石鎚山(平成27年8月23日)

 【 8月22日 】
 町道瓶ケ森西線の道路崩壊がまだ復旧してないので、今回も土小屋で車中泊して翌朝石鎚山に登る、といういつものパターンの山歩に
出かける。 午後おそく自宅をのんびりと出発する。
晴れ間も広がってるが、石鎚スカイラインからは山頂付近は雲に隠れており石鎚は見えない。
16:20土小屋到着、気温19℃。 今日はアブなどの虫が飛んでないので過ごしやすい。 ロータリー広場には車が10数台停まってる。
 
時間もありヒマなので、道路崩壊現場へ行ってみるとにする。 岩黒山北側斜面の道路をトボトボ歩いて現地まで行き状況を見てみる。
崩壊現場は斜面全体がズレてるような感じなので対策も大がかりになるのでは??  当分復旧は無理かな?
17:15土小屋へ帰ってくる。 今日の土小屋には私以外にも車中泊の車が何台が止まってる。キャンピングカーも2台停まってる。
17:00頃には石鎚も良く見えていたが、その後雲が広がってきたので落日景色は望めそうもない。

町道瓶ケ森西線崩壊現場その1 町道瓶ケ森西線崩壊現場その2
19:00頃、雲間にいい感じの夕焼けがチラッと見えたがそれきりでシャッターチャンスはなかった。
明日は朝早いので早めに寝よう、と19:30頃には車内の寝床に横になる。
 
 【 8月23日 】
 この後、自分にとって大アクシデントが発生するとは夢にも思わない朝が始まる。
1:30携帯アラームで目が覚める。空は星が見えてるがうっすらガスが流れているようだ。天候は大丈夫のようだ。
バナナ1本の朝食を済ませて出発準備にとりかかる。 車内気温21℃、少し暖かいようだ。
1:50過ぎ土小屋を出発。月が無い星空なので星がよく見える。 時々北風とともにガスが流れこんでくる。ということは低い雲海が土小屋方面
 
に流れ込んで滝雲になってるのかな? そうだといいんだけど!  2:52東稜分岐点着、冷たい風もあり心地よいのでそのまま通過する。
瀬戸内の夜景が見え無い。なんとなく白い雲が広がってるようだ。 ”雲海かな?”
3:25ニノ鎖小屋に到着。 瀬戸内側には雲海が広がってる。 今日は山頂からいい景色が見えるかも・・・・。 シャッターチャンスに期待する。
いつものように石の階段で5分休憩後、最後の急登区間を登り始める。 何事もなく順調に登って行く。
  
ところが、二ノ鎖上部を過ぎて天狗岳北壁が見えるカーブの場所に来ると、なんとなく胸のミゾ落ち下付近が急に痛くなる。呼吸も荒くなる。
”おかしいな?” 少し腰を下ろして5分くらい休んでみる。 時計を見ると3:45頃だ。 
休んだ後、再び歩き始めたがダメだ!! とても歩けない。 胸が掴まれような痛さと荒い息づかいになる。 10数m歩いて登山道にザックを投げ
出して暗い登山道に座り込む。  胃がどうにかなったのかな? と、 ザックから水を出して飲んでみるが、変化ない。
 
胃ではないのか? 膵臓? あれこれ考える。 まさか心臓かな? ミゾ落ち付近全体が痛くなる。 汗で濡れた体は寒い!  ザックから無理やり
服と防寒着を引っ張りだして着込む。 暗い登山道に横たわる。 その後ライトをつけた男性2名の登山者さんが登ってくる。  「大丈夫ですか?」 
と声をかけてくれる。 「なんとか大丈夫です。」 と答える。( この時やせ我慢せず、山頂小屋に救助依頼すべきだった、と後で後悔。)
その後少しして、信者さん3名も通過して声をかけてくれるが、この時も「大丈夫です」 と答える。
  
その後暗い登山道でひとり胸の痛さをこらえる。 なんとなく舌の奥がしびれて来るような気がする。 これはヤバイかも! と本気で思うようになる。
1時間経過・・・・・、全然良くならない。 息づかいも荒く呼吸は以前苦しい。救助要請するにしても、救急隊では時間がかかる。
ヘリを要請するか!? でも、ヘリを要請するには躊躇する。 まさかヘリを要請するなんてことがいいのであろうか?  
それにまだ夜暗い、ヘリは飛べないであろう。 携帯に手をかけたもののためらう・・・・・・。 このままここで終わりなのであろうか・・・、などと考える

