はるか遠い、むかしむかしのお話です。
そのころ、ぞうのはなは、あんなに長いはなではありませんでした。はい色にふくらんだ、長ぐつくらいの大きさのはなだったのです。そのはなを、もぞもぞとうごかすことはできたけれど、ものをひろったりすることはできませんでした。
そんなぞうたちのなかに、小さなこどものぞうがいっぴきいました。ぞうくんです。ぞうくんは、とても知りたがりやで、いつでも大人たちにいろいろなしつもんをたくさんしています。アフリカに住んでいましたから、アフリカじゅうに知りたいことがいっぱいあるのでした。
ぞうくんは、せのたかいダチョウおばさんにたずねました。
「ダチョウさんのしっぽの毛は、どうしてそんなに長いの?」
すると、せのたかいダチョウおばさんは、とてもとてもかたいつめのついた足で、ぞうくんのおしりをひっぱたきました。
ぞうくんは、せのたかいキリンおじさんにたずねました。
「キリンさんのからだには、どうしてそんなもようがあるの?」
すると、せのたかいキリンおじさんは、とてもとてもかたいひづめのついた足で、ぞうくんのおしりをひっぱたきました。
それでも、ぞうくんのこころは、知りたいきもちでいっぱいです。
ぞうくんは、ふとっちょのカバおばさんにたずねました。
「カバさんの目は、どうして赤いの?」
すると、ふとっちょのカバおばさんは、とてもとても大きな足で、ぞうくんのおしりをひっぱたきました。
つぎに、ぞうくんは、けむくじゃらのマントヒヒおじさんにたずねました。
「メロンは、どうしてこんな味なの?」
すると、けむくじゃらのマントヒヒおじさんは、とてもとてもけむくじゃらな手で、ぞうくんのおしりをひっぱたきました。
それでも、ぞうくんのこころは、知りたいきもちでいっぱいなのです。
ぞうくんは、たくさんしつもんをしました。見たり、聞いたり、かんじたり、におったり、さわったりしたものすべてのことを、たずねたのです。すると、おじさんやおばさんたちはみんな、ぞうくんのおしりをひっぱたくのでした。それでも、ぞうくんのこころは、知りたいきもちでいっぱいなのでした!
天気のいい朝がきました。昼と夜の長さがちょうど同じになる日です。知りたいきもちでいっぱいのぞうくんは、今までたずねたことのない、新しいすばらしいしつもんをしました。
「ワニさんは、何を食べるの?」
するとみんなは、おこったように大きな声で言いました。
「うるさい!」
そして、ぞうくんのおしりを、ずっとずっとひっぱたきつづけました。
やっとひっぱたかれるのがおわり、ぞうくんがしょんぼりして歩いて行くと、トゲだらけのやぶの中に、コロコロ
「お父さんにひっぱたかれて、お母さんにもひっぱたかれたよ。ぼくが知りたがりだから、おばさんも、おじさんも、みんなでぼくをひっぱたくんだ。でもやっぱり、ワニさんが何を食べるのか、知りたいなあ!」
コロコロ鳥は言いました。
「かわいそうに。それなら、リンポポ川のきしべに行ってごらん。リンポポ川は、〈
つぎの朝。もう、昼と夜の長さは同じではありません。知りたがりやのぞうくんは、みじかくて赤いバナナを五〇キロと、長くてむらさき色のさとうきびを五〇キロと、みどり色でかためのメロンを十七こ、せなかにのせて、大切なかぞくのみんなに言いました。
「ぼくはリンポポ川に行ってくる。リンポポ川は、〈熱の木〉の森からながれている大きな川で、みどり色ににごっているんだ。そこに行けば、ワニさんが何を食べているか分かるんだよ。」
すると、みんなはいっせいに、ぞうくんのおしりをひっぱたきました。ぞうくんは、ひっぱたくのをやめてくれるようにていねいにおねがいしましたが、みんなは、ぞうくんのこううんをいのって、ひっぱたくのでした。
やがて、ぞうくんは出かけました。すこしあつい日でしたが、おどろくほどではありません。メロンを食べて、かわを道にちらかしながら歩きました。ひろいたくても、ひろうことができなかったのです。
ぞうくんは、グラハムの町からキンバリー市へ、キンバリー市からカーマの国へ、カーマの国から北東のほうへ、ずっとメロンを食べながら歩いて行きました。そしてとうとう、〈熱の木〉の森からながれている、みどり色ににごった、大きな川につきました。コロコロ鳥の言っていたとおりのリンポポ川です。
ここでひとつ、言っておかなくてはいけませんね。この日、ワニに出会うしゅんかんまで、この知りたがりのぞうくんは、ワニを見たことがありませんでした。だからぞうくんは、ワニがどんなすがたをしているのか知りませんでした。それなのにワニの食べものを知りたいなんて、ぞうくんはほんとうに知りたがりなのですね。
