Mr.Gのセブ島ジャーナル



SINCE 2005/01/05


はじめに
Mr.G氏(ミスターG)は,セブ島在住&福祉関係の仕事をなさっている方です。いつも現地発の興味深いメールを頂いていたのですが,私一人だけ拝見するのは勿体無いなと常々感じていました。是非「奥様はフィリピーナ」に掲載させて欲しい旨お願いしたところ,快くご了承して頂きこの企画が実現しました。
Mr.G様,あらためて,ありがとうございます。 by‘jungle’



Mr.G氏からのお願い
ホームページ掲載に当たって,Mr.G氏からお話がありました。 

「私は出来うる限り、正確な情報を伝えるよう、気を付けていますが、私と言う、媒体を通って、文書化される以上は、多分に私の主観が入りますので、これが100%の事実ですとは受け取らないで頂きたいと言う事をお断りしておきたいと考えています。つまり、これを一つの情報として捉え、後は不特定多数の読者の皆様が、ご自分の体験等を基に、色々な事柄を判断して頂ければ…と言うのが私の希望です」  by‘Mr.G’


1,新年の爆竹はセブも凄かった〜

《まずは,リアルタイムに2005年初っ端のメールからご紹介します。去年頂いたメールは順次皆さんにご紹介して行きますね。by‘jungle’》

ええ、マニラ程ではありませんが、凄いですよ。実は大晦日の午後に、‘1年の垢’を落としたいと感じ、女房殿と一緒にマクタン島のスパまで出掛けたのですが、(*ここは、私の知る限り、セブ周辺で唯一、日本式の‘熱い風呂’が楽しめる場所で、1〜2ヶ月に一度、本当に疲れたと感じた時に利用しています。普段はシャワーだけですので…。)

帰りが夕方になり、気の早い連中が既に道端で‘ドンパチ’と始めておりました。その中で酷いヤツも居たもので、我々が乗ったタクシー目掛けて、爆竹を投げつけて来て、それが運転席側の窓ガラスに当たって爆裂したものだから、運転手が反射的に顔を背けて、一瞬、彼が顔を背けた方向にハンドルが切られて車がバランスを失い、‘ヒヤリ’としました。(エアコンをかけて、窓を閉め切っていたから、まだ良かったですが、もし、窓が開いていたら…と思うと、ゾッとしてしまいます。)

また、風呂を楽しんだ後には、自宅へ直帰せず、彼女の実家へ寄って、一緒に食事を楽しんだのですが、女房殿が、家族とつい話し込んでしまい、元来は、10時前にはお暇する予定で居たのが、出来ず、11時過ぎから、爆竹の音が激しくなり、とても外へ出られる状態ではなくなってしまいました。やむを得ず、ある程度沈静化するのを待っていたのですが、12時前後には、家の中で窓を閉め切って話をしていても、お互いの声が聞こえないくらい、爆裂音が激しくなり、年明け午前1時半ごろになって、やっと静かになったので、外へ出られました。

帰り道には、道が一面、雪化粧したかの如く、真っ白になっており、(*要は、爆竹の燃え殻が一面に残って、雪の如く降り積もって居る訳です。)国民の8割方がまともに食えない、この現状をして、こんな一時の事に、無駄金をはたいて、この人たちは一体どこへ向かうのだろう…と改めて、深く、考えてしまった次第です。(また、爆竹だけでなく、この騒音に紛れて、銃を撃つ者も後を絶たず、その流れ弾に当たって怪我をする者も、毎年必ず居ます。−年越しのドンちゃん騒ぎで酒を喰らい、前後不覚になって銃を撃つのですから、危険極まりないです。) 

まあ、色んな事情で貧乏生活を余儀なくされ、鬱積したものを一気にこうした機会に発散させているのは、分りますが、どうも、この人たちの行動からは、‘何とか、良い方向に持って行こう’と言う、建設的な考えは、感じられず、‘どうせ、何をやっても無駄だから’と捨て鉢になっているようにしか見えません。 

新聞記事等によると、この国の10人に一人が海外就労者で、海外就労者が、国内就労者の稼ぎの4〜5倍は送金するので、要は、海外就労者が、この国の労働によって生み出される富の半分を創出している状態なのだそうです。 

そうやって、海外から持ち込まれた富が、次の富を産まない理由は、私が見る所、大きくは2つあって、その1は、送金を受けた者たちが、それを消費することばかりに一生懸命になってしまい、それを元手に、小さな事業でも新規に起こそうと言う姿勢が全くない事。その2には、既得権を握った、大事業家たちが、その庶民の消費から産まれた利益の殆どを、海外(アメリカ、カナダ辺りが主ですが…)での投資に用いて、手っ取り早く、確実な利益を産もうとしている事…この2点だと思います。(この取引は、ペソを売って、ドルを買うと言う動きに直結しますから、この動きが止まらぬ限り、ペソ安は止まりません。また、国内への還元が殆どされていない事になります。