東の空が明るくなる。(5:05頃)  苦し紛れにシャッターを切る。(5:44頃) 日が昇る。
やがて東の空が明るくなり、その後朝日が昇る。 雲海は流れているようだ。 胸が苦しい・・・・・・。 呼吸もつらい。
今度誰か来たら救助要請しよう・・・。 家族の事も頭に浮かぶ。  何でこんなことに・・・・!  
6:00頃? 登山者さんが2名下ってくる。(朝登った2名の方かな?、ひとりは石鎚山で時々見かける方であった。)
2名の方に、山頂小屋に救助要請をお願いする。 一人の方が小屋に行ってくれる。
  
 その後、二人の方の肩を借りて登り始めるが、苦しくて座り込む。 ヘリが来るにしてもとにかく上まで行かないと・・・・。
三ノ鎖巻道階段を這って登る。 階段を登った頃、山頂小屋のHさんや写真屋さんのFさん達がタンカを持ってきてくれる。
皆さんにタンカで山頂まで運んでいただく。 ザックも運んでくれる。
早速、ヘリの救助要請を手配してくれる。 苦しくて山頂小屋の床でゴロゴロともがく。 とにかくカミさんにも連絡を、と携帯で一報を入れる。
 
ヘリは、7:00頃?になるようである。幸い天候が穏やかでガスも無く風も強くない。 ”運が良かった。”
山頂小屋の神主さん達も胸や背中をいろいろ手当をしてくれる。 が、状況は全然良くならず。 
やがてヘリの爆音が聞こえてきた。 ”これで助かるのであろうか!”  少し安堵する。  ヘリが山頂広場上空に到着したようだ。
まもなく小屋の中にひとりの救助隊員の方が入って来て、手際よく吊り上げ用のジャケットを身に付けてくれる。
  
救助隊員の方の肩につかまり山頂広場に出る。 上空には愛媛県の防災ヘリがホバリングしている。
すぐにロープが降りてきて、隊員の方と私の体にフックを装着してすぐに吊り上げてくれる。 ザックは隊員の方が担いでくれる。
ヘリの中に収容されると直ちにヘリは動き始める。 隊員の方がいろいろ声をかけてくれる。 どこへ飛んでいるのであろう・・・・。
どうやらヘリは西条市方面へ飛んでるようだ。 5,6分くらい経ったであろうか? 西条市内の臨時ヘリポートに着陸。
 
すぐに救急車に移される。救急車の中で応急手当をいろいろ受ける。どうやらやはり心臓がやられているようだ。
その後近くの「西条中央病院」へ収容される。 8:00頃であろうか? 直ちに緊急手術が開始される。 「急性心筋梗塞」のようだ。
心筋梗塞は発症から約6時間経過するとほぼダメなようだ。 自分はギリギリくらいだった。 あと1〜2時間遅ければこの世とお別れ
になるところであった。 
  
手術は、まず右手首からカテーテルを入れて造影剤を注入。心臓の血管の詰まった箇所を把握。
その後、右太腿の付け根からカテーテルを入れて心臓の冠動脈狭窄部に金属製のステントを挿入。 これで心臓に血液が流れて楽になる。
なにしろ何事も初めての経験。ジタバタしても仕方ない。ベッド上に横たわり医師に体を委ねるしかない。
手術中にカミさんと長男が駆けつけてくれたようだ。  なんとか一命は取り留めたようだ。
  
その後手術も終わり昼近くに病室に移る。 体にはチューブやコードが貼り付けれらている。 しばらくは入院生活が続くであろう。
発症から処置までの時間が長かったので心臓の細胞ダメージも大きいようで元のように心臓は機能回復しないであろう、と告げられる。
通常の生活は可能であるが、登山などはおそらく無理であろう、ということであった。 
これから先の老後人生をどうするか? あれこれ頭を駆け巡るが、”今は考えても仕方ない。体を元気にするしかない。” と言い聞かせる。
  
  
 今回は、山頂小屋の関係者の方々やFさん、登山途中のOさん2名(あの時はお名前や連絡先を聞く余裕もなく失礼しました。)達に大変お世話
になり有難うございました。 感謝申し上げます。
  
                                                              H27年9月上旬 病室にて
 
                                                           ( ※ 9月16日退院、自宅療養中 )
  

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