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SINCE 2005/01/05![]()
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最近思う事色々…
皆様、再び御無沙汰してしまいました。
新規法人の立上以来、色々とありまして、何もかも、全く手が回らぬ状態になっておりましたが、やっと一息ついて、こうした記事を纏める時間が取れるようになって参りました。今後、どの程度の頻度で投稿が出来るか、全く分かりませんが、出来得る限り、続けて行きたいと考えておりますので、今後とも、どうぞ宜しくお願い致します。
現在、私のセブ島生活も丸7年が経過して8年目に突入しました。実は、この記事を書き始める直前は、やむを得ぬ用事が出来て、日本へ数回に渡って一時帰国しましたが、逆に色んな再発見の連続でして、日本を去ってから、これまでの月日の重さを痛感しています。
さて、私も、これまで、色々な比国・比人関連の投稿記事を読んで参りましたが、比人と日本人の違い云々を切り口にしたものが多いと思われますし、私自身もそうした形の投稿をした事もあります。しかし、こうしてセブの庶民との触れ合い、彼らとほぼ同等の環境の中にドップリと浸かった生活を7年も続けて、私が思うのは、‘比人も日本人も同じ人間なのであり、その違いが出て来るとすれば、その住む環境や生まれ育った境遇によるところが大きい’と言う事です。が、もし、仮に、その辺りの事を‘人間としての根本的な違い’として捉えてしまうと、逆に比人を理解する事が難しくなってしまうのではないか…そんな事を思う今日この頃です。
そんな訳で、今回は、この記事の結びを、どのような形で着地して良いのやら、この時点でさっぱり見通しも何も立っていない状態なのですが、少々、思うところを述べてみたいと思います。(…実を言えば、単純に物理的な忙しさの事もありますが、その辺りの‘何とも得体の知れぬ感覚’が、私に新規記事を投稿する事を躊躇させる遠因にもなって来たのは間違いないところです)
1.日本では当たり前と捉えられている事が実は当たり前ではない
過去1年間、セブの我が家では、慢性的な水不足に悩まされて来ております。夜10時過ぎから早朝5時頃まで、水道の流れが完全にストップしてしまう‘夜間断水’は当たり前と言った状態です。仕方が無いので、通水している間には水道を全開にして、ゴミペール、バケツ等々、ありとあらゆるものに水を溜め、何とか対処したような状態が続いて来ました。そんな状態の中、夜間は、蛇口をひねって水が出る状態ではないので、特に手洗いをしようとすると、汚れた手で、ひしゃくの柄を握って、水をくみ出すため、どうしても溜め水が汚染され易いし、不便この上ないのです。
当然、こんな状態においては、台所仕事の効率が落ちるし、日本人の好む、清潔な水を大量に必要な料理(例えば、生野菜のサラダ、冷麦、素麺、その他の冷し麺類等々)は調理そのものが不可能になります。
こうした状態が発生するのは、単純に水が足りないからと言う事だけではなくて、お金のあるなし−水周り設備が出来る経済力のあるなしも大きく関わっております。特にウチの周辺には、中級クラス以上の飲食店や宿泊施設が多く、そうした施設では水が切れれば商売にならぬ為、かなり大型のタンク他を備え付けて、我先にと水をもっていってしまう…こうした状態も、我が家の水不足にも大きく関わっている事が最近になってよく分かって来ました。また、これは実態がどうなのかよく分かりませんが、大商業施設等々には水が優先的に配分されている等々の話も聞いたことがあり、この国の状況を知るとき、‘さもありなん’と思うわけです。(以前の記事の中でも述べました通り、元来、衛生上の問題から言って、絶対に水を切らしてはいけない筈の病院施設においても、ちゃんとした設備のある私立病院は大丈夫ですが、通称‘貧民病院’とも呼ばれる公立病院のトイレ等々は水の出ない状態になっているケースが本当に珍しくないのです。まあ、全ては金次第って事でしょうか…)
