2022年4月


春の気配が感じられるようになり、庭の木々も芽吹きを見せ始めました。私が特に気に入っているのは紅葉で、小さな葉っぱが次第にほころんで、少しずつその小さな葉っぱを広げる様子は、かわいいものです。赤ちゃんと同じですね。赤ちゃんの手を「もみじのような」と表現しますが、その通りだなぁと感じます。
花々も咲き始めました。ラナンキュラス、パンジー、ビオラ、ノースポール、桜草、芝さくら等、春は可愛い花のオンパレードです。

それらの一部をいただいて、あちこちに飾ることも大切な私の役割です。玄関、洗面台、リビング、化粧室などにほぼ毎日違う花を飾ります。中学生時代から華道を習い、師範の免状や看板までいただきましたし、フラワーアレンジメントも長く習いましたので、いささかの自信があります。やっておいてよかったと思うのは、たいそうな生け花でなくても基本を学んでおけば、一輪挿しにも応用できるというもの。楽しくて仕方がありません。

そんな春を満喫している私たちとは真逆に、ロシアとウクライナの戦争は考えられない状況を続けています。私が一番怖いのは、プーチンの言論統制と情報規制です。ロシアの人々の中には、正確な情報を知らされていないために、プーチンが正しいと信じきっている人が多くいるということです。

日本も第2次世界大戦下では負けているにもかかわらず、勝った、勝ったと新聞に書き立てラジオで流しそれを愚かにも国民は信じ込まされたことは、多くの日本人が知るところでしょう。沖縄でも女性は辱めを受けると信じ込まされ、手りゅう弾を使ったり、青酸カリをあおって亡くなった方がたくさんいるのです。哀れなのは、そういった情報を信じ込まされた人たちで、流言飛語を流した人は生き延びていると聴くとなんともやり切れません。

現代はあの時代とは違いさまざまな情報の入手方法はありそうなものですが、テレビは国営のみ、SNSは使えないとなると、正しい情報を得ようにもその手段がないのですから、いかんともしがたいと思わざるを得ません。

国連安保理も全くあてにならず、毎日ニュースを見るにつけどういう決着があるのかといぶかしんでいます。
私はロシア、北朝鮮、中国はどう考えても好きになれない国です。ロシアは観光で4回訪れていますが、どうも冷たく感じられましたし、私たちを見下しているような気がして、笑顔1つ見せないロシア人に恐怖さえ感じました。北方領土問題にしても、約束が実行されないまま、領土は実効支配されてしまい、おそらくもう永遠に返還はあり得ないでしょう。

中国も行きましたし友人もいますが国として考えるとずるい、狡猾な、約束を平気で反故にする汚い国という印象がぬぐえません。

北朝鮮は最も嫌いな国で、拉致問題に端を発し、最近も弾道ミサイルなどを平気で打ちまくっている様子を見るたびに、今に誤って発射されたらと思うと気が気ではありません。韓国も、いつまでもねちねちと慰安婦問題を突き付けて終わりがありません。国と国との決め事を、簡単に破ることをしようというのですから、私の常識では考えられません。

ウクライナの破壊された建物は、だれがどうやって再建させるのでしょう。一般市民は殺さないと国際的にも決まっているのに、多くの殺戮を繰り返していることの後始末をどのようにつけるつもりでしょう。

自分が平和な朝を迎え、春を謳歌している反対側の国で起きていることを思うと、申し訳なさで心がつぶれそうになります。今私にできることは、寄付しかないと思い募金活動に賛同しましたが、これっぽっちでは子供のミルクの何日分にしかならないかもしれません。まだまだ続けないといけないでしょう。

さらに自分にできることを探す日々が続きそうです。