ぞうくんがさいしょに見つけたのは、岩にまきついた二
ぞうくんはれいぎ正しくたずねました。
「あの、すみません。このへんの、ごちゃごちゃした所で、ワニっていうものを見たことはありますか?」
ニシキヘビは、ぞうくんをばかにしたように言いました。
「ワニを見たことがあるかって? だったら何だって言うんだい?」
ぞうくんは答えました。
「すみません、ワニが何を食べるのか、教えてほしいのです。」
すると、ニシキヘビはすばやく岩から体をほどき、うろこだらけのしっぽをふりまわして、ぞうくんのおしりをひっぱたきました。
ぞうくんは言いました。
「こんなの、おかしいや。お父さんも、お母さんも、おじさんもおばさんも、カバおばさんも、マントヒヒおじさんも、みんなぼくのおしりをひっぱたくんだ。ぼくが知りたがりだからって。ニシキヘビさんもおんなじだ。」
ぞうくんは、ていねいにお別れのあいさつをしてから、ニシキヘビがまた岩にまきつくのをおてつだいしました。それから、ぞうくんは出かけました。
すこしあつい日でしたが、おどろくほどではありません。メロンを食べて、かわを道にちらかしながら歩きました。ひろいたくても、ひろうことができなかったのです。
〈熱の木〉の森からながれている、みどり色ににごった大きなリンポポ川のふちまで歩いて行くと、ぞうくんは、何か丸太みたいなものをふんづけました。
その丸太みたいなものの正体が分かりますか? 実は、それこそがワニだったのです。ワニは、右の目でウインクしました。…こんなふうにね!
ぞうくんは、れいぎ正しくたずねました。
「あの、すみません。このへんの、ごちゃごちゃした所で、ワニに出くわしたことはありますか?」
するとワニは、こんどは左の目でウインクすると、どろの中から半分だけしっぽをもち上げました。ぞうくんは、とてもれいぎ正しいしぐさで、いっぽ後ろに下がりました。またおしりをひっぱたかれるのがいやだったからです。
ワニは言いました。
「おちびさん、こっちにおいで。どうしてそんなことを聞くんだい?」
ぞうくんは、とてもれいぎ正しく答えました。
「すみません。お父さんはぼくをひっぱたくし、お母さんもぼくをひっぱたくし、せのたかいダチョウおばさんももちろんひっぱたくし、せのたかいキリンおじさんなんて、とても強くぼくをけっとばすし、ふとっちょのカバおばさんも、けむくじゃらのマントヒヒおじさんも、みんなでひっぱたくんです。土手の上にいたニシキヘビさんだって、うろこだらけのしっぽをふりまわして、だれよりも強くぼくをひっぱたきました。あなたもみんなと同じでしょう。ぼくはもう、ひっぱたかれるのはいやなんです。」
「おちびさん、こっちにおいで。だって、おれがワニなんだからね。」
ワニはそのしょうことして、とつぜんなみだをながしました。かなしくなくてもなみだを出せるのが、ワニのとくちょうなのです。
ぞうくんは、かんげきのあまり、どきどき、はあはあしながら、じめんにひざまずいて言いました。
「あなたこそ、ぼくが長い間さがしつづけていたかたです! あなたが何を食べるのか、どうか教えてくれませんか?」
ワニは答えました。
「おちびさん、こっちにおいで。小さな声で、こっそり教えてあげるからね。」
ぞうくんは、自分の顔をワニの顔に近づけました。するとワニは、きばの生えた、ふしぎなにおいのする口で、ぞうくんの はなにかみついたのです。この時までずっと、小さくて、長ぐつくらいの大きさで、長ぐつよりもやくに立ってきたはなを、くわえこんだのでした。
ワニは、はなにかみついたままで、ふがふがしながら言いました。
「よひよひ、今日さいひょに食べうのは、ぞうのころもにするぞ!」
こんなことを言われて、ぞうくんはとてもこわかったでしょうね。
ぞうくんは、とてもいやがりながら、はながつまったような声で言いました。
「はなじで! いじめだいでよお!」
すると、二色のニシキヘビが、あわてて土手からおりてきて、言いました。
「ぞうくん、今すぐに、全力で引っぱるんだ。そうしないと、ぼくのよそうでは、大きなもようのかわのコートをきたきみの知り合いが、むこうのとうめいな水の中まで、きみを引っぱりこんでしまうぞ。あっ!…という間にね。」
かわのコートをきた知り合いと言うのは、もちろん、ワニのことですね。ニシキヘビは、いつでもこんな話しかたなのです。
ぞうくんは、小さなおしりをじめんにつけて、引っぱって、引っぱって、引っぱりました。ぞうくんのはなは、少しずつのびはじめました。するとワニも、引っぱって、引っぱって、引っぱりました。ワニは引っぱりながら、しっぽを大きくうごかしてじたばたしたので、水がかきまわされ、にごってしまいました。