また、こちらでは水道水を直接飲む事は健康に重大な被害をもたらす恐れがある為、(…と言っても、通常、庶民は水道水を直接飲みますし、もっと衛生状態の悪い浅井戸の水を飲んでいる世帯も結構な数にのぼる筈です)私の家では、ガロンタンク入りの濾過殺菌水(…と言いましても、どこまでちゃんと管理されているかは疑問です)をディスペンサーに取り付けて飲用にしていますが、これの消費量が7人家族で一日あたり100円程度。(月間で約3,000円!)更に夏季のまともに水の出ない期間においても水道使用料は月平均4,000円弱もかかっており、水関係だけで月間7,000円程度を消費している事になります。これを考えた時、実は、‘水の値段’は、日本の地方中堅都市よりも、セブの方が高いのではないか…そんな感じすらします。以前、日本の状態を指して、‘水と安全はただの国’と評されましたが、その評は本当に正しい…こうした事が痛感されます。
当然、セブは南のさんご礁の島であり、常に水不足になりがちなのは避けられない事なのかも知れません。が、日本のこうした社会インフラは、‘公’(おおやけ)と言う意識に基づいて、非常に平等に皆に行き渡っており、尚且つ、それを供給する側の利水計画等々がしっかりとしている上、機械化も進み、それに携る人間が非常に機敏にしっかりと良く働いているから…日本の日常にあると、こうした事が良く分からないまま、‘蛇口を捻れば大量の水が出る事’が当たり前になり、万が一、それが完璧に為されないと‘苦情が出る’訳で、逆に捉えれば、そうした事に始まる日本社会全体の‘システム’が、非常に大きなストレスを生んでいるのではないか?…こうした日常の相違から、そんな風にも思えます。
2.事実をもって思い知る衝撃的真実
最近の一時帰国の前に、少々、衝撃を持って受け止めた事実に直面しました。それは、我々が日本へ送り出した留学生第一号の近況報告でした。
彼は、こちらの奨学金制度を利用して、地元セブの大学を優秀な成績で卒業し、教員の国家資格にも一発で合格して、某私立ハイスクール(*日本の中学校と高等学校をくっ付けたような4年制の教育機関−フィリピンの学制は、日本の中学校に相当する機関がなくて、小学校を卒業すると即、高校入学…と解釈される向きもありますが、レベル的にはやはり中学校であると言った方が妥当だと考えられます)の教員をやっていた男です。彼は、日本での就学にスポンサーが付き、本人からも、‘生活費は自分で頑張って稼ぎながらでも、是非とも日本で就学してキャリアアップをしたい’との希望があり、就学ビザを取得して、まず、日本の日本語学校での日本語習得からスタートしたのですが、日本就学から約半年間は、やはり、かなり言葉の壁で苦労しており、当初は、日本語を話す必要性が低い、日本語学校から紹介してもらった漬物工場で大根を切るアルバイトに就いたのでした。
彼が、そこでアルバイトを始めたばかりの頃、私と国際通話で話をした事があったのですが、彼の就学面での事よりも寧ろ、高物価の日本での生活の事が心配だった私は、‘そのあたりの事’について、彼に幾つか質問したのですが、彼は至って元気で、本当に幸せそうに、以下のような事を述べました。
@ 日本でのアルバイトは、たったの1時間で、彼が、こちらのハイスクールで教師として働く金額の半日分以上(ほぼ一日分)が稼げてしまう事
A 食費については、彼のセブでの生活のスタンダードに合わせれば、日本での一ヶ月の食材費は、5,000円でも充分である事
…以上のような事を述べました。
拠って、彼は就学ビザで合法的に働いて得られる10数万円の金額でも、他の就学外国人と共同でアパート(学校からの斡旋)の一室を借り、ちゃんと食べて、学費分も確保し、それでも、まだ余裕があるからと、2〜3ヶ月に一度はセブの実家へ送金をしているような話も後程、伝わって来ました。
…正直な所、こちらの貧困層の生活レベルを分析して、‘さもありなん’と思っていた事ではありますが、‘彼’という人間の事実をもって、こうした実態が、本当に形のあるモノとして、理解できた私でした。
今時、これだけインターネット他で情報が氾濫している中で、まさか、もう、‘フィリピンで暮らせば、生活費は日本の10分の1で済むし、一家で月10万円もあれば、楽々やって行ける’…なんて言っている人はいないとは思いますが、それには大きな前提条件があって、上記の彼のように、‘日本で月額食材費が一人5,000円程度、全体の生活費が3万円程度でもやって行ける人であれば’…という事になりそうです。また、もっと言えば、セブで貧困層と呼ばれる人たちの生活レベルを日本へそのまま持ち込んだなら、先に挙げた金額以下で一家5〜6人が何とかやっているのに等しい状況なのであって、一人で、月額3万円もの生活費を使えるなら、上等…という事になってしまいます。