そんな訳で、私は、日本円で、給料を受け取っていますが、ペソ建てで貯金する事など、絶対にしたくありませんし、土地購入他も、機が熟して差し迫った状況にならない限りは見送る積りでいます。土地の価格は、ペソ建てで見れば上昇していますが、円建て、ドル建てで見れば、平行線を辿っているか、場合によっては下がって行く傾向にあります。余談ですが…。) 

さて、そんな訳で、私のテーマは、公私とも常に変わらず、‘彼らに如何に真の独立心を持ってもらうか’と言う事です。今回のクリスマスから、年末年始のこうした特殊な状態を前にして、事前に女房と話した事は、‘家族へ対して、過剰な援助をしない事、甘やかさない事、危機感を持ってもらう事’…こんな事でした。

それを実行する為に、私達夫婦も、リゾートへ出掛けたりと言う事は控えましたし、家族の集まりでも、普段よりも、ちょっとマシな食事を用意しただけで、リーチョン(豚丸焼き)すら、出しませんでした。そうした事を決める前に、女房殿には、去年1年で、家族へどれ位の資金援助をしたか、実際に計算をさせて、‘どれだけ大変だったか’実感してもらったのです。

昨年については、非常に特異な事ではありましたが、女房の家族サイドで病院のお世話にならなかったのは、女房の弟ただ一人で、女房も含め、家族4人が、入院、または長期の通院を余儀なくされ、毎月の生活費や、医療費をざっと合わせて、日本円で100万円程度の出費となったのでした。(実際に、予算を管理しているのは、女房殿ですが、私も積極的に口を出しています。日々、ダラダラとお金を出していると気が付きませんが、ちゃんと記録を取って集計して見ると、びっくりするような負担になっている事に気が付く訳です。) 

これには、女房殿も驚き、顔つきが変わりました。その直後に、弟が、小遣いをねだりにやって来たのも、女房殿が、頑として聞かず、私は、ここに彼女の進歩を見た気がしました。 弟は、昨年で18歳になりましたが、どうも線が細く、(と言うか、フィリピン人男性で‘骨太・実直な男’は本当に稀ですが…)我々の心配の種です。今回も女房が拒否した事で、グズグズと泣きながら、家に帰ったと言う、体たらくです。後で女房に聞いた話では、この弟は、“兄貴が入院した時に、80,000ペソも、ポンと出したんだから、お金はあるんでしょ。500ペソ位、良いじゃないの!”と食い下がったそうです。

実は、これがある種、ここの国の人々の平均的な感覚で、ちょっとお金を出すと、‘もっと’と言う事になっちゃうんです。(そんな大金を叩いた後だから、無理を言っては申し訳ない…何て、殊勝な事を言う人は、多分、10人に1人もいないでしょう。)また、簡単に、‘500ペソくらい’とか、見下した事を言いますが、それじゃ、それだけのお金を、この国で稼ぐ為に、どれだけの苦労をしなければならないのか、この人たちは考えない様です。

私もこれについては、女房殿に、“あのね、弟にちゃんと、言ってあげなよ。‘あんたの歳には、私はちゃんと働きに出て、家族を助けてたよ。’ってね。それに、彼さ、今、学校も休みで暇してるんでしょ。だったらさ、貝殻加工工場でも行けばさ、1日30ペソにはなるから、ゴロゴロしてる暇があったら、自分の小遣い位は自分で稼がせた方が良いんじゃないの?そうすりゃ、‘500ペソくらい’なんて言い方はしない筈だよ。”と意見しました。が、これも、彼らにとっては、多分、受け入れ難い事なのだと言う事を、自分も良く分った上で、意見をぶつけたのです。 

と、言うのは、彼らは元々、所謂アッパーミドルクラスの家に育ち、変なプライドを持っているからです。‘そんな貧民の仕事をやっていられるか!’と言うね。この辺りの感覚は、特にここの男連中に強く、平気で責任放棄して、結果として女に全面依存する傾向が本当に強いのです。(私に言わせれば、この事−女に全面依存する事−の方が余程、格好悪い事のように思えますが、彼らは、汗水垂らして少ない賃金・儲けでも、自分のやれる事を精一杯やって稼ぐと言う事が、‘格好悪い事’のように考えているようですだから、貧乏なくせに、ギャンブルに興じる男が多いのです。一発勝負で全て解決しようとね。困ったものです。)

 さて、そんな訳で、私達夫婦も前途多難な新年を船出しましたが、一緒に暮らし始めて、1年半が経ち、女房殿が阿吽の呼吸で私の考えを理解し始めてくれている事が、大変に心強く、嬉しく思っている今日この頃ではあります。