ぞうくんのはなは長く長くのびていきます。ぞうくんが、四本の小さな足でふんばって、引っぱって引っぱって引っぱったので、長くのびていくのです。ワニも、しっぽをふねのオールみたいにうごかして、引っぱって引っぱって引っぱったので、ぞうくんのはなはどんどんのびていきます。ぞうくんは、いたくていたくて、がまんができない思いでした。
自分の足がすべりはじめたのをかんじたぞうくんは、はながつまった声で言いました。そのはなも、一メートル半の長さになっています。
「ぼう、げんかいだあ!」
すると、ニシキヘビがおりてきて、ぞうくんの後ろ足に、ダブル・クローブヒッチという結び方で強くまきつきました。そしてこう言いました。
「考えもけいけんもないたびびとくん、これはもう、本気でやるしかないね。そうしないと、ぼくのよそうでは、あの
ニシキヘビが引っぱって、ぞうくんが引っぱって、ワニが引っぱります。より強い力で引っぱったのは、ぞうくんとニシキヘビのほうでした。
とうとう、ワニは、ばしゃんと音を立てて、ぞうくんのはなをはなしました。その音は、リンポポ川のすみずみまでひびきわたりました。
ぞうくんも、どすんとしりもちをつきましたが、まずは、二色のニシキヘビに気をつかっておれいを言いました。つぎに、みっともなくたれ下がったはなの手当てのために、つめたいバナナのはっぱではなをつつみ、みどり色ににごったリンポポ川の水にひたして、ひやしました。
「何のためにそんなことをするんだ?」
ニシキヘビがそうたずねると、ぞうくんは答えました。
「すみません。はながひどい形になってしまったので、元にもどるのをまってるんです。」
「どれだけ長い時間がかかるか、分からないぞ。それに、今のはなのほうがやくに立つと思うがなあ。」
ぞうくんはそこに三日の間すわりつづけて、はながちぢむのをまちました。でも、ぜんぜんみじかくなりません。その上、目もほそくなってしまいました。
こうして、ぞうくんのはなは、ワニに引っぱられたせいで、今のぞうたちのように長くなってしまったのです。
三日目のおわりに、小さな虫がとんできて、ぞうくんのかたをさそうとしました。ぞうくんはとくに考えることもなく、はなをもち上げ、先っぽで虫をたたいてつぶしました。
するとニシキヘビが言いました。
「やくに立った! そんなこと、小さなはなではできなかったぞ。こんどは、ちょっと何か食べてみたらどうだ。」
ぞうくんは、とくに考えることもなく、はなをのばして、草をいちどにたくさん引っこぬき、前足にたたきつけて土をおとしてから、口のなかにほうりこみました。
ニシキヘビが言いました。
「また、やくに立った! そんなこと、小さなはなではできなかったぞ。ところで、このへんはずいぶん日ざしが強くて、あついと思わないか?」
「たしかにあついですね。」
ぞうくんはそう言って、とくに考えることもなく、みどり色ににごったリンポポ川の土手からどろどろのどろをすくって、頭にかけました。つめたいどろどろのどろが、耳までたれてきて、ぼうしがわりになりました。
ニシキヘビが言いました。
「またまた、やくに立った! そんなこと、小さなはなではできなかったぞ。ところでぞうくん、まただれかにひっぱたかれたらどう思う?」
ぞうくんは答えました。
「すみません。もう、ひっぱたかれるのはいやです。」
ニシキヘビがたずねます。
「だれかをひっぱたいてやりたいと思うかい?」
ぞうくんは答えます。
「ぜひとも、ひっぱたいてやりたいですね。」
ニシキヘビは言いました。
「いいじゃないか。新しいはなは、きっと、だれかをひっぱたくのにとてもやくに立つぞ。」
ぞうくんは言いました。
「ありがとうございます、よくおぼえておきます。そうして、大切なかぞくがいる家へ帰ったら、ためしてみますよ。」
ぞうくんは、たのしくはなをふりまわしながら、アフリカをおうだんして家にむかいました。
くだものが食べたくなったら、今までみたいにおちてくるのをまつことなく、自分のはなでとって食べました。草がほしくなったら、今までみたいにひざをつくことなく、引っこぬいて食べました。虫がとんできたら、木のえだをおって、はえたたきにしました。日ざしがあつい時はいつも、つめたいどろどろのどろをかぶって、ぼうしがわりにしました。一人でアフリカを歩くのがさびしくなったら、はなで歌をうたいました。その声は、ブラスバンドよりももっと大きな声でした。