特に、西暦2000年前後の状況と比べれば、円の価値が下がっている事と、ペソの価値が上がっている関係、それに、国際原油価格の上昇に伴う比国内のインフレから、日本円建てのセブ(市内・都市部)での生活費を検証してみると、例えば、2000年当時、月額10万円の生活が出来ていたとすれば、現在は同じレベルの暮らしをするのに、少なくとも15万円、或いは、限りなく20万円に近い線に近付いているのが実情ではないかと思われます。
何れにしましても、見方を変えれば、フィリピンの庶民・貧困層が、こうして低コストで生活が出来てしまうという事は、‘ひとつの力’(生活力)という事であり、上記の彼のような貧困にあってもレベルの高い比国の若者に日本の労働市場をオープンしたなら、今時の日本の若者の大半には太刀打ち出来なくなるのではないか(…正直な話をしますと、いろんな意味を含んだ‘彼’のレベルは、日本の若者のアベレージよりずっと上だと思います)…と言った感じすらもたれます。
3.日比結婚って…
さて、正直な御話をしますと、最近まで自覚がなかったのですが、前の投稿記事でも若干触れました通り、私と女房との日比結婚って、非常に稀なケースじゃないか…そんな風に感じています。
今更言うまでもないかも知れませんが、日比結婚の大多数は、在日のフィリピン人女性(殆どがタレント出身)と日本国内に居られる日本人男性のものであり、私のように駐在生活(半永住生活)をしている日本人が、現地フィリピンの何処かで現地の配偶者を見つけて、現地で暮らしている事例などは、少数派であり、私のように仕事はあるが大した資力はないNGOなどをやっている日本人が、ここで足掛け8年も居座って、比人配偶者の家族と同居しているようなパターンは例外中の例外…それが真実だと思います。
時にネット上で、色んな情報収集をしていますと、‘カネ(資力)の無いヤツ’は比人女性との結婚なんてしない方が良い…なんて極論すら聞かれる事があり、その都度、苦笑している私なのですが、そうした御話も‘ある側面’から捉えた真実には違いないが、私以上にカネのない(…そして、職すらもない場合も多い)一般庶民層に属する比人男性が結婚できないのかと言えば、事実として、結婚にアブれているようなケースは殆どいないのですよね。(…また、その逆に、言葉は悪いですが、‘行き遅れてしまった’比人女性は結構、現地のあちこちで見かけるのですが…)
そうした事実を鑑みた時に、‘カネの無いヤツ’は比人女性とは結婚できないとかって御話は、非常なまでの暴論のようにも見えて、私をして、‘ある側面から捉えた真実’…とまで言わしめてしまう事には、悲しいかな、日比結婚というものが、そうした広義での‘比人女性側の経済的な事情’や日本人男性側の‘色と欲’のみから成り立っているケースが多すぎる(…というか大多数)という事なのでしょうね。
さて、こうした物言いを聞きますと、不快感を覚える方(…勿論、私も含めて)もあるとは思いますが、日比結婚に関わりのない日本の社会一般的な人々の日比カップルへの見方として、‘ビザ(カネ・経済力)の欲しい女と、もてない男’…と言うモノがあるのは、否定出来ない事実です。
…世間の見方が、そうなってしまうのは、取りも直さず、先に述べた通りの事情(経済格差と色と欲)が日比結婚の最大の動機になってしまっていて、それによって後々に生ずる‘問題’が多すぎるせいである…と私は分析しています。
勿論、日本人同士の結婚でも言える事ですが、相手の見かけや性格を含めた好き嫌いはあって然りだし、結婚後の生活や人生設計を含めた経済的な側面を考える事は大変に重要な事であるのは、多分、誰にも否定出来る事ではないのでしょうが…
4.私の場合
…が、しかし、あくまでも、私自身の結婚観から言わせて頂ければ、上記3の最後で述べた事柄をベースにして、双方が、如何に信頼関係を築けるかという事が最も重要な側面なのであり、そこには愛情があるか否かとか、お互いに尊敬できるか否かとか、色んなモノが含まれると思われます。
私の場合、現地セブでのNGO活動というものが、私の仕事なのであり、現地へ深く溶け込んで活動するという事を主眼においた場合には、やはり現地事情に精通した現地人と結婚するのが、一番の好都合であり、自然な流れであったと言えます。しかし、仮に私が日本に住んでいて、別段、フィリピンという国と関わる必要がなかったなら、こうした選択をしたか否か−正直なところ、しなかったのではないか…そんな風にも思っています。
