二
彼女は、子供のことをとても気にかけて、その重責に苦しみながら生きてきた。子供を生んだからにはその全存在に責任を負わねばならないというように。子供が鼻水を垂らしているだけで、肉体を突き刺されるほどの強い不快感を覚えた。自分自身に対して「お前の産んだ物を見ろ!」と言う義務でもあるかのような苦しみだった。
今や、変化が起きた。彼女はもう、子供のことで神経を磨耗し尽くすことはなく、子供は彼女の不安と我意の重圧から解放された。そして、子供はさらにすくすくと成長した。
彼女は考えていた。輝く太陽のこと、そして、太陽が自分のなかに入ってくることを。彼女の生活は、今や秘密の儀式だった。いつも夜明け前に目覚め、横たわったままで、灰色が淡い金色に染まっていくのを見ていた。そうして、雲が水平線にかかるかどうかを知るのだ。裸の太陽が青白い炎を放ちながら、柔らかな天空へめらめらと昇っていくのが、彼女にとっての喜びだった。
しかし時に太陽は、赤い顔をして、大きくて臆病な生き物のように現れた。時には怒ったように真っ赤になって、ゆっくりと道を押し開けながら、ゆるゆると昇った。また、時には、太陽が見えないこともあった。そんな時は、平らな雲が太陽の前で壁となり、太陽の動きに合わせて雲が金色と緋色の光を放っているだけなのだった。
彼女は幸運だった。数週間が過ぎて、時には夜明けに雲が出たり、時には昼過ぎに暗くなったりしたけれども、太陽の出ない日は無く、冬でも多くの日は太陽が輝きを放っていた。弱々しく小さな野生のクロッカスたちが、藤色のストライプ入りの芽を出し、野生の水仙たちは、冬の星のような花をつけた。
彼女は毎日、サボテンの茂みに囲まれたあの糸杉の所へ降りていった。サボテンのある小さな丘のふもとは、黄色みを帯びた崖になっていた。今や彼女は賢く巧妙になっていて、ダブグレーのガウンと、サンダルだけを身に付けて行くのだった。それで、他から見えない適当な場所があればすぐに、太陽に向かって裸になった。またガウンを纏えば、即座に灰色になり、人目に付かなくなるのだった。
彼女はいつも、朝から昼にかけて、太陽が陽気に天を闊歩する間、銀色の脚を持つ力強い糸杉の根元に横たわった。今では体の隅々で太陽を知っていた。不安な心、あの不安に満ちて緊張しきった心は、完全に消え去った。ちょうど、花が太陽に照らされながら散っていき、熟した小さな果実だけを残したようだった。そして彼女の緊張した子宮は、まだ閉じてはいたが、ゆっくりとほころび始めていた。太陽が密やかに子宮に触れるにつれて、水の中の百合のつぼみのように、ゆっくり、ゆっくりと。水の中の百合のつぼみのように、太陽に向けて、太陽だけに向けて開くことを目指して、太陽に向けて昇っていった。
白い炎で縁取られ、青く融けながら炎を噴き出す太陽を、彼女は全身で知っていた。太陽は全世界を照らしていたが、彼女が服を脱いで横たわる時には、彼女に焦点を合わせるのだった。それは太陽の不思議の一つだった。輝かしく光を放つ比類なき太陽は、無数の人々を照らすと同時に、彼女ただ一人に焦点を合わせるのだ。
彼女は太陽を知った。そして、太陽が彼女を知るためにだんだんと彼女に入ってきていると確信した。ここで「知る」というのは、宇宙的で肉体的な意味である。すると彼女は、自分が世間の人々から離れていく感覚に襲われ、人類全体に対して、多少の軽蔑の混じった鷹揚な気持ちになった。人々は自然の力からも太陽からも遠ざかっている。ほとんど墓場の芋虫のようなものだ。
ロバを引きながら、古くて狭い岩場の道を上ってくる農夫たちも、黒く日焼けはしているが本当の意味で太陽を知っているわけではない。男の魂は、死に怯え、さらに生命が自然に燃え上がることに怯えて、萎縮している。そこには、殻の中のカタツムリのような、小さくて柔らかくて白い怯えの芯があるのだ。決して太陽を正面から見ようとはせず、いつも内にこもって怯えている。男は皆そうだった。――そんな男を受け入れる理由があるだろうか!