とちゅう、まわり道をして、ふとっちょのカバを見つけて(このカバは、ぞうくんをたたいたカバおばさんとはべつ人です)、とても強くひっぱたきました。ニシキヘビが言ったとおり新しいはながやくに立つか、たしかめたのです。
また、自分がリンポポ川に来るとちゅうでちらかした、メロンのかわをひろいながら歩きました。ぞうくんは、本当はきれいずきなどうぶつだったのですね。
くらい夜に、大切なかぞくのいる家につきました。ぞうくんは、はなをまき上げてから言いました。
「ただいま!」
ぞうくんが帰って来て、みんなはよろこびました。そしてすぐに言いました。
「こっちにおいで。お前は知りたがりだから、ひっぱたいてやる。」
ぞうくんは言いました。
「ふん! みなさんは、ひっぱたくとはどういうことか、ごぞんじないようですね。ぼくが教えてあげましょう。」
ぞうくんは長いはなをのばして、二人のお兄さんの頭をぶんなぐりました。
お兄さんたちは言いました。
「なんだこりゃ! そんなわざをどこでおぼえたんだ。そのはなは、いったいどうしたんだ?」
ぞうくんは答えました。
「みどり色ににごったリンポポ川のきしべにいる、ワニさんからもらったんです。ワニが何を食べるのか聞いたら、これをくれたんですよ。」
マントヒヒおじさんが言いました。
「ずいぶんかっこわるいな。」
「ええ、だけど、すごくやくに立ちますよ。」
ぞうくんはそう言って、マントヒヒおじさんの毛むくじゃらの足をつかんでもち上げ、そのまま、スズメバチのすの中へぶちこみました。
いたずらずきのぞうくんは、大切なかぞくのみんなをひっぱたきまくりました。みんなは、とてもおこったり、とてもおどろいたりしました。
ぞうくんは、せのたかいダチョウおばさんのしっぽの毛を引っぱったり、せのたかいキリンおじさんの後ろ足をつかんで、トゲだらけのやぶの中を引きずりまわしたり、ふとっちょのカバおばさんが水に入っておひるねしている時に、耳もとで大声でさけびながら耳の中にあわをふきいれたりしたのです。
でも、ぞうくんは、コロコロ鳥のことは大切にまもり、だれにもさわらせませんでした。
そのうちに、ぞうくんのかぞくは、一人、また一人と、あわててたびに出かけていきました。〈熱の木〉の森からながれている、みどり色ににごった、大きなリンポポ川のきしべに行って、ワニに新しいはなをもらうためです。
みんなが帰ってくると、もう、だれかがだれかをひっぱたくことはなくなりました。
分かりましたか? わたしたちが知っているぞうのはなが、みんな、知りたがりやのぞうくんみたいに長いのは、こういうわけだったのです。もちろん、まだだれにも知られていない、はなのみじかいぞうだって、いないとはかぎりませんが。
詩
私には六人の召使いがいる
信頼できる召使いたちだ
(私の知ってることはみな
彼らが教えてくれたんだ)
「What…なにを?」「Where…どこで?」「When…いつ?」
「How…どうやって?」「Why…なぜ?」「Who…だれが?」
それが彼らの名前だ
海から陸へ 西から東へ
召使いたちはかけめぐる
でもね
たくさん働いてもらった後には
ゆっくり休みをあげるんだ
朝の九時から夕方五時まで
ゆっくり休みをあげるんだ
なぜなら九時から五時までは
私も忙しいからね
朝・昼・晩、ご飯もしっかりあげるんだ
彼らもお腹が空くからね
でも私とは全然違う人もいる
ある幼い子の話だけれど―
彼女には一千万の召使いがいる
全員が休日なしで働くんだ!
召使いは彼女の思うがまま
外国にだって送られる
彼女が目覚めた瞬間から
召使いたちは大忙しだ
百万の「How…どうやって?」
二百万の「Where…どこで?」
七百万の「Why…なぜ?」
それが彼女の召使いなんだ!
●訳者より
この作品について、解説めいた文章を書き始めたら、書いても書いても内容が尽きることがなく、結局書き終えることができませんでした。
著者キップリングとその娘について。「ぞうくん」をはじめ十二編の童話が収録された書籍『なぜなぜ物語』について。「ぞうくん」および『なぜなぜ物語』というタイトルの訳し方について、本文の訳し方について。原文に出てくる「歳差運動」について。社会生物学や進化心理学(に対する批判)における『なぜなぜ物語』への言及について。いわゆる「5W1H」にまつわる文脈での、「ぞうくん」末尾の詩への言及について、…等々。
解説は断念しましたが、この作品にとっては、訳者に余計なことを言われずに済んで、むしろ良かったのかもしれません。
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