これは、矛盾と捉えられるかも知れませんが、勿論、私は女房と結婚できて、本当に幸せだと思っていますし、非常に良い信頼関係が構築できて、少々、何があろうとも、それは揺るがない…という絶対の自信を持っています。これは、月並みな言い方ですが、泣き笑いの山あり谷ありの4年もの月日を重ねて、一個の家庭を築いて来たという事、そして、その陰には、女房の家族の問題を抱えながらも、経済的に大したユトリの無い私であったが故にこそ、女房も巻き込んで、二人で苦労して、それこそ、一緒に泥に塗れて戦ってきて、やっと今、トンネルの出口が見えかかっているという、動かし難い事実がある事が、その根拠です。(私の場合、有り余るお金がなくて、却って良かったのかも知れません。生活費も以前の円高ペソ安の時には、女房に60,000ペソもの生活費を渡していたのが、現在では、諸事情により、物価が上昇する中、それに逆行して、徐々に減額していった結果、月に30,000ペソ−以前の半額。但し、家賃光熱費・就学経費別−しか渡しておりませんが、それでも、女房は何とかやってくれている状況です…苦笑)
今、こうした状態になって言える事は、以前にも述べたかも知れませんが、私は女房がフィリピン人であるという事を意識する事は殆どありませんし、女房も私が日本人だと意識する事は、同様に、‘あり得ない’と言っておりますし、態度にもそれが表れております。
女房の見解として、‘自分の家族’は、私と2歳の娘の3人であり、他の親兄弟は、今、止むを得ず、事情があって、一時的に同居しているのであって、何れ、近いうちには、私たちの元を去る人たち…と、なっています。
それ故に、偶に外食する機会があったとて、出かけるのは私たち夫婦のみか、最近、ちょっと分別がつくようになって来た2歳の娘までで、後のメンバーを一緒になんて、経済的にももたないし、私たち夫婦にとっては、論外の事です。最低限、健康を維持していられる食事が出来て、雨露がしのげて、自立する為の手段を与える事−教育を受けさせる事-以外にはしないし、‘ただ飯’を食わせる以上は、家事や使い走りで彼らが出来る事は彼らにやって貰う…こうした主義を貫いております。
女房の家族たちとて、元々、そんなに低レベルの連中ではなくて、‘理’がわかる連中ですから、こうして同居して、住居と仕事場がくっついていれば、嫌でも私がどんな生活をしているのかが見えるし、朝から晩まで働いて、週に2回は、日系企業へ通訳の仕事にも出かけ、二足のワラジを履くがゆえに、休みは殆どない状態で、酒はウチの中では絶対に飲まないし、タバコも吸わない…こうした姿勢を見せている以上、普通の感性をもった人間であれば、バカな事は出来ないし、‘もらいが少ない’と文句を付ける事もあり得ません。それでも、‘気が狂ったような真似’を連中がするのであれば、最初から、そんなレベルの連中を相手にした私自身の不徳だと諦めもつきます。
それにも増して重要なのが、やはり、私が女房と一体となっている事、そして、それが連中にも理解されている事であり、寧ろ、今では、家族の中で何か問題があった場合には、例え、実の母親に向かってでも、“気に入らなきゃ、出て行って!”と啖呵を切るのは寧ろ、女房の方です。そんな時には、逆に、私の方が、“短気は損気だぜ。もうちょっと待ちなよ。連中にちゃんと自立できるだけの道具を持たせてからじゃないと、また振り出しに戻ってしまうぜ”…などと、なだめているのが現状です。
また、そうした手合いの衝突の中で、ちょっと驚いた事もあります。それは、昨年、女房の母方の親族(女房の従兄弟)が一時的に、ウチに居ついた事がありまして、状況としては、ふと気が付くと、何時の間にか彼の顔を毎日見るようになったので、不審に思った私が、女房に聞いてみたところ、女房の方でも、同じ感覚を抱いており、義母に聞いたら、‘田舎から仕事を探しに出て来て行くところがないから可哀想で…’と、こちら(女房若しくは私)の許可を得る事なく、勝手に住まわせた…こうした事だったようです。
