は選手や関係者で混雑しており,さすがは参加者約1万人の大会。 スタート地点へ向かう待機所の集合時間はスタートの30分前とかなり早いが,20分前に行ってみても集合している選手の数はそう多くはなく,のんびりとした雰囲気。ジャジー持ちにソンス妻に近所で待機してもらったものの,気温も低くないので早々とランシャツ姿になり,しばしの待ち時間。ちょうど横にシーハイルさんが並びしばしの歓談タイム。そのうちスタート時間が近づきました。位置的には北海道マラソンの1km地点くらいがスタートでしょうか。ラインまで誘導され,ここで招待選手の登場ですが,なんといっても注目選手は鐘紡の高岡選手。スラリと伸びたあの長い脚は長距離選手には反則です(笑)。スターターは札幌市長,すでに2kmの部を走ってきたそうです。
 スタートは前から5列目くらいでほとんどロスなく飛び出すことができました。ただ周りのけっこう飛ばしているようで,自分の思い通りの位置に行けたのはスタートしてから1,2分経ってからだと思われます。スタートから3km地点くらいまでは北海道マラソンとほぼ同じコースを走ります。北海道マラソンの時は緊張しているのか集団の中に入っているためか,序盤でこんなにダウンヒルコースだとは感じてませんでしたが,今日はやたら下っているなと感じられます。脚も前に進んでいるし,今日はもしかして調子が良いのかも???先週の函館ハーフの悪いイメージを一歩一歩払拭するようないい感じでした。2kmは6分22秒の通過。ここ最近の5000mの時の通過タイムと大して変わりないタイムです。周りを見ると青東に出場した道内外の選手がまだすぐ前におり,さすがにこれはオーバーペースかなと少し後悔しましたが,そんなに力んだ感覚もないのでそのままのペース(といっても自然に落ちているんだけど)で行くことにしました。3kmくらいで北海道マラソンコースと別れを告げ,1本豊平川寄りの札幌マラソンコースに入ります。5kmの通過は16分28秒。夏以降5000mはいつも16分40秒以上かかっていたことを考えると上出来すぎる滑り出しです。その時ちらっと時計を見る仕草をすると,周りのギャラリーから「時計なんて見ないで前を追え!」との叱咤激励もあり,前に目をやると先ほどすぐ前にいた選手はもう100m以上も離れてました。これでようやくマイペースで走れるかなと思ったのもつかの間後ろから学生君とおぼしき選手に追いつかれました。4〜5kmで3分28秒要したのからでしょう。ここは無理せずつける範囲でと背中につかせてもらいました。学生君も後ろにコバンザメがいてもペースを上げる素振りはなくここはちょっとひと安心といったところでしょう。幌平橋を渡り豊平川左岸の道路へ、ここは車なら軽快に飛ばせるとこでしょうが、走りのほうはそろそろ疲労が出始めるころなのかな淡々と進んでいきました。南大橋を左折するとまた北海道マラソンと同じコースを走ることになりますが、ここからまた応援も増えてきて元気が出てきます。ちょうどソンス妻の同僚の子も発見し手で合図。そして札幌駅前のメイン通りを北に向かいます。今年は北海道マラソンに出場しなかったので、ここを走りたいがために札幌マラソンのハーフにエントリーしたようなものです。応援の観衆は北海道マラソンに比べれば少ないのですが、メインストリートをこうして走れるのはすごく気持ちがいいものですね。おまけに前の集団はすでに200m近く離れているので、応援の観衆はこちらに注目している(自意識過剰)ような錯覚を覚えます。
 ちょうど北海道マラソンの10km地点が折り返し地点。でもこのコースではまだ全体の3分の1程度が終わったに過ぎないのでまだここで疲れる訳にはいかないんです。幸いにも今日は目標とするランナーが近くにいるのですごく助かります。ここからまた南大橋までは折り返しに向かうランナーとすれ違います。さすがマンモス大会だけあって人並みは凄かったです。そちらを見るとなんか酔ってしましそう???人数の少ない大会なら知り合いのランナーを探すのも楽しみのうちなんですけど。。。
 南大橋を渡り、今度は豊平川右岸のサイクリングロードに入ります。入る手前の下りが10km地点で33分28秒、この5kmは17分00秒。この通過タイムは今シーズンベストです(^^)。このサイクリングロードは真駒内公園発着の多くのロードレースでいつも使うところなのですが、今まで感じたことがないくらい風がないベストコンディションでした。ここは自分でも見慣れたコースなので残りの距離感覚はつかみやすかったです。あくまでも真駒内公園に入るまではの注釈付きですけど。15km手前で学生君のペースがやや落ちたように感じました。競り合いに弱いことはわかってますのでここは少し前に出て様子を見ることにして、少しピッチを上げてみました。するとすぐ離れてくれたのが意外な感じてあっさり一人で行くことが出来ました。ほどなく、15km地点となりここは51分01秒とこの間5kmは17分33秒かかってます。5km毎に30秒づつ落ちていますので少しイヤな感じです。ようやく河川敷と別れてスタジアムが見えてきたところで、はっきり後ろに気配を感じました。一瞬さっき引き離した学生君かと思いましたが、違う選手でした。小柄な体型ですが、ピッチはソンスとはまるで違う小気味いい動きで無抵抗で抜かれました。ちょうど残り4kmの地点でした。抜かれたあとはゴールの競技場を横目に見ながら真駒内公園内を3kmほど走ります。事前にソンス妻から「真駒内公園内に入ったら長いよ」と聞いていたので覚悟はしていましたが、やはり心理的、体力的につらいものです。公園内は小刻みなカーブやアップダウンが続いており、これが序盤だったら全く気にしないのになぁと思いながら園路をひたすらゴールに向けて脚を進めます。残り3kmで後ろから先導車とおぼしき自転車が横にやってきました。ついに女子の先頭が迫っている様子。足音や息づかいが少しづつ大きくなっているようで明らかに一歩一歩近づいているようだ。もう距離はないしここで負けるわけにはいきません。競り合いに弱いと思っているソンスでもこのクラスの女子にはラスト勝負でも勝てるかなと淡い期待を持っていますが、ここで追いつかれたたらたぶんラスト勝負前に引き離されることは必至ですので、追いつかれまいと力を振り絞ります。残り2km地点に急な下りがありますが、ここで男子の脚筋力を見せるぞとばかりにロングスパートです。下ったあとに脚にくるのはわかってますが、残り距離も短いことだしここで貯金をしておきたい気持ちでした。幸い足音もやや遠のいた感じです。目は前、耳は後ろに注目した走りは続きます。いつものレースなら競技場に入るゲートを右にみながら競技場の周回道路をもう一周と実にいやらしいコースです(^^;)。20km関門は1時間08分55秒とこの5kmは17分54秒かかってしまいました。でももう時計をじっと見てる余裕も、記録への執着もないです。ただ後ろにいる女子選手に負けないこと、その一点のみです。ようやく待ちこがれたゴールの競技場の競技場に入り急なカーブを曲がりゴールラインについたときに時計は1時間12分40秒でした。なおその3秒後にその女子選手はゴールしてきました。あと1kmあればたぶん負けていたことでしょう。
 14年振りの札幌マラソンはまさに行きは楽、帰りは苦を味わったレースでしたが、やはり人間には楽のほうが良いもの、前半の5kmや10km通過が良かったことで気を良くして今シーズンの大きなロードの大会を終了することができました。まだハーフをしっかり走りきるだけの脚はできてませんでしたが、ニセコ、函館、札幌と3週連続のハーフを経験することで、この期間体重がほぼベスト時の55kg台をキープできたのも収穫です。