世間に対して、男に対して、無関心になった彼女は、もう人目につくことをあまり気にしなくなった。村まで買い物に出てくれるマリニーナには、医者から日光浴するよう言われているのだと話しておいた。それで十分だろう。
マリニーナは六〇過ぎくらいの女で、背が高く、細く、背筋は伸びていて、ダークグレーの縮れ髪、ダークグレーの眼をして、その眼には何千年も抜け目なく生きてきたような光をたたえ、長年の経験に常に潜んできた笑いを、嘲り半分に浮かべていた。悲劇的なのは、経験が無いことだ。
「太陽の下で裸になるなんて、美しいことですね」マリニーナは、抜け目ない笑みを込めた眼でジュリエットを鋭く見つめながら言った。ジュリエットの金色のボブヘアーは、カールして雲のようにこめかみにかかっている。マリニーナは、歴史ある南イタリアの土地マグナ・グラエキアの女で、遥かな過去を記憶していた。彼女は再びジュリエットを見て、古代の女のように、妙に短い息で小さく笑いながら言った。「美しい女は、太陽に全てを見せられる。ねえ、そうでしょう?」
「私が美しいかどうかなんて、誰にも分からないわ!」ジュリエットは言った。
美しくともそうでなくとも、彼女は太陽に認められていると感じていた。どちらでも同じことだ。
時には、真昼の太陽から離れ、岩場を越え崖のふちを通って、深い谷間へと静かに降りていった。永遠に陽の当たらない涼しい空間には、レモンたちが垂れ下がっている。静寂の中で彼女はガウンを脱ぎ、澄んだ緑に囲まれた深い池の一つで素早く体を洗う。すると、レモンの葉陰のほのかな光に包まれて、彼女の全身が薔薇色に輝き、そして薔薇色から金色へと変わっていくのが分かった。彼女は別の人間になったようだった。いや、別の人間になったのだ。
それで彼女は、陽に当たらない白い体は不健康で魚くさい、というギリシア人の言葉を思い出した。
彼女は肌にオリーブ油を少し塗りこんで、暗いレモンの地下世界を歩いた。へそにくわえたレモンの花のバランスを取りながら、
彼女は、自分の小さな息子にさえそれがあると知っていた。太陽を思わせる顔で笑う彼女のことを、息子はどれほど不信の目で見たか分からない。息子は毎日、太陽の下を裸でよちよち歩くことを強要された。そして今や、小さな体もピンク色になり、額からは金色の髪がふさふさと生え、陽を浴びて金色に輝く頬は、ザクロのような緋色に赤らんでいる。血色は良く、健康的で、使用人たちからはその金色、赤色、青色を愛され、空から来た天使と呼ばれていた。
しかし息子は、母親を不信の目で見ていた。自分のことを笑うからだ。そして母は、息子の顔の、小さくひそめた眉の下にある大きな青い眼の中に、怯えと不安の芯を見ていた。今では彼女は、それが全ての男の眼の中心にあると信じ、それを太陽への怯えと呼んだ。全ての男に対して、太陽を怯える者たちに対して、彼女の子宮は閉じたままだった。
「この子は太陽に怯えている」彼女はいつも、息子の眼を覗き込みながらそう考えていた。
太陽の光の中で、小鳥のような声をあげながら、よろけたり転んだりしつつよちよち歩く子供を見ていると、子供が内面では太陽から隠れて殻に閉じこもっているのが分かった。体のバランスを上手く取れず、動きも鈍いのだった。その魂は、殻の中のカタツムリのように、自分の中の湿った冷たい割れ目にこもっていた。彼女はその子の父親のことを思い出した。彼女の願いは、息子が堂々とした態度で自分の殻を破り、太陽にあいさつできるようになることだった。
ジュリエットは、サボテンに囲まれた糸杉の所に、子供を連れて行こうと決めた。トゲには気を付けなければならない。しかしあの場所に行けば必ず、心の奥深くにある小さな殻を破って、外に出て来られるはずだ。文明による小さな緊張は、あの子の額から消えるだろう。
彼女は毛布を敷いて、子供を座らせた。それからガウンを脱ぎ捨てて横になり、青空を高く舞う鷹や、頭上を覆う糸杉の梢を見ていた。
子供は毛布の上で石ころをいじって遊んでいたが、やがて立ちあがってよちよち歩き始めたので、彼女も起き上がった。子供は振り返って母を見た。その青い瞳には、真の男の、挑戦的な温かさが宿っているように見えた。金色に輝く肌に緋色が差して、彼は美しかった。実際、その肌は白ではなく、くすんだ金色だった。
「トゲに気をつけてね」彼女は言った。
「トゲ!」子供は、肩越しに母を見たまま小鳥がさえずるように、疑わしげに言った。絵画の中の裸の天使のようだった。
「とっても痛い、チクチクするトゲよ」
「しくしくするとげ!」
子供はサンダルで石の上に乗り、枯れたミントを引っ張りながらよろめいた。そしてトゲのほうに倒れそうになると、彼女は蛇のように素早く、子供のほうへ飛んでいった。彼女は自分自身に驚いた。「我ながら野生の猫ね、本当に!」彼女はそう独り言を言った。
太陽が出ている限り毎日、彼女は、糸杉のもとへ息子を連れて行った。
「さあ!」彼女は言った。「糸杉の木の所へ行きましょう」
アルプスから北風が吹き降りる曇りの日には、谷間へ降りていけないので、子供がひっきりなしにさえずる。「いとすぎのき! いとすぎのき!」
彼女と同じくらい、子供も残念がるのだった。
それは単なる日光浴ではなかった。それより遥かに大きな意味があった。彼女の中の深い所で、何かがゆるやかにほころび、彼女は宇宙的な力に身を任せていた。自覚している意識や意志よりも深い所にある、何か神秘的な意志によって、彼女は太陽と結ばれた。太陽の奔流は、彼女の体中を、子宮のまわりを流れた。彼女自身、つまり彼女の自覚している自分自身は、副次的なもので、副次的人間であり、ほとんど傍観者のようなものだった。本当のジュリエットは、彼女の肉体の奥深い所で、太陽の暗い流れの中に生きていた。その流れは、循環する暗い光の河のように、甘く閉じた子宮のつぼみのまわりを、暗く
彼女はいつも自分を支配してきた。自分のしていることを把握し、自分の支配下で緊張して生きてきた。しかし今や、自分の中に、全く違う種類の力を感じていた。自分自身より偉大で、暗くて、獰猛なもの。彼女を流れる自然の力だ。自分を超えた力に魅惑され、今、彼女は茫然としていた。