2005年3月20日(日) 51
アーネスト・サトウの想い
  
           植樹記念碑             桜並木

 東京・四ツ谷界隈から、東に向かって延びる道を半蔵門へと進むと、程なく皇居のお堀端へ出る。

 左へ進めば靖国神社のある九段、右へ行けば桜田門へと続く。九段方向へ折れると、間もなく内堀通りから、かなり高くなった歩道へとぶつかる。

 歩道左側には、石垣に御影石?を積んだ英国大使館の塀が目に入る。造りが古めかしく、如何にも歴史的な伝統を重んじる国民性を感ずる造りである。

 塀越しにちらりちらりと見る事が出来る建物自体も、時代架かった石造りが多く見える。

 尤も、個人的には好みではある。こんなところで仕事がしてみたいと思う。正門へ近づくと、ジョギング姿の若い女子職員がいきなり飛び出してきた。

 手足は長く白くとにかく容姿が美しい。外国人は走るのが好きらしい。遠ざかる大きなお尻を見送りながら、ふと歩道の生垣に目を遣ると、碑が建っていた。

 アーネスト・サトウの植樹記念碑であった。桜並木は、正門を挟んで左右150m都合300m程に亘って続いていた。

 桜の時期には2週間ほど早かったものの、それが却って、並木の様子を伺うには良かったようだ。

 アーネスト・サトウ(Ernest Satow 1843〜1929)ロンドン生まれ。イギリス外交官として、明治期の日本を二度訪れている。

 彼の生い立ちや周辺については、私の作品である「バード探しの旅紀行」でも触れているので参照して頂きたい。

 今日は、彼の残した桜について話してみたい。二度目の来日を果たしたサトウは、1898(明治31)年に英国大使館前に桜を植えた。55歳の時であった。

 彼はどのような想いで、桜を植えたのだろうか。彼の人生に中で、幼い頃目にした本で知った日本という国。

 日本へ行きたいという想いで外交官になり、憧れの国へとやって来る。入籍はしなかったものの、日本人妻を迎え3人の子をなす。

 家族を残し英国へ戻り、86歳で母国で生涯を閉じた。日本を日本人以上に理解し愛した。

 その彼が、日本を去る2年前に桜を植えた。生まれて間も無く亡くした愛娘への想いか、純粋に自分を育ててくれた日本への想いなのか。

 春になると見事なまでに咲き誇る桜の華の中に、潔い武士道やら美しい日本の全てを見たのかもしれない。 

 当時の桜は、戦災などで枯れてしまい、サトウが植樹した同じ場所に新たな桜が植えられ、現在に至っている。

 桜が咲く頃に再度訪れ、満開の桜をデジられればと思う。閑話休題。

 ではまた、りゅうやでした。