それで、私が、女房に、“この家の中で、稼ぎがあるのは俺一人で、君の家族は、やむを得ない事情で仕方がないから一緒に居て貰っているだけなのは君も知っての通りだと思うけれど、何で、お義母さんは、そうやって、勝手な事をするの?たった一人でも、俺たちにとって‘余計な重荷’になる事が分からないのかな?まあ、君の兄貴がそろそろ自立する目処が立って来たから、その後は、そちら(兄貴の所帯)で面倒を見るって事になるんだろうかね?”…と、聞いたところ、女房は早速、義母に詰め寄って、私の言葉を、そのまま伝えたようです。
…で、そのやり取りを聞いた長男坊(女房の兄)が、その話に割り込んで来て、“そりゃ、兄貴の言うとおりだよ!俺ですら、兄貴に遠慮しながらも、ここに住まわせてもらって、学校にまで通わせて貰っているってのに、なんで、親戚の息子まで、食わせなきゃならないのさ?俺たちの親父が死んで、本当に家族皆で苦労した時に、親戚の誰一人として助けてくれなかったじゃないか!俺がアイツ(従兄弟)に話を付けるから、母ちゃんは口出ししないでくれよ!”…と、長男坊が、従兄弟に対して、話をして、従兄弟はブンむくれながらも、即刻、出て行った…そんな経緯がありました。
その後、義母はかなり落ち込んだ様子を見せていましたが、娘一人の事は別として、私の意向もあり、更には長男にも、‘そんな言い方’をされた以上、それを受け入れざるを得ず、今後は、そうした事は二度とは起らないのではないか…そうした見通しになりました。
私と、この長男とは、彼がマジメ一方で、学校へ通う以外は、殆ど外出する事もなく、家にいれば、勉強ばかりして、口数も少ない事から、殆ど言葉を交わす事も、その必要もないのですが、彼もバカじゃないから、私の姿勢を観察しながら、良く分かっていてくれたし、私と女房との絆を介して、‘対家族’という事が非常にうまく行き始めている感じが掴めた次第です。
5.受け手のレベル
…まあ、そんな話はさておきまして、前章で、‘レベル’という用語をもちいていますが、これには、色んな側面があって、先ずは、教育・知識レベルの問題が第一。そして、その次には、‘育ち’の問題…大きく分ければ、この2点の‘レベル’が実は、かなり重要でして、日比結婚の多くの場合の問題点として、第2章に‘経済格差と色と欲’…と言った内容の事を述べましたが、その問題の裏側に、この‘レベルの不整合’と言うものが大きく関わっているのではないか…最近になって、こんな思いを強くしています。
それは、日比の元々の国家の成り立ちや歴史を比較すれば分かってくる事で、日本という国は、第二次大戦では敗戦し、一時は連合国の統治下に置かれましたが、その前において、アジアでは唯一、列強と呼ばれた欧米諸国の植民地支配を免れた国である一方、フィリピンと言う国は、約500年前にスペインの植民地として、初めて国家の形態を為した、植民地由来の国家であるという事ですが、その大きな分かれ目になるのが、実は、庶民層への教育の普及がされたか否かという事が大きな要因の一つであると考えられます。
要は、明治新政府が採った‘富国強兵’と言う政策の元、政府の方針として国民に教育を普及させた…これを行うと、一部の為政者の好き勝手に国の富や権力を集中させることは難しくなるが、有事の際には国民が一丸となって戦えるというメリットがあった訳で、これが植民地となる事を免れる有効な手立てとなったのに対し、フィリピンでは、植民地経営を安定して行う為に、庶民に知恵を付けさせる事、財力を付けさせる事を嫌った訳で、未だにその傾向を引き摺って、一部の特権階級が国を実質支配し、富を独り占めし、小学校レベルを修了できるのは国民の半数にも満たない上、7〜8割が貧困層…こうした社会背景があるのです。
もっと分かり易く言えば、上記のような背景をして、現代の日本の社会の中には、庶民階層に、一定以上の知識の蓄積があり、そのおかげで、別段、大卒ではなくとも、‘やる気’さえあれば、社会に出てからでも、周囲から、書籍から、その他色んな情報源から、知識を習得し、知恵を育む事が可能になりますが、フィリピンでは、一定以上の学歴がないと、社会から、学び、知恵を付ける事は殆ど不可能−そんな土壌はまだ出来上がっていないという事−です。
従って、日本のスタンダードを元にして、‘学歴なんか無くなって良いんだ!俺だって高校中退しても成功したんだ!’…なんて仰る日本人の企業のオーナーさん等々も良くいらっしゃいますが、このお話は日本人が日本の社会の中で育ったから言える事なのであって、それをそのまま、フィリピンで育った人たちに当てはめると、大変な失態を招く事になるのは、フィリピンの事情を知っている人間にとっては火を見るよりも明らかな事なのですが….
