特別寄稿 疋田和男師
      
top
六十九歳のプーロムなード 
朝まだき茶碗を洗ひ落したり割ったり見事二つに割れて

いちじくの実を食べながら何か違ふ何かが違ふと思ひていたり

ひたに見よひたひた寄せる波を見よ左も右も波、波、波よ

火のごとき三島由紀夫の消えてより三十年後の菊花よおごれ

薬もて財布をしもて時計もて時刻表もてハンカチをもて

と、或る日になべての虫歯抜け落ちてえへらえへらと歩きてぞ
行く

秋風になりてしまへば風のまま右へ左へからから唄ふ

爪を切り腰を伸ばして北窓の危ふきとんぼ見ずと書きたり

一を聞き一を知るのみのわれなればはてさてどうか辺り
見まはす

秋にまた人肌のこと思ひ出す不条理さがある青空もある

君の手を握りてをりぬ母親に抱かれたる記憶あまりないのだよ

無遠慮に年齢を聞かれ不思議にも迷ひ迷ひて明るくなりぬ

ズボン脱ぎ膝の辺りを撫ぜてをり七十歳の齢が迫る

ふるさとに生まれ育ちていまもなほふるさとにいるをかしな男

私生活もっともらしく晒したり十二月十日晴れのち曇り
top
next
next
back
back