話は逸れましたが、人間と言うものは何をして‘人間’なのか、或いは、‘人間’と‘動物’を分けるものは何か…この辺りを考えると、教育や躾の無い者は、見かけは人間であっても、物事の価値判断他をする際に、半ば、‘獣性’をむき出しにしてしまって、‘結婚’という事に付いても、単に、オトコとオンナの肉体的な交わりへの満足感や、一緒に居て楽しい…と、言った程度の理由を根拠にして成り立ってしまう場合も多く、文明社会の中で育った、ちょっと知恵を付けた軟弱な日本人が、小賢しくも、‘経済’と言うものを楯にして、‘そうした人’の気を引こうにも、逆にそれを逆手に取られて、恰も、ライオンのメスが狩をしてきて、ライオンのオスを食わせるような結果にもなりかねない…例えは悪いかも知れませんが、そうした事例が余りにも多いのも事実でしょう。…その辺りが、比人男性に仕事や生活力が無い状態でも、ちゃんとパートナーを見つけられる一方で、日本人男性が金蔓だけの扱いにされるケースが多い理由だと考えます。
また、‘育ち’という事についても、ここに居て、貧困層の暮らしの実態を見ていると大変に良く分かりますが、(第1章の基本的な社会インフラの問題や、第2章の元奨学生の一件が、それを示す好例になりますが)日本で貧しいとされる世帯でも、ここフィリピンの‘無い無いづくしの貧困層’とは比べ物にならない位のハイレベルなのであり、そうした比国の貧困層のどん底の暮らしの中でも、曲がらないで、真っ直ぐに伸びて行く人は寧ろ、少数派であると考えられます。そうした中では、‘生き抜く事、家族を守る事が絶対の正義’になってしまったとしても、やむを得ない側面があり、そうしたレベルのフィリピン人は、もう、その点だけに固執してしまって、‘善悪の区別なんてクソ食らえ!’…といった状態になってしまっている場合も少なくはないのです。
もし仮に、普通の日本人が、そうしたレベルのフィリピン人女性と結婚したとしても、そうした女性は、叩かれても踏まれても死なないような‘強かさ’をもっていますし、普通の暮らしをして来た堅気の人には、とても太刀打ちできないと思われます。
…そうした事を考慮すると、これまでにも述べたかも知れませんが、改めて言える事には、一般的な日本人に合い易いフィリピン人女性のレベルと言うのは、学歴面では、少なくとも、ハイスクールは修了している事、そして、人格形成のされる少女時代には、せめて一日三食は食べられるレベルにあった事…と、私は考えています。
しかしながら、比人女性のレベルが上がれば上がるほど、日本人と対等以上のレベルでモノを見ますから、同国人である日本女性のハートを捉える事が出来なかった人の場合には、言語のスキルの問題も相俟って、外国人であるフィリピーナの心をガッチリと捉える事は、より一層、難しくなるかも知れませんが…
6.何よりも先ず、こちらが襟元を正し、信頼関係を構築する事から…
この私も子育てをするようになりまして、忙しい最中にも、出来るだけ、子供の為に、毎日少しずつでも触れ合う時間を割くようにしている事、女房や彼女の家族に対しては、色んな側面で、私の真っ直ぐな姿勢を見せ続けて来た事、そして、NGO活動の中でも、個々の学生との対話を出来るだけ頻繁に行えるようにという事を心掛けて、今日までやって来た事を通して、強く思う事は、人間関係において、国籍・文化を超えてやはり大切なのは、良いコミュニケーションであり、その積み重ねによる信頼関係を構築する事だという事です。
悲しいかな、一般的に、日本人の場合、上記第5章で述べた‘レベル’という事については、大多数のケースにおいて、低レベルのフィリピン人たちとの交流しかなく、或いは、彼ら(フィリピン人)とは、単に己(日本人側)の打算を動機とした付き合いしかしないでおいて、その結果として、フィリピンと言う国やフィリピン人たちへ余りにも低すぎる評価を与えている傾向にあるように思いますが、それ以前の個々の問題として、確固たる信頼関係を築く事が出来ていないし、多くの場合、自らの襟元も正す必要がある…私はそのように感じます。
勿論、同じ日本人同士においても、信頼関係の構築なんてものは容易く出来るモノではなく、ましてや、言語や文化の違う彼らとの付き合いにおいて、それは、一朝一夕では出来ないモノなのです。
例えば、何かと問題が多いと聞こえるニノイ・アキノ国際空港の比人職員たちの対応ですが、これには、彼ら比人職員の資質も然ることながら、そこへ降り立つ多くの日本人のレベルにも大きな問題がある…私は、そのように感じています。
私が日本へ一時帰国する際には、これまで、1.香港経由 2.成田直行便 3.マニラ経由 …以上3ルートを使い分けて来ましたが、番号1から順に日本人乗客のマナーレベルも下がって行くように思われます。
特に日本からマニラへの便では、客室内で、大きな声で‘オンナを買う話題’で盛り上がっているオジサマ連中も珍しくはないし、酷いヤツになると酔ってスチュワーデスに絡んだり、航空機を降りて入国審査へ向かう際には、千鳥足になって、前後不覚に陥っていたり…この手合いの日本人が数多くマニラの空港職員に絡む訳ですから、‘連中’が、日本人を舐めてしまったとしても仕方がないのかも知れません。
また、セブからの便でも、成田直行便の場合には、やたらめったら、ポーターが寄って来て、頼みもしないのに荷物に手をかけ、‘チップくれ!’という話になりがちですが、香港経由(香港行き)だと、そんな事は全く起らない…これが実態です。
先に‘子育て’の事を挙げましたが、私たち夫婦の方針として、現在2歳の娘に対して、躾は厳しく行い、ダメな事はダメだとちゃんと教える事をモットーにしていますが、気をつけている事は、‘叱る事’と‘怒る事’は違うこととして区別していますし、その前に、娘との良いコミュニケーションを取り、信頼関係を構築する手段として、娘が言う動物他の名前を、私がその場でサラサラとイラストにして見せたり、一緒に歌(英語・日本語)をうたったりして遊んでいます。…結果として、娘は、私のそうした部分を尊敬の眼差しで見ていますし、私が彼女を叱れば、本当に‘シュン’として、反省の色を見せます。セブに暮らしている事もあって、ビサヤ語と英語の習得状況が早いようですが、私との会話を通して、日本語もかなり話してくれるようになりました。(…また、私が娘と遊んでいる場面で、女房が、“マキちゃん、お父さん、凄いね〜!”とフォローを入れてくれているのも大きな要素だと思われます)
女房とて、実は同じ事で、私は、これまでに彼女から、家族の問題を持ち込まれた時も、自分が出来る最大の事を、身を持って示して来ましたし、私が、それから逃げたり、卑怯な真似をしたりという事は、これまで一切ありませんでした。…とにかく、現在も、女房とは、毎日、下らない事からかなりシリアスな事まで、何でもかんでも、本当に良く話をします。要は、そうした事から始まる信頼関係の中で、私が彼女に少々、厳しい物言いをしたとて、彼女はちゃんと聞く耳を持っていますし、次には、完全修正出来ないまでも、努力の跡を滲ませて来ますから、私は、それを出来るだけ褒めるようにしています。
NGOの学生たち然りで、彼らから問題を持ち込まれた時は誠心誠意で対処してきましたし、‘何かがおかしい’と感じた時は、スクワターであろうが何処であろうが足を運び、家族や本人としっかり向き合って来ました。また、彼らが、成績表を持って来れば、必ず、それにコメントし、前回に比べて良くなった事は大袈裟な位に褒めています。
勿論、女房にしろ、学生たちにしろ、最初に選んだ段階から、‘話せば分かるレベル’なのか否かは見極めているから、上記の事も比較的スンナリと行ける訳ですが、‘訳の分からぬ相手’にしろ、基本は同じで、どんな形にしろ、‘コイツは違う’…と一目置かれる事、そして、本当の意味での仲間意識をもってもらう事…そこが足がかりになって、信頼関係を築けるのではないでしょうか。
人夫々、色んなやり方、考え方はあると思いますが、相手のレベルに合わせて、良い信頼関係を築き、その上で、‘ちょっと違ったフィリピン観’と言うものが、先ずは、日比結婚の当事者の間で生まれてくれれば良いなあ…そんな風に思っています。